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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第03章「サン・アンドラス」
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第03章 02話 エーテル機関車に乗って

 翌朝。


 黒薔薇と白百合の処遇をどうするかを決められないまま、アッシュ一行は町の円十字教会へと赴いた。


「そ、そのような大それた役目、わたくしには負いかねます……」


 見るからに気弱そうな教会の僧侶は、黒薔薇と白百合を見て額に冷や汗をにじませた。


「……その、遺跡に封印されていたという子どものお世話ができる自信がまるでないのです、お恥ずかしい限りですが」


「じゃあ、どうすればいいと思う? 僧侶さん」


「こ、この町ではムリでも、都市部のもっと大きな孤児院でしたらあるいは……」


「孤児」「院?」黒薔薇と白百合が同時に首を傾げた。角度もぴったりだ。


「そう。お前たちを預かって貰えそうなところ」とアッシュ。


「黒薔薇は」「白百合は」「一緒につれていっては」「もらえないのですか?」


 アッシュとカルボは難しい顔をして、ふたりの不思議な少女から目をそらした。


「……さ、さもなくば」気弱な僧侶が額の汗を拭い、「錬金術の研究組織にお預けになるのはいかがでしょう? 高名な錬金術の先生であれば興味を惹かれるに違いありませんから」


 研究組織という言葉にアッシュはわずかに嫌悪感を抱いたが、ジャコメ・デルーシアという名前はもしかしたら業界では有名かもしれない。可能性としては孤児院よりも高そうに思えた。


 僧侶はゆかりのある円十字教会への紹介状を書いてくれた。


 最大限の協力なのだろう。


     *


「まあいつまでもこの町にいるわけに行かないし」カルボが頭の後ろに手を組んで言った。「わたし、泥棒だし」


 クロゴール率いる野盗を撃退したことで何となく許されてはいるが、カルボはそもそも顔が売れてはいけない職業――それが職業と呼べるとして――なのだ。フェネクスの町に長居しても仕事・・にはならないだろう。


「おおきな都市まちに行くっていうなら、わたしは……構わないけど」


 カルボは含みを持たせて言った。


 アッシュのほうは多少複雑な気持ちだった。傭兵として仕事を探しにメラゾナの地を渡ってフェネクスまで来たのだ。しかし遺跡の行き帰りも含めて一週間ほどの滞在だけで、まだ誰かに雇われてもいない。野盗を全滅させて貰った謝礼を含めても、帰りの装備を買い込めば収支はたぶんマイナスである。


 カネの問題では無いことは理解している。


 知り合ってしまった以上やはり放置はできない。


「俺も行こう」やれやれとため息をついて、アッシュはカルボたちを見渡した。


「本当」「ですか?」


「ああ」


「黒薔薇は」「白百合は」「うれしゅう」「ございます」


 ふたりの少女は服の裾をつまんで上品に頭を下げた。


「……と、いうわけだ。カルボ」


「なぁに?」


「妙なことになったけど、もう少しふたりで――四人で行動しよう」


「そうだね。そのほうがおもしろいよ、きっと」


 ――面白い、か。


 アッシュは不思議な気持ちになった。


 シグマ聖騎士団を追放されてからいままでの三年間、面白さ(・・・)を基準に行動したことが果たしてあっただろうか。


「よし、準備を済まして出発だ」


「おー!」「黒薔薇もおー」「白百合もおーでございます」


 面倒事に積極的に首を突っ込むのもわるくない。アッシュはそう思い、少し体が軽くなるのを感じた。

 

     *


「じゃあ気をつけて!」


「うッス、ありがとうございます。帰りの道中お気をつけて」


 半生体馬車でエーテル機関車の駅まで送り届けてくれた保安官に礼を言い、アッシュ一行はチケットを買って待合所に向かった。


 メラゾナ地区はかなり田舎なので、列車の本数も一日数本しか無い。逃したら駅で一泊せざるを得ないことも考えられる。


「不思議」「不思議」「これはいったい」「なんですの?」


 黒薔薇と白百合が空中をふわふわ泳ぎながら、エーテル機関車の駅内を見渡して物珍しそうに言った。


「ふたりとも、あんまり目立つように浮かんでちゃダメだよ」とカルボ。


 エーテル機関車。


 魔法の源であるエーテルを錬金術で作られた特別製の炉に充填し、魔術的に運動エネルギーを取り出して車輪を動かし走らせるという公共交通機関である。


 通常は先頭車両にエーテル炉を設置し、客車や貨物車を牽引する作りになっている。世界のあちこちに線路が作られていて、遺跡から発掘される巨神文明の遺跡を含めたさまざまな物資を運搬する輸送の要だ。


 同じようにエーテル炉を使った個人用のエーテル自動車というものも存在するがこれは非常にコストが嵩む上に危険性が高く、ごく一握りの大金持ちが趣味を兼ねて使う程度の存在となっている……。


 といった一般常識レベルの話をアッシュは黒薔薇と白百合に語った。


「まあ」「それは」「便利」「ですわ」


 本当に理解しているのかわからない顔で、黒薔薇と白百合は服の裾をなびかせてくるくると踊った。


 予定発車時刻を1時間過ぎてエーテル機関車が到着し――遺跡があるとはいえ荒野のメラゾナに停まる列車の時間などいい加減なものだ――一行は乗り込んだ。メラゾナから都市部へ走る路線では繋がれている車輌の3分の2が貨物列車で客車はおまけのようになっている。


 それでも車内は空いていて、問題なく座ることができた。


「いまから」「どちらへ」「向かうの」「ですか?」


 同じ角度で小首を傾げる黒薔薇と白百合に微笑んで、「サン・アンドラスっていうところ。大きな都市だよ」とカルボ。


「機関車であと3日か4日くらいかかるはずだ。大人しくな、大人しく……」


 保護者然としてそう言って、腕組みして目をつぶるアッシュだったが、内心落ち着かなさを感じていた。客車に武器は持ち込み禁止なのである。当然鎧もだ。


 鎧もメイスもないのではいざ危険に巻き込まれた時に抵抗できないかもしれない。戦えないのでは自分の存在意義などわらのようなものだ――アッシュはそんな風に思っている。だから今のような状況は苦手なのだ。


「ねえ白百合、きれいですわね」「はい黒薔薇、とてもきれい」


 黒薔薇と白百合は窓の外に流れていく赤い荒れ地と青い空を見て感嘆した。何年か何十年か、それよりもっと長くか、遺跡の研究所の中でずっと育ってきた――眠っていた――彼女らにとって、外の世界というのは物珍しいのだろう。


「あれは」「あの山は」「いったい」「なんですの?」


 黒薔薇と白百合は窓の外にかすかに見える高い山を指差した。


「あれは山じゃないわ」とカルボ。「塔。”始源の塔”っていうの」


 黒薔薇と白百合は目を見開き、もう一度窓の外を見た。確かに高い山に見えなくもない。しかしその頂上はこの世に存在するどんな建築物よりも、山よりも、空よりも高かった。


「この世界の一番最初から存在していたっていわれてる。誰にも確かめようがないけどね。十万年ものあいだ地上を支配してた巨神も、わたしたち人間も、それどころかこの世界の命そのものが全部あの塔から生まれたんだって」


 黒薔薇たちはまるでピンとこない顔をした。”この世界”にいる人間なら誰もが知っている神話――あるいは事実――だが、遺跡の中でずっと眠りながら過ごしてきたふたりには縁のない話だったのだろう。


 外の景色は黒薔薇たちの好奇心をいつまでも刺激しているようだった。


 目的地まではまだ遠い――。


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