第三十二話 迷宮祭:その一
バスターアカデミアの一年を締めくくる一大行事――〈迷宮祭〉の日はすぐにやってきた。
迷宮祭は闘技祭と同じく三日に渡って行われる。初日は一年生から三年生までの生徒が、二日目からは五年生の生徒が迷宮に挑む。五年生は迷宮祭のために各地のバスタージムから戻ってきていて、この迷宮祭の成績が卒業試験の成績となる。五年生ともなると実力も高く、長期間に渡って迷宮内を探索できるため、彼らには二日目と三日目が与えられている。
この迷宮祭の出来が成績に関わるのは五年生だけではない。一年生と二年生は進級に関わるし、三年生は次年度に行われる実習の配属に関わってくる。
「みんな、帰還石は複数持ったか?」
「うん、わたしはふたつ持ったよ!」
オズの確認にセナがうなずく。ほかのメンバーも同じような返事を返した。
場所は地下迷宮の入り口。すでに一年生から三年生までの全生徒が集まっている。オズはいつものメンバー――ルーク、アルス、セナ、ユーリ、リノ――とチームを組んで迷宮祭に挑むことになっている。
「きゅう!」
ゴンも一緒に潜ることを許可された。ゴンは『癒しの輝術』を使えるほか、ガイムの索敵能力も優れている。この迷宮祭でも、オズたちの力強い仲間となってくれるだろう。
あの冬休みの事件と同じようなことが起こらないよう、帰還石は複数持つことが義務づけられている。巡回の教官と〈クラフトカメラ〉の数も普段より多くなっている。
観客は闘技場に集められているらしい。巨大なスクリーンがいくつも設置されていて、クラフトカメラによって中継された映像を観ることができるようになっている。今ごろ大勢の観客が闘技場に集まっているだろう。
迷宮に入るのは三年生、二年生、一年生の順である。このような順番になるのは、上級生になるほど到達エリアが深くなり、その分迷宮に潜っている時間も長くなるからである。
すでに三年生と二年生たちは迷宮へ入り終わり、今は一年生のチームが続々と迷宮に入っている。
「最後の確認な。アルスが前衛、俺とルーク、リノの三人が中衛、セナとユーリが後衛、だな」
「はい。中衛の三人は、私も含めて状況に応じて前衛も務めます」
「リノちゃんはなるべく中衛にいてね! 危ない前衛はボクが頑張るからっ!!」
「うるせぇぞルーク静かにしろ」
「きゅう!」
「おう、策敵を担当してくれるのはゴンだ。よろしくな。あと、回復役もできるからセナの負担も減るな」
「ふふ、よろしくね、ゴンちゃん」
「おれたちは、〈エリア10〉まで行くのが目標だね」
「ああ。でも安全第一でな」
オズたちは作戦の確認をしながら、順番を待っているところだった。
迷宮祭では到達エリアや探索速度、討伐数など、様々な要素が点数化される。総合点だけで順位がつくのではなく、討伐数などの要素別でも順位がつくため、どのような方針で迷宮探索を行うのかを前もって決めておく必要があるのだ。
待っている生徒たちは、柔軟運動をしていたり、チームで集まって最後の話し合いをしていたりと様々である。
二年生、三年生ともなるとそうでもないが、一年生は緊張している者が多い。一年の集大成とも言えるイベントでもあるし、どの生徒もこの日のために訓練を積んできているのだ。また、この迷宮祭での成績が進級に関わってくることもあってか、中にはどこか殺気立った生徒もいた。
「おい貴様! 今、僕にわざとぶつかっただろう!」
「えっ! そ、そんなつもりはなかったんだけど……」
柔軟体操でもしている際に接触でもあったのだろうか、怒鳴り声が響き渡った。聞いたことがある声だったのでオズが振り返ると、案の定、その声の主はレックス・バルカンだった。いつものように巨漢二人を背後に引きつれ、さらにその周りを帝国貴族会のメンバーで固めた彼は、気弱そうな男子生徒に言いがかりをつけていた。
「また帝国貴族のやつらかよ……」
「さっきも違うところでトラブってたぞ」
周りの生徒がざわつく。今日このようなトラブルはこれが初めてではない。帝国貴族会のメンバーたちはいたるところで揉め事を起こしていた。迷宮祭という一大イベントを前に舞い上がっているのだろうか。
レックスが男子生徒の胸元に掴みかかったあたりで、見かねた教官が止めに入っていた。レックスは引き下がったが、彼を含む帝国貴族会の部員たちは不満げな様子だ。
迷宮内ではあいつらに出会いたくないな……とオズが思っていると、
「――!」
赤髪ツインテールの少女――エリカの姿が目に入った。彼女もオズに気がついたようで目が合うが、バッと目を背けると離れていく。ハインがオズを忌々しげに一睨みして後を追い、スーも申し訳なさそうに頭を下げて着いていく。
