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第二十九話 男たちの戦い

 冬休みが明け、学園はふたたび授業の毎日に戻った。地下迷宮(ラビリンス)で起こった事件の真相は、結局わからずじまいとなった。学園で授業が始まるにあたって、いつまでも学生への入場禁止令を敷くわけにもいかないため、冬休みが明けると同時に禁止令は解かれることとなった。現在は巡回の教官を増やすほか、帰還石を複数もつことが義務化されるなどの対策がとられている。


 そんなある日。『集団戦闘学』の講義を終えたオズ、ルーク、アルスの三人は、食堂〈止まり木〉へ向かっていた。男三人でいるのは、『集団戦闘学』が運動着を必要とする実習講義だからだ。着替えを終えた男三人は、昼食をとろうと食堂へ向かっていた。


「きゅう~きゅう~」


 もちろん、ゴンもいる。オズの頭の上で昼食を楽しみに鳴いている。セナたちとは食堂で落ち合う予定だ。ユーリも女子生徒として学園生活をはじめている。部屋は新しくしたため、一人のようだ。オズの方もユーリがいなくなってしまい、一人で部屋を使っている。なんだか寂しい。


「そういえばオズ、パーティーの相手決めた?」


 ルークが話しかけてくる。オズは首をかしげた。


「パーティー?」

「あれ、聞いてない? “感謝祭”の夜に、ダンスパーティーを開くって掲示が張り出されてたよ」


 感謝祭とは、この世界の行事のひとつである。そのルーツは、昔の人々が厳しい冬を乗り越えられたことを神に感謝し、祈りを捧げていた、というところにあると言われている。オズの元の世界でいうクリスマスやイースターのようなものだろうか。


「パーティーか。うめえもんをたらふく食うチャンスだな」

「きゅう!」


 アルスがだらしない笑みを浮かべ、ゴンが目を輝かせた。この一人と一匹は大食らいだ。アルスはいつもG-POINT(ジーポイント)を気にせず料理を注文しまくるし、ゴンも食事時になるとアルスから料理の一部を餌付けされるようにもらっている。


「きみらはほんと、食い意地すごいよねぇ……。そんなことより、オズは誘う相手決めたかい? ボクはリノちゃんを誘う予定!」

「相手か。うーん……俺はダンスとか踊れないし、べつにいいや」


 異世界のダンスなんて、オズに踊れるわけがない。……元の世界でも同じことだったかもしれないが。

 しかし、ルークは慌てはじめた。


「えっ、ダメだよ誘わなきゃ! そういう決まりなんだから!」


 その言葉に真っ先に反応したのは、オズではなくアルスだった。


「――ハァ? そんな決まり、オレは初耳ムグゥッ」


 ルークがアルスの口を押えた。そして、なにやらコソコソと話しはじめる。


「(アルスはちょっと黙ってて! こう言った方が、おもしろくなりそうじゃない?)」

「(ム、ムグ……たしかに)」

「……おまえら、なにやってんだ?」


 顔を近づけて話し合う男二人に、オズは気色の悪さを感じてしまう。「ははは、なんでもないよ!」と満面の笑みを浮かべるルーク。


「とにかく、パーティーにはパートナーを連れてかなきゃいけないんだよ! ――あ、もちろん女の子じゃないとダメだからね!」


 しっかり釘をさしておくルークだった。オズはうなる。


「うーん……だれを誘おうか」

「きゅう~きゅうぅ!」

「ん? ゴンはだれがいいんだ?」


 その背後で、男二人はまたもやヒソヒソと言葉を交わす。


「(おい、オズのやつ、相手を連れていくことの本当に意味、知らないんじゃねぇか……?)」

「(知らないだろうねぇ……。パートナーを連れていく――それすなわち、二人が交際関係にあることを意味するのだっ!)」

「(……なに力説してやがる。つか、まずいだろ。問題が起こる気がしてならねえ)」

「(だいじょーぶ。姉さんもオズから誘われれば喜ぶはずさ!)」

「(おい、なんでオズがセナを誘うことを当たり前みたいに言いやがる? あいつ、エリカ姫とも最近仲がいいみてぇだし、ユーリとは半年も同じ部屋で住んでた仲だ。だれを誘うかわかんねぇぞ)」

