第十四話 クラブ勧誘会:その二
ガイム=クランク開発研究部。そこは、部室というよりは「工房」だった。作業台の上にはガイストーンや製作途中のガイム=クランクが散乱していて、部屋を囲むように位置する棚には数多くのガイム=クランクが並べられていた。
このクラブは、その名のとおりガイム=クランクを開発するクラブである。部員はなんとシエルのみ。それに加え、人気のないエリアに部室を構えているあたり、なにやら普通のクラブではないようだ……
「ふぅ……これは“マナ放出式Gブレード”よ。マナの量を調節することで長さを変えることができるの」
オズはシエルからガイム=クランクの説明を受けていた。シエルは時折、気だるげにため息を吐いていた。彼女いわくそれは意図的ではなく、低血圧ゆえの呼吸法らしい。
「へぇ、使ってみても?」
「ええ……いいわよ」
刀身が存在しないGブレードを手に取り、マナを流し込む。バチバチッと音を立て、マナで形作られた刀身が出現した。オズは「おお」と感心する。だが……
「う……なんか、マナの消費が尋常じゃない気が……」
「そう、それが欠点なのよね。マナが少ない人だと、十分ももたずにマナが枯渇するほどなの。だからこれは失敗作ね……ふぅ」
「さ、先に言ってくださいよ……はぁはぁ」
マナを引っ込め、オズは苦い顔をした。彼はあまりマナ保有量が高くないのだ。先ほどまで幻獣クラブの部員から逃げるため身体活性の輝術を使っていたのに加え、今のでかなりマナをもっていかれた。けっこう苦しい。
「次のこれはね……」
シエルは新たなガイム=クランクを手に取り、淡々と説明を続けていく。オズがこの部室にやってきてから、かれこれ数十分はたっていた。「いつになったら終わるんだろう……」とオズは肩を落とす。頭の上では、ゴンがあくびをしていた。
ガイム=クランクを次々と見せてくるシエルは、オズにとって初めて会うタイプの女性だった。制服をピシッと着こなし、つややかな黒紫のロングヘアーを揺らす彼女は、まぎれもなく美人である。しかし、表情がいまいち読めない。なにを考えているのかはよくわからないが、おそらくガイム=クランクに並々ならぬ情熱をもっているらしいことはわかる。でなければ、ガイム=クランクのことだけで、こんなにも長々とは語れないだろうから。
彼女が紹介したものは欠陥品が多かった。“マナを打ち出す小銃”は引き金を引くと全身に電撃が走り、“相手のレベルを解析するメガネ”は掛けるとしばらく涙が止まらなくなるという副作用があった。しかも、解析結果は信用できない。シエルに使ったところ、『レベル:15~35』と出た。
あと、ガイム=クランクのデザインはどうにかならないのだろうか。どれもドクロや血走った眼球といったパーツが付属していて、悪趣味に思う。
このクラブの部員がシエルただひとりである理由が、なんとなくわかった気がする。欠陥品を使わせられたらたまったものではないし、なにより彼女は変人だ――
ひととおり紹介し終えると、シエルは眠そうな顔をオズに向け、
「はぁ……私の話に付き合ってくれる人はなかなかいないのよ。どうかしら、これからも試作品の被験者に……じゃない、入部する気はない? リトヘンデ君」
「ちょ、被験者ってどういうことですか。――ってあれ? 名前言いましたっけ、俺」
「いいえ、君のことはもともと知っていたのよ。新入生に“ボストの英雄”がいるってことくらい、耳に入っていたわ。ふぅ……闇属性の使い手だとは知らなかったけれど」
「……あ、そういえば、シエル先輩も闇属性の適性がありますよね?」
「そうね。私も闇属性輝術を使えるわよ」
そう言うと、シエルはなにか思いついたように、目を少し見開いた。
「いいこと思いついたわ。今、学園に闇属性輝術を使える教官がいなくて、その授業がないわよね? よかったら、私がリトヘンデ君に指導してあげましょうか」
「――え! ホントですか!」
オズは思わず喜色を浮かべた。彼女は生徒会長というくらいだから、輝術の技術も高いだろう。それになにより、近くにいるだけで相当な実力者だと感じさせる気迫があるのだ。気だるげな顔つきに誤魔化されそうになるが。
