第十三話 クラブ勧誘会:その一
入学式の翌日から授業がはじまった。アカデミアは選択授業が多く、生徒が受けたい授業を選ばなければならない。なので、この一週間は体験授業期間とも呼べた。
フウカの授業中、爆睡していたアルスが廊下に連れ出されボコボコにされたり、リノが出る授業すべてにルークがつきまとったためセナに殴り飛ばされたり、ゴンが行方不明になったと思ったら女子更衣室で発見されたり、なぜかよく廊下でエリカとすれ違ってにらまれたり、ユーリが“連れション”をやけに嫌がったり、いろいろあった。
オズはさまざまな授業に顔を出した。基本属性輝術の授業はすべて出席したし、自分が使える火と雷に関しては、その発展授業にも出た。ほかにも戦闘系の授業は対人戦から集団戦、戦闘理論の座学まであり、どれを取ればいいのか悩むところだ。
このように悩むのはオズだけではない。生徒たちはみな、自分がどの授業を選択すればよいのかわからず、体験期間を終えた今でも時間割を見ながらウンウンうなっていた。
この学園には〈チューナー〉と呼ばれる教員がいる。生徒が効率よく授業を取れるよう、生徒の実力や才能をもとに時間割を組んでくれる。いわゆるアドバイザーみたいなものだ。
「オズ君は火属性と雷属性が使えますから、これを伸ばした方がいいと思います。逆に、これ以外の属性の選択授業を取ってしまうと、点数が足りなくて単位を落とす可能性があるので、やめた方がいいですね」
「はい……直球で言われるとグサッときますね……」
オズの担当チューナーはミオだった。今、学園のチューナー室(個室)で時間割を組んでもらっているところだ。膝の上に乗せたゴンを撫でながら、オズは苦笑した。
「私もこんなことは言いたくないんですよ? でも、オズ君を思ってのことですから……」
ミオはウサミミをしゅんと萎れさせる。前屈みになって胸の谷間が見えた。オズはそこを凝視してしまうも、ハッと我にかえって目をそらす。
「えーと、闇属性の授業がないみたいなんですけど、それはどうすれば……」
「闇属性を満足に使える教官がいないんです。去年まではいたみたいなんですけど、引退したらしくて」
「そうですか。じゃあ独学でやってくしかないのか……」
オズは肩を落とした。闇属性の授業がないというのは残念である。唯一のGPT稼ぎどころだというのに。
――それから、ミオとしばし話し合った。
「そういえば、明日は『クラブ勧誘会』があるんですけど、出た方がいいんですかね」
「それはもちろん! ほとんどの学生がなんらかのクラブに所属してるようですし、オズ君も入った方がいいですよ。先輩と仲良くなれば授業でわからないところとか聞けますし、なによりコネにもなります」
オズは「なるほど」とうなずく。そこでミオは困ったように。
「私、どこかのクラブの顧問をやらなきゃいけないんですよ。でもまだ決めてなくて……オズ君、入るクラブがわかったら教えてくださいね?」
上目づかいで首をかしげ、ミオはそう言った。どきりとしたオズは、反射的にうなずいたのだった。
* * *
翌日、オズたちはクラブ勧誘会に来ていた。
〈クラブハウス〉という大きな建物がある。クラブ活動のための施設であり、クラブそれぞれに部屋が分け与えられている。勧誘会が催されている今、廊下はごったがえし、新入部員をめぐって激しい争奪戦が繰り広げられていた。
「そこのキミ! ヤッカークラブに入らないかい!? 初心者でも大歓迎だよ!」
「え〜、クラフター研究会に入りませんか。クラフター模型の製作、クラフター撮影会、クラフターレースの観戦、その他さまざまなイベントが盛りだくさん。気になった人は、ぜひぜひ我々の部室までおこしください〜」
