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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第19章「アロケルカイム領事館攻防戦」
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第19章 01話 女たち

ここまでの展開


 旅先で知り合った冒険家ウェムラーに「死んだ友人の墓前に写真を供えて欲しい」という依頼を受けたアッシュたち。

 偶然にもその友人とはアッシュの父代わりでありシグマ聖騎士団前団長のコークスだった。

 かつての不祥事で聖騎士団を追放され、教会から破門された身であるアッシュは戸惑いながらも依頼を果たすため円十字教会総本山・聖都カンに向かった。


 つつがなく済むかに思われた墓参りだったが、カンの地下に広がる聖墳墓殿堂で異変が起こる。

 

 突如として出現したアロケルカイム王国第四王女クレリア。彼女は精神術師サイオンであり、稀有なテレポート能力者だった。

 同じく精神術師である双子の人造人間・黒薔薇と白百合に引き寄せられて跳躍してきたクレリアは誘拐犯に追われていた。

 テレポートに巻き込まれた誘拐犯までもが現れてしまい、アッシュらはほぼ丸腰の状態で巻き込まれ、戦うことに。


 誘拐犯はクレリアの能力に目をつけた魔導結社キサナドゥの構成員だった。

 

 危ういところで切り抜けたアッシュたち。

 その場に駆けつけた因縁あるシグマ聖騎士団副長ロトと対面することになったものの、衝突は回避され、アッシュは安堵する。


 一方、クレリア姫と精神的に強く結びついた黒薔薇と白百合は、クレリアとともにカンにのこり共に修道院に入ることを希望。

 その意志を尊重しようとするよう決めた矢先、キサナドゥが再びクレリアを誘拐しようと人員を送り込んでくる。

 装着式ボーンゴーレムをまとった強敵ザンドムを退けるアッシュとドニだったが……。

 カルボとセラは病院から聖都カンのアロケルカイム領事館へと向かっていた。


 通りを全力で駆け抜ける人間とエルフふたりの美女の姿に、すれ違う通行人たちは何ごとかと目を向ける。


「セラ、待って、先行き過ぎ!」


 やや苦しげに眉根を寄せながらカルボが叫んだ。着用している魔力付与品エンチャンテッドのキャットスーツに命じて胸を抑えているが、それでも一歩駆けるごとに豊かな乳房が暴れようとする。盗賊として身軽さには秀でているはずだが長距離走は苦手だった。


 セラはフォレストエルフであり、森林での素早い動作に適応して手足がすらりと長い。パルクールもごく自然に身についている。純粋な足の速さ比べでは平原プレーンエルフの走者にこそ劣るものの、障害物の多い街路での彼女の走りはネコ科動物のようで、一般的な人間が追随するのは難しい。


 エルフ特有の長い耳はカルボの声を拾っていたがセラはそれを無視した。なにも見捨てようというわけではなく、とにかく急がなければならないと思ったからだ。


 黒薔薇、白百合のことが心から心配だった。クレリア姫のことも。


 元々大森林のフォレストエルフとして生まれた己がなにゆえ人間たちとパーティを組んで遠く離れた聖都カンまで旅してきたのか。奇妙な巡り合わせと好奇心がそうさせた。


 巡り合わせ――セラはその考えに惹かれる。


 森が一本一本の木々草花の集まりとして成り立つように、パーティとはひとりひとりの個性があって構築される。


 行く末はパーティに、そして冒険に参加し続けることでのみ見えてくるだろう。


 その眺望は、もしほんの少し巡り合わせがずれていたら関わることさえ無かった風景のはずだ。


 かつて暮らした大森林で、木々の間をぬってウサギを追いかけていた頃のことが脳裏をよぎった。いま走っているのは天下に名だたる聖都カンの往来だが、気持ちはその時と変わらない。ただ速く、最も的確なコースを選び、手足を動かす。


 セラは視界の端に映った木箱をめがけて駆け、飛び乗って一気に民家の屋根まで飛び上がった。


 ――無事でいてくれ、みんな!


