第二十八話 迷宮訓練:その三
表記が「帰還石」「転移石」とごっちゃになっていますが、正しくは「帰還石」です。時間があるときに直します。申し訳ありません……
オズの頭は混乱を極めた。
「えっ、おま、えっ?」
重症を負ったユーリは身動きが取れない。女を主張する大きな胸が、惜し気もなくさらされている。オズは慌てて目をそらした。混乱しつつも、オズはひとつの真実にたどり着いていた。――ユーリ、女だったのか!
「……ぐぅっ」
痛みにうめくユーリ。オズはハッとして視線を戻した。今、ユーリは命に関わる傷を負っているのだ。目をそらしている場合ではない。ユーリが女であったとしても、それは二の次だ! オズは傷の応急処置をすべく手を動かす。すると、
「――きゅうううぅ!!」
ゴンの鳴き声が耳に入る。オズが顔を上げると、徘徊するハウンドの頭上、ゴンが飛んでくるのが見えた。ゴンもこの階層内に転移してしまったようだ。バタバタと必死に羽を動かし、慣れない様子ながらも必死にこちらに向かってくる。
「――ゴン!? おまえ、その体!」
ゴンの小さな体は血にまみれていた。オズと同じように、転移石の誤作動の反動を受けたのかもしれない。だが、よく見ると、そのわりには重症というほどではなさそうだった。
オズの元へ着地するゴン。
「きゅううううぅぅっ!!」
着地するやいなや、ゴンはいきなり叫び出した。オズが驚くなか、ゴンから白い光が放たれる。それはユーリとオズを包み込むほど大きくなっていく。
「こ、これは――!」
オズは息を飲む。これは――光属性の輝術だ。血を流していたにも関わらず、ゴンがそれほど重症に見えなかったのは、光属性輝術――『癒しの輝術』を行使して自分を回復したからに違いない。
光が収まる。
そこには、顔に血の色を取り戻したユーリの姿があった。
「――ユーリッ! あぁ、よかった、本当によかった……」
ゴンのおかげで、ユーリは一命をとりとめたらしい。オズの目尻に涙がにじむ。もう大切な人を失うのはいやだった。ゴンの頭をぐりぐりと撫でる。
だが、『癒しの輝術』を使ったとはいえ、完全に回復したわけではない。重症だったユーリは、もっとレベルの高い『癒しの輝術』が必要なはずだ。まだ体が動かせないユーリは、なんとか腕を持ち上げ、自分の胸を隠した。オズは慌てて目をそらす。すると、ユーリの顔がオズの視界に入った。
「――!」
ユーリは、泣いていた。
「ユーリ、ごめん、見るつもりはなかったんだ……」
「……ぐすっ、いやだ……おれのこと、きらいにならないで……」
「き、嫌いになる……? ど、どうしたんだよ、いきなり」
「おれ、オズのことを、騙してたんだ……っ」
「お、大袈裟だな。なんか理由があったんだろ? 俺は気にしないよ」
「うそだっ、おれみたいなやつ、きらいになるに決まってる……! 女で、その上弱い、おれのことなんか……! ……ぐすっ、いやだよ……オズにまで見捨てられたら、おれはどうしたら……」
片方の手で胸を隠し、もう片方の手で目をこするユーリ。雷雨の夜、ベッドに潜り込んだユーリを思い出した。
――お父さん、見捨てないで。
あの夜、ユーリはたしかにそう言った。ユーリの家庭の事情をオズは知らない。男のフリをしていた理由も関係しているのかもしれない。だが、そんなことはオズにとって重要ではない。そして、これだけはハッキリしている。
――俺がユーリを見捨てる? そんなこと、ありえるわけがない。
「ユーリ」
「――っ!」
オズは、ユーリの頭に手を優しくのせた。ビクッと体を震わせると、ユーリは手を少しずらしてオズを見た。オズは決然と告げた。
「嫌いになんて、なってやらないから」
「――えっ」
「だから。たとえユーリが俺を嫌ったとしても、俺はおまえのこと、嫌いになんて、なってやらないから」
ユーリの顔が真っ赤に染まる。
「わかったか?」
「……う、うん」
小さくうなずくユーリ。
それと同時、オズの視界は光の点滅をとらえた。それは、聖域の光だった。点滅が意味するのは――聖域の消滅だ。そうなれば、徘徊していたハウンドがオズたちへ群がることになる。
オズは立ち上がった。ゴンの『治癒の輝術』のおかげで、オズも回復したのだ。と言っても、満足に動けるようになったわけではなかった。ユーリと同じように、完全に回復するためにはもっと上のレベルの『治癒の輝術』が必要になると思われる。
だがそれでも、オズはハウンドの群れを抑えなければならない。いつかは教官らが気づいて助けに来てくれるはずだ。それまで耐えればいい。
「ゴン、ユーリをたのむ!」
「きゅうっ!」
「だ、だめだよオズ……逃げて! その体で、あんなにたくさんのガイムと戦うなんて! おれのことはいいから……!」
「よくない。……俺はもう、大切な人を失いたくないんだっ!」
その言葉に、ユーリは目を見開く。
オズは駆け出した。
聖域が消えていく。
「「「――GUUOOOOO!!!」」」
光の筋が消えると、雪崩のようにハウンドが迫ってくる。
オズは匣のスイッチを押し、ガイストーンを取り出していく。ガイストーンは匣から出た途端、次々と闇のマナへと姿を変え、オズのGブレードに取り込まれていく。
巨大化する刀身。
オズはGブレードを薙ぎ払った。斬撃が飛んでいく。
――ズバァッ!
