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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第18章「円十字の旗のもとに」
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第18章 03話 青い夜

「フェアに行こう」


 円十字教会シグマ聖騎士団の制服に身を包んだ一団は、アロケルカイム王国第四王女クレリアに深々と礼を伸びた後、アッシュに向き直ってそう言った。


「我々はここにおわすクレリア姫殿下の護衛を承り、アロケルカイムよりここ聖都カンまでお連れする任務を遂行していた。ところが」


 眉目秀麗な男・副団長ロトは一度目を閉じ、自らの感情を抑えるように長く息を吐いた。


「例の連中だ。諸君とも関わりがあった武装集団。キサナドゥだ。連中の襲撃を受けた。連中は姫を誘拐するつもりだったようだ」


 アッシュは音を立てないようにつばを飲み込んだ。何かを言おうと努力したが、言葉にはならなかった。追放。破門。紋章を削り取られた鎧。不名誉と悔恨の記憶で頭が一杯になる。


「恥ずべきことだが……我々は出し抜かれて誘拐の一歩手前まで許してしまった。そのときにクレリア姫がテレポート能力を発現あそばされ、力の強さ故に誘拐犯ごと聖墳墓殿堂に空間跳躍した。そこでたまたま行き会ったのが諸君ということになる」


 ロトはそう言ってアッシュたち一人ひとりを見た。アッシュに対してはかすかに眉を曇らせた――ように見えた。


「その上で、まずは諸君らに礼を述べたい。感謝する」


 ロトたち聖騎士は一糸乱れず姿勢を整え、折り目正しく頭を垂れた。


 顔をあげたその瞬間、聖騎士たちの眼差しに冷たい光がすうっと宿る。


 アッシュは自分の鼓動が考えられないほど早まっているのを感じたが、どう対処していいかわからなかった。彼らのうち、ロトを含め数人はかつての聖騎士団員時代に知っている顔だ。当時の主計長サンズをキサナドゥの罠にかかり殺めた愚か者を、再び何かの理由で罰しに来たとでも言うのだろうか。


「まさか、こんな形で再会するとは思わなかった」ロトの声だった。「何年ぶりになるかな……今は何をしている?」


「……冒険者を」


 口をついて出たのはそれだった。本当は傭兵と答えるべきだったかもしれない。アッシュの胸の内に黒いものが湧いた。こんなところで見栄を張ろうとしているのか、俺は。


「我々は官憲ではないが、いま述べたような事情がある。できれば任意で二、三質問に答えてもらいたい」


 アッシュは肩を軽くすくめた。聖騎士、しかも副長を含めての五人。力づくで口を割らせることなど容易いはずだ。『任意で』と申し出ている内に洗いざらい白状したほうが身のためだということは熟知している。


「オジキの墓参りに来ていたら巻き込まれた……と言ったら、信じてもらえますか?」


「詳しく聞こう」


 アッシュは胸の奥に刻まれた不名誉の傷の痛みをごまかしながら、ロトにありのままを答えた……。


     *


 夜。


「うーむ……それでは黒薔薇と白百合のお嬢ちゃんはこの都市に預けていくというわけですか」


 病院に戻ってきたカルボたち状況を説明され、ドニエプルは難しい顔で黒薔薇たちの決意のほどを聞き、何度か唸った後にようやく自分を納得させるように言った。


「高貴な方の気まぐれに巻き込まれたのでは?」


「私もそんなふうに思ったのだがな」ドニエプルの疑問に、セラは同情的だった。「だがどうも、精神術師サイオン同士の結びつきというのは思っているよりもずっと強いものらしい」


 カルボはそれを聞いてうなずき、「ああいうの、一目惚れっていうのかな。サイオン同士が精神を触れ合わすとお互いのこころがひとつながりになって、こう……本質的な部分で好きか嫌いかがはっきりするらしいの。それでお姫様とあの子たちが……」


「魂の部分で意気投合した、と?」


「そんな感じかも」


「うーむ……そういうことであれば拙僧の立場から口を挟むことではありませんが……あいやしかし、旅の道連れと急に行く先を分かつのは何とも複雑な心境ですな」


 ドニエプルはため息をつき、苦笑いし、肩をすくめ……とにかく無理やり気持ちの踏ん切りをつけようとした。龍骸苑の行者として修行は積んでいても、薄情にはなれない。


「ところで、アッシュ殿の姿が見えませんな」


「ん? そういえばそうだな」とセラ。


「わたし探してくる」


 カルボが椅子からぴょんと立ち上がった。墓参りに向かった格好のまま、珍しくブラウスに包まれた豊かな胸がたゆんと上下した。


     *


 聖都カンの夜景は”青の夜”ともいわれ、大層美しい。


 円十字教会の聖地であり、規律正しい都市である。酒場や屋台が活気づいているというわけではなく、街の辻々に煌々と立つ青白いエーテルランプの光がまるで青いヴェールのように都市全体を包み込み、静謐かつ秩序の行き届いた美しい街並みを浮かび上がらせている。


 アッシュはそんな”青の夜”を病院の屋上から眺め、夜風にあたっていた。


「なにしてるの?」


 いつの間にか背後に近寄っていたカルボが声をかけてきた。


「んー……」アッシュはすこし考え、「頭を冷やしてた」


「……昔の話?」


「まあな」


 アッシュはぶっきらぼうに答え、屋上にごろりと寝転がった。


 アロケルカイム領事館でのシグマ聖騎士団副長・ロトとの3年ぶりの邂逅は、そこから追放された身であるアッシュにとって余人には知れない感情を駆り立てたのだろう。それは決して単純な懐かしさや再会の喜びというものではあるまい。カルボはそう思っていた。


