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Epilogue 一年の終わり

 学園長室。

 グノ・ギュメイは書類仕事に大忙しだった。


「学園長」

「なんだ、ツァーリ教官」

「こちらの書類もよろしくお願いします」

「……ツァーリ教官、なぜ貴様がやらない?」


 グノは後ろに控えるツァーリに尋ねた。この女、次々と書類を押し付けるだけで、仕事らしい仕事をしていないのだ。

 ツァーリはクイッと眼鏡を押し上げた。


「私の仕事はすでに終わっております。あとは学園長が目を通すだけです。さあ、はやくして下さい」

「ふん、言われなくてもやっておる……!」


 グノはいらだちを隠せない。机の上には書類が山のように積まれている。ここ最近、グノは睡眠時間を削ってまで仕事をしていた。

 ――迷宮祭の後処理であった。あれからすでに二週間がたっていた。

 途中で中断された迷宮祭。実に、学園の三分の一の生徒が死亡した。その数は――千人。教官も何人か犠牲になった。

 暴走した帝国貴族は、罪に問われなかった。生徒会長シエルの活躍によって、帝国貴族たちは生きたまま拘束されたのだ。しかし、正気を取り戻した彼らは自分たちが何をしたのか覚えていなかった。医師の見立てでは、彼らが飲まされた薬は――〈オブリドトキシン〉。服用すると攻撃性が増し、善人でも悪事を起こすほどの劇薬である。

 罪に問われないとは言え、人の命を奪ったことには変わりない。帝国貴族会会長ライナー・ツァールマンをはじめとして、複数の生徒が自ら退学届を提出し、本国へと戻っていった。そのかわり、学園に残った生徒もいる。レックス・バルカンはそのひとりだ。帝国側としても、すべての生徒を退学させるわけにはいかなかったのだ。そして、帝国貴族会の顧問――ヴェルド・ズエン。責任を重く感じた彼は辞表届を出そうとしたが、残った帝国貴族の生徒たちの強い要望で、教官の仕事を続けることになった。ズエンが事件に関与していないことは、すでに事後調査で明らかになっている。学園およびバスター連盟から、監督不行き届きとして厳重注意を受けるのみとなった。

 そして、今回の事件を起こしたフウカ。彼女の行方(ゆくえ)はつかめていない。世の中に衝撃を与えかねない〈賢者の石〉の存在。問題は山積みだ。


 コンコン、


 グノを思考から引き戻したのは、ドアのノック音だった。


「だれだ」

「オズ・リトヘンデです」

「……ツァーリ教官、開けてやれ」


 うなずき、ドアへ向かうツァーリ。ドアを開けると、オズ・リトヘンデが姿を見せた。

 グノは思わずうなった。オズの雰囲気が変わっていたからだ。見た目は変わってはいない。だが、少年特有の幼い雰囲気が消え、一人前の戦士のそれになっていた。今回の事件で一皮()けたようだ。

 しかし、さらに気になるものを見つけてしまい、グノは口を開かずにはいられなかった。


「おい、重くないのか……?」

「え? ――あ、ゴンのことですか?」

「きゅう!!」


 オズの頭の上を陣取るゴンが、一鳴きした。フウカに蹴られて意識を失ったゴンだが、今は元気に回復している。

 グノが気になったのは、その大きさだ。以前見たときは、頭の上にチョンと乗っかる程度の大きさだった。しかし、今はオズの頭より大きくなっている。見ているこちらの首が痛くなってくるほとだ。


「なんか、気づいたら大きくなってたんです。成長期なのかな」

「きゅう〜」


 オズは一週間ほど意識を失っていたのだが、起きたときには、すでにゴンはこの大きさだった。

 グノは突っ込みたくなる口を必死に抑えた。

 ――重くないのか? 頭の上じゃないと駄目なのか? 頭の上に何かこだわりでもあるのか? と。


「それより、用件はなんでしょう」


 オズはグノに呼び出されたのだ。気を取り直したグノは、顔を引き締める。


「ふん。リトヘンデ、貴様に渡すものがある」

「渡すもの、ですか?」


 グノは引き出しを開け、目当てのものを見つけると、机の上に置いた。

 それは、手の平サイズのメダルだった。それに華やかな帯がついている。


「これは……」


 手に取ったオズは、メダルの見事な意匠に息を飲んだ。


「皇族を守った功績をたたえ、皇国から貴様に送られたものだ。……ふん、迷宮祭を観に来ていた皇帝陛下は、直に貴様に渡したがっていたが……貴様は意識不明の重体だったからな。儂に託して陛下は帰られたのだ」

