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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第19章「アロケルカイム領事館攻防戦」
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第19章 02話 召喚テロリズム

 妖魔トキシックローパーは”闇の領域”から召喚術によってこの世に呼び出される化け物で、半生状の岩の塊から無数の触手と擬足が生えた奇怪なフォルムをしている。


 今、聖都カンの聖トリコ・モナス公園に突如として現れたのは個体としてはかなりサイズが大きく、幅も高さも大人の人間の身長ほどもあった。おまけに数も多い。


 一般市民や巡礼者の憩いの場であるはずの公園は、その名の通り触手にいくつも刺胞を持ち、絡みついた触手から毒を送り込むトキシックローパーによって麻痺や呼吸困難に陥った被害者が芝生や石畳の上で倒れ込み、いまや恐怖の悲鳴が上がる修羅場と化していた。


 魔導結社キサナドゥの構成員が当局の尋問から脱走したことをうけて増員されていた衛兵たちが手にした武器で駆除しようとするが、ローパーたちの数と凶悪さには釣り合っていないらしくすでに数人の衛兵が犠牲になっている。


 もはや大規模な召喚テロと呼ぶべき事態だった。


 そんな中、公園の一角で、親とはぐれた子供とその飼い犬がローパーに追い詰められていた。泣きじゃくる子供の前に犬が立って健気に威嚇の吠え声をあげるも、闇の領域からこの世に実体化した妖魔には容赦という概念が存在しないらしく、哀れにも触手に絡め取られようとしていた。


 絶体絶命の危機――そこに、ザッと飛び出した影が幾筋かの銀色の軌跡を描いた。


 訓練を積んでいなければ何が起こったのか判別するのも難しいだろう。現れた影とはシグマの紋章が入った完全武装の聖騎士で、目にも留まらぬ剣さばきでローパーを切り刻んだのだ。


 一拍遅れてローパーは全身バラバラになり、受肉がほどけ黒い霧となって闇の領域へと移相フェイズシフトして消えた。普通の生物ならば”死”に相当する。


「おお、聖騎士様!」


 避難途中の巡礼者らの間から歓喜の声が上がった。


 聖騎士の現れるところ破邪顕正の光あり。円十字教会の信徒にとって聖騎士とは、世界に正義と救いをもたらす英雄であり、教会の力の象徴である。中でもシグマ聖騎士団は、聖都カンを本拠地とし巨大犯罪や大規模で邪悪な存在と対決することを主な任務とすることから人気も高い。要求される能力もだ。


 いつの間にか、別の場所にも聖騎士たちが出現し、ローパーを打ち倒していく。


 信徒たちの喝采を浴びながら、栄光あるシグマの聖騎士たちは輝かしく紋章を誇りながら武器を振るった。


     *


 その頃、シグマ聖騎士団本部作戦司令室。


「聖トリコ・モナス公園にて交戦中、まもなく制圧完了」

「聖墳墓殿堂内の安全を確認」

「パイロヘータ浄水場にて爆発事故発生、現在調査中」

「聖クラッジア病院にて戦闘が発生、遭遇した民間人がキサナドゥ構成員を倒したとの複数証言、現在調査中」

「アロケルカイム領事館にて交戦中、再び増援要請あり」


 次々と入念する(註:念波通信を受信する、程度の意味)聖都カン全域におけるキサナドゥ活動の情報を、作戦ボードの前に立つ情報分析官が読み上げていく。


「クレリア姫の御身柄おんみがらはまだ確保できんのか?」


 シグマ聖騎士団団長ギョームの苛立つ声に、まだ若い情報分析官は一瞬気を呑まれ、舌が回らなくなった。


「し、あ、あの……まだ、情報は入ってきておりません」


「これ以上の失態はシグマの名を地に落とす……ここは”切り込み隊”を出してでも」


「お待ちを、ギョーム団長」”切り込み隊”の単語が出た途端、ギョームの席の隣に控えていたロト副長が割って入った。「”切り込み隊”は特例級妖魔1個体以上に匹敵する脅威においてのみ投入されるものと厳命されています。聖都で彼らを運用するのはリスクが大きすぎるかと」