「(…………。た、たしかに。ヤバイどうしよう!)」

「(知るかボケ! オレは知らねぇからな!)」

「(……ボ、ボクも! ボクもなにも知らないからねっ!)」


 しばらく歩くと、教育棟前の掲示板に生徒たちが集まっているのが見えた。オズたち三人も近づいていく。


「なになに……」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

   『ハイレベル戦闘訓練』のお知らせ


 来週から『ハイレベル戦闘訓練』が始まります。

訓練生に選ばれた学生は時間を確認の上、指定され

た演習場へ来て下さい。

 学生ごとの担当教員は以下の通り。

           ・

           ・

           ・

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 どうやら、戦闘力の高い学生向けの授業が行われるらしい。教官一人に対して、一~三人ほどの少人数で授業が行われるようだ。

 オズたちは自分が選ばれていかどうか確認していく。すると、


「うわっ! ボクの担当、まさかのお父様だっ!!」

「ん? あ、俺もルークと一緒だ」


 『オズ・リトヘンデ、ルーク・ブレア 担当教員:グノ・ギュメイ』の文字を見て、ルークがぶるぶる震えている。グノ・ギュメイ――バスターアカデミアの学園長にして、リノの父親である。


「げっ、オレはあのドチビとかよっ!」


 アルスの担当はスチールクラスの担任、フウカだった。波乱を感じる。


「きゅう~!」

「わかったわかった。お昼ごはんな」


 ゴンが「はやく食堂行こうよ」と髪の毛を引っ張る。オズたちは食堂へと足を進めたのだった。




 * * *




 はやいもので、『ハイレベル戦闘訓練』の日はすぐにやってきた。この訓練は放課後に行われるため、眠そうにしていたゴンはセナに預けた。セナたち女子は今回の訓練に選ばれていない。というより、一年生で選ばれたのはオズ、ルーク、アルス、ハインの四人だけであった。


「ルーク、大丈夫か? めっちゃ震えてるけど」

「これは、武者震いだよっ!」

「そ、そうか。――っ! 来たぞ」


 演習場で待機していたオズとルークのもとへ、威圧感をまき散らしながらひとりの大男がやってくる。学園長――グノ・ギュメイ。茶色の毛並みをもつ狼の獣人(ライカン)である。黄土色のGスーツに特注と思われる巨大なGブレード。――フル装備である。授業に来ているという感じがまったくしない。確実に()りに来ている。

 グノの後ろから演習場に入ってきたのは、メガネに黒のスーツを着た、秘書のような見た目の女だった。入るやいなや、入り口の脇にスッと直立する。


「訓練を始める。さて、儂が貴様らを担当したのは、甘ったれた性根を叩き直すためだ。ふん」


 グノは機嫌が悪そうに鼻を鳴らす。


「とくにブレア。貴様、儂の娘に手を出しているそうだな?」

「ひぇっ!」


 ギロリと睨みつけられたルークが情けなく叫んだ。


「手を出すことは百歩譲って良しとしよう。ふん。だが、闘技祭でのあの無様な戦いはなんだ? 好きな女だからと手を抜くやつに、娘はやらんっ!」


 ……なぜだろう。親バカ臭がする。ルークの担当が学園長になった理由がわかるというものだ。


「リトヘンデ、貴様もだ。戦いを見る限り、貴様には強さへの貪欲さが足らん。ふん、貴様の父親もそうだった」

「えっ! 父さんを知ってるんですか?」


 オズは驚く。そこにグノがオズを担当することになった理由がある気がした。


「ふん、無駄話をするつもりはない。儂の訓練はひたすら模擬戦だ。体で覚えろ!」


 グノから闘気があふれ出す。オズとルークはGブレードを構えた。


「さっそくかかってこい。同時でいいぞ。……なあに、怪我を気にする必要はない。ツァーリ教官が『癒しの輝術(オーラ)』を使えるからな」


 入り口にたたずむ黒スーツの教官――ツァーリがコクリとうなずく。

 グノは「はやくかかってこい」とばかりにあごをしゃくった。


「ボクは行くぞ……リノちゃんとの仲を認めてもらうチャンスだ……! うわあああああぁぁっ!」


 奇声を上げながら突っ込むルーク、しかし……


「へぶぅ!」


 Gブレードの腹を叩きつけられ吹き飛んだルークは、演習場の壁にギャグ漫画のようにめりこんだ。いつの間に移動したのか、ツァーリが無表情でルークを壁から引っこ抜き、『癒しの輝術(オーラ)』をかけている。


