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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第18章「円十字の旗のもとに」
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第18章 04話 what a day!

 翌朝。


 聖都カンにあるシグマ聖騎士団本拠地作戦会議室に、物々しい面々が集っていた。


 騎士団各隊の隊長クラスの聖騎士に、書記官、紋章官といった文官。そして副長ロトに加え団長ギョームその人が上座に構えていた。


「……では未だ足取りはつかめていないと?」


 ギョームが不快感を露わにした顔で言った。でっぷりとした肥満体に白と青の制服を身にまとっているそのさまは、武に優れた聖騎士というよりは位の高い――そして世俗的な――司教のようである。


 足取りとは、昨夜尋問から脱走した魔導結社キサナドゥに所属する3人の構成員――ジャビア、ファラディ、アズールの行方についてのことだ。


「はい。衛兵だけでなく我々シグマの聖騎士まで動員をかけていますが、情報は入ってきておりません」


 副長ロトが冷静に意見を述べた。こちらは整った顔を崩すことなく、落ち着いた態度を保っていた。


「よりにもよってキサナドゥの手のものか」とギョーム。


「はい」情報分析官のまだ若い団員が作戦ボードに貼られた四枚のポートレートを棒で差した。「先日のクレリア姫誘拐未遂事件にかかわった集団です。四人のうちひとりは魔術付与品エンチャンテッドを使って自爆に及びすでに命を落としていますが」


「カンから逃がすわけにいかん。外部に漏れる前にかならず始末しろ。団員を追加投入してもかまわん」


「増員に関しては手配済みです」とロトが手元の資料に目を落としたまま言った。


「結構。それで、肝心の情報は得られたのかね」


「……残念ながら」再び情報分析官が作戦ボードの殴り書きに指示棒を向け、「実際に尋問にあたっていた尋問官が他の職員もろとも殺害され、調書は持ち去られていました。他の記録媒体も同様です」


「なんだそれは」ギョームの顔があからさまな嫌悪感で歪んだ。「副長、どうなっている」


「……手並みが鮮やかすぎます。何者かが脱出を手引した可能性が」


「内通者か」


「そこまでは断定できませんが」


「忌々しい。いつぞやの不祥事を思い出す」


 そう吐き捨てたギョームとロトの脳裏には、三年半前の主計長サンズ殺害事件、そしてそのとき追放された団員・アッシュのことが浮かんでいた。


「報告は聞いた……いま来ているそうだな、この聖都に。前団長の墓参りだとか」


「はい」


「関係あると思うかね」


 ロトは資料をテーブルに置き、「少なくともこの件では無いかと」


「そう願いたいものだな。だがクレリア姫の件もある」


はつけておきます。ご安心を」


「結構」


 団長ギョームは肥満体の腹の上に引っ掛けるようにして腕を組み、物憂げにため息をついた。


     *


 アッシュたちにも、聖都カンに漂う清浄であるべき空気にピリピリとした緊張感が混ざっているのが伝わってきた。


 街中を衛兵がパトロールする姿。それに数こそ少ないが、シグマ聖騎士団の団員が見え隠れしている。


「何かあったな」


 アッシュには断言できた。


 聖騎士団、とりわけ巨大な組織と戦う役割を担うシグマは、簡単な事件には敢えて姿を晒すようなことはしない。戦力を盗み見されるに等しい行為だからだ。


 ならばそのリスクを踏み破ってでも聖騎士を動かす理由がある、ということになる。


「キサナドゥが何かしでかしたんだろう」


 脱走の件はこの時点ではアッシュたちの知るところではなかったが、状況から考えれば目星は付けられる。


「ねえ、それってヤな予感」カルボが繊細な眉をひそめた。「またクレリア姫が襲われるかも」


「領事館は危険やもしれませんな」ようやくベッドから降りられるようになったドニエプルが、腕に巻かれた包帯の具合を確かめながら「なにかあれば黒薔薇と白百合のお嬢ちゃんたちが巻き込まれる――ううむ」


「だが、姫のテレポート能力があればよほどのことがない限り逃げ出せるはずだろう?」とフォレストエルフのセラ。「アッシュと円十字教会の関係もある。迂闊に首を突っ込むとまた痛くもない腹を探られかねん」


「でも……」


「まあ待て」抗議しかけたカルボを制し、セラは背中と腰に回している弓と矢にそっと指を這わせた。「私も黒薔薇たちのことは心配だ。だからここは私たちふたりで行く」


「カルボ殿と? いやお待ちくだされ、拙僧ももうほとんど支障はありませんぞ?」


「ドニとアッシュは留守番だ」セラはあくまでも言い切った。


「何か考えがあるのか」とアッシュ。


「姫のテレポート能力は強力だ。しかし安全な”出口”が要る」


「俺たちをマーカーにしようってことか」


「そういうことだ。姫がサイオン能力を黒薔薇と白百合に同調シンクロして跳ぶとすれば、十中八九アッシュ、お前かカルボのところを目指すはずだ。そのときに目印は分散している方がいい」


 アッシュは納得し、うなずいた。


「そういうことならセラ、カルボ、お前たちに任せる」


「そういうことだ。カルボ、行くぞ」


「う、うん。わかった」


 エルフの長距離偵察エルヴン・リーコンは迷いなくドニエプルの病室を出ていった。カルボも慌ててそれに続く。


 いまはセラもカルボも聖墳墓殿堂に墓参りに行った時の姿ではなく旅用の武装をしている。ほぼ丸腰だった前回の戦いでは苦杯をなめたふたりだが武器を携えているなら話は別だ。キサナドゥの構成員相手といえども、よほど桁違いの妖術師ウォーロックでも出てこない限りは遅れを取ることはないはずだ。


