夜の見張り
―――
夜、それは人間にとっては辛い時間帯だ。
日の出ているうちこそが人の活動時間であり、異世界でだって変わらない。
人は夜は寝るべきで、美容の大敵でもあり、人類みな兄弟なのだ。
つまり何が言いたいかというと……眠すぎる
「やばい。寝落ちする……」
あれからレイナさんと相談して、交代で見張りをすることに決まった。
すでに数時間は経過しただろう。レイナさんは羽織っていたマントにくるまって小さくなっている。
最初の方は寝ぐるしそうにもぞもぞとしていたので、気が気ではなく睡魔も襲ってこなかった。
しかし彼女が静かになり深い眠りに入ると、もう駄目だ。
辺りはパチパチとなる焚き火と、虫の声。ジコジコ鳴いているのは鈴虫かな?
自動車や電車の音、酔っ払いのどなり声に慣れている俺の耳には、心地よいBGMだ。
はじめは無駄にスクワットや腹筋をしていたが、何のための見張りかを思い出し、筋肉が疲れる前にやめた。
「どうしよう……」
時間を潰せるものが何一つない。
このままでは本格的に寝入ってしまいそうだ。
何かないか。
あまり難しくなくて、眠気を飛ばせられそうなアイディアは……。
ちなみに熟考するほど難しい内容は見張りの本分上なしである。
うーん。考えなきゃいけないことは山ほどあるんだけどなあ
思えばもともと楽観的な性格だった。
なんとなく、なんとかなるんじゃないかなーと思ってしまう。
元の世界に戻りたい、とも強くは感じない。
おそらく、日本での記憶が欠けているのが原因だろう。
日本や世界の情報は残っているけども、自身に関わることは靄がかかって思い出せない。
記憶ではなく記録。郷愁の念や喪失感などはない。
夜風が吹いて、火花が空に舞う。
揺らめく炎は頼りなく、油断すると消えてしまいそうだ。
もっと薪をくべねば。
生乾きの木を放り込む。
レイナさんが夕刻に魔法を使って切り出した枝だ。
俺も見よう見まねで真似してみたけれど、全然魔法なんてでなかった。
魔法かあ。
使えたらなあ……。
もう一度挑戦してみようか。
幸いレイナさんは寝付いているようだし、恥ずかしい思いをすることもない。
もしかしたら、気恥ずかしさとかなんやらがあって上手く魔法が使えなかったのかもしれないし。
立ちあがり、尻について土を手で払い落す。
パンパンと乾いた音がなる。
「ええとたしか……」
レイナさんや女冒険者を見るに、キーとなる言葉があったような。
何だったかな。
左手を遠くに向けて、カマイタチを発射するイメージを行う。
しゅっしゅ、しゅぱん!
よし、イメージは万全だ。
「えーと、飛べ! ウインド・カッター! 駄目だなぁ……違ったっけ? 斬り裂け ウインド・カッター! 発射!!」
駄目だった。
ノリノリで気合いを込めて行った分、恥ずかしさもひとしおだ。
……人前でやらなくて良かった。
「……ふ、ふふ」
寝ているレイナさんから小さな声が漏れた。
ん、うるさかったかな?
慌ててレイナさんに目をやるが、俺に背を向けて寝ており、何もわからなかった。
まあ、起きたなら声をかけてくれるはずだ。
たぶん良い夢でも見ているんだろう。
彼女は気丈に振舞っているが、今日は本当に酷い思いをしている。
夢ぐらい、いいことがあってもいいだろう。
「そうだ……」
自分の体!
もとは頭や手が硬質化するようなおもしろ体質ではなかった……はずだ。
昼間は何故か気にならず武器として使ったけれども、明らかに俺の体に異変が起きている。
いつの間にか元に戻っていたので忘れていた。
今でも出来るかな。
拳が硬質化したときの色や手触りを思い出しながら、変われ、と念じてみる。
瞬間、昼よりもずっと早く、左手は黒く変化し、炎の光を照り返し始めた。
簡単にできた。
苦労も何もなく、俺のイメージがそのまま反映されたかのようにスムーズな変質だった。
「できちゃったよ……」
あわよくば恐慌状態による勘違いであって欲しかったが、そうはいかなかったらしい。
黒々と光る左手はいかにも堅そうで、十分武器として使用できそうだ。
ツンツンとつついてみるが、神経も通っていないのか拳に衝撃は伝わらない。そのままの状態で自由自在に動かすことはできなさそうだ。完全に固まっている。
試しに少し強めに地面を叩いてみると、変質した部位と元の肉体の接続部分に痺れが走った。
全力で叩きつけたら、痛めてしまうかもしれない。
次に、戻れーと念じてみると、これまた至極あっさりと元の肉体に戻る。
夢でも見ていたかと錯覚しかねない早業だ。
瞬きするのと同じぐらいの速さであった。
「昼より早い?」
変化がスムーズに感じるのは、変化後のイメージが俺の中にあったからかもしれない。
変化速度は文句なしで、形が想像できていれば、使い勝手は良さそうだ。
「後は、どんな変化ができるかだね……」
そうして自分の体の実験に夢中になり、白み始めた空の明るさに目を細めてようやく自分が見張りの仕事をしていたと思いだした。
交代の時間などとうに過ぎさっていた。
「……眠い」
―――――――――