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第三十三話 迷宮祭:その二

 闘技場(アリーナ)が悲鳴と混乱に包まれるほんの少し前。

 オズたちは順調に迷宮の探索を進めていた。場所は〈エリア8:洞窟地帯〉。ときたま出会うほかのチームは、すべて上級生のようだった。それもそのはず、一年生の到達ラインはエリア3、二年生の到達ラインがエリア8。ここまで来ている一年生はほぼいないだろう。


「おい、〈転移陣〉だぞ」

「――青色か。よし、次の階層への〈転移陣〉だな」


 前衛のアルスが転移陣を発見した。青色に発光しているので、次の階層への転移陣だとわかる。


「なかなか順調だね!」

「ルークさん、気を抜いたらダメですよ」


 どこか楽観的な面持ちのルークが、リノに注意されている。

 オズたちは転移陣のあるフロアに入っていく。しかし、同時に別の通路から入ってきたチームとブッキングする。


「――あっ。エリカ」


 そのチームは、エリカを筆頭とする皇国の騎士たちのチームだった。エリカの姿を目にしたオズは思わず声を上げた。エリカも驚いてオズと目を合わせたが、それも一瞬のことだった。すぐにプイッと顔を背けて転移陣に足を踏み入れる。オズの頭の上で、ゴンが「きゅう……」と寂しそうに鳴いた。


「下賤の身で、気安く姫を名で呼ぶな! 次はないと思え……ッ!」


 ハインはオズへGブレードをスッと向けてそう吐き捨てると、エリカのあとに続いた。今にも斬りかかってきそうな眼力でオズをにらんできたが、実際に攻撃してくることはなかった。迷宮は対外的な行事でもあるから、トラブルを起こすような行動は控えたのだろう。ほかの騎士たちはどこか困惑したような表情でハインに続き、スーは「お先に失礼しますです!」と頭を下げて転移していった。


「心中お察しするよ、オズ」


 苦笑いを浮かべたルークが肩をすくめる。しかし次の瞬間、リノから強烈なひじ打ちが飛んだ。


「――ぐぼぇっ!」

「(このすれ違いを作った原因は、ルークさんにあるんですからねっ!?)」

「(ご、ごめんなさい自重します……)」


 アルスが「とばっちりはごめんだ」とばかりに距離をとる。ルークが「ダンスパーティーにはパートナーを連れていく決まりがある」とオズに吹き込んだとき、アルスもおもしろがってそれを見ていたのだ。アルスにも責任の一端がある。

 オズがルークたちの様子に首を傾げていると、ユーリが声をかけた。


「はやくエリカと仲直りできるといいな」

「ああ。なんで怒ってるのかがわかればいいんだけど……」


 そのセリフに、ユーリは「はあ」とため息をついた。


「たぶん、わたしのせいだよね……」


 セナがぼそりとつぶやく。


「ん? セナ、なんか言ったか?」

「――な、なんでもないよ! と、とにかく、探索がんばっていこうね!」

「そうだな。――よし! みんな行くぞ!」


 オズのかけ声でそれぞれが気を引き締めた。そして転移陣に足を踏み入れていく。

 これから起こる惨劇など、想像もしないまま――




 * * *




「「「GUOOOOON!!」」」

「なんで、洞窟地帯に〈ゴドラ〉とか〈ハウンド〉なんかがいるのよッ!」


 Gブレードを振り回しながら、あたしはいらだたしく吐き捨てた。

 エリア9に転移してしばらくして、とてつもない数のガイムの群れと遭遇した。ゴーレム型ガイム〈オーベム〉に加えて、このエリアでは出現しないはずのガイムまでもが襲いかかってきたのだ。

 この状況に〈帰還石〉を使おうと思ったのだが、効果を発揮しなかった。つまり、今は危険と隣り合わせの戦闘をしているのだ。


「ハイン、スー! 下がって! デカイのをぶちこむわ!」

「ハッ!」

「了解です姫様!」


 二人に下がるよう指示して、火のマナを練り込んでいく。火属性輝術(オーラ)はあたしの十八番だ。


「《アル・グラド・エルドラゴニカ! 炎龍奮迅(えんりゅうふんじん)!!》」


 炎を撒き散らしながら、(ドラゴン)が顕現する。それは大口を開けてガイムの群れへと突っ込んでいく。

 『炎龍の輝術(オーラ)』――あたしの得意技だ。この学園に来てレベルが上がってからは、細かい制御もできるようになってきた。

 あたしの元から飛び出した炎龍が、ガイムを喰らい尽くしていく。


「「「GUOO…………」」」


 多くのガイムはパラパラと砕けながら消滅していく。消滅せずに残ったガイムも瀕死の状態だ。炎龍が消えたあと、それらをハインとスーが(ほふ)っていく。

 騎士であるハインはさすがと言うべきか、近接戦闘なら無類の強さがある。スーもあたしと違って近接戦闘をこなせる。二人の働きのおかげで、やがてあたしたちの周りにいたガイムは消滅した。

