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第三十八話 迷宮祭:その七

 オズが動けたのは訓練の賜物(たまもの)だった。学園長グノから受けた厳しい戦闘訓練により、無意識に手が動いたのである。

 ガキイィン――

 フウカとオズのGブレードがぶつかり合う。ギチギチとつばぜり合いをしながら、オズはフウカを見つめた。


「フウカ先生……! いったい、なにを……ッ!?」


 対するフウカは、感情のこもっていない目でオズを見返した。


「わざわざ聞く必要があるのか? ……あまいな、リトヘンデ」

「ま、まさか……!?」

「……ふっ、黒幕がハイン・クレディオだと? なかなかおもしろい冗談だな」

「――ッ!?」


 フウカの微笑を見て、オズの背中に悪寒が走った。ハインの狂った笑みとは根本的に違う。見る者に恐怖を抱かせるような凄みがあった。

 とっさに、オズは力をこめてフウカのGブレードを押し退ける。そして、


「《サタナ・ガロウズ! 闇の鎖!》」

「――ちっ」


 フウカの足元から闇の鎖が這い出す。舌打ちをしたフウカはひらりと跳躍して距離をとった。そして、ハインの傍らに立つ。

 エリカとゴンを背に、鎖の輝術(オーラ)を解除したオズ。油断なくGブレードを構え、フウカを警戒した。

 息を落ち着かせながら、オズの脳は情報を処理していく。

 迷宮内で起こった帝国貴族たちの奇行、ガイムの群れの暴走――。

 はたして、それは生徒たちの力だけで引き起こすことができるものなのだろうか。

 ――答えは、否。ここまで混乱を大きくすることができたのは、学園側に協力者がいたからだ。そしてそれは、目の前の人物に他ならない。


「フウカ先生……あんたが、本当の黒幕だったんだな……!?」


 オズの問いにフウカは答える。授業で質問に答えるのと同じような気軽さで。


「そうだよリトヘンデ。帝国貴族を(そそのか)し、ガイムを暴走させ、エリカ・ローズを(さら)わせたのは、すべてアタシがやったことだ」


 ――信じられない。嘘だ。

 オズが真っ先に思ったのはそれだ。スチールクラス担任のフウカは、ときに厳しく、ときに優しく。オズにとって良き先生だった。

 だが、事実としてフウカはオズに刃を向けてきたのだ。間違いなく、殺すつもりで。


「どうしてだ……! 迷宮内で多くの生徒が死んだんだぞ! そして、それはきっと今も続いてる! ――フウカ先生、学園の教師ともあろうあんたが……どうしてそんなことをしたッ!!」


 オズは叫んだ。それが同志たちを殺された怒りなのか、信頼された大人に裏切られた悲しみなのか、オズにはよくわからなかった。


「――そもそも、前提が違うな」

「なに……?」

「教育者だから生徒は守るべきだ……お前はそう言いたいんだろう? だがな、アタシは今日この日のためにアカデミアの教官になったんだ。目的は、〈賢者の石〉を進化させること――。教官になったのは、それの手段であったからに過ぎない。……もとよりアタシは、教育者の信念なんざ持ち合わせてないんだよ」


 〈賢者の石〉というワードを耳にして、後ろでエリカが反応するのがわかった。やはり、〈賢者の石〉とエリカは何らかの関係性がある。

 エリカの存在を意識して、オズは気力を取り戻した。教師の面を被った目の前の怪物から、彼女を守らなければならないのだ。その怪物が、たとえ自分が尊敬していた先生であっても。


