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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第19章「アロケルカイム領事館攻防戦」
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第19章 04話 破廉恥

 魔導結社キサナドゥの構成員、”電磁甲冑”のジャビアは、さすがに肝を冷やしていた。


 アロケルカイム王国領事館玄関フロアに立てこもる形になった彼ともうひとりの妖術師ウォーロックは現在、シグマ聖騎士団の命令を受けて増員された完全武装の聖騎士たちに囲まれている。その数は目視できる範囲ですでに8人。


 8人もの聖騎士。それがどれほど恐ろしい戦闘集団であるか。


 一般の衛兵の10人分とも20人分ともいわれる戦闘力を持つとされる聖騎士、しかもシグマ聖騎士団の一員である。


 一対一であれば、電磁甲冑によって攻略は可能だとジャビアは見ている。過信ではない。これまでの戦いで実証済みだ。


 だが連携する複数の聖騎士に襲いかかられれば、ひとたまりもない。反撃で何人かはれるとしても鎧が破壊された時点で詰む。


「くそッ、ファラディめ、まだか!?」


 クレリア姫を人質として連れてこれなければ、これもまた手詰まりになる。確保してある脱出ルートまで移動するには人質作戦以外に方法がない。


 ジャビアは兜の面頬を挙げ、玄関ホールの絨毯につばを吐いた。


 ふと見ると、妖術師が壁際に身体を預けて荒い息をしている。その足元には何度か胃液を戻した痕跡があった。


「おい、お前名前は?」


 シノン、と妖術師は答えた。ジャビアにとっては意外なことだったが、女の声だった。


 さらに意外なことに、フードを取ったシノンはまだ若く、顔色は悪いが整った容姿をしていた。


「もう少し下がっていろ、聖騎士やつらに狙撃されるぞ」


 シノンは力なく顔をひきつらせ、後ろに下がった。


「……これからどうすればいいんですか、ええと、先パイ」


「ジャビアだ。ファラディ……マスクの野郎がいただろう? あいつがお姫様を連れてきたらそれを盾に脱出する」


「う、うまくいくんですかね……?」


 シノンは卑屈な笑みを浮かべた。


「いかなきゃオレもお前も聖騎士サマの手柄になるだけだ」


「うう……」


 シノンはうめき、何やらベタついた髪をかき回した。整った顔だが、外見に気を使わないタイプ――いかにも・・・・な魔法使い気質だとジャビアは感じた。


 魔導結社キサナドゥには、倫理や常識をいっさい考慮せず魔法の研究と実践を行える環境を求めて魔法使いの中でもとびきりの悪党や変人が集まる。もっとも、ジャビア自身もその研究成果を思うまま使って暴れまわり報酬を得られることに惹かれた人間なので他人をどうこう言える立場ではない。


「これ以上時間がかかるともっと人数が増えるだろうな……」ジャビアはわざとシノンを怖がらせるような口調で言った。「もしその中に”切り込み隊”が混じっていれば終わりだ」


「き、切り込み隊?」


「知らないのか」


 シノンは大げさに首を振った。


「シグマ聖騎士団名物の特攻部隊だ。聖騎士の中でも最強だの死神だのと言われる連中だよ。実力が噂通りなら、オレたちは殺されるだろうな、間違いなく」


「ひぃ……」シノンは青ざめた表情をさらにしおれさせた。「こ、降伏しましょう、降伏」


「切り込み隊は敵陣を壊滅させるのが目的の部隊だ。降伏は受け入れない……そもそもオレたちは円十字教会とアロケルカイム王国を全面的に敵に回してるんだ、降伏できたとしても徹底的に尋問されるのがオチだぜ」


「そんなぁ……」


「だがまあ、この状況なら切り込み隊は出張ってこないだろう」


「そうなんですか」


「こっちには最重要人物のクレリア姫がいる。姫が巻き添えになる可能性を避けるなら、切り込み隊は投入しないはずだ。なにしろ、敵陣にあるものを徹底的に叩き潰すのがその役目なんだからな」


