第三十話 ダンスパーティー:その一
ちょうど太陽が沈んだ頃、学生寮〈クロスタワー〉前の噴水で、オズはパートナーを待っていた。周りにはオズと同じように待ち合わせ中の学生がちらほら見られた。彼らのほとんどはタキシードに似た礼服を着ていたが、オズは普段通りの制服である。礼服を手に入れるためにはG-POINTを消費しなければならないのだが、オズは戦闘実技以外の成績があまりよくないため(とくに闇属性以外の輝術実技)G-POINTに余裕がなかったのである。制服で来たことが場違いな気がして、オズは落ち着けなかった。
やっぱり無理してでも礼服を手に入れた方がよかったか……とオズがうなっていると、
「きゅうー!」
「ん?」
ゴンが頭の上で鳴いて、パートナーが来たことにオズは気がついた。振り返ると、そこにはとんでもない美少女がいた。
「オズくん、まった?」
セナだった。水色のワンピース型ドレスが彼女の清楚な雰囲気によく合っている。長い金髪は頭の後ろで編み込まれていて、いつもと違って新鮮だ。ミュウ族の特徴である細長い耳はあらわになっていて、それが彼女に艶かしさを加えていた。今夜は化粧をしているようで、なんだか大人っぽさも感じる。ヒールのある靴を履いているのか、いつもよりスラッとして見えるからなおさらだ。
オズは思わず見とれた。
「……オズくん?」
「あ、いや、似合ってるな、と思って」
「……あ、ありがと」
顔を赤らめ、はにかむセナ。その仕草に、オズは思わず身悶えそうになる。周りにいた男子生徒もセナに視線を向けていて、それぞれのパートナーに足を踏まれたりしている。それほど今日のセナはかわいかった。とは言え、普段からセナはミュウ族であるにも関わらず、男子生徒たちの視線を集めているのだが……。
「い、行こうか。みんなもいるだろうし」
「うん!」
オズとセナは歩き出す。
結局、オズはセナを誘ったのであった。異性を絶対に誘わなければならない、と聞いて、真っ先に思い浮かんだのがセナだったからだ。ユーリを誘おうかとも思ったが、彼女はつい最近まで男として生きてきたのだ。誘われても戸惑うかな、と思ってやめた。エリカは騎士のハイン・クレディオと行くだろうし、ミオはパーティー中も事務が忙しいだろうなと思い、誘わなかった。
「――あっ」
慣れない服装のせいか、セナがつまずく。しかし、学園長グノとの訓練で反射神経が鍛えられているオズである。サッとセナを抱きとめた。
「大丈夫か? セ……」
「ありがとう、オズく……」
至近距離で目が合ってしまい、思わず固まる二人。数秒たったのち、二人はバッと体を離した。「わ、わるい」「わ、わたしの方こそ、ごめんね」「いや、俺の方が」「いえいえ、わたしの方が」と慌てながら頭を下げる二人。近くを通りかかったカップルが、それを見てクスクス笑っていた。
「あー、ゴホン。……セナ、ほら」
「え?」
オズが差し出した腕を見て、キョトンと首を傾けるセナ。
「また転んだら危ないだろ?」
「あ……」
そこでセナは、オズがエスコートしてくれることに気づく。セナはうつむきながら、ためらいがちにオズの腕へ手を添えた。
「じゃ、行こうか」
「う、うん」
いつもと違い、二人は緊張気味な様子。どこかぎこちなく歩きながら、二人はダンスホールへと向かう。
実は、オズが二人で行くことの本当の意味を知らないのと同じように、セナもそのことを知らなかった。というのも、「二人で来る」=「二人は交際している」という図式は暗黙の了解に過ぎないからだ。
「…………」
「…………」
「きゅう?」
いつもと違う雰囲気に、オズはなんだか落ち着かない。セナはうつむくばかりで、たまにちらとオズを見上げるくらい。いつもと違う空気を感じとってか、ゴンは首をかしげている。
……二人には、どうやらこの雰囲気はまだ早かったようだ。
ダンスホールのある建物は、きらびやかな雰囲気が印象的だった。地球で見たヨーロッパの宮殿のような様式で、たくさんの暖色系晶灯が夜を明るく照らしている。
礼服やドレスで着飾った学生たちが、次々と建物へ入っていく。普段の制服で来ていた生徒もそこそこいて、オズは少し安心した。しかし、ひとりで来ている生徒や、同性どうしで固まっている集団を見かけて、オズは「はて」と首をひねった。
ダンスホールの中に入ると、すでにたくさんの生徒が集まっていた。楽団が奏でるバックミュージックが舞踏会らしさを演出している。
しばらく歩くと、いつものメンバー――ルーク、アルス、ユーリ、リノ――を見つけた。
「あ、こっちこっち!」
人混みの中、ユーリが手を上げていた。彼女は男装だった。端から見れば、中性的な美少年がタキシードを着こなしているように見える。ユーリの隣にいたのはリノだ。スラリとした白ドレスが彼女の毛並みによく合っていた。