ダンスパーティーの一件からエリカにとことん嫌われたらしい。学内ですれ違っても目を合わせてくれないし、どういうことかと問い詰めたかったが、いつもそばにハインがいてそれは無理だった。
「オズくん、わたしたちの番だよ」
セナが気づかわしげに知らせてくる。オズたちが迷宮に入る番が回ってきたようだ。
「おう、行こうか」
どこかモヤモヤしたものを抱えながら、オズは仲間とともに迷宮へ入っていった。
* * *
『さあ、破竹の勢いで突き進むのはオズ・リトヘンデ君率いる一年生のチームだあぁ! 今、エリア8に到達したところ! エリア8と言えば、二年生の到達ラインだ! 一年生ながら、二年生のトップチームに追いつかんばかりのスピードだあぁ!』
場所は闘技場。たくさんの観客たちが、複数のスクリーンに映し出された若きバスターたちの奮闘を目の当たりにして、歓声を上げていた。
すでにオズたちが迷宮に入ってから三時間ほどが経過している。複数あるスクリーンのうちのひとつに、オズたちのチームが映しだされていた。
『リトヘンデ君のチームに続くのは、エリカ・ローズ姫率いる皇国貴族のチームだあぁ! さらにそのあとをレックス・バルカン君率いる帝国貴族のチームが追っていくぅぅ! 今年の一年生はレベルが高い! 負けるな二年生たちぃ!』
エリカとハインの姿がスクリーンに映し出されると、会場のボルテージも上がっていく。二人は大陸中で名前が知られている有名人である。二人を観に学園都市フロンティアへ足を運んだ観客もいるに違いない。
『さあ、トップ争いはどうなっているのか見ていきましょう! 現在トップを走るのは二つのチームぅ! ひとつは生徒会長シエル・スクライトさん率いる三年生チーム! そして、もうひとつは生徒会副会長フィリップ・ベルツ君率いる二年生チームだぁ! 現在、二チームは共闘して迷宮を探索しているようです! それもそのはず! どちらのチームも生徒会役員が主なメンバーなのです! 普段から一緒に活動しているのですから、チームワークも抜群に違いありません! さあさあ、トップの二チームを追うのは、風紀委員長ライナー・ツァールマン君率いる三年生のチームだぁ! こちらは風紀委員会の役員で固められたチーム! どうやらトップ争いは、生徒会と風紀委員会の雌雄を決す戦いになりそうだぁ! はたして、因縁の対決に決着はつくのかぁ~!?』
スクリーンの上部に記されたデータによると、シエルたちが探索している階層は〈エリア15:密林地帯〉であった。木々の上を翼竜のようなフォルムのガイムが複数、空を飛び回っているのが映し出されている。
シエルたちはガイムを倒して迷宮を探索する傍ら、木に生った果物や木の実を採取していた。階層が深くなると、このようにガイストーン以外の有用な資源も手に入れられるようになってくる。それらを手に入れ、持ち帰るのも点数に大きく関わってくるのだ。
『それでは、浅い階層を探索している生徒たちの様子も見ていきましょう!』
スクリーンが切り替わり、〈エリア3:洞窟地帯〉の様子が映し出される。ゴーレム型ガイム――オーベムの群れと戦う一年生チームが映し出された。オーベムの数は多く、生徒たちが苦戦しているのが見てとれる。観客の中には生徒の親族もいるので、目立つ生徒ばかりスクリーンに映すというわけではなく、なるべく多くの生徒が映るように配慮されている。映った生徒の家族はハラハラしながら見ているに違いない。
そうして複数のチームの様子がスクリーンに映されていく。
『――おっと、オーベムに囲まれてしまったぁ! 万事休すか! ――おお! 後衛から強力な範囲系輝術が炸裂ぅ! この攻撃でオーベムの群れが怯んだぞ! さあ、そのスキに前衛の二人が…………って、あれ?』
とある一年生チームを解説していた司会者だったが、その口上を突如止めてしまう。それもそのはず、闘技場に設置されたスクリーンの映像すべてが“落ちて”しまったからである。ザーザーというノイズが響き渡り、スクリーンに映るのは白と黒の砂嵐のみである。
『えー、スクリーンの不具合でしょうか。みなさま、復旧までしばらくお待ちください!』
観客がざわめきはじめる。そして、しばらくして。
『――あっ! 直ったようですね…………ぇッ!?』
司会者だけではない。観客たちも息をのんだ。
『『『GUUOOOOO!!!』』』
『――ぐ、ぐあああああああぁぁッ!』
スクリーンに映ったのは、地獄絵図だった――
オーベムが手に掴んだ生徒を口に運び、Gスーツの上から強引にかみ砕く。血がぶしゅっと飛び散る。
複数のスクリーンで同じような光景が映しだされていた。
いたるところで、生徒たちがガイムに捕食されている――!