「ふぅ……そのかわり、ガイム=クランク開発研究部に入部してね」
「え、あ……はい、わかりました」
オズは一瞬口ごもるも、首を縦に振った。そこでセナやユーリのことを思い出す。
「――あ、もしかしたら俺の友だちも入ってくれるかもしれません。ちょっと呼んできてもいいですか?」
「ええ……いいわよ。まってるわね」
それじゃ、と言ってオズは部室をあとにする。
残されたシエルはつぶやいた。
「ふぅ……被験者ゲット」
* * *
「オズ、どこいったんだ……」
人混みの中、おれはため息をついた。幻獣クラブの部員から逃げていったオズを思わず追いかけたおれは、セナとリノともはぐれてしまった。
「決闘クラブ」の部室まで戻ってみようか。そうしたらルークとアルスがいるかもしれない。でも、あそこに行くのはちょっと怖いな……
しかし、じっとしていても仕方がないと思い、おれは歩きはじめた。
「ちょっと、そこのかわいい彼女! よかったらボレークラブに入らないかい?」
「お、おれは男ですからっ!」
「――え?」
勧誘してきた上級生が面食らっているうちに、おれはその場を去っていく。
さっきからずっとこんな調子だ。だれもおれを男だとは思ってくれない。男子用の制服を着ているのに。
「はぁ……どうしたら男っぽくなれるんだろう……」
「それは無理だろ。デイ家の恥さらしくん」
「――!」
唐突に声をかけられ、おれは振り向いた。
ちょうど、とある部室から三人の少年が出てきたところだった。部室の扉にはでかでかと「帝国貴族会」と書かれてある。
先頭に立つ少年――金髪をオールバックにし制服を着くずす彼は、大げさに肩をすくめた。
「おいおい……まさか、帝国貴族会に入りにきたのか? ユーリ・デイ――君みたいな帝国貴族の面汚しはお呼びじゃないぞ」
「そうだそうだ」
「レックス様の言うとおり」
ニヤニヤとばかにしたような笑みを向ける金髪の少年の名は、レックス・バルカン。彼に付き従う巨漢の少年二人もあわせて、おれと同じシュタート帝国の貴族だ。本国でもよく顔を合わせたけど、こいつはいつもおれのことをばかにする。
「べ、べつにおれは入るつもりなんてないから」
「ほう、賢明な判断じゃないか。プロバスター認定試験に二回も落ち、合格したと思えば最低辺のスチールクラス。加えてシャマ族の血で穢された混血。……そんな出来そこないが、僕たちと同じ帝国貴族だとは思われたくないからな」
「くっ……」
おれはうつむいた。レックスは帝国でも上位の貴族だ。おれが言い返すことなんてできない。
「そういえば、デイ家の家督権が弟に移ったそうじゃないか。形式上では君が“譲った”ってことになってるけど、実際のところはどうなんだ? ――ああ、すまない。答えたくないなら答えなくてかまわないぞ。こっちも悪気があって訊いてるわけじゃないからな。ハハハ」
「…………」
おれが今、一番訊かれたくない話題だ。そんなことを言われると、おれがなんのために男っぽく振る舞っているのかわからなくなる。
「そんなことより、こんなところで君はひとりでなにをしてるんだ? ……おっと失敬、君に連れがいるはずもないか」
「……お、おれにも友だちくらいいる」
「へぇ……そいつは驚きだ。まあ、どうせ君と同じく最底辺のゴミみたいなやつなんだろうけど」
「――オズをゴミとか言うな!」
気づけば、おれは叫んでいた。レックスに言い返したのはこれが初めてだと思う。彼は一瞬呆気にとられた顔をしたが、おれの方に近づくと、
「貴様、この僕にたてつくのか!」
「――きゃっ!」
レックスに蹴り飛ばされ、おれは情けない悲鳴をあげた。蹴られた腹を手で押さえながら、俺は床を転がっていく。
ちくしょう、痛い……
その場にいた生徒の群れが「なに?」「ケンカ?」と言いながら、おれとレックスたちを囲むように距離をとった。
「ふ、二度と逆らわないよう痛い目を見た方がいいようだな。――《スラディ・カッティラ! 水刃!》」
レックスの手から水の刃が飛び出す。迫り来る輝術におれが思わず目をつぶったとき、その声は聞こえた。
「――《ダーク・ミスト》」