「そうだったんですか……ありがたく受け取っておきます」

「……それだけか? ふん、まったく、無知ほど怖いものはないな」

「どういうことですか?」


 きょとんとするオズに、グノはため息をついた。


「よいか? 皇国において、勲章は皇国貴族のみに送られるものだ。つまり、貴様は他国の人間でありながら、皇国貴族の地位を認められたということだ」

「――えっ? 俺が、皇国貴族?」

「ふん、まだこれは序の口だ。その勲章を見ろ、大きく十字が描かれておるだろう?」

「……はい」

「その勲章は、皇国の歴史の中で、いまだ片手で数えられるほどしか送られたことのないものだ。授与された人物の中で最も有名なのは、英雄――カムロ・カイドウ。今から三百年前のことだ」


 カムロ・カイドウ――バスター連盟を創設した、偉大なバスターだ。


「ふん、その勲章はこうも呼ばれている――〈英雄勲章〉と」


 手に持ったメダルが、急に重くなったようにオズは感じた。


「う、受け取れません……」

「なんだと……?」

「俺は、人を殺したんです。英雄だなんて呼ばれる人間じゃない……」

「ふん、ハイン・クレディオのことか」

「…………」


 意識が戻ってから、オズは罪の意識にさいなまれていた。ハインを斬り裂いた感触が、手にまだ残っていた。


「甘えるな」

「……っ」

「貴様のそれは“逃げ”だ。貴様は、エリカ・ローズを守ったことさえも否定するつもりか?」

「……! それは、否定したくないです……!」

「ならば受け取れ。人の命の重みを、その勲章に刻みつけろ」


 オズは静かにうなずいた。その決意に満ちた表情を見て、グノはニヤリと笑った。


「さて、渡したいものはもうひとつある」

「もうひとつ?」


 ドン、と音を立ててグノが机の上に置いたのは――金色に輝く指貫(ゆびぬき)グローブだった。


「あれ……これって、学園長がはめているのと同じやつですね」


 グノが装着しているグローブは金色だ。机に置いたものと、同じだった。


「ふん、そうだ。これはAランクバスターだけが身に着けることを許されたグローブだ。リトヘンデ、これからはこのグローブを()けろ。貴様は今から、Aランクバスターだ」

「――えぇぇ!? 俺が、Aランクバスター!?」


 学生であるオズはEランクバスターである。それがいきなりAランクと言われたのだから、驚くのは当然だ。


「貴様は超越輝術(エニグマ)の真の覚醒に至った。その上、超越輝術(エニグマ)持ちのバスターをも退(しりぞ)けたのだ。十分にAランクバスターの資格がある。ふん……学生で、というのは前代未聞だがな」

「で、ですが……」

「これはもう決まったことだ。Aランクになったからには、連盟から指令が来ることもあるだろう。たとえ学生であろうと、それに逆らうことはできん。覚悟しておけ」

「わ、わかりました……」


 有無を言わせないグノの物言いに、オズは戸惑いながらもグローブを受け取った。


「ふん、用件は以上だ。帰っていいぞ」


 うなずき、背を向けるオズ。

 グノは言わなければならないことを思い出す。


「リトヘンデ、貴様の超越輝術(エニグマ)だが、なるべく使うな」

「……? なぜですか?」

「貴様の超越輝術(エニグマ)――暴食王子(ベルゼビュート)は、感情をも喰らうのだろう? それは“自傷系”に分類される能力だ。力を使いすぎると、精神を壊すことになるぞ。人であることをやめたくなければ、無闇に使わないことだ」

「……わかりました。肝に命じておきます」


 オズはそう言って、部屋を出た。


「あれは、わかっていない顔ですね」

「ふん、あやつは自分の犠牲を歯牙にもかけていない。……父親もそうだった」

「そうでしたね」

「今回の事件で、儂も力の衰えを痛感した。まだ、若いやつらに負けるわけにはいかん。鍛練を増やさねばな」

「学園長、鍛練は書類を片付けてからにして下さい」

「わ、わかっておる……!」




 * * *




 時がたつのは早いもので、学期末試験を終え、終業式の日がやってきていた。オズたちは講堂へ向かって歩いているところだ。


「ゴンー重くなったなー」

「きゅう~」


 ゴンはユーリの胸に抱かれていた。いまだに男子用の制服を着ているユーリだが、サラシを巻いていないので、大きな胸のふくらみは一目瞭然である。ゴンのせいでふにふにと動くユーリの胸に、目が釘付けになるオズ。その頬をセナが引っ張った。


「オズくん、どこ見てるのっ?」

「ひ、ひはいおへあ!(い、いたいよセナ!)」


 そんな二人を見て、リノは「ふふふ」と笑っている。そのリノの笑顔に「リノちゃん、今日もかわいいなぁ……」とルークがつぶやき、寝起きのアルスは大きな欠伸をかましていた。

