第十七話 地下迷宮探索:その一
木々がまばらに点在する荒れた大地。乱立した岩山の隙間を、砂を巻き上げた風がごうと唸る。
「「「GUOOOOOO!!!」」」
硬質な雄たけびを轟かせるのは、魔性の生き物――ガイム。
地竜のように逞しい四肢と尾をもつ個体。
石像のような巨躯をもった人型の個体。
羽を広げ滑空し、上空から襲いかかる古鳥のごとき個体。
体を不気味にうねらす、三つ首の大蛇の姿をした個体。
見渡すかぎり、異形の怪物が様々。ぎらりと怪しい光を放つそれらは群れをなし、我先にと見つけた獲物に殺到する。
……その獲物とは、
「ヒャッホー! 気分サイコー!」
「ハハハハハハハハ! たまんねえぜっ!!」
「…………」
嬉々とした様子でガイムの群れを屠っていく二人の戦闘狂。久しぶりの実戦。二人の少年はかなり酔っていた。オズは彼らのハイテンションさについていけず、げんなりしながら背を追った。
「「「GUOOOOAA!!!」」」
「ヒャハハハハハハハハッ!」
「フハハハハハハハハァッ!」
ガイムの叫び声をかき消すように、ルークとアルスの笑い声が響き渡る。彼らの一太刀によって次々とガイムが消滅していく。しかし、二人の奇声を聞きつけた新たなガイムがぞろぞろ集まってくる。倒しても倒してもキリがない。
「……お前ら、いい加減にしろよォォッ!!」
終わりの見えない戦いに、オズもついにキレた。少しくらいテンションを振り切らないとやっていられない。〈身体活性〉を高め、二人を追い越して前へ出る。オズの身体から噴き出た紫紺の微光が、軌跡を引いていく。
「おらァッ!!」
「GUO……OOO……!」
オズの一太刀がガイムを吹き飛ばす。二人の少年は目を輝かせた。
「おおっ! オズもついに殺ル気になったんだね!」
「遅えぞオズッ! どっちがたくさんブチ殺せるか、勝負だ!」
「――だまれだまれだまれええッ!!」
「きゃうきゃう!」
一心不乱にGブレードを振り回すオズ。器用にもオズの頭の上にしがみつくゴンが楽しそうに鳴く。顔を見合わせたルークとアルスは、獰猛な笑みを浮かべてオズに続いた。
三人の少年が凄まじい速度でガイムの群れを殲滅していく。それはもはや、プロバスターも真っ青の殲滅速度であった。
――彼らを見つめる存在が一つ。プロペラを回しながら彼らの上空を飛行するそれは、オズが見たなら“ドローン”を連想するだろう。遠隔操作で作動するその物体――〈クラフト・カメラ〉によって、三人組の様子が学園側へと中継されていた。
今回の実戦は学園の演習科目、『地下迷宮探索』によるものである。
学園都市の地下に広がる〈地下迷宮〉。彼らがいるのは、岩山が広がる乾燥地帯――〈エリア10〉であった。一年生の到達ラインは〈エリア3〉。オズたちは初回の演習にして、一年生にとって“危険”とされるエリアにまで踏み込んでいた。
* * *
時は、演習が始まる前にまでさかのぼる。
オズを含めたアカデミアの一年生たちは、構内にどっしりと存在する地下迷宮の入り口に集結していた。
入り口は、外にぽっかり開いているのではいるのではなかった。幅五十メートルはあると思われる巨大な穴は、ドーム状の建物で覆われていた。建物内の設備は万全であり、医務室やトレーニングルーム、シャワー室などが揃っている。オズが目を惹かれたのは、購買であった。店内で並べられていたのは、数々の装備品。GブレードやGスーツをはじめ、オズが見たことのない心惹かれる装備品が多数展示されていた。値札に表示されていたのはG-POINT。これらの武器防具を使うためには、G-POINTを稼ぐ――つまり、勉強を頑張らなければならないということである。
クラスごとに整列した一年生たち。これから始まる実習を前に、がやがやと騒々しかった。