 彼女は今、疾風とひとつになっていた。


     * 


 アロケルカイム領事館。


「……私を狙うキサナドゥのせいで、身の回りの者にも不幸が及びました」


 クレリアは繊細な眉根をキュッとよせて、苦悩をにじませつつ言った。


 領事館の中庭のすみに隠れるようにして、同じくらいの背格好の少女がふたり。黒薔薇と白百合である。サイオンの能力で一種の精神融合を果たした3人は、黒薔薇と白百合がそうであるようにこころが通じ合っていた。


 物心つくまえからテレポーターとしての能力に覚醒していたクレリアにとって、”不自由”は意味のない言葉だった。


 自分や他人を任意の場所へ――あるいは全くのランダムな場所へ――軽々と空間跳躍させる能力である。気に入らない場所からは息をするように抜け出して、気に入らないモノは指先ひとつでどこかに行ってもらう。おまけにアロケルカイム王国の王族である。誰からの咎めを心配すらしなかった。


 平和な御世であれば、そのすっかりわがままな性格に育った性格も含めて国民からため息混じりに愛されるお姫様でいられたかもしれない。


「私は……もうわがままなお姫様ではいられません。アロケルカイム王家の一員として、領事館の職員の命を守らねば」


「はい、クレリア姫」と黒薔薇。「わたくしたちも協力いたしますの」


「でも、クレリア姫」と白百合。「ご無理をなさってはいけませんわ」


 ご無理というのは、数分前に領事館へ侵入を図った”鬼械躯動キカイクドウ”ザンドムを、その巨体の前に身を投げ出すようにして強制テレポートさせたことを指していた。結果としてアッシュとドニのいる病院に転移させることができたものの、一歩間違えたらクレリア自身にも危害が及んでいたやも知れない。


「大丈夫です……」と、クレリアは言いかけて困ったような笑みを浮かべた。「いけませんね、あなたたちふたりに嘘はつけないのでした」


 3人はお互いの顔を見合わせ、微笑んだ。キサナドゥの送り込んでくる構成員は普通ではない。恐ろしい敵である。怖くないはずがないのだ。


と、そこに領事館の正面玄関あたりから物音がきこえてきた。何かがぶつかり合い、罵りあう声。


 ザンドムとは別のキサナドゥ構成員が乗り込んできたにちがいない。


「ど、どうしましょう……」クレリアが慌てて立ち上がり、「またどこか別の場所に転移させるべきかしら?」


 黒薔薇と白百合はクレリアの混乱が伝染したように落ち着きを失った。ほとんど遅延なく意思疎通ができる状態にある3人の少女は、反面、互いの心理に影響されやすくなっているのだ。


 再び何かが激突し、悲鳴が聞こえた。


 少女たちはお互いの手を握り、なんとか平静を取り戻そうとした。もう少し気持ちが慌ただしくなければ遠隔視リモート・ビューイングの能力で正面玄関を覗き見するくらいの案は浮かんだはずだが、この時の彼女らにはその余裕はなかった。


 互いの感触と体温を感じ、あとは言葉をかわさずに3人は方針を決めた。


 玄関まで瞬間移動し、妨害念波を放出したのち、敵を増幅念動波で無力化する。


 愛らしい3人の精神術師サイオンは、全く一緒のタイミングで深呼吸をし、エーテル波を同調させて空間を――飛び越えようとしたその直前に、足元へと何かの塊が投げ込まれた。


「え?」


 次の瞬間、塊は強烈な閃光とともにはじけ飛んだ。


 次いで白煙が巻き起こり、クレリアたちは頭を抑えてその場にうずくまった。


 煙の正体はキラキラと光を乱反射する粉末状の青銀珊瑚シルバーコーラルと複数の霊薬エリクサーからなる”ジャミングダスト”と呼ばれるもので、またの名を”魔法使い殺しメイジブラスター”。エーテル波をかき乱しあらゆる種類のエーテル操作術を邪魔するというものだ。脳内エーテル波の集中により力を発揮する精神術師サイオンは特に影響を受けやすい。


「……3人いるだと?」


 白煙をかき分けるようにして、クレリアたちの前にぬうっと姿を表したのはフード付き外套にマスクを付けた人物だった。一度はアッシュの護身用バトンで倒され当局に拘束された、ファラディという名のキサナドゥ構成員だ。


 シュコーと音を立てて呼吸して、ファラディは3人の少女たちを見比べた。金髪、黒髪、そして亜麻色。背格好は似ているが髪の色でクレリアのことは判別できた。


「影武者を使うならもう少し気を利かせることだな……」


 マスク越しにはジャミングダストの効果は及ばないのか――あるいはエーテル操作術を一切使用していないのかもしれない――ファラディは平然と煙の中を抜け、クレリアへと手を伸ばした……。 


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