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人生の目標は貴重品ですか?それとも…………

作者: 高月怜

世の中には不思議な事で溢れてるシリーズ第二段。


お仕事でお疲れの方も勉強で頑張ってらっしゃる方もほっこりして頂けたら嬉しいです。



      ー神様、どうか教えてくれ……ー


生まれて30年も生きていれば神様なんていないかもしれない……と思うぐらいには人生にスレ始めた三十代半ばの俺が世界中のあらゆる神様にそう願ったのには理由がある。


「どうしよう……どこに忘れて来たのかかな……私……」


仕事に疲れ、人生に疲れきった俺が早朝の駅のホームにあるベンチで寝不足気味の頭を俯かせている横で彼女もまた違った意味で頭を俯かせていた。それは他人から見たら非常に不思議な光景だろう。そうぼんやりと思いつつも……誰も来ない早朝の駅ホームぼんやりと始発列車を待っていた俺が寝たふりをしながらも脳みそをフル回転させたのには理由がある。


ーだいたい、どこに忘れて来たんだよ!

               人生の目標なんて!ー


自分の横で非常に困った表情を晒す女性に向かって高山幸也は目を閉じながら心の中で絶叫した。





ーそもそもの事の発端は10分前に遡るー


「あ~、さみぃ……」


そう呟きながら幸也はスーツのポケットに手を突っ込んで小銭を探す。秋も深まるこの季節の早朝出勤は大変厳しい。まだコートを着るには早いこの季節。暖をとるためにヨレヨレのスーツ姿で缶コーヒを購入する。プルトップを開けて一気飲みする。


「にげ……」


いつものミルクコーヒーが売り切れていたためにブラックコーヒーを購入したが、早速後悔。眠気覚ましにもならないが、本日もお客様に魚を届けるために早朝出勤。店の同僚の青果担当者もきっと本日、売り出しの白菜を売り場に積み上げるために車を転がしている頃だろう。


“あー、眠い……”


働き盛りの30代とはいえ、朝から晩まで働き詰めの日々が続いてくると体のあちらこちらから不協和音が聞こえて来る。ボキボキとなる首を回すとホームにたった一つあるベンチに腰を下ろす。列車が来るまでの少しの間でも休息をとるために目を閉じる。


ー疲れた…………ー


何がとは言えないがふとした時に“疲れた”という言葉が頭に過るようになった。ぼんやりとしながら今日も上司から投げつけられるであろう結果という二文字にため息を溢す。そう簡単に結果が出たら人間に努力はいらない。


「……………………………………」


思わず自分で自分を追い詰めていた幸也の眉間の皺がぐぐっと寄った時。彼女はやって来た。


ーピッー


人が改札を通った事を示す軽い電子音が早朝の駅のホームに鳴り響く。


“珍しいな……”


普段この駅から始発列車を利用するのは幸也一人。たまに休日の朝早く旅行に出掛けるのか旅支度姿の乗客がやって来る程度。こんな早朝に乗り合わせる戦友たちはきっと同業者だと信じている。そんな早朝のホームに鳴り響く音に微かに閉じていた目を開けるとそこに居たのはまだ若い女性。パンツスーツを身に付けている。キョロキョロとしている姿からこの駅の常連客ではないようだ。ようやく唯一のベンチを探し当てたらしい彼女がこちらに近づいてくる。


「…………………………………………」


ーキシッ……ー

微かな音をたててベンチが沈む。3つしかないベンチの真ん中を開けて腰を下ろした小柄な女性は長い髪の毛を一纏めにしており、動きやすいパンツスーツ姿。足元もパンプス。しばらくは、まだ来ないかな?と言わんばかりに線路に視線を移していたがどうやらまだ来ないと分かると鞄の中を覗き込み始める。


“どんな職業なんだろう……”


目は閉じたまま……思わず、下世話だと思いながらも幸也は彼女の職業を推測する。パンツスーツに、動きやすいようなパンプス。一目見ただけでは外回りの営業職といった感じである。あまり見すぎると痴漢に勘違いされる御時世。軽く視線を向けて、彼女の出で立ちを確認した後は再び顔を俯かせて休息だ。


ーそんな時だった…………ー


「あ!私……“人生の目標”を忘れて来ちゃった…………」


「!!」


思わず耳に届いた声に幸也は驚愕する。30年という人生の中で初めて耳にした“人生の目標”という忘れ物。


“いやいや、そもそも人生の目標なんて自分が考えるもんだろ……”