 そんなオズたちが教育棟の前を通りすぎようとしたとき。


「――あ、オズくん見て! 生徒会からのお知らせだって」


 掲示板を指さすセナ。どれどれ、とオズたちは掲示板に近づいた。

 『生徒会新役員のお知らせ』とある。

 そういえば、シエル会長が引継ぎの話をしていたっけ……そんなことを思いながら、オズは目を通していく。

 オズたち六人の名前が載っているはずだ。前もってシエルに了承の意を伝えていたのだ。


「わ! リノちゃんと一緒に会計だ! よっしゃあぁぁ!」

「ルークさん、やるからには真面目にやってくださいね?」

「……おい、オレも会計だぞ」

「あ、わたしはユーリちゃんと書記だって!」

「ほんとだ。よろしくなセナ!」


 一方、オズは自分の名前を発見して固まっていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 庶務 三名    オズ・リトヘンデ

          エリカ・ローズ

          スー・ミラン

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「オズくんは庶務……って、なんでエリカちゃんが!?」


 それに気づいたセナが声を上げる。

 すると、オズたちの背後から、


「な、なによ。文句ある?」

「あ、エリカ」


 振り返ると、なぜか顔を赤くしたエリカがいた。


「シエル会長にやらせてって頼んだのよ。――か、勘違いしないでよね! アンタ、放っておくとトラブルに足を突っ込んでいくでしょ? そ、そうよ、ゴンちゃんが心配なだけだから! 近くで見張っとかないと! それだけなんだからっ!」


 そうエリカはまくし立てると、プイと真っ赤な顔をそむけて去っていく。ぺこりと頭を下げたスーがそのあとを追った。


「――ちょ、ちょっとエリカちゃん!? どういうことなの!」

「お、おれも気になるぞ……!」

「きゅうきゅう」


 セナとユーリが、慌てた様子でエリカを追っていく。ユーリに抱かれたゴンは、相変わらず嬉しそうに鳴いている。


「――あ、オズ君! いいところに!」

「ミ、ミオさん!?」


 新たに顔を出したのはミオだった。ウサミミをぴょこんと動かしながら、オズに身を寄せる。


「オズ君! 聞きましたよ、基本輝術(ベース・オーラ)の学期末試験で追試になったらしいじゃないですか! オズ君の専属チューターとして、じっとしてはいられません! 対策を話し合いましょう!」

「え、ちょっと、ミオさん?」


 ミオはオズの腕をつかみ、引っ張っていく。


「にぎやかだねえ」

「ああ……」


 引きずられていくオズを見て、ルークがニヤニヤと笑い、アルスがうなずく。


「ノリがわるいなぁアルス。……もしかして、フウカ先生がいなくなって寂しいのかな?」

「……けっ、いなくなってせいせいしてるぜ!」

「アルス、前から思ってたんだけど……キミもしかして、フウカ先生のこと……」

「うるせえ。……あいつのせいで、大勢の生徒が死んだんだ。いつかあのツラに一発、いや百発お見舞いして、問いつめてやる……! 俺は……納得いってねぇ」


 アルスは拳を握りしめた。


「……そっか。じゃあ、オズくらい強くならないとね? ボクも付き合うよ。お父様に認められるためにね」

「ふふふ。期待していますよ」


 苦笑するリノ。


「さ、そろそろ終業式が始まりますよ。行きましょう」

「そうだねリノちゃん。……あ、オズはどうしよう」

「ほっとけ。あとで来るだろ」


 そうして、三人は講堂へと向かったのだった。




 * * *




 ガラガラガラ……

 一台の竜車が、学園都市フロンティアに到着した。


「着きましたぜお嬢さん。はいよ、荷物」

「あら、ありがとう」


 一人の女性が学園都市の地を踏みしめた。

 御者から荷物を受け取ったその女性は、やわらかな微笑を浮かべた。それを見て、御者は思わず顔を赤くする。


「で、ではあっしはこれで。また御用のときはお呼びくだせえ」


 ガラガラガラ……

 遠ざかっていく竜車を眺めながら、女性はつぶやく。


「もう、お嬢さんって歳じゃないんだけどね……」


 艶やかな茶色の長髪が風に揺れる。髪を押さえながら、女性は学園都市の街並みに視線を移した。

 深い紫の瞳が、美しく輝いた。


「あの人が息子と認めた子が……ここにいるのね」


 そっとつぶやく。

 女性の名前は――サラ・リトヘンデ、といった。

 EpisodeⅡはこれにて完結です。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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