「何を言うか、我々に下命されている最重要命令はクレリア姫の安全の確保だ。テレポーターであり王族でもある彼女を奪われる事態を防ぐためにはその程度のリスクなど!」


「……コークス前団長であれば、通常戦力のみでの制圧を優先させたはずです」


「なに!」


 低く抑えたロトの言葉に、ギョームは机を蹴倒す勢いで立ち上がった。肉のついた顔が怒りに赤く震える。


「聞き捨てならんな。コークス前団長の功績を云々する状況ではないが、奴は……もう死んだ人間だ。いまここでシグマを差配しているのは誰だ? この私だ!」


「……失礼致しました」


 眉目秀麗な副長は姿勢を正し、完璧な角度で頭を下げて謝罪の意を示した。


 作戦司令室に沈黙が降りた。


「……まあいい。後の指揮は副長、君に任せる。やってみせろ」ギョームはそう言って再び腰掛け、「だが必要があるなら躊躇なく切り込み隊を使え。責任は私が持つ」


「承知いたしました」


 ロトは再び神妙な態度で頭を下げ、踵を返して作戦ボードへと向き直った。


 おろおろとしていた情報分析官は咳払いをひとつして、「では改めまして……」


「領事館に一番近い動ける部隊は第3隊のみだな?」とロト。


「は、はい。念話を送りますか」


「頼む。それと、聖墳墓殿堂に向かわせた連中は第6隊を残して全て地上うえに上げるように伝えてくれ」


「了解しました。伝令官に指示を入れます」


 司令室に詰めている団員たちが、新たな命令に慌ただしく対応する。


 作戦ボード上の地図とコマに様々な注釈が書き加えられ、力の流れが一点に集中しようとしていた。


 全ての状況は、領事館の攻防の行方にかかっていた。


     *


 アロケルカイム領事館、正面玄関。


 キサナドゥの構成員・ジャビアは全身をすっぽり覆い隠す兜鎧の中で、ほとんど性的興奮に近いものを感じていた。


 息が荒くなり、面頬を下ろした兜は蒸気で曇る勢いだったがそれを不快に思うことさえ忘れられる。


 バイザーの向こうで、同じように金属鎧で全身を包んだ男が――多分男だろう――動いた。白地に青のライン、それに銀色の輝くシグマの紋章。シグマ聖騎士団の聖騎士だ。


 聖騎士は並の兵士とは格が違う。それを言うなら騎士の称号をもつ時点で格違いなのだから、段違いだと言うべきか。


 ともかく聖騎士は普通の人間とは違う。士気も練度もはるかに高く、よほど武芸に通じているか、強力な妖魔などでなければ太刀打ちできない。


 強者が集められているからという理由もあるが、それに加えて運用している装備が強い。


 聖騎士の鎧はいずれも高度な魔力付与品エンチャンテッドであり――ときには大魔法具アーティファクトさえまとっているという――今まさにジャビアに向かってくる聖騎士も発泡金属装甲のフルプレートを身に着けている。これは攻撃を加えられると装甲素材に内包された緩衝エリクサージェルが泡のように膨れ上がり、受けた衝撃を相殺してしまう。つまり殴りつけても大抵の一撃は内部に浸透せず無効化されるのだ。


 ――そんなほとんど無敵の聖騎士サマが、どうだ?