常に自分が考える……つまり頭の中にあるもので……自分と一心同体の筈…………。そんなものをどこに忘れて来たというのだ。そう考えつつ、耳だけは彼女の独り言に全神経を傾ける。薄目を開けて彼女を伺うと彼女は非常に困った表情で鞄の中を漁っている。


「うーん………………まぁ、明日と明後日はストックがあるから、今日はこれでしのぐしかないかなぁ…………」


先輩に怒られちゃう~と眉をハの字。口をへの字にして唸る姿には愛嬌が滲み出る。よほど困っているのか“ガサガサ”と鞄の中を確認している。


“つーか、明日と明後日のストックって何だよ!”


昨夜の残業によって確保出来なかった睡眠時間の不足による脳みそが幻聴を聞いているのだろうか。不審者な彼女に関わりあいになりたくなくて寝たふりを続けている……脳が更なる問題発言に覚醒する。困った表情はそのままに鞄から手帳を取り出した彼女はうーと唸り出す。


「明日をM 病院に3つ降ろして……明後日をO病院に5つか……。途中の昼休憩で補充すれば、なんとか間に合うわかな…………」


「………………………………」


最早その発言に幸也は休息の時間を放棄する。気になって眠るどころの騒ぎではない。何より……驚愕なのはどこかに“人生の目標”を忘れた彼女は明日と明後日を昼休憩の間に補充出来るらしい。


“なんで、人生の目標だけ、補充出来ないんだよ!”


色々気になるが、一番気になるのはそもそも“人生の目標”をどこに忘れたのかだ。忘れ物になった“人生の目標”はどうやって保管されているのだろう。


“超、気になるわ!”


そう心のなかで突っ込む。そう思いながらも平常心を装っていた幸也は少し前の後輩の“探し物”を思い出す。非常に複雑な表情で手の中の物体を眺める後輩が居たのでからかい混じりに“何の忘れ物だよ?”と聞いた所…返って来た言葉も驚愕だった。


“入れ歯です”


そう言って袋に入った“入れ歯”を見下ろして“これは貴重品かな……”と呟く彼女もまた非常に困った表情をしていたが、忘れ物のグレードで言えば……やはり“人生の目標”だ。例の後輩ならば“人生の目標”を見つけて困り果てているかもしれない。そう思って顔を上げた幸也はそこでようやく自分が笑っていることに気づく。


“久しぶりに笑ったな……”


毎日会社と自宅の往復。自分に課せられた仕事をこなすのが精一杯で……笑う余裕をなくしていた。そんな自分に自嘲的に

笑う幸也の横で彼女はまだ唸る。


「ああっ!駄目よ!やっぱり人生の目標がK病院で必要になるわ……だって彼には明日も明後日も人生を生きる間……人生の目標も必要なんだもの……」


そう呟く彼女がどこから来て……どこに行くのかは分からないが彼女が忘れた忘れ物はきっと人にとっては大切なもの……。


「大丈夫よ、私……。まだ近いうちに取りに帰れば大丈夫だわ」


“うん”と覚悟を決めたらしい彼女がすくっと席を立つ。そこにいるのは自分の仕事に誇りを持つ一人の人間。そのままよしと覚悟を決めて改札機に向かう彼女の姿を見送って幸也はようやく鳴り始めた踏切の音に腰を上げる。


ー今日も頑張るかな……ー


今日も仕事に疲れ、人生に疲れきった一日になるかもしれないが、それでも自分にはまだ“人生の目標”がある。どこかに忘れてはいない筈だ……。


「とりあえず、売上高前年比110%目指すか!」


多くの戦友達を乗せた列車がホームに入ってくるのに我知らず笑みを浮かべる。がむしゃらに走って来た道を今度は周りを巻き込みながら歩けば、そのうち人生の目標に到達出来るかもしれない。


「よし!」


この駅の周りの風景のようにまだ自分の人生は霧に包まれているが、そのうちきっと太陽が射せば道も開けるだろう。


“見つかるかな……”


開いた列車の扉をくぐりながら幸也は後輩が浮かべた複雑な笑みを思い出しながら改札を見やる。そこに彼女の姿はもうないが彼女は探しに行っただろう。


ーどこかに忘れてしまった人生の目標を……ー

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