ハウンドどもを一刀両断のもと消滅させる。
ふたたび匣からガイストーンを取り出す。刀身を肥大化させ、今度は違う方向へとGブレードを振るう。
四方八方から襲いかかるハウンドへ、オズは斬撃を放っていった。
やがて匣の中のガイストーンはすべてなくなり、地面に落ちているガイストーンもなくなってしまう。
オズは近接戦闘へと切り替える。猛然と一体のハウンドへ斬りかかった。
疾ッ!
一撃でハウンドを破壊。すると、その砕片がオズの体へ吸い込まれていく。
オズは“加速”する。
ふたたびハウンドを破壊。
さらに“加速”する。
ハウンドを倒すたびに、オズの速度は増していく――!
この能力を使うのは、オズにとって二度目。“ボストの英雄”と呼ばれるに至った所以。
それは、オズの奥深くに潜む輝術の極致。
まだ名もなき超越輝術を、解放する――!
「うおおおおおおおォッ!!」
次々とハウンドを屠っていく。
それはまさに――殺戮。
「す、すごい……」
「きゅう……」
鬼神のごとき殲滅を目にし、ユーリは呆然とつぶやいた。
その速さは目で追いきれるものではない。オズの体から発せられた紫光が煌めくたび、ハウンドは消滅していく。
だが、群れの数は相当なものだった。いくら倒してもキリがない。動けないユーリを守りながら立ち回るのは、思いのほか難しかった。本調子ではなかったオズの体にも、徐々に限界が近づいてきていた。それでも、オズはがむしゃらにGブレードを振るう。
――まだ、救援は来ないのか!
オズの焦燥は高まっていく。
そして、ついに最悪の事態が訪れる。ハウンドの数がオズの殲滅速度を上回ったのだ。討ち漏らしたハウンドが、ユーリに迫る。
「GUOOOOOOOOOON!」
「うおおおおおぉ!!」
ユーリをかばうように体を滑り込ませたオズへ、がぶり、とハウンドが牙を立てた。
「――オズっ!」
「ぐふぅ……っ! ……こな、くそぉおおッ!!」
一閃。
ハウンドは消滅していくが、牙に貫かれたオズの胴から血が噴き出る。
オズは倒れなかった。マナを全身へ張り巡らせ、筋肉を引き締め、血を止める。
「まだまだぁあああッ!!」
どこにそんな力が残っているのか。オズの体がぶれ、さらに加速する。一度に数十ものハウンドを消し飛ばすその姿は、もはやユーリには視認できない。だが、ユーリのもとへ飛び散るオズの血が、その壮絶さを物語っていた。
ユーリとゴンを守るため、オズは避けられるはずの攻撃をその身に受けていく。無数に増えていく傷から、おびただしいほどの血が飛び散っていく。
「うぉぉおおおおああああッ!!」
もはや、オズの意識はほとんど残っていなかった。本能とも呼べる動力で自らの体を酷使する。痛みはとっくのとうに感じなくなり、体は冷たくなっていく。それとは逆にオズの速度はますます上昇し、ただただガイムを敵と見なし、片っ端から破壊しつくす――!
「やだ……オズが死んじゃう……!」
「きゅう……」
力なくつぶやいたユーリが、目から涙を流した。ゴンは深い悲しみをたたえて鳴く。オズが速すぎるため、『癒しの輝術』で補足することができないのだ。
そんなひとりと一匹の悲しみを切り裂くように。
――斬ッ!