 ジャビアは兜の中で舌なめずりをした。汗の味。


 聖騎士が正面から剣を構え、打ってくる。


 対抗してジャビアは剣の軌道に合わせて打ち返す。


 金属が噛み合う音。火花。衝撃。


 聖騎士の一撃のほうが重い。ジャビアの切っ先は弾かれ、聖騎士の剣はジャビアの胸甲に届いた。


 その瞬間。


 電撃が空気を引き裂く音が領事館に響いた。


「ぐわっ!」


 悲鳴を上げたのは聖騎士だった。全身を金属鎧に包んだまま後ろに弾き飛ばされ、尻餅をついた。手にしていた剣も取り落とし、舗装された道をカランカランと転がる。その剣先は、電撃を浴びて黒く変色していた。


 電磁甲冑。


 攻撃を受けるとその部位から電撃を発し、威力を打ち消すと同時に攻め手に電気ショックを浴びせかける鎧である。


 仕組みは簡単だがその作成には莫大な予算と時間、そして魔力が注ぎ込まれている。


 ――聖騎士サマの攻撃さえオレには通用しない!


 ジャビアは動いた。


 わざと力を抜いた蹴り聖騎士の兜に包まれた顔面に叩き込む。


 武器で殴りかかっていたら、発泡金属装甲が反応して跳ね返されていただろう。コツンと当てるだけの蹴りならばそうはならない。


 ジャビアが狙ったのは、足で面頬を跳ね上げることだ。


 カシャリと金属が擦れる音。面頬が開き、一瞬、聖騎士の信じられないという風に見開かれた目と視線が交錯した。


「ははッ」


 歓喜に引きつった笑みを浮かべ、ジャビアは聖騎士のむき出しの顔面に容赦なく剣を突き立てた。


 おぞましい手応え。悲鳴が上がるが、すぐに黙った。


 ジャビアの背筋にぞくぞくと快感が駆け上った。今日一日でふたりめだ。一国の軍事力さえ揺るがせるといわれるシグマ聖騎士団の団員をふたりも殺害したとなれば、電磁甲冑の有用性は揺るぎなく証明されたことになる。


 おそらくキサナドゥの”工房”で電磁甲冑の量産が進むだろう。その実績を証明した自分に対する報酬インセンティブも確実だ。


 余韻に浸りながら周囲を見渡すと、同じキサナドゥ構成員のひとりが聖騎士に苦戦しているのが目に入った。


 ジャビアとは異なり鎧は身につけていない。ローブにマントと杖といういわゆる昔ながらの妖術師ウォーロックファッションだ。軽装版の聖騎士に追われ、放っておけば斬り伏せられるだろう。


「はっはーッ、助太刀するぜ!」


 調子づいたジャビアはしゃぐようにして聖騎士の背後に一刀を浴びせた。


 ハーフプレート姿の聖騎士はその攻撃を察知し、地面を滑るようにしてかわした。やはり並の動きではない。


 だが案の定、ジャビアに反撃を仕掛けて反対に電撃で吹き飛ばされた。


「へッ、エリートさんは太刀筋が堅い!」ジャビアはせせら笑い、妖術師の方を向いて「オイ、あとは任せるぜ」


 妖術師は慌ててうなずき、まじないの言葉を紡いだ。エーテル光が杖の先端に集まったかと思うと、緑色の毒々しい炎が軽装の聖騎士へとほとばしった。


 悲鳴が上がった。燃え盛る緑膿が油脂焼夷弾のように聖騎士の鎧の表面にへばりつき、水で消せない炎を上げて中身を蒸し焼きにする。


 これで領事館の警護を務めていた聖騎士、衛兵は死ぬか戦闘不能に陥るかで全て片付いた。


 だが増援が駆けつけてくるのは時間の問題だろう。


「ファラディの野郎、何をやっている?」


 ジャビアは領事館邸内に先行して侵入した構成員の名を呟いた。心配はしていない。表には出さないが、ファラディは自分より恐ろしい人物だとジャビアは心得ている。


 クレリア姫の身柄さえ押さえてしまえばあとは人質にして逃げるだけだ。


 殺し。報酬。食い物。金。力。強さ。女。


 興奮状態の脳裏に、いろいろなイメージが断片的に浮かぶ。


 ジャビアは斃れた敵味方を乗り越えて邸内に入り、ファラディが奥からクレリア姫を連れて現れるのを待つことにした。


 キサナドゥの勝利は間近に思えた。


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