「全員集まったな。では、今から「地下迷宮探索」に取り組むに当たっての注意事項を説明していく。心して聞くように!」
巨大な入り口を背に、生徒たちの前に出たのはスチールクラスの担任、フウカだった。どうやら、クラスごとに別れて事前の説明を行うらしい。遠くの方では、『帝国貴族会』の顧問――ヴェルド・ズエンが生徒たちの前で話しているのが見える。驚くべきことに、彼はプラチナクラスの担任なのだ。クラブ勧誘会での一件を思い出してオズは顔を歪めた。プラチナクラスでルークがうまくやれているか、不安になってくる。
「あー、待ちきれねえ……」
「落ち着けよ、アルス」
フウカの説明が続く中、そわそわと体を動かすアルスへ、オズは呆れたように声をかけた。そんなんだからフウカ先生に怒られるんだろ――と考えていると、隣に立つユーリと目が合う。二人は思わず肩を竦めた。……とは言え、そんなオズも少しばかり気が高ぶっていた。これから足を踏み入れるのは未知の領域である。
〈地下迷宮〉――そこは大量のガイムが蠢く魔窟である。その入り口は世界中のあらゆる場所で確認されているが、その中でも特に大きいとされる入り口が、ここ学園都市フロンティアに開いていた。地上では単独でしか活動しないガイムは、地下迷宮においては群れて行動する。
その奥底には一体なにが眠っているのか、すべては謎に包まれている。人間たちが到達しているのは、地下に広がる世界のほんの表層にしか過ぎないと考えられている。古代人が遺した遺跡、そこから出土する〈遺物〉、採掘によって得られる希少金属、多種多様なエリアに眠る豊富な資源、新種のガイム、群れを討伐することで手に入る莫大な量のガイストーン――それらを求めて地下世界に挑むのはガイムバスターだけでない。“冒険者”、“探索者”と呼ばれる人々である。
もちろん学生たちもガイストーンなどを収集するために地下迷宮に潜るのだが、それだけが目的ではない。一番の目的は、レベル上げである。学園都市フロンティアに開く地下迷宮の入り口は、最初は弱いガイムから始まり、奥に進むほど強いガイムが出現するようになる。レベルを上げるのに適した環境なのだ。
「よし、今から演習を共にするグループを組んでもらう。違うクラスの奴と組んでもOKだぞ」
フウカの声に、生徒たちはそれぞれ移動を始める。スチールクラスの三人組、オズ・ユーリ・アルスが「どうしようか?」と話していると、ルークが小走りでやってきた。
「三人とも! ボクと組もうよ!」
「おう」
「いいぜ」
オズとアルスは頷く。しかしユーリは不安げな顔で、
「どうしよう……。おれ、あんまり強くないから、足手まといになっちゃうかも。三人とも強いんだろ?」
すると、セナがリノを連れてやって来た。
「オズくん! わたしたちも入れて!」
「おう! じゃあいつものメンバーで組もうか」
オズが五人を見渡すと、みなそれぞれ頷いた。しかし、それでもユーリは不安そうな表情である。
「大丈夫だって。力抜いて楽しもうぜ!」
「そ、そうだな! よろしくなオズ!」
オズがニヤッと笑ってユーリの肩を叩くと、安心したのか気持ちのよい笑顔が返ってきた。これで大丈夫そうだ。
「きゅうきゅう!」
「お、ごめんごめん。ゴンも一緒だな」
頭の上で「ぼくもいるよ!」と抗議するゴンを、なだめるように撫でた。本来ならゴンは校舎一階の〈ペット・センター〉に預ける予定だった。だがゴンはこの実習にどうしてもついてきたかったようで、預けようとすると暴れてしまって困った。悩みぬいた末、ゴンを連れていくことになったのだった。ゴンは輝術の才能があるようだし、実戦の雰囲気に慣れておいた方がいいかもしれないと考えたからだ。とはいっても、ゴンはオズの頭の上にへばりついているだけであろうが。
