第二十三話 闘技祭:その三
ハインの戦闘スタイルは、その装備からうかがい知ることができる。Gブレードを右手に、盾を左手に。盾は皇国騎士の標準装備であり、彼らは対人戦において防御を重視する。攻撃を盾で防ぎ、カウンターで攻めに転じる。それが皇国騎士の戦い方だった。
オズは様子見とばかりにGブレードを振るっていく。しかし、当然のごとく盾で防がれる。その堅実な守りは、なかなか抜けそうにない。
「甘い!」
「――くっ!」
オズが攻めあぐねていると、ハインの攻撃が飛んでくる。観客から歓声があがった。
「ぐあっ!」
ハインの攻撃は鋭く、そして重かった。オズの腕が切り裂かれる。闘技祭本選は模擬剣ではなく、真剣――Gブレードである。Gブレードを用いた戦闘は本来ならば危険であるが、闘技場に限ればそうではない。バスターへの物理的なダメージはすべて無かったことにされる。――地下迷宮で発掘された〈遺物〉のひとつ。それが闘技場には設置されていた。物理的なダメージは、精神的なダメージに変換されてバスターに蓄積される。斬りつけられた腕から血が出ていなかったとしても、激痛は残るのだ。それが精神的なダメージである。そして、蓄積されたダメージが許容量を超えるとバスターは気絶する。――つまり、相手を気絶させることができれば勝ちとなる。
「くそッ! 堅いな!」
「ふん! そんな攻撃では効かんぞ!」
オズは連撃による短期間の決戦を試みたが、そのすべてをハインに防がれた。
――やはり、強い。ただ攻めるだけではジリ貧だ。カウンターでこちらが痛い目に会ってしまう。
オズは一旦距離を取ることにした。ハインは追撃してこない。――厄介だ。こちらが攻めれば攻めるほど、体力を消耗することになるのだから。
「《サタナ・キアルド! 漆黒の弾丸!》」
オズは近接系だが、闇の輝術にならば自信がある。――剣だけだと思うなよ!
「ふッ!」
ハインは事もなげに輝術を斬りはらった。しかし、放たれる闇の弾丸はひとつだけではない。ふたつ、みっつとハインへ輝術が殺到した。それらを盾で防ぐが、着弾すると爆発を引き起こす。
「ムッ!?」
しかしそれは、ダメージを与えるほどの爆発ではなかった。吹き飛ばされないように踏ん張るハイン。闇のマナが漂い視界が悪い中、ハインは前を見る。しかしそこにオズの姿はなかった。
「――ッ、うしろか!」
「遅いッ!」
ハインが体勢を整える前には、オズはGブレードを振りきっていた。
「ぐおっ! ――このッ!」
返しでカウンターを放ってくる。オズは慌てて飛び退いた。
――浅かったか。
完全に決まったと思ったのだが、一筋縄ではいかない。ハインは位置取りがうまい。対人戦においては彼のほうがやり手だった。
ハインは激痛に顔を歪めながら、オズに向き直る。浅かったとは言え、〈遺物〉の恩恵がなければ相当の傷を負っていただろう。
「やるではないか。少々貴様のことを見くびっていたようだ。――次は、こちらから行くぞッ!」
ハインが闘気を噴き出した。
* * *
『お~っと、リトヘンデ君の鋭い攻撃が炸裂! あっ届かなかったか! さすがクレディオ君! その鉄壁の守りでリトヘンデ君の猛攻を防いでいくぅ~~! っとここでカウンターだぁ! おおっ、リトヘンデ君よく避けた! ここでさらにクレディオ君が前へ出る! リトヘンデ君苦しい! ――あぁっ! 跳んだ! リトヘンデ君が跳びました! 〈Gシューズ〉です! 改良品でしょうか!? 今度は爆発しないことを祈ります! さあ、今度はクレディオ君が苦しい番だ! 立体的な攻撃に手が出ませ……おっとシールドバッシュだ! 強烈! リトヘンデ君たまらず距離をとるぅ! ――す、すばらしい! まさに手に汗握る戦いとなりました! 一進一退でどちらも譲りません! 学生とは思えないハイレベルな戦いだぁ~~!!』