 あたしはホッと息をついた。『炎龍の輝術(オーラ)』は強力な分、何度も撃つことはできないのだ。一回使うだけでもかなりのマナをもっていかれる。

 あたしのもとに、ハインとスーが戻ってくる。


「ほかの騎士たちは……?」


 ここにいるのはあたし、スー、ハインの三人だけ。あたしたちのチームには、ほかに四人の騎士がいたはずなのだ。

 あたしの問いに返事をしたのはハインだ。


「やはり、はぐれてしまったようです。…………まったく、姫を守るのが仕事だというのに、不甲斐ない……!」

「しかたないわ、あれほどの群れに襲われたんだもの。無事だといいけれど……」


 眉間にシワをよせるハインをたしなめる。最近、ハインはぴりぴりしていることが多い。そのおかげでスーが縮こまっていたりして、あたしたちの雰囲気は良好とは言えなかった。そもそも、あたしもハインのことをとやかく言えはしない。最近ぴりぴりしているのは、あたしも同じだから……。


「姫様、とにかく進みましょう。巡回の先生か、飛んでいる〈クラフトカメラ〉を見つけることができればいいのですけど……」


 スーが先に進むことを促してきた。巡回の教官に会えなかったとしても、クラフトカメラを見つけさえすればSOSを送ることができる。それにしても、ここのところクラフトカメラが飛んでいるのを見ていない。やはり、今日の迷宮はどこか変だ。


「ほかのチームと会えれば、協力して動くこともできるのです」


 この状況だと、共闘という形をとるのもいい案だ。普段ドジをすることが多いスーだけど、迷宮内のような緊迫した場所では頼りになる。


「そうね。とにかく今は動きましょう」


 そう言ってあたしたちは進みはじめた。


 しばらく進むと、どこからか戦闘音が聴こえてきた。

 いくつものガイムの咆哮。

 ガイムの群れが為した地響き。

 Gブレードとガイムの装甲がぶつかる金属音。

 輝術(オーラ)のものと思われる爆発。

 そして、


 ――人間の悲鳴。


 しかも、それはひとつではなかった。

 どれもが死の匂いをもっていた。


「だれかがガイムに……! 行くわよ!」


 ハインとスーにそう言って、あたしは駆け出した。ガイムに襲われている人がいる。だったら助け出さなければならない。手遅れになる前に――!

 通路を曲がると広いフロアに出た。

 ――あたしは地獄を見ることになる。


 まず目についたのは赤色だった。それが血の色だと認識するのにいくらかの時間を要した。地面いっぱいに血が飛び散っている。

 ガイムが生徒をかみ砕いていた。臓物が化け物の口からバシャッと落ちる。

 複数のガイムが、ひとつの(エサ)を取り合っていた。何分割にも引き裂かれ、もはやそれがヒトだったのかどうかさえわからない。


 ガイムは人間を捕食する――その事実を、あたしは完全に理解していなかった。リアルな映像として突きつけられた事実は、あたしの脳を麻痺させた。


 想像もしなかった惨劇を見てあたしが固まっていたのは、ほんの一瞬だっただろう。ただ、その一瞬であたしの心臓が“恐怖”で串刺しにされたのは間違いなかった。


「「GUOOONN!!」」

「――た、たすけてくれっ!」


 悲鳴が響き渡る中、ガイムの群れに(あらが)っている生徒はまだいた。あたしの姿を目にして、助けを求めてくる。あたしは弾かれたように駆け出した。彼らを死なすわけにはいかない――!

 事態はさらに急転する。

 ガイムの群れの間から、新たに複数の生徒が姿を現した。Gブレードを構えて走る彼らは無傷だった。あたしと同じように、襲われている生徒を助けに来たのだろうか……



 ――?

 ガイムの群れの間(・・・・・・・・)から、出てきた……?

 どうして、彼らはガイムに襲われない?

 それに……どうして、彼らはあたしの方(・・・・・)に向かってきているの?


 彼らは狂ったような笑みを浮かべていた。死の匂いが充満するこの状況で、どうして笑っていられるのか。――その姿は、あまりにも異様だ。

 彼らのうちのひとりに見覚えがあった。迷宮に入る前にもめ事を起こしていた生徒だ。――つまりは、帝国貴族。

 目まぐるしい展開に、あたしの脳は何が起きているのかを理解できない。ただ、得体の知れない恐怖だけが駆けめぐった。


「――姫様、あぶないっ!」


 スーの叫び声。

 あたしは、視界の外から迫る攻撃の気配を感じとった。けど、あたしの体は即座には反応できなかった。


「くふっ――!」


 衝撃。

 痛みを感じる間もなく、あたしの意識は暗転した。

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