この二人はかなり目立っていた。ユーリは女と公言してから、なぜか同性から話しかけられることが多くなったらしい。今日も一部の女子生徒の視線を集めていた。リノは元から同種族の男子生徒に人気がある。闘技祭で優勝してからはさらに人気が出たようだ。今日のドレス姿は、人族であるオズから見てもハッとする美しさであり、リノを見た獣人の男子生徒は例外なく骨抜きにされている。しかし親が親なので、今までリノに近づく男はひとりを除いていない。……ルークである。リノの隠れファンは、さぞかしルークを目の敵にしているであろう。闘技祭で失態をさらしたことも大きい。
「おれ、リノを誘ったんだ!」
「しつこい人がいたので、ユーリちゃんに誘っていただいて助かりました」
リノはユーリの腕に手を添えながら、満面の笑みを浮かべる。ユーリは苦笑いだ。オズよりも目線ひとつ分は背が高いユーリである。二人が並ぶ姿はなかなか様になっていた。その一方、リノの言葉を耳に入れたルークはうちひしがれている。
ユーリとリノの二人にセナが加わり、女子三人で話しはじめる。自然と、オズも男同士で話すことになった。オズ、ルーク、アルスの三人は普段どおりの制服姿である。微塵も華がない。
「くそぅ、ユーリにリノちゃんをとられたよぅ……」
「まぁ……元気出せよ、な?」
ルークは半泣きである。
「いや、でも男子と一緒に来なかったわけだし、これはこれでよかったのかもしれない……!」
ポジティブなルークなのであった。
「お……この料理うめぇ。ほら、おまえも食え」
「きゅう!」
一方で、アルスはすでに料理を食べはじめていた。立食のバイキング形式。今夜は食べ放題である。いつの間にかゴンはアルスの肩へ移動しており、見事に餌付けされている。
「そう言えば、おまえたちのパートナーはどこだ?」
「ギクッ」
オズが尋ねると、あからさまに固まるルーク。アルスは料理を食べるのに夢中で、オズの話を聞いていない。とりあえずアルスは放っておく。
「ルーク……なんだよその反応」
「いや、ボクのパートナーはその、なんというか…………そう! アルスだよ! ボクのパートナーはアルスなんだ!」
「えっ、異性じゃないとダメって言ってただろ!」
なんだか周りが騒がしい。ルークの話を聞いてしまった学生――とくに一部の女子学生――がざわつきはじめていた。
「――違う違う! パートナーが見つからなかったから、なんというか、苦肉の策というか! 深い意味はないよっ!」
「なるほど、そういうのもアリだったんだな。……てか、なんでそんなに慌ててるんだ?」
「な、なんでもないよ。……オズはいつまでも純粋な心でいてね」
「?」
オズに「絶対パートナーが必要」と言ってしまった手前、パートナーがいないとは言えない。それで一部の女子の妄想材料にされてしまうのだから、自分で自分の首を絞めているルークなのであった。
ダンスパーティーが本格的にはじまると、ステージでは音楽系クラブの演奏や、演劇部のショートコントなどが披露され、会場は盛り上がっていく。このあと、テレビでよく目にするタレントやアイドルグループもステージに登場するらしい。
一方では、ダンスを熱心に踊る学生や、料理を食べながら談笑を楽しむ生徒も多くいた。アルスとゴンは食べることで頭がいっぱいのようで、早々にオズの元からいなくなってしまった。ルークまでもが「今日はヤケ食いだぁ!」とアルスたちに着いていく始末である。
「……オズくん、おどろ?」
セナが上目づかいでオズを誘う。
「え、俺、ダンスなんて踊ったことないぞ」
「わ、わたしだって……」
オズとセナがおろおろしていると。
「リノさん、おれと踊ってください」
「まあ、喜んで。ユーリさん」
ユーリがリノをかっこよくエスコートしていた。そこらへんの男よりサマになっている。忘れていたが、ユーリは貴族だ。ダンスマナーの心得があるのだろう。
「ほら、オズたちも踊ろう!」
ユーリに急かされて、オズはセナに近づく。片方の手をセナの背中に回し、もう片方の手でセナの手を握る。お互いの距離がぐっと近づいて、二人して赤面してしまう。
隣で踊りはじめたユーリとリノにつられて、オズとセナもゆっくりとステップを踏みはじめる。
「こんな感じ、か?」
見よう見まねで足を動かすオズ。そうして必死に踊っていると。
「――ふふっ」
セナが小さく笑った。
「どうした?」
「ん、なんだか、楽しいなって思って」
「……はは、たしかに」
二人は笑い合う。残念ながら、そこに甘い雰囲気はない。ダンスも下手くそである。だが、オズとセナが楽しんで踊っているのは間違いなかった。
「な、なによ……っ」
そんな二人を見て、ショックを受けたようにその場から離れるひとりの女子生徒がいた。真っ赤な髪を波立たせ、足早に去っていく。
「ひ、姫さま!?」
「姫っ!」
二人の付き人が、慌てて後を追う。皇国騎士の礼服を着た男子生徒は、わなわなと拳を握りしめた。
「姫……なぜ、あのような賤しい者のことを……ッ!」




