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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第20章「オールドスクールスタイル」
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01話 冒険者求む

 薄湿った空気の漂う地下空洞に、甲高い鳴き声が反響する。


 耳障りな声の主の、剛毛の生えたサルのような胴体と皮膜の張った両手はコウモリに酷似しているが、その大きさは人間の子供程もある。


 グレムリンと呼ばれている鬼族の一種だ。


 洞窟や深い森に住み、小動物や家畜、時には人間をさらって巣に持ち帰り食料にするという、いかにも鬼族らしい悪辣な性質を持つ。


「……何匹くらい?」


 物陰に潜んだまま、艶なしチャコールブラックに色を変化させたキャットスーツに身を包んだシティシーフのカルボがささやいた。


「4匹……あっちのくぼみにもう何匹かいるな。全部で10匹くらいか」


 答えたのはフォレストエルフの長距離偵察リーコン、セラである。薄暗い森のなかに適応した生態を持つフォレストエルフは、一般的な人間より夜目が利く。


「飛び回られると面倒ですなあ」龍骸苑の行者モンク、ドニエプルが無精髭の生えたあごを撫でながら言った。「迂回しますか」


「いや、あそこの奥を見ろ」


 元聖騎士の傭兵、アッシュが暗闇の中を指差した。はっきりとはしないが、大きな扉とそれを開くレバーの着いた装置があるようだった。


「形から見て巨神文明時代のものだ」


「じゃあここは自然洞窟じゃなくて、遺跡に繋がってたってこと?」とカルボ。


 そういうことになるな、と言ってアッシュは腰の後ろの革ケースからぞろりと黒鋼のメイスを抜いた。


 殲滅戦が始まった。


     *


 2週間前。


 聖都カンにおけるアロケルカイム王国王女誘拐未遂事件の解決に協力したアッシュたちは、特別な信任を得てアロケルカイム領事館に招かれた。


「折り入ってお願いがあるのです」


 そう切り出したのは、修道院入りを控えた第四王女クレリア姫の身柄を預かるアロケルカイムの大使だった。


 そもそもアロケルカイム王国においていま現在最も頭を悩ませる問題は、大量発生したゴブリン一族による領土の侵略である。


 クレリア姫が聖都カンの円十字教会修道院に入ることになった原因はその侵略による情勢不安定、そしてそこにつけ込んでテレポーターである姫を誘拐しようと企む魔導結社キサナドゥの手から護るためだった。シグマ聖騎士団が護衛に一役買うことで、広大なこの世界においてもトップクラスに安全を確保できる場所になるはずだったからだ。


「結果としてキサナドゥのテロに痛手こそ負いましたが、やはり修道院入りが安全であることには変わりありません。クレリア姫におかれましてはこのままカンにとどまっていただくことになりました」


 大使は大げさな身振りでそう言い、クレリア姫もそれには異を唱えなかった。


 その上で大使は、腕が立ち信頼できる人員を求めていることを明かした。


「仕事……スか?」


「ええ」


「……すんません、それがもし円十字教会や聖騎士団に関わることだったら、自分はちょっと」


 アッシュがバツの悪そうな顔をしたのは、自身が教会から破門され、シグマ聖騎士団から追放された身だからだ。これ以上聖都カンにとどまることは本意ではなかった。聖騎士の顔見知りに遭遇するのは最高に居心地が悪い。余計なトラブルに巻き込まれたくなかった。


「ご安心を、その件ではありません」と大使。


「というと?」


「ご存知と思いますが、我が国は巨大ゴブリン一族の侵略によって国土を荒らされ、建国以来最大の危機に立っております」


「その戦力に加われ、と言うことですかな」ドニエプルが口を挟んだ。「拙僧としては興味深い話ではありますが、ふむ」


「求めているのは戦列に並ぶ軍人というよりむしろ……”冒険者”なのです」


「冒険者」


「いかにも。我が国の上層部が求めているのは、『洞窟に住み着いたゴブリンを倒せる』人材です」


 大使の説明は以下のようなものだった。


 ゴブリンは森の奥、鉱山や洞窟、地下の古代遺跡に営巣する。それらに国軍が攻勢をかける時に常に問題になるのがゴブリンらが仕掛ける罠であり、その狭苦しい地形だった。大軍を持って攻めても、細長い縦列で移動せざるを得なくなりこれは側面からの攻撃に弱い状態を晒してしまうことになる。これまでもその弱点を突かれ、王国は苦杯をなめさせられた。