赤い閃光がハウンドどもを吹き飛ばした。赤と金のポニーテールが風に揺れる。突如現れたのは、ひとりの女。バスターとしては小柄なその女性は、Gブレードを振りながらオズへ笑みを向けた。
「よく耐えたな、リトヘンデ。ここからは、アタシたちにまかせなッ!」
「フウカ、先生……?」
わずかに残った理性でオズはつぶやいた。フウカだけではない。複数のバスターがハウンドを殲滅しはじめていた。彼らはアカデミアの教官たち。
――助けが来たのだ。
上級バスターが集まれば、エリア10のガイム程度では勝負にすらならない。次々とハウンドは討伐されていく。
「安心しろリトヘンデ。お前たち二人以外のメンバーは、正常に入り口へと転移している。みな、お前たちの帰還を待っているぞ」
「そう、か……よかった……」
フウカの言葉にオズは安堵した。途端、体から力が抜けていく。オズの意識は闇へと沈んでいった。
* * *
教官たちが駆けつけたことによって、今回の事件はひとまず解決となった。現在、学生が地下迷宮へ入ることは禁止されており、今回の事件の真相――帰還石の不具合や、ガイムの異常な出現は、目下調査中である。
結局、おれは無事に地下迷宮から戻ってくることができた。輝術による治療も受け、今は日常生活には害がないほどに回復している。戦闘を行えるようになるまでは、あと何回かの処置を受けなければならないけど。
こうして無事に帰ってこれたのは、オズが命を張っておれを助けてくれたおかげだ。そんなオズは、医務室のベッドですうすうと寝息を立てている。おれと同じく輝術による処置を受け、オズは一命をとりとめた。
けど、あれから一晩たったのに、オズはいまだに目を覚まさない。くわしく聞いたところ、超越輝術の反動で眠っているらしい。輝術を極めた者にしか使えないとされる超越輝術を使えるなんて、やっぱりオズは凄いやつだ。ボストの街を救ったのも、この力があったからだそうだ。しかも、その力もまだ成長段階だというから、本当に規格外だ。
医師が言うにはじきに目を覚ますそうだけど、オズがこのまま目覚めなかったらと思うと、いてもたってもいられなくなる。けど、それはおれだけではないようで……
「オズ君、いつ目を覚ますんでしょうか……」
ガ研の顧問、ミオ先生が心配そうにつぶやく。ウサミミが心配そうに揺れていた。
「オズくん、はやく目を覚ましてね。オズくんが大好きなブノのサンドイッチ、作ってきたんだよ?」
セナが寝ているオズに優しく話しかける。だが、その言葉を聞いたミオ先生、ルーク、アルスの三人が顔を青ざめさせる。いったいどうしたんだろう? そう言えば、セナの手料理って食べたことないな……。
――そして、もうひとり。
「もう、せっかくあたしが来てあげたのに、まだ起きないなんて!」
ゴンを胸に抱いてそうこぼすのは、勝ち気そうな顔が特徴的な美少女――エリカだった。エリカの付き人――スーが、申し訳なさそうな面持ちでエリカの背後に控えていた。
「――って! ミオさんはわかるけど、なんでエリカちゃんも来てるの!?」
「な、なによ! あたしは、ゴンちゃんに会いに来ただけなんだから! 文句ある!?」
「きゅう~」
セナとエリカは目を合わせる。バチバチと火花が飛び散っているように見えるのは、おれだけだろうか。
二人の様子を見て、ルークとアルスはにやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。彼らは、昨晩エリカが血相を変えて医務室に飛び込んできたのを知っている。オズが重症だと聞き、エリカは大層取り乱していた。
「オズ君、いつの間にエリカ姫と仲良くなったのよ……?」
不満げにぶつぶつつぶやくミオ先生。なんだかミオ先生の素が出ている気がする……。けど、それはおれも同感だ。二人は仲が悪かったはずなのに。
セナとエリカは言い合いが終わったようで、二人はフンッと顔をそらした。端から見れば、皇族であるエリカと言い合うなんて無礼極まりないことだ。だけど、昨晩彼女は言ったのだ。「様付けで呼ばないで。敬語もやめて」と。その時から、セナは彼女を「エリカちゃん」と呼んでいるし、おれも「エリカ」と呼び捨てで呼ぶことにした。なんだか、お姫様らしくない子だなぁ、とおれは思ってしまった。
