第七話 プロバスター認定試験:その二
輝術実技試験が終わると、Gスーツを着込んだ女教官が会場の中央へと進み出た。赤色をベースにしたGスーツに、赤と金が混じった髪をポニーテールで結んだ彼女は、小柄ながらも勇ましい雰囲気をかもし出していた。
「次は戦闘実技試験だ。相手はアタシ、Bランクバスターのフウカが務める。輝術の使用は身体活性の輝術のみ許可するが、それ以外は禁止だ。2236番から順にかかってきな」
模擬剣を肩に小柄な女教官――フウカはあごをしゃくった。
係員から模擬剣を渡され、2236番の少年が歩み出る。
「よし、来い!」
「――はい! 《バイキル・オーラ! 我に力を!》」
少年はうなずくと、身体活性の輝術を唱えた。走り出した少年は、「やああ!」っとかけ声を上げながら模擬剣を振り下ろす。
ガキィンと剣がぶつかり合い、音を立てた。少年は果敢に攻め立てるが、フウカは身体活性の輝術を使いもせず、涼しい顔で剣を振るっていた。
Bランクバスターといえば、オズはボスト支部のジムマスターを思い出す。熊顔のベテラン戦士であった彼のレベルは、たしか40ほどであった。となると、フウカもおそらくそれくらいのレベルであろう。受験生の平均レベルが17~18であることを考えると、生身の体のみといえども本気の受験生をあしらえるのは当然といえた。それほど、レベルの差というのは隔絶したものがあるのだ。Bランクバスターにとっては、身体活性の輝術がなくとも予備生ごときの相手は余裕である。
数分もすると、少年は息をきらし始めた。フウカは一つうなずくと、模擬剣をヒュンッと振り上げる。
「――あっ」
少年が声を上げた時には、剣は彼の手を離れ宙を舞っていた。カランカランと剣が音を立てて落ち、係員が「そこまで」と手を振り下ろした。
フウカの戦いぶりを、オズは頭の中で反芻していた。輝術試験がひどい結果に終わったので、オズはなにがなんでも戦闘試験で挽回しなければならなかった。
二人目の少女は身軽な動きで剣を操り、前の少年よりも善戦したように思えた。続く三人目の少年は緊張のせいか体幹が定まっていなく、終始あぶなっかしい戦闘だった。二人とも最後には同じように剣を弾き飛ばされて戦闘を終えており、そして、フウカは身体活性の輝術をついぞ使うそぶりを見せなかった。
――それを確認し、オズの戦いの方針が決まった。
「次、2239番」
係員に呼ばれてオズは前に出た。輝術試験が散々だったせいか、ほかの受験生たちからは「はやく終わってくれよ」とでも言うような、安く踏まれた視線を感じた。エリカからの視線はとくにそれが強く、オズは絶対にあの生意気な少女を見返してやると心に決めた。オズはすでに、彼女を高貴な身分として見ることはできていなかった。なにが“皇国始まって以来の美少女”だ。ただの高慢ちきな子どもじゃないか――
係員に模擬剣を渡され、オズは静かに剣を構えた。今回の戦闘は、生死をかけた戦いのつもりでいく。相手の意表を突くために、オズはわざと素人くさい姿勢をとった。
それを見て反応した人間はただ一人だった。狼顔の教官が、耳をぴくりと動かす。
係員が距離をとり、フウカが口を開いた。
「よし、来い!」
オズは瞬時に剣を構え直すと。マナを余分に爆発させ“言霊無し”で身体活性の輝術を施し、フウカへ突撃した。そして次の瞬間には、フウカの眼前に迫る。――ここまでの時間、わずか0.5秒。
「疾ッ!」
「――!?」
ガキィン―― オズの渾身の不意打ちは、しかしフウカに防がれた。だがそれは予想していたこと。オズは攻撃の手を休めず、さらにたたみかける。スタミナ度外視の、短期決戦で追い込んでやる――!
輝術試験の不出来と戦闘前の雑な構えから、フウカは油断していた。最初の一撃を防げたのはとっさの反射によるもので、フウカにとっては運がよく、オズにとっては運がわるかった。しかし、予想外の出来事にフウカは混乱したままオズの猛攻を対処することになる。
フウカの混乱につけ込み、オズは剣を振るっていく。父の影を残した剣舞は、もはや予備生のそれではなかった。レベル15の身体的不利をカバーするように、神業とも呼べる技術をもってオズは舞う。体は必要最小限の動きで最高のパフォーマンスを発揮し、剣の芯をとらえた攻撃はレベルに見合わず強烈だった。
Gスーツから紫光を放ちながら、オズの攻撃は激しさを増す。フウカは徐々に混乱をおさめながら、しかし汗を噴き出して剣を打ち合う。
かたや〈身体活性の輝術〉を行使する、たかがレベル15の予備生。かたや〈身体活性の輝術〉を使ってはいないものの、高レベルを誇るBランクガイムバスター。二人の勢いは、いまや拮抗していた。
会場内は戦闘前とは真逆の意味で、静まり返っていた。オズとフウカの息づかいと、剣のかち合う音のみが響き渡っていた。
「な、なんなの……」
順番をまつエリカは、今が試験中であることも忘れ、戦闘に見入っていた。自分付きの騎士にして、皇国における由緒正しき〈白騎士〉の一人であるハイン・クレディオでさえも、ここまで戦えるかはわからない。頬が熱く火照り、心臓が高鳴る。エリカはそれに、自分のことながら気づかなかった。
戦いは激化する。黒のGスーツが点滅した。オズはマナを心臓から肩、腕、そして手へと、局所的に練り込んでいく。それに対応して滑らせた剣筋が、驚異的な速さで線を描き、フウカの前髪をハラリと斬り落とした。ただの模擬剣が、である。
「……ッ!」
フウカの口から、言葉にならない悲鳴がついて出た。なんなんだ、この少年は――! そして、目の前の少年のGスーツをとり巻く、明滅する輝術の微光を見る。フウカは瞠目した。
オズは身体活性の輝術を部分的に行使していた。酷使する部位にはマナを潤沢に練り込み、逆に、余計な部位からはマナを減らす。普段の模擬戦ではそこそこの気概で剣を振るうオズだが、命をかけていると言っても過言ではない今のオズは、マナ制御のキレが格段に増していた。
オズは模擬剣を強く握りしめた。セナと約束したのだ。絶対、一緒に合格すると。セナを想い、オズの剣が鋭さを増す。もはや自分の限界を超えた速さで、オズは猛然と剣を叩きつけていった。
――さあ使え、身体活性の輝術を! 予備生相手に本気を出してみろッ!
戦闘試験で高得点を出すためのオズの策――それは、フウカに身体活性の輝術を使わせることだった。……使わざるをえない状況に追い込む、と言った方が正しいか。実現できれば、オズの戦闘能力が高ランクバスターの素のそれに匹敵するのだと証明されることになる。
フウカはここにきて、オズの覚悟を感じとった。目から迷いが消え、真っ直ぐオズを見据える。
頭部、そして両目にマナを集中させていたオズは、時間が引き延ばされ遅滞する世界で、フウカの体からマナが噴き出す瞬間を見た。オズは思わず、口端を吊り上げた。
――Bランクバスターが、ついに身体活性の輝術を解放した。




