第十一話 ルームメイト
「お、おれの名前はユーリ・デイ。よく間違えられるけど、男、だから!」
「そうか。俺の名前はオズ・リトヘンデ。よろしくな」
「きゅうきゅう」
「こいつはゴンっていうんだ。まだ子どもで好奇心旺盛だけど、そこんとこ注意な」
「そ、そうか。よろしくなゴン」
部屋に入り、少年(?)――ユーリと対峙したオズは首をひねっていた。
「な、なに?」
「いやちょっと失礼」
オズはあごに手をあて、ユーリの側面に移動しその体を観察する。オズは眉をひそめた。――胸がぺったんつるりだったからだ。着替えを終えたユーリは、今は“少年”と呼ぶに違和感のない体つきに見えた。
なぜだ。さっき見たときはたしかに大きなバストがあったのに。あれは自分の見間違いだったのだろうか。……光の反射とかで? そういえば、はじめて会ったときも胸板は薄かった記憶が……
数秒ほど悩み、オズは答えを出した。結論――自分の見間違い。ここは男子の階であるし、そもそも男である自分と相部屋の時点で目の前の存在は男なのだ。事実は小説よりも奇なり――美少女顔の少年が存在したっておかしくはない。そんな風にうんうんとひとりうなずくオズ。手を前に組みもじもじとしながら、ユーリは戸惑うようにオズを見つめていた。
「よし、荷物かたづけるか。――あ、ユーリ、お前はベッドどっち使うんだ?」
「――えっ? べべつに、おれはどっちでもいいけど」
「んー。ゴン、お前はどっちで寝たい?」
「きゅうー!」
室内の二割ほども占める大きな二段ベッド。オズの腕の中から、ゴンがベッドの下段へと飛び出した。
「そうか。じゃあユーリ、俺が下でいいか?」
「う、うん」
ユーリはおどおどうなずいた。人見知りなのだろうか。セナも初対面の時はこんな感じだったっけなと思い出し、オズはクスリと笑った。
「あ、あの。もしかしてリトヘンデって……あの、“ボストの英雄”の?」
「そうだけど……たいしたことはしてないよ。あの時はたまたまトドメを刺したのが俺だったってだけだ。――あと、“オズ”でいいよ。俺もお前のこと、“ユーリ”って呼ぶし。ルームメイトだろ?」
「う、うん。――よろしくな、オズ」
「……おう」
はにかむユーリに、不覚にもどきりとしてしまうオズ。こんなかわいいのに男なのか…………いやまて、もしかしてかわいいと思ってしまう俺の感性がおかしいのか?
「でも、そんなスゴい人といっしょの部屋になるなんて……おれ、なんか緊張しちゃうな」
「スゴいって……。恥ずかしいからあんま言いたくないけど……俺なんか合格者最低点だったからな?」
「――え、ホントに!?」
「ああ。戦闘以外はからっきしだからな。今回はその戦闘までも反則で減点されちゃってさ。それで最低点になったってわけ。……だから、授業でわかんないとことかあったら、ユーリに聞くかもしれない。そん時はよろしくな」
「そ、それはちょっと無理かも。おれも最低点ギリギリで受かったから。……そ、そもそも、認定試験も三回目にしてやっと受かったんだ」
「――えっ、それじゃあ、ユーリって十六歳?」
「う、うん……」
ユーリは過年度生だったのだ。つまり、十四歳であるセナやルーク、アルスより二つも年上だということ。オズは改めてユーリを上から下まで眺めてみた。そして。
「うそだぁ。ぜんぜん年上に見えないぞ」
「そ、そそうだよな。引いたよな……?」
ユーリは声をしおれさせ、うつむいた。下からのぞき込むと、目をウルウルと潤ませていた。――なんなんだ、このかわいい生き物は。オズは荷物をかたづける手を止めると。
「そんなんで引くわけないだろ。俺なんか、とりあえず十四歳ってことにしてるけど、本当の年齢はわかんないんだ。記憶喪失だからな」
「――えっ、記憶喪失?」
「ああ。あるのはここ数ヶ月くらいの記憶だけ。それ以前はさっぱりだ。自分の素性も不明。気づいたら森の中にいたからな。……もしかしたら、ユーリより年上かもしれないぞ?」
オズはいたずらっぽくニヤリと笑った。ユーリはそれを呆然と見返したが、しばらくしてかすかに笑みを浮かべると。
「さすがに年上には見えないよ。ふふっ」
