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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第20章「オールドスクールスタイル」
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04話 ヘルズ・キッチン

 得体の知れないギトギトのシミだらけになった長テーブルに椅子が並んだその部屋は、地下遺跡に住むゴブリンたちの食堂だった。


 突然現れた人間たちにあっけにとられたゴブリンは、セラの速射によっていきなり数を減らした。ゴブリン風の調理をされた大ネズミのシチューに顔面から崩れ落ち、流れ出る血が皿の中に混じる。


「ホフゥーック!!」


 オレンジ味の強い肌の色をした、非常に大柄の個体が一番に叫び声を上げた。ただのゴブリンではなく、力自慢の亜種であるホブゴブリンだ。


「ニィエン? ズァウニィエン!?」

「アアガァト、ディヤ、ディヤ!」

「ホフゥーック! ディヤ、ニィエン!」


 ホブゴブリンとゴブリンガード、鉄製の武具を纏ったゴブリンウォーリアたちが口々に叫んだ。華奢な体格のゴブリン妖術師ウォーロックまでもが控えている。


 人間向きではない料理とゴブリンの生活臭が漂う気分の悪くなるような食堂は、一転修羅場と化した。


 まずホブゴブリンとドニエプルが接敵した。


 体格は同程度。錆とトゲと刃こぼれだらけの戦斧を振り回し、椅子を蹴倒すようにして迫りくるホブゴブリン。対してドニは体内のエーテル流を急激に活性化させた。


「噴ッ!」


 鍛え上げられた拳がホブゴブリンの胸元に叩き込まれた。


 しかし野蛮な鬼の突進は止まらず、戦斧が振り下ろされる。


 ドニエプルはこれを前腕でさばき、前蹴りで膝を正面から狙った。


 肉と鉄が食い合うようにして激突し、いったんお互いに距離を取る。

 

 一方アッシュは地獄のような食卓に飛び乗り、ゴブリンウォーリアたちのど真ん中に燭台を蹴り飛ばした。鉄鎧の小鬼たちは一瞬ひるんだ。


 一瞬あればアッシュには十分だった。


 黒鋼クロハガネのメイスが躍る。ゴブリンウォーリアの頭部が兜ごとかち割られ、鎖骨まで達した。即死。


「ディヤーッ!」


 ゴブリン語の呪詛の言葉。吠え猛ったのは妖術師ウォーロックである。


 手にした杖の宝珠から伸びる”焼灼光線”の紅い光がアッシュの眉間に焦点を定めた。


「うおッ!?」


 濃密な危険の気配にアッシュはその場から飛び退いた。1秒遅れて頭のあった空間に強烈な熱線が放たれ、輻射熱で軽鎧の肩当てが薄く焦げ付く。直撃していたら頭がふっとばされていたかもしれない。


 焼灼光線はそれなりに高度な破壊魔術である。アッシュがイメージしていたより手強い相手のようだ。ガードやウォーリアよりも先にウォーロックを潰す必要がある。


 が、ゴブリンとてそれを簡単に許しはしない。


 ウォーロックをかばうようにガードが2匹前衛に回り、ウォーリアが遊撃手として人間の侵入者に殺到する。


「ディヤッ!」


 ゴブリンが身につけるものとしてはずいぶんとしっかりした鎧を――おそらく地下工場から送られてきた中でも高級品なのであろう――装備したウォーリアが、同じくきちんと研がれた剣を突き出してアッシュに迫った。


 黒鋼のメイスとゴブリンの剣が交差する。


 ギャリッと噛み合い、ぐちゃぐちゃになった食卓に火花が散った。


 珪素生命体テクスメックの鍛冶師が腕によりをかけて作り上げたメイスの突起に、ゴブリンの刃が引っかかった。アッシュはメイスの軸から垂直に伸びるトンファー状の取手を思い切りひねり、絡め取った。


 そのまま楕円軌道を描いてメイスがゴブリンの側頭部を一発。衝撃に顔面からすっ飛んで、壁際に積んであった樽に激突した。樽の中からエールが流れ出し、血と脳漿と混ざり合う。