「じゃあ、普通の聖騎士なら助かる……?」


「いいや、大ピンチだ」


「ひいい」


 ジャビアはシノンが怯える反応を楽しんだ。面白い女だ。自分のものにしたいと思った。もっとも、生きて帰れたらの話だが。


 と、そこに変化が起こった。


 領事館の中庭から、立て続けに破裂音が上がった。


 領事館を外から取り巻く聖騎士たち、そしてキサナドゥのふたりに緊張が走った。


 クレリア姫に何かあったに違いない。


     *


 閃光と轟音で眩惑させるエリクサー爆弾は、対象が視覚と聴覚を持っている限り有効である。


 領事館中庭で爆ぜたそれはフォレストエルフのセラの目を瞼の上から焼き付かせ、長い耳を聾し、行動不能に陥らせた。


 30秒。


 視聴覚がまともに戻ったセラが目を瞬かせると、そこには眩惑弾を使ったファラディの姿はなかった。


 そして、クレリア姫も。


     *


 再び領事館玄関ホール。


「待たせたな……」


 そういってジャビア、シノンの背後からファラディが現れた。


「おせえぞ、何があった……」と言いかけて、ジャビアは口をつぐんだ。


 ファラディの外套はあちこちが破け、幾つも手傷を負い、血で汚れていた。


「動けるのか?」


エリクサーでなんとかする」


 シュコー。ファラディはマスク越しに一息ついてから、担いでいたクレリアをジャビアに預けた。


「よし、脱出ポイントまで移動する」


 ジャビアが宣言した。クレリアは鎧の上からおぶり、太い革ベルトを使って固定した。


「お、重くないんですか先パイ……?」


 全身鎧を着込んでいるジャビアが女子供とはいえ人ひとり分の体重を追加するのは大変だろうと考えてシノンが言った。


「問題ねえ。オレが運ぶのが一番都合がいいんだよ」


「はあ」


「おい、気ィ入れろ。円十字の聖騎士とやりあうかも知れねえんだぞ」


 シノンは顔色をさらに悪くさせて、杖を胸の前でしっかりと握りしめた。


     *


 領事館、正面玄関前。


 邸内への突入準備が整ったシグマ聖騎士団の団員たちは、今まさに駆け出そうとするその直前に、魔導結社キサナドゥの卑劣な行いを突きつけられた。


「離れろーッ! オレたちの近くに寄るんじゃないッ!」


 ジャビアが叫んだ。


 王族であり、まだ年端もいかない少女であるクレリア姫を背負い、人質とした上での発言である。


 あまりの破廉恥ぶりに、聖騎士たちの何人かはむしろ戦意を高揚させそれぞれの武器を構えようとした。


 聖騎士は円十字の誉れを一身に背負った輝かしい存在であると同時に、最精鋭の戦闘集団である。3人のキサナドゥ構成員が強力であろうとも、もしこの時点で本当に人質救出を仕掛けていれば成功した可能性はある。


 しかしジャビアの一言が聖騎士たちの足を止めた。


「オレの鎧は”電磁甲冑”だ! その意味がわかるか? わかるならオレたちに一切手出しは無用だッ!!」


 ジャビアの全身鎧は総電磁装甲造り――ダメージを受ければ電撃を放出して自動的に弾き飛ばすよう鍛えられた魔術付与品エンチャンテッドである。


 つまり、もしジャビアに一太刀入れようものなら、背中におぶったクレリア姫にも電撃が走ることになるのだ。


 聖騎士たちはこれで動けなくなった。


 どれほど腕の立つ団員がいようとも、この条件でクレリア姫を傷つけることなく救い出せるかどうかといえば極めて困難と言わざるをえない。


「よーしいい子だ……そのまま動くなよ? 一歩でも動けばお姫様の命はないと思え」


 ジャビアは不意打ちを警戒しながら、領事館から少し離れたところに停めてあった辻馬車に目をつけた。領事館での戦いに巻き込まれまいとして御者はどこかに逃げてしまったらしく、改造された半生体サイボーグ馬が2頭、所在なげにうなだれている。


 キサナドゥの3人は素早く馬車に乗り込み、ファラディが臨時の御者を務める。


 エーテル流伝導手綱を握るとすぐに馬車は動き出し、歯噛みする聖騎士たちを尻目に走り去っていく……。


     *


「なんということだ……」


 シグマ聖騎士団作戦司令室に虚ろな声が響いた。


 団長ギョームは輪郭のだぶついた顔を撫でた。汗が冷たい。


 伝令官を通して現場から直接入ってくる情報は、魔導結社キサナドゥがクレリア姫の誘拐を成功させたことを示唆するものだった。


 すなわち――聖騎士団の敗北。


「ありえぬ、このような……副長!」


「はい、団長」副長ロトは冷静な面持ちを崩すことなく答えた。「由々しき事態です」


「何を悠長な! クレリア姫が本当に勾引されてしまうぞ?」


「キサナドゥの脱出ルートを予測中です。現状から封鎖は十分封鎖可能と考えております」


「むう……」


 ギョームは興奮し爆発しかけたところに冷風を浴びせられたようになった。


 と、そこで情報分析官から悲鳴にも似た声が上がった。


「何ごとか?」とギョーム。


「キサナドゥの乗った馬車は東地区に向かっています……が……」


「が?」


「は、はい」情報分析官は汗を拭い、「馬に乗って馬車を追いかけている人物がいるとの情報が」


「なんだと?」


「……それはシグマの団員か?」とロト。


「いえ、違うようです。どうやら民間の傭兵らしき男で、武器を手にしているとか」


「……まずいな」ロトは整ったあごに指を当て、苦悩をにじませた。「クレリア姫に危害が及ぶ可能性がある。東地区の閉鎖を急がせるんだ」


「はっ」


 情報分析官は一礼して、伝令官に慌ただしく伝達事項を下した。


 作戦司令室の緊張は続く……。


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