「――むっ。俺の身長のことを言ってるのか? 俺はこれから伸びるんだよ! っていうか、ユーリもたいして変わらないだろ!」
「いや、おれの方が目線ひとつぶんは大きいから」
「むむむ」
オズとユーリは、それから夕食の時間がくるまで談笑を交わした。ユーリからは、はじめのたどたどしさは消えてなくなっていた。オズの場所となったベッドの一段目では、ゴンがすうすうと寝息を立てていた。
* * *
学生寮〈クロスタワー〉十五階。そこに〈グランドキッチン〉と呼ばれる大食堂がある。オズとユーリ、そしてゴンはそこでセナたちを探していた。
「やっぱ人多いな……。部屋に直接行った方がよかったか」
「そ、その……ホントにおれもいっしょでいいのか?」
「当たり前だろ? みんないいヤツだからすぐに仲良くなれるって」
「きゅうきゅう」
ユーリには一緒に試験を合格した友だちがいないとのことだったので、「夕食いっしょにどう?」と誘ったのだ。ユーリはそわそわと落ち着かない様子だ。
「で、でもおれ、人見知りなんだ。ちゃんと挨拶できるかどうか……」
「――あ、いたいた! おいルーク、アルス、こっちだ!」
エレベーターから大勢の寮生とともに降りてくるルークとアルスの姿を見つけ、オズは手を振った。余談だが、周りには一年生だけでなく上級生もいる。彼らはみな、新一年生を興味深げに見やっていた。
「……? お前ら、なんでそんなびしょ濡れなんだ?」
ルークとアルスの姿を見てオズは驚いた。二人の髪からは水がしたたっていた。服は着替えたのか濡れていないが、靴をやられたらしい。歩くたびにじゅぷじゅぷと水音が聴こえた。
「……コイツがシャワーをぶっ壊しやがったんだ」
「ちがうよね!? キミが最初『大変だシャワーから水が止まらねえ!』って泣きついてきたんだろう!?」
「――あ? てめぇが『この天才ルーク君にまかせてよ!』とか抜かしながらいろいろいじくったせいで、シャワールームが爆発したんじゃねぇか!」
「なんだって!? そもそも、アルスがシャワーを使ったのがはじまりだろう!? キミのおかげで、さっき購買で買ったばかりの『月刊 ケモナー魂 9月号』がすぶ濡れになったんだからね!!」
「あん!? てめぇのせいでホテルのスタッフから修理費だとか言われて15,000GPTとられたんだぞ!? こっちは元からポイント少ねぇのによ!」
「きちんと割り勘にしたじゃないか! ていうかなんでボクも修理費払わなきゃいけないんだい!? 根本的な原因はアルスじゃないか!」
「ああんっ!? てめぇやんのかコラ!」
「だまれ脳筋! ケモナー魂をダメにした罪は重いぞっ!」
「んだとこのクソメガネ!」
「言ったなゲロ野郎!」
「――ちょ、ストーーップ!! お前ら、こんなとこでやめろよ。注目されてんだろみっともない」
オズは二人の間に入ってため息をついた。ゴンもケンカを止めようとしてくれたのか、アルスの顔面に飛びかかりべちゃりと貼りついた。
「はぁ。……言ったろユーリ。こんなアホなやつらに緊張することないって」
「あ、あぁ」
ユーリが戸惑ったようにうなずいた。そこでバカ二人はユーリに気づいたようで。
「あれ? オズのルームメイトかい?」
「ああ。ユーリ・デイっていうんだ。夕食誘ったんだけどいいだろ?」
「ぜんぜんオーケーさ。アルス、キミもいいだろう?」
「はん、かまわねぇよ」
「――あ、ありがとう!」
ユーリはホッとしたように笑った。それからユーリにも二人のことを紹介し終わったところで、ルークがクイッとメガネを押し上げた。
「キミの刺青――もしかして〈シャマ族〉?」
「う、うん。ハーフだから両頬くらいにしか模様が出てないけど」
ユーリの左右の頬には、逆三角形模様の青い刺青がある。それと同じ色の青髪が、ユーリの美しさを際立てていた。
シャマ族――生まれながらにして体に刺青のような紋様が浮かんでいる種族。刺青があること以外は人族となんら変わらないが、太古は〈呪術〉と呼ばれる摩訶不思議なわざを使えたようで、それによって大陸東南を支配していたという伝承が残っている。今では絶対数が少ない希少種族だ。――そう、ミュウ族のように。オズはシャマ族のことを知らなかったが寮室で前もって聞いていた。しかし、ルークは元から知っていたようだ。