 これで2匹目が絶命したが、まだゴブリンの方が数が多い。


「ホフゥーック、ホフゥーック!」


 口々に奇声を上げ、ゴブリンたちはまだ負け犬の性質を表に出さない。数と力で勝っている――少なくとも自分たちはそう思っている限り、ゴブリンは執拗で勇猛な戦士になりうるのだ。


「まずい!」突如、セラが叫んだ。「ドニ、よけろ!」


 ドニエプルの脇腹に、長テーブルを回り込んだウォーロックによる焼灼光線の狙いがセットされていた。


 ホブゴブリンと一対一の殺し合いを演じていた最中としてはおそらく最大限すばやく反応したはずだが、それでも半歩避けきれなかった。


「ぐおわッ!?」


 高熱の閃光が、ドニエプルの左肩を灼いた。行者の服が焼き切れ、肉が焦がされ白煙が上がる。


「ドニッ!」


 緊急事態と見て、セラが精霊術を使った”倍力弓”をホブゴブリンに向かって放とうとするが、微妙な位置に移動して狙いが定まらない。そのまま射ればドニエプルを巻き込みかねない。


 ドニエプルは魔法の衝撃で思わず片膝をついた。頑強な巨漢であり、体内エーテル流を操作できるモンクでもある。生半可な打撃では傷つかないし、少々の手傷であれば呼吸を整えて自力で回復してしまう。そのドニエプルが片膝と言えどダウンを奪われるということは、相応の痛手を受けたということだ。


 ゴブリンに比べても輪をかけて愚かなホブゴブリンといえど、それを見逃すほど悠長ではない。


 ごつい戦斧を振り上げ、ちょうどいい位置に降りてきた人間の頭に叩き込んだ。


「ギャオーッ!」


 弾き飛ばされたのは汚れたオレンジ色の鬼族の方だった。横合いから突然エーテル光が閃いて、なぎ倒されたのだ。


「間に合った……!」電撃を放った鎮圧杖ライオットワンドを手に、カルボが冷や汗をかいていた。「ドニ、ドニ! しっかりして! 立てる!?」


「む、むうぅ……何とか……」


 そう言ってドニエプルは歯を食いしばり、左肩に手を当てて立ち上がった。体内エーテルが傷口に集中しているのが目視できる。


「これ! 飲んで!」


 カルボは怖い顔のまま素早く駆け寄って、腰のポーチから飲用エリクサーの小瓶をドニエプルに押し付けた。


 薄いピンク色の液体は何かが間違っている味がしたが、飲み下すと腹の中から強烈な活力が湧いてきた。いわゆる傷薬ではなく、体内エーテルをより多く強くする働きのエリクサーだ。モンクであるドニエプルがエーテルを操作して自力回復ができることを見越し、力の根源であるエーテルを強化する薬をあてがったというわけだ。


 事実、湧き起こるエーテル流が肩の傷を癒やし、痛みを消してくれた。


「さすがカルボ殿!」


 ドニエプルは重石が取れたように跳ね上がり、鼻息荒くホブゴブリンへと突進した。鎮圧杖ライオットワンドの一撃を食らってまだ体がしびれているているところに右の中段蹴りが直撃、腹部をえぐった。さらに深すぎるお辞儀の形になったところへ大上段からの手刀が後頭部に叩き込まれる。


 そこからは一方的な乱打で十発以上の重い蹴りと拳を浴び、ホブゴブリンはめちゃくちゃになって食卓の上に倒れ込んだ。


 残りのゴブリンたちに動揺が走った。

 

 数と力のバランスはもろくも崩れようとしていた。


     *


 食堂とそこからつながる厨房を制圧したアッシュたちは降伏したゴブリンたちから情報を聞き出し、エンチャント施設の奥にある工房に向かった。


 かなり派手に音を立てたため、奥にはすでに侵入が伝わっているかもしれない。罠と待ち伏せ、双方を警戒しなければならず、先頭を行くカルボは緊張を強いられる。


「巨神文明時代の装置に自分たちの作った仕掛けを組み合わせて使ってるみたい。もー、めんどくさい!」


 小声で憤慨しながらカルボは床と壁、高い天井までの空間に注意を向け、印をつけたり仕掛けを外したりして安全な道を確保していく。ワイヤーに引っかかると跳ね上がってぶつかってくるスパイク。床の敷石に見せかけた圧力スイッチ。悪臭のする汚物の塗られた落下物。扉の鍵。それにカムフラージュされた迂闊に触ると指を切り落とされる極薄の刃。