「クク……遅かった、では、ないか……」


 血を吐き出しながら、そう言ったのはハインだった。どうやら意識が戻ったらしい。そして、その言葉を向ける先は言うまでもない。


「アタシは教官だぞ。気づかれずにここまで来るのも簡単ではない。……それにしても、ひどいやられようだな? やはり、お前ではリトヘンデに敵わなかったか」

「く、くそ……っ! 私は、まだ、戦える……!」


 ハインはふらつきながらも、Gブレードを支えにして立ち上がった。オズを射抜く目には憎悪が渦巻いていた。

 一方オズは、フウカとハインの会話を聞いてショックを隠せなかった。二人が共謀者であったことを、認めざるをえない光景だったからだ。


「クレディオ、〈賢者の石〉はどこにある? ここからはアタシが預かる」

「む……ここに、ある……」


 ハインは腰の収納から赤い球体――〈賢者の石〉を取りだし、震える腕でフウカへ差し出した。受け取ったフウカは〈賢者の石〉を眺めると、


「ふむ、たしかに〈賢者の石〉だ。間違いなく受け取ったぞ。……さて、ここまでくればお前にもう仕事はない。ご苦労だったなクレディオ。――用済みだ」

「な、に? ――あぐっ!?」


 ハインがオズの方へ転がってくる。フウカがハインの背中を蹴飛ばしたのだ。


「ど、どういう、こと、だ……!」


 息も絶え絶えに、ハインが混乱した様子でつぶやく。オズの方も、フウカの突然の行動に驚いている。

 すると、フウカの手のひらで〈賢者の石〉がドクンドクンと脈打ち、赤い光を放ちはじめた。


「……ぐ!? ぐ、ががあああぁぁアァッ!!」


 突然、ハインが絶叫を上げる。体がビクビクと痙攣し、地面を跳ねるように転がり回る。まるで、〈賢者の石〉に共鳴しているかのように。


「ハ、ハイン!」

「――なにをした! フウカ先生!」


 ただならない様子に、エリカは思わずといった様子でハインの名を呼び、オズはフウカへ怒声を投げかけた。フウカはフッと笑うと、


「〈賢者の石〉が、ただガイムを操るだけの道具だと思ったか?」


 赤い光はますます大きくなる。


「ぐ、ぎぎぃガァァァあァァァアアッ!!」

「「――!?」」


 オズとエリカは息を飲んだ。

 悶えるハインの目から、鼻から、口から、耳から。得たいの知れない粘性の液体が溢れだし、ハインの体を覆っていく。そしてそれはビキビキと音をたてて固形化していく。灰色の鈍い光を反射するそれは、濁った水晶のよう。

 ハインは変形していく。もはやハインの口から、絶叫は止んでいた。

 やがて、


「なんだよ、それ……」


 つぶやくオズの前で、ゆらりとハインは立ち上がった。

 体はいびつな鎧の装甲で覆われ、獣を模した機械的な面の奥には、ぎらついた赤目が灯っていた。


「ぐ、グるるRU……!」


 ハインだったモノは、猫背の極端な前傾姿勢で唸っていた。まるで獣のように。そして、その唸り声は――


「ガイム……!」


 オズのつぶやきに、フウカは得意気にうなずいた。


「その通りだ、リトヘンデ。〈賢者の石〉は無条件で人間に従うような代物ではない。アタシが今やったのは、ほんの“きっかけ”に過ぎない。長くその鼓動に触れた者は、人間としての性質を歪められていく――その結果が〈ガイム化〉だ。……ふふっ、これはいい実験データがとれそうだな」

「“実験”、だと……?」


 その言葉が示すこと――ハインがこのような姿になってしまったことは、フウカにとって文字通り“実験”に過ぎないのだ。オズの胸に沸々と怒りが湧き上がってくる。

 そして思い出す。オズは、ハインのガイム化の兆候を見たことがある。闘技祭で対戦したときだ。最後、ハインの目が赤く染まり、彼は人間を逸脱したような動きを見せた。――あのときから、ハインは〈賢者の石〉に(むしば)まれていたのだ。