「……それにしても、なぜキサナドゥはクレリア姫に執着するのでしょうな。身代金を要求するのは難儀な相手だと思いますが」


「アロケルカイム王国の関係者というより、テレポート能力者だからだろうな」


「能力者?」


「ああ。キサナドゥは世界中の特殊な魔術師や能力者をスカウトしたり、勧誘が無理なら誘拐して傘下に収めてるんだ」


「なぜそのような真似を?」


「連中は単なる戦争屋とかテロリストじゃない。その名の通り、魔法の力で導く組織なんだ」


 アッシュは病室の窓を開け、外の空気を入れた。カーテンがさあっと広がり、壁の張り紙が音を立てる。


「特殊で強力な能力者を無理矢理にでも集め、その力を研究しさらに洗練させていく。より強い力を得るためにだ。そのためなら戦争を利用するし犯罪に手を染めることもいとわない。人体実験なんてお手の物だ」


「むむ……」


 義憤の火がドニエプルの胸に灯っていた。龍骸苑の行者であり、自己鍛錬に生涯を捧げんとするこの巨漢にとって、明らかな不正義の存在は話を聞いただけでも憤怒の念が湧いてくるのだ。身内に危害が及ぶ可能性があるとすればなおさらである。


「王家に連なる血筋に発現する能力者なんて喉から手が出るほど欲しいはずだ……たとえシグマ聖騎士団とまともに事を構えることになったとしてもな」


「ううむ……アッシュ殿、われわれもこうしてはおられますまい!」


 ドニエプルはやけどの完治していない身体でどすどすと病室の中をうろついた。気が逸っている。


「俺もそう思う……けど、街にはすでに衛兵が配置されてるんだ、ヘタに動いてこっちが取り調べなんてされたら目も当てられない」


 アッシュは窓の外を見て、動くに動けない現状に歯噛みした。


 それでも今日は腰に黒鋼のメイスを差している。どうなるかわからないが、もしキサナドゥの構成員に会ったとしても今度は遅れを取るまい……。


 と、その時である。


『アッシュ、ドニ!!』


 いきなりものすごい大音量が鳴り響いた。


 アッシュたちは慌てて耳をふさぐが、再び聞こえてきた”声”が塞いだ手を素通りするように頭の芯に伝達されてくるのを感じ、それが物理的な音声ではなく脳内エーテル波に直接干渉する念話テレパシーだと理解した。


「どうした!? クロ、シロ、お前たちか!?」


 アッシュは何もない天井を見上げて叫び返した。


『アッシュ!』『ドニ!』『たいへん!』『たいへん!』『すぐに』『屋上へ……!!』


「屋上?」


 アッシュとドニエプルは互いの顔を見合わせた。この念話は明らかに黒薔薇と白百合からのものであったが、その”音量”たるや凄まじいものがあった。おそらくはクレリア姫と同調シンクロしてサイオニクスの力を増強させているのだろう。


 そうまでして飛ばしてきた念話が無意味なものであるはずがない。


 ふたりはとりあえずの疑問を後回しにして病室を飛び出し、屋上へと向かった。


 曲がり角まで飛び出し、医術師や患者をかき分けて階段を駆け上がる。


 屋上につながる扉を開き躍り出たまさにそのタイミングで、空から巨大なものが落ちてきた。


「なんだあ!?」


 轟音と砂塵。病院の屋上、その一角が崩れて何かが埋まりこんでいるのがかろうじてわかった。何かが降ってきて……。


「くそっ、何なんだいったい!」アッシュは口の中に入ってくる砂利を一旦吐き出して、「クロ、シロ! どういうわけだこれは!」


 双方向念話通信テレパシーには実際に言葉を発音する必要は無いのだが、叫ばずにはいられなかった。


『アッシュ!』『ドニ!』『その人を』『やっつけて!』『お願い』『します!』


 再びの強力な念話の塊に脳天を打たれ、アッシュとドニは砕けた石材を跳ね除けながら立ち上がろうとする”その人”の動向を見逃さぬよう身構えた。


「チクショウ、なんて日だ! なァンて日だ!」


 砂煙があらかた降り注ぐと、そこにうごめく何かが見えてきた。


 それは大きく言えば鎧を身にまとった男だった。


 だがその鎧は人間の背丈より大きかったし、骨格標本のようにスカスカとしていた。奇怪な”鎧”を纏っているのは人間だった。人間の男で、落下のときに何かがぶつかったのであろう、禿げ上がった額から流血していた。


「くっそお、どこだここは!」


 禿頭の男は叫び、巨大な鎧をきしませて立ち上がった。


 そこでようやく視線が絡んだ。


「なんだてめえら! なんなんだこの状況!」


「そりゃこっちのセリフっスよ……」アッシュは少し呆れた調子でそう言うと、腰の後ろの革ケースからごつりとしたメイスを抜き払った。「何が何だか分からないが、アンタはここでやっつける」


「はあ!?」


「一応聞いておきましょう」ドニは全身のエーテル流を活性化させ、青白い光を身にまとった。「キサナドゥの手のものですな? ならば我らは敵になる」


「あー、あー、そういうことかよクソ!」


 男はますます血を垂れ流しながら”鎧”を操った。ガシュン、と機械的な足音がする。


「オレぁ敵地に放り込まれたってワケだな!? すげー血ィ出てるじゃねえか! なんて日だチクショウ! いいよもう、てめえらここでブッ殺してやる!」


 男は激昂していた。それは鎧というよりは巨大な外骨格だった。凶悪で、巨神の骨格を中から操っているように見えた。 


「そうだよ! もう言っちゃえ! オレぁキサナドゥの一員だ! ”鬼械躯動”ザンドムたぁオレのことだ!」


 ザンドムはそう吠えて、アッシュたちに踊りかかった。


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