しばらくすると、生徒たちがグループを組み終わったらしい。近くにいる教員がそれぞれ生徒たちに向かって声をかける。
「さて、今からお前たちに〈帰還石〉を配っていく。グループのリーダーには〈匣〉を渡すぞ。全員に行き渡ったら移動を開始する」
オズたちの近くにいた教員はフウカ。彼女が後ろに控える上級学生に支持を出すと、彼らは生徒たちに拳に収まるほどの大きさの石――〈帰還石〉と、それと同じほどの大きさの立方体――〈匣〉を配っていく。
〈帰還石〉とは、それを割ることによって地下迷宮の各所に設置したポイントへ転移することができるアイテムである。デフォルトでは入り口に転移するよう設置されており、これを使って地下迷宮から戻るよう説明を受けた。
〈匣〉はいわゆる四次元収納器。一つの面についたボタンを押すことで、物の出し入れができる。大小様々な物を収納することができ、その容量は学生寮一部屋分ほどもあるらしい。〈匣〉には地下迷宮で手にいれた戦利品、主にガイストーンを収納する。
ちなみに、〈帰還石〉と〈匣〉を配っているのは四年生・五年生である。一年生を監督するために、一緒に地下迷宮へ潜るようだ。
上級生たちから〈帰還石〉を受けとるオズたち。グループのリーダーはなぜかオズになった。よくわからないまま〈匣〉も受けとるオズ。
「よし、全員に行き渡ったな? 地下迷宮に入るぞ! ついてこい!」
フウカのあとを生徒たちはついていく。
巨大な穴は、側面にそって螺旋階段が続いていた。灯りがつけられているものの、下を覗くとかなり深いようで、底は暗い。
十分以上かけて穴の底までたどり着くと、巨大なアーチが生徒たちを出迎えた。ここが地下迷宮の本当の入り口だ。その向こうに続くのは石造りの洞窟。幅は二十メートルほど。天井までの高さも三十メートル以上はある。巨大な洞窟だ。古典的RPGのダンジョンを彷彿とさせる場所である。
「今回の実習は八時間。その間に進めるところまで進んでもらう。ただし、危険が迫ったらただちに〈帰還石〉を割って戻ってくること。お前たちの動向は〈クラフト・カメラ〉で常に把握している。さらに迷宮内は上級生、教員が巡回している。滅多なことでは危険な状況にはならないだろう。思う存分いってこい!」
フウカがそう説明するうちにも、先にアーチ前にたどり着いたグループがどんどん迷宮内へ駆け出していく。彼らはほかの教員からすでに説明を受けたようだ。
数グループずつ、時間を開けて生徒たちは迷宮へ入っていく。一斉に入ると詰まってしまうため、グループごとに時間差で迷宮内へ入っていくことになっているのだ。
自分たちの番を待ちながら、ほかのグループの面々を眺めていく。知った顔をいくつか見つけた。
クラブ勧誘会でユーリに絡んできた金髪オールバック――レックス・バルカン。巨漢の取り巻き二人に加え、オズたちと同じく六人でパーティを組んでいる。おそらく『帝国貴族会』のメンバーであろう。レックスは彼らの中では地位が上のようで、偉そうにほかのメンバーへ指図する様子が見えた。
ほかにはエリカ一行。彼女らも、いつものメンバーに加え七人パーティを組んでいた。皇国の関係者だろう。全員が高級そうな装備を身にまとっていた。
レックス一行、エリカ一行と、どんどん生徒たちは迷宮内へ足を踏み入れていく。
そして、オズたちの番がやってきた。
「おさきに!」
「あ、まてやコラ!」
フライング気味に走り出したルークを、アルスが追いかける。残り四人は苦笑しつつそれに続いた。
かくして、オズたちの『地下迷宮探索』は始まったのだった。
石造りの洞窟。ここは迷宮内で〈エリア1〉と呼ばれる場所である。壁、天井はほのかに発光しており、洞窟内は一定の明るさが保たれている。