 一方、鬼退治をなりわいとする傭兵や冒険者は罠の解除を得意とする者が多い。冒険者が先行し安全な地形を割り出してから国軍が突入してもいいし、なんとなれば少人数でそのままゴブリンのすみかを破壊してもかまわない。


 よってアロケルカイムは、兵士の損耗を減らし、大規模戦闘にのみ投入できるように『小さな巣は駆逐業者へ』外部委託することを方針と決めたのだという。


「罠解除……?」


 カルボは自分の人差し指でやわらかい頬をつっついた。罠と言えば盗賊である。


「そういうことか」


 セラもつられて人差し指をカルボの反対の頬にぷにっとした。


「あの……アッシュ?」と黒薔薇がおずおずと切り出した。


「どうした?」


「クレリア姫はわたくしたちが護ります」


「でも故郷にゴブリンが溢れていたら」今度は白百合が胸の前で手を組んで、懇願するような目をした。「姫は帰る場所がありません」


「お願いです」「アロケルカイムを」「姫の故郷を」「少しでも平和に」


 双子の人造人間・黒薔薇と白百合はクレリア姫と一緒に修道院に入ることが内定している。ふたりは精神術師サイオンとして姫と精神が繋がった状態を経て、ほんのわずかな日々でお互いをかけがえのない親友と感じているのだ。


 その気持は、本来円十字教会の信者でも何でもない世間知らずの人造人間に修道院の中でもクレリア姫を守れるのは自分たちだという強い使命感を抱かせるに至っていた。


「黒薔薇、白百合、そのようなご無理を申し上げては……」


 クレリア姫は少し礼を失していると感じたのかそのようにたしなめたが、黒薔薇たちはクレリア姫の心理や思考に同調した上で言っている。つまり姫の本心を代弁したということになるのだ。


 アッシュはカルボ、ドニエプル、セラに目をやってから、「まあ、そういうことだ。クロたちの言うことなら、受けるしかないだろう」


「だな!」カルボは何故か得意気に大きな胸を張った。


 ドニエプルは龍骸苑の行者であり、人類社会に仇をなすどんな敵とも拳を持って相対することを教義が推奨している。


 フォレストエルフであるセラにとっても、森に密かに住み着いて呪術と毒と罠で愚劣な企てに心血を注ぐゴブリンは敵である。


 何よりもみんな、黒薔薇と白百合のことを大事に思っていた。


 だからアロケルカイム大使の頼みというより、クロとシロふたりの願いならばそれを叶えるのが自然だと感じていた。


 翌日、アッシュらは聖都カンを後にして、半生体馬車にのってアロケルカイム王国へと目指して移動を開始した。


    *


 洞窟の天井に逃れ、なんとか岩の隙間に隠れようとしたグレムリンの一匹をセラの射撃が撃ち落とした。


「これで終わったか……」


 アッシュはメイスにへばりついた血糊を払い、腰の後ろの頑丈な革ケースに収めた。死体は全部で9体もあった。周囲はグレムリンの体液で酷い有様だ。


「大したものもってないみたい」手早くグレムリンたちの帯びたポーチなどを調べたカルボが言った。「5アルグちょっとの小銭だけあったけど……(註:1アルグは100円に相当)」


「おやつ代にでもしとけ」


「はーい」とカルボは財布に汚れたコインをしまった。


「で、本命はこのドアか」セラはグレムリンのすみかの奥にある人工的な分厚い扉の前で手を腰に当てながら言った。「力では開きそうにないな」


「んー、こっちの装置でレバーを回せば、たぶん」


 カルボはエーテルランプに火を入れ、青白い光で一抱えもありそうな古代装置を照らした。


「いけるか?」とアッシュもいっしょに覗き込んだ。


「ぐへへ、シーフの腕の見せどころ」


「頼む」


「うん」


 カルボの手並みはあっさりとしていて、無駄がなかった。全体をまさぐってから側面の小さなハッチを見つけると、手早くピッキングして開封。中にある歯車の何ヶ所かに金属片が噛んでいて、レバーを回しても動力が伝わらないようになっていた。