「えと、そういうきみは……ミュウ族?」
「そうそう。なかなかレアでしょ?」
決めポーズをつくってニッと笑うルークに、ユーリはなぜか衝撃を受けたような表情をした。オズはそれを不思議に思いつつ。
「ルークには双子の姉がいるんだ。最後の一人はその子だよ。――あ、話をすれば、だ。おいセナ、こっちだ!」
オズはエレベーターから降りてきたセナへと手を振った。セナは気づいて手を振り返し、隣にいる少女になにやら話しかけた。セナのルームメイトだろうか。
セナと少女は近づいてくる。その少女の顔は、狼だった。――獣人である。獣の顔をもっている獣人は、それ以外の種族からすれば見分けがつきにくい。もちろん性別もである。……なのに、オズは一目見て彼女が女だとわかった。それほどに彼女が美しかったからである。灰色の毛並みはつややかで、顔はスリム。目元はどこか人族くさい雰囲気が感じられた。それが、人族であるオズから見ても美しいと感じた原因かもしれない。周りにいた獣人の寮生――おそらく男――が、彼女に目を奪われていた。
「――か、かかかかかか」
ルークがおかしくなっていた。目をハートにし、口からかすれ声を吐き出している。ぶるりと頭を振り、ルークは猛然と足を踏み出した。獣人の少女まで突進し、目の前に立つと。警戒する姉をよそに、ルークは少女の手を取った。
「一目惚れしました! ボクと、結婚してくださいッ!!」
* * *
「リノちゃん、キミの好きなものはなに? 趣味は? どんな男がタイプ? ――ああ。ボク、リノちゃんのことならなんでも知りたいんだ!!」
「ちょっとルーク! リノちゃんが引いちゃってるでしょ!」
「ふふふ。いえ、とてもたのしいお方ですね」
オズは食後のおつまみ〈マシューマン〉を口に運びながら、ルークの暴走を眺めていた。
リノ・ギュメイ――それが、セナのルームメイトの名前だった。意外にもルークに対して引いている様子はない。本当にたのしそうに笑っているから驚きだ。ちなみに、先ほどのプロポーズには「友だちからでいいですか?」と大人の返事をしていた。
「えーと、ルークのあれはどういう……?」
我慢できなくなったのか、今までルークの痴態に触れなかったユーリが聞いてきた。
「ああ、あれね。俺もここまでとは思わなくてびっくりしてんだけど、ルークは獣人フェチなんだ」
「はぁ……そうか……」
ユーリは納得したのか納得していないのか、よくわからない感じでうなずいた。当然だろう。オズも戸惑っているくらいなのだから。
一方、アルスはおもしろそうにルークのことを見ていた。しかしそのかたわら、GPTは少ないはずなのだが二つ目のメニューに手を出しており、おこぼれをねだるゴンに食事を分け与えながらもガツガツと食べていた。アルスは大食らいのようだ。
こうして大勢で夕食を囲んでいると、ボスト・シティでのことを思い出す。バルダのことが呼び起こされ、オズはしんみりとしてしまった。
「――あ。あれ! もしかしてエリカ姫かな?」
「ん?」
ユーリに声をかけられオズは目をやった。少し離れたテーブルに、身なりのよい格好をした一団がいた。真ん中にエリカ、左右にメイドのスーと騎士のハインが座っている。その周りにいるのはブリュンヒルデ皇国の貴族だろうか。しきりにエリカやハインに声をかけていて、ハインは得意げな顔で受け答えをしているのに対し、エリカはどこか固い笑みを浮かべていた。オズにはなぜか、それが愛想笑いだと気づいた。その笑いには、さびしさの感情が見え隠れしている。
「「――!」」
オズとエリカの目が合った。オズはとっさに目をそらす。おそらく向こうもそうしただろう。オズはユーリとの会話に戻っていった。
オズは気がつかなかった。友人らと笑い合うオズを見つめる、エリカの視線に。
――そうして夜はふけ、日々はすぎていく。制服の採寸が行われたり、Gスーツの修理をたのんだり。制服や教科書がそれぞれの寮室に届けられ。
そして、ついに入学式の日がやってきた。