観客の熱気はとどまることを知らない。しかし、中には息を飲んで戦いを見る者もいた。戦闘経験が豊かな者たちは、二人のレベルの高さに度肝を抜かれていた。
「ほう……あのハインとここまで戦える学生がいるとはな」
貴賓席で感心するようにつぶやいたのは壮年の男。皇国の伝統的な正装に身を包んだその男は――ブリュンヒルデ皇国の皇帝だった。燃えるような赤の短髪に、服の上でもわかるほどのがっしりとした肉体。彼の一挙一動には皇帝としての威厳だけではなく、強者としての覇気が感じられた。
皇帝の側には、彼を護るように数人の騎士がついている。その騎士たちも、オズとハインの試合を食い入るように見ていた。
「エリカ、おまえはどう思う?」
「――えっ!? も、もちろん、勝つのはハインよ!」
皇帝の隣にはブリュンヒルデ皇国第三皇女――エリカ・ローズがいた。エリカは皇帝の娘である。学園側の配慮により家族で観戦することを許されていた。そんなエリカは慌てた様子で「ハインが勝つ」と言いきった。
「そうかそうか。ははは」
「な、なんで笑うのお父様!」
皇帝は娘のうしろに侍る従者――スーに目を向けた。彼女は困ったような表情でうなずく。
「くく……そうか。いや、気にするなエリカ」
「なんなのよ、まったく……」
エリカはそう言いながらも試合に目を戻した。そしてすぐに観戦に没頭しはじめた。「ちがう、そこじゃない!」「どこ見てんのよ!」などと小さくつぶやいている。さきほどからずっとこんな調子だ。
皇帝はくすりと笑った。最初はハインを応援しているのかと思った。しかし、どうやら娘は相手の男子学生を応援しているらしい。彼が危ない場面では身を強張らせ、逆に攻撃が決まると肩を大きく弾ませている。その事実に、娘は自分自身で気づいていないようだ。
「オズ・リトヘンデ……か。おもしろい」
* * *
二人の戦いも、そろそろ佳境に入ろうとしていた。
「ちょこまかと……この、目障りな……!」
苦々しげにハインが吐き捨てる。Gシューズによる縦横無尽な動きが、ハインの戦闘スタイルでは厄介に映るらしい。しかし、オズにとっては不利な状況だ。オズの方が自然と運動量が多くなる分、このままだとこちらが先に力尽きてしまう。
だが、やはりハインは遠距離の攻撃手段をもっていないようだった。輝術の実力はそれほどでもなく、対人戦でハインが輝術を使うことがないのは事前情報で知っている。
「《サタナ・ディファイア! 黒槍!》」
ハイン目がけてこれまでよりも威力の高い輝術を放った。その分マナの消費も激しいが、この一進一退の状況を覆すには、勝負にでるしかない!
対するハインは盾を構える。ここで受けを選択するのは悪手だ。爆発による視界の悪さからの攻撃、これがオズの今までのパターンなのだから。しかし、ハインは笑みを浮かべていた。
「くらうがいい。《反射!》」
盾が光り輝く。そこにぶち当たった輝術が跳ね返った。さらに、オズにはわからないことだったが、威力も1.5倍まで膨れ上がっている。ハインの奥の手とも言える攻撃だった。そう何度も使える技ではない。
跳ね返った輝術はオズへ突き進む。
――輝術か? 剣でいなすか? 回避か? 吸収する手もあるが……!
