女の子になって女の子に会いました
いつの間に馬車から降りていたのか、少女は俺の近くでぺこりとお辞儀をした。
「斬り飛ばせ『ウインド・カッター』」
まともに動けなくなっていた冒険者二人に少女は風の刃を飛ばした。
近くで、少し遠くで、二つのくぐもった声が一度だけ聞こえた。
その声の方向は、見ない。
きっと大変なことになっているから。
「助けてくださり本当にありがとうございました! 私はレイナと申します」
快活そうに名乗る少女、レイナ。
元気なように取り繕っているけれど、目は涙の後で赤くなっているし、近くではたくさんの人が倒れている。
彼女の大切な人だって何人も死んでしまったのだろう。
それに、眉ひとつ動かさず冒険者二人に何かしでかす一面もある。
つまり何を言いたいかといえば、
この子、強い子なんだろう。いろいろと。
俺なんて腰が抜けて立てないというのに。
「はぁ、レイナさんだね。とにかく無事でよかった……。俺は西村祐樹、祐樹と呼んでください」
まずはともかく自己紹介、が万国共通で良かった。
もうね、短い時間でいろいろありすぎて倒れそうだからね。
最後の砦であるコミュニケーションの始まりがまともでホントに良かった。
「ニシムラ・ユーキ様ですね。重ね重ねで申し訳ないんですけど、この後……もう少しだけお力を貸していただけないでしょうか?」
その、埋葬を、をレイナさんは続けた。
「いいですよ。その代わり、後で俺の話し相手になってくださいな」
「ありがとうございます。助かります。それにしても……」
ふふ、と少しだけ楽しそうにレイナさんは微笑んだ。
「どうしたの?」
「いえ、お気を悪くしないでほしいのですが。まるで男の人みたいに話すものですからちょっとだけ可笑しくて」
ごめんなさい、と頭を下げる彼女。
まるで? 男の人みたい?
何を言ってるのかわからないけれど、念のためあるべきものへを手を伸ばす。
「ない……!」
全国の皆様方。
俺は女になったようです。
ちなみに胸の大きさは慎ましやかでした。
―――――
述べ十人にものぼる従者と冒険者の埋葬をした。
亡くなった人たちを一か所にまとめて火を付けるだけの簡素なものであったが、人の死体など見慣れていない俺にとっては非常に精神のすり減る作業であった。
俺が投げ出さなかったのは、幼い少女が唇を結びながら泣き言の一つも言わなかったからだろう。
ショタにもロリにも優しくあれ、故郷の誇るべき標語だ。
子どもの前で嫌だやりたくないと愚痴に溺れるのはプライドが許さなかった。
ここは自分が生きてきた世界ではない。
それに関しては割とすんなり納得できた。
俺は間違いなく、死んだ。
あんな僻地で起きた事故だ。救急車だってすぐには来られない。
ただ、自分がこれまで何をしていたのか、どんな事故だったのかは靄がかかったように思いだせない。
記憶というよりは記録のような形で俺の頭の中に、元の生活が残っている。
だからだろうか、あまり元の世界に対する未練はない。
もちろんそれで、経験により培われてきた人格が消えてなくなるなんてことはなかった。
むしろそれが残っているからだろうか。
別世界だとすぐに理解できた。
以前の自分はサブカルチャー的な娯楽が大好物であったからだ。
レイナさんから得た情報をまとめてみよう。
ここはクロ―ラ―王国の中の一地方、マニュット地方。
温暖な地域で特に名産と呼べるものはない。
しいていうなら、領主一族の名声は王国でも高いらしい。
なんでも軍事を掌る三貴族の内の一角なのだとか。
みんなレイナが教えてくれたことだけど、あまり政治や経済のことはよくわからない。
それよりも、俺にとって死活問題である庶民の生活は、どうやらギルド制であるらしい。
職業選択が自由ではなく、各ギルドの発行する証を持つことでそのギルドに連なる職業に従事できるらしい。
――なんとなくだけど、ドイツらへんの職業制度と似ているような気がする。
魔物の脅威もあるようで冒険者や護衛、傭兵として生計を立てていくことも十分可能である、と。
まあそっち方面は関係ないけどね。怖いし弱いし。
「こんなことになってしまいましたし、これから私は街に戻ろうと思うのですが、ニシムラ様はどうされますか?」
「迷惑でなければご一緒させてもらいたいかな……どう?」
ここはレイナの住んでいる街から街道を進んで一週間と進んだところらしい。
彼女は王都に住んでいる父に会いに行く途中だったのだけれど、ここで雇った冒険者たちの裏切りにあったようだ。
幸い荷物は無事なので、食糧を持って来た道を引き返す予定である。
「ありがとうございます! 一人だと心細かったので助かります」
安心したようにはにかむ彼女はなかなかに愛らしい。
「ではさっそく出発しましょう」
彼女はいいところのお嬢様なんだろう。
着ている服や従者連れだったこと、言葉の端に出てくる口調などがそれっぽい。
レイナは泥がついていても綺麗だとわかる栗色の髪を揺らしながら、手を伸ばしてくる。
「あ、そうだ。その、様はやめて欲しいな。気恥ずかしいから。お……私はそんな大した人間じゃないから。あと、祐樹が名前」
あまりしゃべるとボロが出そうなので簡潔に。
「わかりました。それでは……ユーキさんで。よろしくお願いします!」
「よろしく」
彼女の手を取り、出発する。
不安なことは尽きないが、友好的な人間関係を築けたのは順調な出だしと言えるだろう。
――――
名前:レイナ・クリストファー
種族:人間
年齢:16歳
性別:♀
性格:礼儀正しい・柔和
ステータス
体力:D(訓練している程度)
筋力:E(一般人並)
敏捷:D(訓練している程度)
精神:B(熟練)
魔力:A(高い)
汎用技能 :レベル
風魔法 :上級
補助魔法 :上級
回復魔法 :中級
護身術(無手・棒):D
立ち振る舞い :貴族級
固有技能
・号令術の才能 :A
魔法……発動可能範囲により初級・中級・上級の三段階の区別が行われている。
初級は自分の手元から発動、中級は自身を中心とした一定範囲内なら任意の地点で発動ができる。上級は視界内なら距離による制限を受けない範囲で発動できる。
発動速度や精度、威力等による分類ではない。
ただし、基本的に上級魔法の使い手の方が魔力操作に慣れているため強力な魔法を使用できる場合が多い。