「あのロトって人」


「うん?」


「いかにもって感じだった」


「いかにも聖騎士?」


「そう。ぴしっとしてて」


「それじゃ俺がピシッとしてないみたいだな」アッシュは冗談めかして言った。「もっとも、そんなだから団にいられなくなったんだけど」


「団長はいなかったね」


「……まあな。オジキの……コークスの後に団長になるのはてっきりロト副長かと思ってたんだけど、別の部署から引っ張ってこられた人間が今は団長やってるんだ」


「その人のことはあんまり好きじゃないの?」


「好き嫌いで言えば、そんなに好きじゃなかったけど。でも人の好き嫌いで任務を疎かにはしなかったつもりだ」


「ふーん……」


 カルボはうなずき、しばし青の夜の聖なる夜風に身を任せた。


 病院の屋上には風の逆巻く音がかすかに聞こえ、それ以外は遠くで人の話し声が響いてくるだけだった。とても静かだ。見上げる夜空の星と、街から立ち上る青白いエーテルランプの光が相まって形成される夜景。美しい。


 カルボはゆっくりとアッシュの隣まで近づいて、ちょこんとしゃがみこんだ。


「黒薔薇と白百合、どうするつもりなの?」


「アロケルカイム王国に預けるって、決めたろ? 誰かに強要されたわけじゃない。あいつらがそう言うのなら俺には止める権限なんてないよ」


「でもさ」


「うん?」


「わたしたちって最初、クロとシロを安全なところに預けようとして旅してたんだよね」


「そういえばそうだな」アッシュは夜空にまたたく星々をつかもうとするかのように手を伸ばし、「人造人間の女の子ふたり。俺たちで一緒に連れて行くなんて絶対無理だから、どこかの孤児院で預かってもらおうってな。でも結局、情が移っちまって一緒に連れて行くことになって……」


「うん。あの子たち、娘みたいなもんだもんね」


「娘?」


「うん。わたしたちの」


 カルボにそう言われ、アッシュは軽くむせた。


「あ、娘だとちょっと大きいかな? 妹? 姪?」


「ま、まあ、言わんとする事はわかる」アッシュは少し早口になりながら、「俺たち……俺たちみんなにとって大事な存在だってこと」


 それからしばらくふたりは口を開かず、美しい夜空と聖都カンの青白く浮かび上がる全景とを眺めた。


「きれい」


「うん?」


「わたしね、たぶんアッシュに出会わなかったら、こんな所まで来てこんな夜景みるなんて無かったと思う」


「そうなのか?」


「そうなの、たぶん……うん」言いながら、カルボはアッシュの隣で姿勢を崩して寝そべった。「アッシュたちと一緒に旅して……もう半年くらい?」


「そのくらいになるかな」


「何が起こるかわからない」


「そうだな……それを言うなら、俺もカンに戻ってくるなんて思ってもみなかったよ。二度と戻らない……戻れないつもりだったから」


「緊張、した? やっぱり」


「……いろいろ頭を冷やしたくなるくらいには、な」


「……ねえアッシュ」


「うん?」


 アッシュは何の気なしにカルボの方へ首を傾げた。意外なほど近くカルボの顔があって、アッシュは軽く息を呑んだ。青い夜に照らされた女の顔。喉元。くつろげたブラウスから覗く鎖骨のくぼみと、豊かな胸の谷間。


「クロとシロが本当にクレリア姫といっしょに修道院に入るとして、これからどうするの?」


「……」


 アッシュは答えに窮した。何もカルボの身体に目を奪われたからではない。冒険家ウェムラーの頼みで聖都カンを訪れ、写真を墓前に供えた。以前からの大きな目的はひとまず果たしたことになる。その次のことは、不思議なくらい考えていなかった。


「『冒険は終わっても人生は続く。だから次の冒険に出かけるのだ』。誰の言葉か知ってる?」


「わからん。ウェムラーさんか?」


「はずれ」


「じゃ、誰?」


「わたし」


「おまえかよ」


「今考えた」


「なんだそりゃ」


「でも、そういうものだと思わない? わたし、盗賊の仕事もスリルがあって楽しいけど、あの”ザ・ウォーカー”を追いかけるみたいなすごい冒険も好き。アッシュは?」


「俺は……」アッシュは自分の手のひらを見て、幾度となく武器を振るったことで分厚くなった手の皮の具合を確かめた。「俺には戦いしかないと思ってた」


「た?」


「ああ。今でもそう思ってる。でも、みんなと一緒に旅するのは、それ自体楽しいと思ってる」


「よかった」


「うん?」


「じゃあ、まだいっしょにいてあげる」


 カルボはにひっと白い歯を見せた。


「そりゃどうも」


 アッシュも少し笑った。


 すぐ手に届く場所にカルボがいる。


 それはとても大切なことなのだと、アッシュは感じた。


     *


 同じ頃。


 聖都カンのとある地下尋問室で、尋問官を含む係員7人が殺害され、とらわれていた3人の男女が脱走した。


 それぞれ名をジャビア、ファラディ、アズール。


 魔導結社キサナドゥの構成員である。


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