とっさのことでオズの判断が遅れる。
「くっ―― 《サタナ・ディファイア! 黒槍!》」
オズが選択したのは、輝術による相殺。悪手を選んだのはオズの方だった。相殺しきれずにオズは吹き飛ばされる。それほどのダメージではない。だが、マナを無駄に消費してしまった。これは痛い。
しかし、オズは追撃の手を緩めなかった。ここが勝負どころだと、彼のカンが告げていた。
「まだだッ! 《サタナ・ガロウズ! 闇の鎖!》」
「――なにッ!?」
ハインの足元から鎖が伸び、彼の体をがんじがらめに巻いていく。――設置型の輝術。剣の応酬の中で、オズが仕掛けておいた罠だ。シエルから闇属性輝術を学んだことで、オズの戦闘における選択肢は増えている。
「くっ、こんなもので!!」
ハインが怒気を露わにした。騎士であるハインにとって、拘束系の攻撃は邪道に思えたのだ。Gシューズなどという代物も我慢ならないものだったが、ここにきて限界を迎えた。
だが、オズの攻撃はこれで終わりではない。
「――《雷撃付与!》」
「ぐあああああああああッ!!」
巻きついた鎖から電撃が流れる。ハインはたまらず叫んだ。――複合属性による輝術。それは学生ごときが使えるものではない。さらに言えば、上級バスターでも使えるのは一握りである。複合属性を見抜いた一部の観客は驚愕する。
「舐めるなあぁぁぁッ!!」
ハインは気合で鎖を引きちぎった。その時にはすでに、オズは目の前まで迫っていた。痺れる体に鞭を入れ、ハインは盾を構える。突撃するオズは雄叫びをあげる。
「うおおおおおおお! 《衝撃波ッ》!」
「――な!?」
オズのGブレードがブレた。受け止めた盾がビリビリと震える。そして――
――バキバキバキィッ!
盾は粉々に砕け散った。驚愕するハインの左腕に激痛が走る。
「盾がなくなればこっちのもんだ!」
「くそっ……貴様、何をした!?」
戦いは激しい剣の打ち合いになっていく。息を切らしながら、オズはニヤリと笑みを向けた。
「〈試作型Gブレード“改”〉だ。皇国騎士の厄介な盾を、どうにかするためのな……!」
オズは懲りずにシエルの試作品を使っていた。だがそれは、騎士が使う盾を壊すのに適していたからだ。オズも何も考えずに闘技祭に出場したわけではない。前々から、ほかの出場者の対策を考えていた。
「小細工を……!」
ハインの攻撃に激しさが増す。盾がなくなってもハインは強かった。レベルの差、対人経験の差、体力の差、すべてにおいてハインが一歩上だった。オズは防戦一方になっていく。
「私が、“守り”だけだと思うなぁッ!!」
「――!?」
ハインの鋭い一撃がオズに迫る。怒気を乗せたその一撃は、まさに勝負を決める一手だった。疲労の溜まったオズは、受けることも避けることもできそうにない。
――くそ、負けかぁ……
迫る一撃をスローで眺めながら、オズは思った。
そのとき。
「――なに諦めてんのよ、バカッ!!」
闘技場の歓声を突き破るように、その声はなぜか二人の耳に入った。驚愕したハインの動きが硬直し、オズはそこに逆転の目を見た。
オズが剣を振りぬく。
それは、ハインの胸を一文字に斬り裂いた。
「ぐふぅ……!」
だが、たたらを踏みつつハインはその一撃を耐えた。足を踏みしめ、オズを射殺すように見た。
「なぜだ……なぜ…………貴様のような、男ガァァァ!」
「――ッ!?」
ハインの目が真っ赤に染まる。不自然な体勢から、機械じみた動きでグリンッと腕をしならせ、オズへとGブレードを振るう――!
――ゾクッ。避けられないッ!
「ぐあああッ!」
今度はハインの剣がオズを斬り裂いた。確実に許容量を超すダメージだ。オズは口から血を吐く幻覚に襲われた。
ハインの様子がおかしい。なんらかの隠された能力か? ――だが、そんなことよりも、
「諦めて、たまるかぁぁぁッ!!」
オズも負けじとGブレードを振るう。
二人の剣がぶつかり合い、それは同時に互いの手から吹き飛んでいった。
剣がなくなっても、二人の闘気は失われない。二人はさらに激突する――!
「私は、認めナイィィッ!!」
「勝つのは俺だあぁぁぁぁッ!!」
ハインが拳を繰り出し、オズは脚を振りぬいた。
「ぐオッ!」
「ぶっ!」
互いの攻撃がクリーンヒットし、二人は余波で地面を転がった。そして、ピクリとも動かなかった。闘技場に沈黙が走る。
『――な、なななんと! 二人とも目を覚ましませんっ! なんという波乱に満ちた幕引きでしょう! 両者、戦闘不能! 第一回戦は――引き分けです!』