「アイドル研究会!! 略してアイ研!! 部員数300のマンモスクラブだよ!! みんなで奇跡のアイドル、“みくたん”を愛でよう!! ウィー・ラヴ・みくたんっ!! 握手会チケットの高額買い取りもやってるよ! GPTがほしい方は、アイ研まで!!」
断りきれなかった新一年生が、先輩らに部室内へ引きずられていく。オズたちはそうならないよう、固まって歩いていた。
「――なにィ! 決闘クラブだと!?」
「おぉ! ボクたちにぴったりの部活だね!」
とある部室の前で、アルスとルークが目の色を変えた。勧誘しているのは強面の上級生。『喧嘩上等』などと物騒きわまりない文言が殴り書きされたプラカードをかかげている。パッと見、みな好戦的な雰囲気だ。しかし、二人はその中へズンズン進んでいった。
「あの二人、怖くないのかな……? 上級生はみんなおっかない顔してるけど……」
「そういえば、ユーリは二人が模擬戦してるとこをまだ見てないよな。あの二人、血の気が多いんだ」
「……私も行こうかしら」
「ダメだよリノちゃん! あんな怖そうな人たちがたくさんいるとこに行っちゃ! しかも男の人ばっかりだよ!」
「でも私、模擬戦とかするの好きなんです」
「マ、マジか。きっとルークと気が合うと思うぞ」
「きゅうきゅう」
リノが戦闘好きということに驚きつつ、オズ、ユーリ、セナ、リノの四人は歩き始める。リノは『決闘クラブ』の部室を名残惜しげに見つめていたが、行く気はないようだった。人がたくさんいるのがおもしろいのか、ゴンはオズの頭の上できょろきょろと顔を動かしていた。
そうして一階から二階、二階から三階、とフロアを変えて部室を見て回っていく。
「――幻獣クラブ?」
オズの興味を引くクラブがあった。ラグーンやカーバンクルといった動物を飼育観察する部活らしい。オズが近づいていくと。
「そ、そのラグーン! もしかしてペガサス種じゃありませぬか!?」
「――ほ、ほほほほんとですな!! せせせ拙者に、ささわらせていただけませぬか!?」
「我輩が先に見つけたのですぞ!」
「おいしそうなラグーンなんだな……」
部員がわらわらとオズの回りに集まってきた。見た目が“日本の典型的なオタク”という感じの人たちである。全員ゴンを見て興奮しており、目が血走っている。
「きゅ、きゅう……」
――ゴンが怖がっている!
このクラブはやばい、と感じたオズは、身体活性の輝術を行使して逃げた。
「――あ! どこにいかれるのか!」
「まままままたれよ! せ、拙者はまださわっていませぬぞ!」
「あー、珍味が逃げていく……」
部員が何人か追いかけてくる。いきなりのことで困惑しているセナたちに「あとで合流しよう!」と一声かけ、オズは全速力で走った。
人混みをかき分けながら、幻獣クラブの部員たちと逃走劇を繰り広げ数十分。オズがたどり着いたのは、クラブハウスの最上階だった。といっても薄暗い雰囲気で、ほこりっぽい。屋根裏に来たような感じだ。人気はまったくない。オズひとりだ。
「変なところに来ちゃったな」
「きゅうきゅう」
「無事まいたみたいだし戻るか。怖かったな〜ゴン」
「きゅう〜」
オズは戻ろうとして階段を探す。すると、ほのかに明かりのついた部屋を見つけた。まさかこんな場所に部室があるのか? と疑問に思ったオズは近づいていく。
「……ガイム=クランク開発研究部?」
扉にはオカルトっぽい雰囲気でそう書かれていた。部屋が少し開いていたので、中を覗き込んでみると。
「あら? 新入部員さんかしら? ……ふぅ」
「……あなたは」
オズは目を見開いた。室内にいたのは、黒紫色のロングヘアが美しい女子生徒だった。眠そうな目で、気だるげに息を吐いている。右腕には「生徒会」の文字が浮かぶ腕章が。
その姿は入学式で一度見た。
生徒会長――シエル・スクライトがそこにいた。




