第十六話 ガイム=クランク構造学
投稿再開します。お待たせして申し訳ありません。
「あのちんちくりん、おぼえていやがれ……」
本格的に授業が始まった週のある日、アルスが赤髪を逆立たせてつぶやいた。狼の耳は、ぴくぴくと不機嫌そうに震えている。
「いや、どう考えてもお前が悪いだろ」
「そうだよ。授業中にデッカイいびきかいて寝てたり、注意されても口答えしてるじゃん」
「きゅうきゅう」
オズとユーリは呆れた目をアルスへ向けた。オズの頭に乗ったゴンも、飼い主をマネするように同様の目線を投げかける。
オズ、ユーリ、アルスの三人は選択科目の一つ、『火属性輝術の実践と応用』の講義を今しがた終えたところ。ガヤガヤと生徒たちが廊下を歩くなか、オズたちも言葉を交わしながら進んでいく。
授業態度が最悪なアルスは、すでに教師たちに目をつけられていた。とくに、担任のフウカからの風当たりは悪い。先ほどの講義はフウカのものだったが、爆睡中のアルスは彼女に鉄拳を食らわされた上、廊下に立たされていたのである。もちろん彼は反抗したのだが、フウカに拳を何発かもらったあと、廊下に引きずられていったのであった。さすがBランクバスターである。
「えーと、次の講義は……っと」
歩きながら、オズは手元の〈時間割表〉に視線を落とす。次の講義は『ガイム=クランク構造学』だった。ユーリと一緒に受けることになっている。アルスは別の講義のハズだ。
「あ、じゃあ俺たちはこっちだから」
「ん、そうか。次のオレの講義は……『対人戦闘学』。……楽しみだぜ」
手に持った〈時間割表〉を確認したアルスは、獰猛な笑みを浮かべて顔を上げた。次の講義が行われる教室へ向かって、ずんずん歩いていく。オズとユーリは顔を見合わせて苦笑し、アルスと別れた。
オズとユーリの次の講義、『ガイム=クランク構造学』。これは、ユーリに一緒に受けようと誘われてとった科目だ。オズがとった選択科目は、『生物学』、『火属性輝術の実践と応用』、『ガイム=クランク構造学』の三つ。どの授業もユーリと一緒である。『生物学』の時にはセナとリノが、『火属性輝術の実践と応用』の時にはアルスが加わる。ルークとは一つもかぶっていない。聞くところによると、『ゼネルシア語学』というマイナー科目などを履修しているらしい。ゼネルシア語とは獣人の言葉である。ルークのケモナー魂がうかがえるチョイスだ。もちろん、ルークはこれからアルスが受けるという『対人戦闘学』も履修している。彼らは大の戦闘好きなのだ。戦闘狂とも言う。
そう言えば、ユーリとは寮の部屋も一緒であるので、ほとんど常に一緒にいる。ただ、戦闘関連の授業前後、着替えの際はどこかに消えてしまうし、寮内の大浴場に行こうと誘っても、いつも「部屋のお風呂を使うから」と断られてしまうのが気になるところではあるが。
「どんな授業なんだろ、『ガイム=クランク構造学』。楽しみだなー」
「ああ、そうだな。ユーリがガイム=クランクに興味があったのには驚いたけど」
「うん。おれ、手先は器用な方なんだ。だから、こういうのが向いてるかなって思って」
先週、いわゆるお試し授業期間だったわけだが、オズとユーリは次の講義である『ガイム=クランク構造学』を覗いていなかった。悩んだ末、時間割登録の直前に受講を決めた科目である。つまり、オズとユーリにとって今回が初講義であった。
ユーリとともに『ガイム=クランク構造学』の教室にたどり着く。扉を開けると、飛び込んできた光景にオズは思わず、「げっ」と顔を引きつらせた。
――また、コイツと一緒なのかよ!
三人組である。腕を組んだツインテールの巨乳少女が、目をツリ上げてオズを睨んでいた。うしろに控える白騎士は威圧感をむき出しにし、右手を腰の剣に伸ばしている。山羊の半獣人であるメイドの少女は、落ち着かない様子で視線をさ迷わせていた。――エリカ・ローズ一行である。まるでオズを待っていたかのように、教室内の扉の前で仁王立ちしていた。
「なによ……ア、アンタあたしのストーカーなの!?」
「――はっ?」
オズは素っ頓狂な声を上げた。しかし、彼女の言いたいことはなんとなくわかる。三つの選択科目が、すべて目の前の少女とかぶっていたのだ。『生物学』でも『火属性輝術の実践と応用』でもオズはその姿を見ていた。「ついてねえ……」とオズも思っていたし、エリカの言いたいことはわかる。わかるのだが……
「いや、自意識過剰すぎだろ……」
思わず、オズがぼそりとツッコミを入れると、
「――な、なんですって!」
「貴様……姫に向かってなんという口の利き方を……!」
顔を赤くさせるエリカ。ハインがずいと前に出る。めんどくさいことになった……と思いつつ、オズも負けじと前に出た。ユーリとスーは慌てた様子である。一触即発の空気が教室中に漂い、生徒たちが自分は関係ないとばかりに目をそらす。
「ふぅ……。もう授業が始まるから、着席してね」
ピリピリとした空気を、のんびりとした声が和らげた。聞き覚えがある声にオズが顔を向けると、眠たげな顔をした先輩が近づいてくるところだった。
「あれ、シエル先輩?」
「きゅうきゅう!」
ゴンが嬉しそうに鳴く。声をかけてきたのはガイム=クランク開発研究部――略して“ガ研”――の部長、シエル・スクライトであった。
「こんにちはリトヘンデ君。今日は講師代理で来たのよ。この講義の先生、よく体調を崩される方だから。ふぅ……」
「そうなんですか。学生なのに代理なんてすごいですね」
「ふふふ……。ほめてもなにも出ないわよ」
うっすらと笑みを浮かべたシエル。彼女にうながされ、オズたちは着席した。ハインは「命拾いしたな」と見下したように毒を吐き捨て、エリカはフンッと顔を背けて離れていった。ユーリとスーは、ホッとした様子でそれぞれの連れに続くのであった。
『ガイム=クランク構造学』は実践的な授業であった。シエルから生徒たちに配られたのは、ひとつのガイム=クランクとその回路図。今日の講義内容は、回路図を見ながらガイム=クランクを分解することであった。ゆくゆくは、自分でオリジナルのガイム=クランクを考え、その回路図を設計、そして実際に造りあげることが目標だという。
「すげー! ガイム=クランクの中身ってこうなってるんだ!」
授業中、一緒に作業するユーリはとても楽しそうだ。オズはその笑顔を見てほほえんだ。少し離れたところで、エリカが見つめているのに気がつかないまま。
* * *
「では、今日はここまでにしましょうか」
シエルの言葉で講義は終了となった。いつの間にか授業が終わる時間になっていて、オズとユーリはそろって驚いた。ガイム=クランクの分解作業が意外にもおもしろかったのだ。
生徒たちがぞろぞろと移動する中、エリカはオズになにか言いたげな顔をしながらも、ハインに促されて退室していく。それに気づかなかったオズは、シエルに一声かけてから教室を出ようと、彼女に近づいた。するとシエルは、
「あら、ちょうどよかった。リトヘンデ君、デイ君、あなたたちに渡したいものがあったの。明日、『地下迷宮探索』の授業が始まるでしょ? そこで役立つものを……ね」
シエルは眠たげな目をわずかに輝かせながら、そう告げた。