「ふう」


 十数個目の罠をやり過ごし、カルボは額をぬぐった。ひやりとした空気の中に、あまい汗の匂いがかすかに混じる。


「少し休むか?」


 アッシュがそう言うとカルボは首を横に振って、「あのクリスタルに記録されてた子どもたち」


「うん?」


「まだ生きてるよね、きっと?」


「……わからない」


「だったら、なおさら急がないと」


 カルボはそう言って優しく笑った。


 アッシュはこういうときのカルボの正しさや明るさに救われる気持ちになる。自分が今いるのは間違った場所ではない、ということを教えてくれるような気がした。


 彼女がそばに居てくれれば、きっと……。


 アッシュはうまく言葉に出来なかった。それがカルボに対する愛おしさであることに、まだ無自覚のままであった。


     *


 いくつかの扉を開けると、急に調度品の雰囲気が違う部屋に出た。


 壁面には無数の手形がべたべたと貼り付き、ゴブリン風の書架に薄汚れた本や巻物が収められ、独特の文化が感じられる。


「うーん……だめだな、読めん」


 ゴブリン文字の書物を引っ張り出したセラはざっと目を通し、諦めて元の位置に戻した。ゴブリン語が読めないのか、書いてある内容が難しいのかまでは言及しない。


「ここが付与術師エンチャンターの工房か?」アッシュは声を低く抑えつつそう言って、腰の革ケースから黒鋼のメイスをぞろりと抜いた。「待ち伏せに注意してくれ」


 さらに奥に進むと、何かを煮込んでいる大釜のぐつぐつという音と、焚かれている炎の熱が伝わってきた。


 最後の曲がり角からカルボが顔をそっと出すと、背後のアッシュたちに”とまれ”の合図をした。


 いる。


 大釜の前に立ち、その具合を確かめているひょろりと背の高い体型のゴブリン。纏っているローブの模様は、メモリー・クリスタルから再生された映像と同じものだ。


 大きな籠や棚に集められた武器防具、それ以外の得体の知れない道具類は魔力付与されるのを待っている品々か。別の壁面にはきれいに飾られた立派な大ぶりのサーベルや偃月刀、ゴブリン風の大鎧が陳列されていた。こちらはすでに魔力を付与された”高級品”であろうか。


 それらの真ん中にいるのはエンチャンターただ1匹で、護衛や助手の姿は見当たらない。


 アッシュは血気にはやるセラをとどめ、自分が前に出た。


 間をおかずアッシュは物陰から飛び出し、ほとんど音を立てずにエンチャンターの後頭部に無慈悲なメイスの一撃を振り下ろした。


 どう見ても確実に絶命する振りの強さだった。


 しかし。


 アッシュのメイスは全く手応えなくゴブリンの背中をすり抜けて、そのまま床にぶち当たった。


「なんだ!?」


 驚きの声を上げる暇もあればこそ。


 アッシュの目の前でゴブリンエンチャンター、その幻は煙になって消えた。


 本物のゴブリンたちはそれを待ち構えていた。


「ディヤーッ!!」


 呪いの声が複数上がった。工房の様々なガラクタの影に息を潜めていたゴブリンたちが、罠にかかったアッシュに向かって一斉に飛び道具、そして魔術を放つ。


「ぐあ……ッ!」


 矢と投げ槍、石つぶて、それに破壊魔法。アッシュは防ぎきれず、悲鳴を上げた。


「アッシュ!」


 カルボたちも慌てて物陰から飛び出した。


 アッシュは床に倒れ、出血し、身につけた軽鎧からは煙が立ち昇っている。


 幻と入れ替わるように姿を表したゴブリンたちは、エンチャンターの他に5匹。


 血戦が始まった。


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