迷宮は時間がたつにつれ、その中身を変化させる。地図を作ったとしても、時間がたてばそれは役にたたなくなるのだ。よって、生徒たちはまさに手探りで迷宮を探索していくことになる。
地下迷宮に足を踏み入れて三十分もたっただろうか。近くにほかのグループの気配がなくなったころだった。
「「「GUOOOOOO!!!」」
「来たぞ! ガイムだ!」
オズが叫ぶと、みなGブレードを構えて戦闘体勢に入る。
通路の角から姿を現したのは三体のガイム。迷宮内ではガイムが群れて行動するというのは本当らしい。二メートル超の人型に近いガイム。外見はRPGゲームのゴーレムのよう。大理石のごとく白色の装甲が特徴だ。
「いっくぜー!!」
「まて! オレの獲物だッ!!」
真っ先に飛び出す戦闘狂二人。オズはセナたちに「援護よろしく!」と言って彼らに続いた。
二人はすぐにガイムに到達し、攻撃をしかけようとしている。オズも全速力でガイムの一体に近づく。
「――おらァッ!!」
手ごたえは拍子抜けするほど柔らかかった。一振りでガイムは砕片をまき散らしながら消滅していく。迷宮序盤はこんなものなのだろう。ルークとアルスも倒し終わったようで、「よわっ」「雑魚すぎる」などとつまらなそうにつぶやいている。
「私も戦いたいです! 次は私の出番も残しておいてください!」
灰色の耳をぴくぴく動かしながら、リノが頬を膨らませていた。その仕草を見て、彼女も戦闘好きの疑惑があることをオズは思い出した。リノに首ったけのルークが、彼女へコクコクとうなずいている。これでルークは少し大人しくなるかもしれない。
オズは〈匣〉のスイッチを押してガイストーンを収納する。「よし、行こうか」と声をかけ、オズたち一行は再び先を目指したのだった。
数十体のガイムを殲滅し、洞窟を探索することしばらくして。オズたちは大きな広場に出た。地面には広場を覆いつくさんばかりの巨大な魔法陣が浮かび上がっている。淡く水色に発光するそれはとても神秘的だ。
「〈転移陣〉か」
「うん。これを通れば次のエリアに行けるはずだよ」
オズのつぶやきにセナがうなずく。
〈転移陣〉――これに乗ることで、次のエリアに転移することができる。転移陣はこれひとつだけでなく複数あり、それらすべてが次のエリアに繫がっている。〈転移陣〉は一方通行であり、次のエリアのランダムな場所へと転移することになる。
今いる場所は〈エリア1〉。よって次の階層――つまり〈エリア2〉への〈転移陣〉しかない。しかし〈転移陣〉には前のエリアへ戻るものも存在する。これらは陣の色で見分けることができ、次の階層へ進むものは水色、前の階層へ戻るものは灰色となっている。
オズたちは顔を見合わせると、緊張しながらも〈転移陣〉に足を踏み入れる。まばたきをした次の瞬間、周りの風景はガラリと変わっていた。
――見渡すかぎりの草原。遠くのほうでは、先にたどり着いた生徒たちがガイムの群れと戦闘している様子が見えた。
「空がある……」
ユーリが顔を上に向けて呆然と言った。青色のショートカットが風に吹かれてサラサラと揺れていた。
「すごいな。地下世界とは思えない……」
頭上には晴天が広がっていた。太陽が燦々(さんさん)と輝いていた。
〈エリア2〉――一面に長草が広がる草原地帯である。地下迷宮の中には、まるで外界と見紛うようなエリアが数多く存在する。しかし、ここはまぎれもなく地下世界の中なのだ。この草原に果てはなく、永遠に同じ景色が続いている。ここを脱出するには、〈帰還石〉を割って地上世界へ戻るか、〈転移陣〉を見つけてそれを潜るしかない。
オズたちは、未知の世界へと足を踏み出していく。