オズの横で寝顔を見つめていると、セナが話しかけてくる。
「ユーリく……ちゃん、こうして見ると、やっぱり女の子だね。なんで男の子だって信じてたのか、不思議なくらい」
「……ユーリ“ちゃん”、か。なんか慣れないなぁ」
おれが女だというのは、すでにみんなにバレている。運ばれるおれを、みんなが見てしまったから。みんな最初は驚いていたけど、だからと言って、おれに対する態度が変わるなんてことはなかった。みんなを騙していたのだから非難されると思ったのに、なんだか拍子抜けしてしまった。おれが今まで悩んできたのは、いったいなんだったんだろう……。
セナが「オズくんと同じ部屋に住んでて、何もされなかった?」とやけに心配してくれた。すこし目が据わってて怖かったけど……。ちなみに、学園側にも女であることがバレたおれは、女子部屋に移ることになってしまった。オズと一緒にいられないのは、なんだか寂しい。
「むむむ……。まさか、ユーリちゃんの胸がこんなに大きかったなんて……」
セナがおれの胸を見て唸っている。もう女とバレたのだから、おれはサラシを巻くのをやめた。エリカが「ふふん」と得意気な笑みを向けてくる。意味がわからなくて、おれは首をかしげた。
そういえば、自分の呼び名も変えた方がいいのだろうか。でも、小さい頃から自分のことを「おれ」と言ってきたから、今さら変えるのもなぁ……。
とおれが考えていると。
「ユーリちゃん、なにかあっても私たちが力になります。これからは、ひとりで抱え込まないでくださいね?」
リノがおれに笑いかけてきた。ほかのみんなも同意するようにうなずいている。
「みんな……ありがとう……!」
お父さんに認められたくて、おれは男のフリをし続けてきた。けど、今でも男のフリをしている必要なんてあるのだろうか?
――いや、おれはおれでいいんだ。
女でいい。みんながおれという存在を見てくれる。それに、なによりオズが――
「……んん」
オズのまぶたが動く。みんながハッとしてオズに注目する。
「う…………あれ? みんなそろってどうしたんだ?」
「――オズくんっ!」
セナが目を覚ましたオズの手を、ぎゅっと握りしめる。それを見て「「あっ!」」とミオ先生とエリカが声を上げた。なぜだろう、おれも声を上げそうになってしまった……
「――あっ! ユーリ、無事だったのか!」
「う、うん……」
なんだかオズと話すのに緊張してしまう。
「おれ、みんなにも女だってこと、打ち明けたんだ」
オズが変な気を使わないように、おれはそう言った。オズはおれのことをじっと見つめると。
「うん、やっぱ女だとわかって逆に安心した。ユーリがかわいく見えることがあってさ、そのたびに、俺っておかしいのかな? って思ってたから」
「――ッ!」
顔が一気に熱くなる。おれはオズを見ていられなくなって、目をそらした。
――どうしてオズって、そう恥ずかしいことを平気で言えるんだ!
「――って痛い痛いッ! セナ、いきなりどうしたんだよ?」
セナが握りしめていた手に力を加えたらしい。底冷えするような笑みを浮かべるセナ。オズはたじろぐ。
「ちょ、ちょっとセナ! なにオズの手なんか握ってんのよ!」
「そうですよセナちゃん! オズ君は今、病み上がりなんですから!」
女三人がきゃあきゃあと騒ぎ出す。オズは状況が飲み込めず目を白黒させている。エリカにぎゅっと抱き締められたゴンが、苦しそうに「きゅうぅ……」とうめいている。メイドのスーが、あわあわとそれを見ていた。
「ね、ユーリも混ざんなくていいの?」
「――えっ、おれはべつに……」
ルークに話しかけられたが、おれは口を濁した。
「ふーん、健気だねぇ~」
にやにやと笑みを浮かべるルーク。あごに手を当て、ふむふむ、とうなずいている。
「ちょっと、ルークさん! ユーリちゃんをからかっちゃダメですよ!」
「――あっ、ハイ! ごめんなさいリノちゃん!」
リノに怒られて、ルークは一気に慌てた顔つきになった。この二人の仲はまだ直っていないようだ。
オズやルークの様子を見て、アルスが腹を抱えて笑っていた。
騒がしい仲間に囲まれて、おれはたしかに幸せを感じていた。
セナたちに囲まれて疲れた様子のオズを見て、おれはクスリと笑った。