 つまり、ハインはずっと〈賢者の石〉を持っていた。――フウカの“実験”のために。


「グRUるる……」

「――クレディオ。実のところ、アタシはお前に感心しているんだ。〈賢者の石〉をずっと所持していながら、正気を失わなかったお前にな。ふふっ。――さあ、生まれ変わったお前に新たな仕事をやろう! リトヘンデを――殺せ!!」

「グゴOOOOOOぉAAッ!!」

「――ッ!」


 ハインはオズに飛びかかった。振るわれる右腕、オズはそれをGブレードで防ぐ。

 ガキイィン――

 お、重い……ッ! オズの顔が歪む。

 さらにハインは攻め立てる。その一撃一撃は、鋭く、そして重かった。これまでの戦いで、オズの体はすでにボロボロだ。ガイムとなったハインの猛攻は、オズを追い込んでいく。


「ぐ……っ! ハイン! 目を覚ませ!」

「GUぉオォアアッ!!」


 ハインはもはやハインではなかった。理性はなく、ただニンゲンの血肉への衝動で動いていた。

 防戦一方のオズ。うしろには怯えた様子のエリカがいる。彼女を守るように立ち回らなければならない。

 しかし、


「GUュおォOOOOッ!!」

「――なっ!?」


 予想外の攻撃だった。ハインが身を(ひるがえ)し、突如として迫る凶刃。

 ハインの背後から生えた、鋭い()だった。


「ぐぶっ!」


 オズは吹き飛ばされる。そしてハインは駆けた。――オズを見向きもせずに。


「ぐガAAAAAAッ!!」

「――いやぁッ!」


 狙いはエリカ。拘束された彼女は動けない。

 命を刈り取る攻撃が、エリカを捉える。

 吹き飛ばされたオズはそれを見た。

 このままでは、エリカは死ぬ――


「……超身体活性(フル・ブースト)ォッ!!」


 オズは稲妻と化した。体中から紫電とともに血がほとばしり、オズはハインへ突っ込む。本来なら間に合わない距離を、オズはバスターの常識を打ち破る速度で積める。その姿を見て、離れた位置で傍観していたフウカは、瞠目した。


 ザシュッ――!


 響き渡る断ち切り音。

 間一髪だった。エリカへ攻撃が当たる寸前で、オズのGブレードがハインの体を引き裂いていた。


「ア……GA……」


 パラパラとハインの体が崩れ、砕片が天へと昇っていく。オズの一撃が決定打となったのだ。エリカとオズの目の前で、ガイムとなったハインは消滅していく。


「Gぅ…………ヒ、メ……」


 最後の最後で、ハインの目に理性が戻った。手を伸ばし、エリカに触れようとして……


 ハインは消滅した。


「ハ、ハイン――!」

「きゅう……」


 エリカは呆然とつぶやいた。自分を殺そうとしたとは言え、かつての仲間だったことには間違いない。

 オズは震える手でGブレードを見た。刃から滴るのは血だ。ガイムから血など出ない。……ハインは完全にガイムになったわけではなかったのだ。まだ、人間だった。

 ――オズは、人間を殺したのだ。


「……失敗作か。たいしたガイムにはならなかったな。あまつさえ、エリカ・ローズを殺そうとするとは。役立たずも良いところだ」


 沈黙を破ったのはフウカだった。

 失敗作。役立たず。

 その言葉を聞いた瞬間、オズは飛び出していた。


「人の命を……! なんだと思ってやがる!!」


 激怒するオズとはうって変わり、フウカは冷静だった。

 〈賢者の石〉を掲げ、オズへ告げる。


「ふふっ、ローズからそう簡単に離れていいのか? ――待たせたなガイムたち! リトヘンデを殺せ! ローズの方は、死ななければいくらでも好きにしろッ!!」

「――なにっ!?」


 周囲で待機していたガイムたちは、歓喜の咆哮を上げた。それは迷宮中を震わせるほど。

 そして。

 ガイムの群れが、オズとエリカの元へ、雪崩のごとく襲いかかった。

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