 この装置がいったいいつからここに置かれているのか、それはカルボにもわからないが、ともかく金属片を慎重に引き抜いた。


 これで扉が開けられるはずだ。


     *


 人類種が巨神から世界支配権の証”ジ・オーブ”を奪ってからおよそ一万年。


 広大な地上世界を治める人類種ではあったが、オーブの力をもってしてもなお屈服をはねのけるドラゴンたちの存在もあり、大地の全てを、その深秘を、全て暴ききったわけではなかった。


 加えて巨神文明時代の遺跡である。


 主に地下に建造された遺跡は様々な形で容易な侵入を拒み、巨神が用いていただけあって規模は巨大で、また数も多く、人類の目がいまだ届かない場所は枚挙にいとまがない。


 アロケルカイム王国という比較的歴史のある国においてもそれは同じで、重要な資源として国内産業を支える青銀珊瑚シルバーコーラルの森の地下領域にも遺跡が広がっているという話は長く語り継がれていた。しかしそのような遺跡は数百年の間暴かれたことはなかったし、発見されたとしても騒ぎになるほどの規模ではなかった。


 あくまでもそれは噂であろうという評価が下り――遺跡発掘よりも青銀珊瑚の森のほうがよほどカネになるのだ――遺跡を発見しようとするのはごく限られた大富豪の道楽と見なされていたのだが、事態はゴブリンの一斉蜂起によって一変する。


 あまりにも多すぎるゴブリンの個体数と出現地域から、単に自然繁殖したのではなく、巨神文明時代の遺跡が何らかの形で関与しているのではないか、との予測が広まった。


 それはたとえばゴブリンの集落同士を何らかの形で発掘された地下遺跡がつなげ、一気に交雑が広まって数が増えたという説であったり、封印されていた魔法の作用がゴブリンを操って一族としてまとめ上げてしまったという話。あるいは遺跡の奥底にゴブリンの原種かそれに近い個体が眠っており、何者かがそれを目覚めさせたのだと語る者もいた。


 真実は蜂起が始まって数年を経てもまだ解明されていないが、遺跡が――巨神文明の遺産が何らかの形で作用していることは確かであろうとアロケルカイム王国は判断した。


 冒険者の出番である。


     *


「これは……」


 遺跡内部に踏み込んだアッシュたちはあっけにとられた。


 巨神文明の遺跡がかつての主にふさわしい巨大建造物であることは当然のことだが、それでも日常生活のレベルとかけ離れた天井の高さや通路の道幅はどれだけ経験しても見慣れることがない。あるいは、遙か一万年以上昔に巨神の奴隷だった人類種に根深く刻まれた畏怖の念が今なお拭いきれず、先祖から受け継がれているのかもしれない。


 だが今アッシュたちの目を釘付けにしているのはそれとは別のものだった。


 そこにあるのは、広い地下空間に広がる工場だった。


 奥の方では炉を使って鉄が溶かされ、くすんだ緑のもろ肌を脱いだ屈強な鍛冶師がそれを打ち、そこから運ばれてくる鉄片をメスのゴブリンが金釘で留め、布や毛皮に縫い付けて盾や鎧を仕上げていく。


 ゴブリンが武装していることは珍しくない。むしろ積極的に武具を身にまとうことで知られている。そうすることで自分より弱いものをもっといたぶれるからだ。


 しかしこれは規格外の光景だった。


 まるで一国の工業都市で人間やテクスメックが働いているかのような規模だ。


 いったい一日に何匹分の武器や防具が造り出されているのか……。


「こいつぁ……思ったより深刻だな」


 アッシュはゴクリとつばを飲み込んだ。


 地下空間の空気には、鉄錆とゴブリンの生活臭の混じった悪臭が流れていた。


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