観客席から悲鳴があがった。
『なんで! 〈帰還石〉が使えな――ぐわああああぁぁぁッ!』
また、一人の生徒がガイムに喰われた。生徒たちが逃げられない理由は――〈帰還石〉の使用不可。その上、ガイムの数が低階層ではありえないほどに増えていた。四方八方からガイムが群がり、生徒たちは襲われていく。そのエリアでは通常出現しないはずの強力なガイムも姿を現している。
しかし、さらに度肝を抜く映像が映しだされる。
『死ね! 亜人どもめ!』
『――な、なにをするっ!?』
生徒同士の殺し合いだった。――いや、厳密に言えば殺し“合い”ではない。それは、一方的なものであった。人族の生徒たちが、獣人の生徒たちに襲いかかっている。
さらに、
『ガイムども! そいつらを殺せぇ!』
『『『GUAOOOOOO!!!』』』
ガイムの群れが、人族の生徒たちの指示に従うかのように、獣人の生徒たちに襲いかかっていた。ガイムの群れの真っただ中にいながら、人族の生徒たちはガイムに襲われることはなかった。襲われているのは獣人の生徒たちだけだ。
ガイムを従える――それは普通なら、到底ありえないことだ。
獣人の生徒たちは、ガイムの群れに加え、人族の生徒からも攻撃を受けていた。彼らが力尽きるのも時間の問題だった。
『ぎゃあああああぁぁっ!』
『ハハハ! いいぞ! もっとやれ!』
獣人の生徒がガイムに喰われるのを、人族の生徒たちは高笑いしながら眺めていた。
よく見ると、人族の生徒たちの目は真っ赤に充血していた。興奮しているのか、涎を垂れ流している生徒もいる。――彼らが正気ではないのは、明らかだった。
そして、ふたたびスクリーンに砂嵐が走る。ザーザーとノイズが鳴るばかりで、スクリーンはそれ以上、観客たちになんの映像も映さなかった。
観客席は悲鳴と混乱に包まれた。スクリーンに映されていた生徒の親族たちはひどく取り乱していた。映されていなかった生徒の親族も例外ではない。
教官席では、すでに多くの教官が救助に向かうべく活動をはじめていた。その中で、ひとりの教官が顔を青ざめていた。
「あ、あいつら……いったい何を……っ!」
「――ズエン教官、あの生徒たちは帝国貴族出身の者たちだな?」
学園長グノが、帝国貴族会顧問のズエンに詰め寄った。
「は、はい……! し、しかし、彼らがあそこまでするのはおかしい! 確かに獣人などの異種族を忌避してはいたが、まさか命をとるなどと……!」
「お前が先導したのではないのだな?」
「――ま、まさか! そもそもガイムを従える術があるのなら、私が知りたいくらいだ!」
ズエンをギロリと一睨みしたグノは、ふんと鼻を鳴らした。
「ツァーリ教官」
「はい」
グノは秘書のごとく側に控える黒スーツの女性――ツァーリに声をかけた。
「嘘を言っているようには見えんが……ズエン教官を一応捕縛しておけ」
「かしこまりました」
ツァーリはこの状況でも能面のように無表情であった。ズエンは言い返そうとしたようだが、すぐに口をつぐんだ。抵抗するつもりはないようだ。
「儂も救助に向かう」
「巡回の教官たちと連絡がとれなくなっています。おそらく、迷宮内では通信の用途をもつガイム=クランクが機能しなくなっているのかと。救助も細心の注意を払って行う必要がありそうです」
「ふん、そんなことはわかっている」
学園都市最強の男は立ち上がった。
帝国貴族の暴走は、彼ら自身の意思ではないように見えた。ならば、なんらかの精神汚染を受けているのは間違いない。
そして、これは勘に過ぎないが――それを為す者はおそらく、今なお迷宮内にいるに違いない。
「何者か知らんが……儂の生徒に手を出したからには、ただではすまさんぞ……っ!」