「リトヘンデ、どうした。貴様もかかってこい」


 びりびりと伝わってくる闘気。目の前の存在はレベル50越えのAランクバスター。バスターの中でも頂点に位置する存在だ。一人いるだけで、戦場の流れを決めてしまうとも言われるほどの強さをもっている。実際、(バルダ)がそうだった。

 見た目も2メートル以上ある。普段戦っているガイムと比べると小さいが、威圧感が段違いだ。突然変異体(ミュータント)の方が小さく感じるほど。


「ふん、やはり貴様もあの“臆病者”の息子、といったところか」

「……ッ!」


 父を馬鹿にされて黙っているオズではない。グノへ弾丸のように飛びかかり、Gブレードを振るう――!


「遅い」

「ぐふっ!」


 気づけば演習場の壁に叩きつけられていた。オズには攻撃がまったく見えなかった。


「《プリマ・ヒューマ。浸潤(しんじゅん)の癒し》」


 いつの間にか近づいていたツァーリが『癒しの輝術(オーラ)』をかけてくる。回復したオズは立ち上がって礼を言うが、ツァーリは無表情で一言「いえ」とつぶやくと、演習場入り口へと戻っていった。思えばあの教官も異常だ。気配がまったくしないのだ。彼女も相当なやり手であるのは間違いない。


「オズ、これは協力して戦う必要がありそうだね」

「同感だ。どうする?」


 近寄ってきたルークと話し合うオズ。グノはその光景を見ても動かなかった。獰猛に笑って一言。


「少しはマシな(つら)になったか、ふん」




 * * *




 訓練は三時間にも及んだ。結局グノに一太刀いれることも叶わず、オズとルークは壁にめり込んではツァーリ教官に引っこ抜かれ、回復されてすぐにグノへ突っ込みまた吹き飛ばされ……と繰り返した。拷問か。

 グノは最後に一言、「腰抜けどもめ……来週も逃げずに来い」と告げて去っていった。オズとルークはぜいぜいと息をしながら、地面に寝ころぶ。


「つ、強い……」

「リノちゃん……ボクは心が折れそうだよ……」


 そう言いながらも、二人は笑っていた。グノと戦うことで、自分たちが強くなったのがわかったからだ。「体で覚えろ!」の言のとおり、グノの指導で自分の欠点に気づくことができた。グノの戦い方を見るだけで、構え方や力の入れ方など、学ぶことも多かった。

 それに、グノは口は悪いが性格までも悪いとは感じなかった。なぜなら、ルークに対して「人族だからリノとの交際を認めない」といった言葉はひとつもかけなかったからである。人族と獣人(ライカン)は子をなすことができないので、結ばれるのは普通ありえないし、親なら反対するはずである。だが、そのことを言わなかったということは、グノは種族の違いを気にしていないということだ。

 とにかく、厳しい訓練であるが、それに見合ったものがあった。だからオズとルークは笑っていたのだ。オズは「もっと強くなるぞ」、ルークは「リノちゃんとの仲を認めさせてやるぞ」と。

 だが、オズとルークは自分たちの訓練が実は生ぬるかったということを知ることになる。それは訓練を終え、食堂で待ち合わせていたアルスと顔を合わせたときだった。


「――おまえ! その顔はッ!」

「別人みたいになってるぅ!」

「ふるひぇえ(うるせぇ)」


 アルスの顔はボコボコに腫れて原型をとどめていなかった。ところどころ血がにじんでいる。アルスの訓練の担当はフウカだ。……いったいどんな訓練だったのだろう。


「はのはみゃあ、ひつかへったいふっとひゃしへやう!(あのアマァ、いつか絶対ぶっとばしてやる!)」

「アルス! なにを言ってるのかわからないよ!」

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