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第二話 オズ、一目惚れ

 地を駆け抜けながら、オズは焦燥感をふくらませていた。オズは祈った。たのむ、もちこたえてくれ、と。思い出すのは、父のように慕っていた偉大なバスターの死の(きわ)だった。オズは、目の前でだれかが命を消してゆくことが、なによりも耐えがたかった。命を落とすことが滅多にない日本からやってきたオズ。命を簡単に落としうるこの世界で、彼の命に対する価値は、だれよりも重かった。

 ムカデ型のガイム――ガントムへ近づいていくと、その体躯の大きさがあらわになってくる。体長は十メートルほどだろうか。今までに見たガイムの中では最大級である。しかしその反面、動きは鈍いようだった。


「近くで見るとでっか! さて、どこから斬ろうかなあ!」

「足が多い……いちいち斬り落としてくのは得策じゃねぇな。どうするか……」

「――二人とも! 人を助けるのが先だからな!」


 戦いしか頭にない二人を一喝するオズ。

 やがてガントムへの距離が縮まり、怪物の獲物が目に映るようになる。


「えっ?」


 それは――人ではなかった。人より遥かに小さい。オズの手のひらに乗るくらいのサイズであろうそれは、幾筋もの血を垂らしながら、必死に逃げていた。


「――ラグーン!?」


 ガントムに襲われていたのは、白色の体表をもったラグーンの幼体だった。体を震わせ、今にも倒れそうになりながらも、生にしがみついて走っている。

 なぜ、ラグーンが襲われているんだ? オズがそう考えたのもつかの間、ガントムが幼き命へと狙いを定めたのがわかった。鋭い凶刃が、ギラリと光る。

 ――迷わなかった。オズにとって、人もラグーンも関係ない。命はそれ等しく命であった。そしてなにより、オズはラグーンという動物が好きだった。


「その子に手を出すな、ガイムッ!」


 Gブレードを握りしめたオズは吼え、飛びかかった。脳の信号、腰の位置、肩の脱力、腕力の流動、マナの流れ。すべてが予定調和とでもいうべきかたちで作用し、Gブレードが振り上げられた。

 あの戦いで、オズが新たに手にした力。――まるで、バルダの剣を見ているようだ。ボスト支部のジムマスターは、そう言った。彼のその言を示すように。


 (ザン)ッ。


 オズのGブレードが黒光の筋を描くと。ガントムの頭部が、吹き飛んだ。


「GUO……AA…………」


 ガイムの装甲が砕け散り、極小の欠片となって舞い上がる。巨大な体躯が、ぱらぱらと(くう)に消えていった。


「あーっ! オズが倒しちゃった!」

「……けっ、一撃かよ」


 戦闘バカ二人の声を耳に残しつつ、オズはラグーンに駆け寄った。


「大丈夫か!? ……ああ、かわいそうに。こんなにぼろぼろになって」

「きゅ……う……」


 オズは血だまりの中に沈むラグーンを抱え上げた。血に濡れたラグーンは、かすれた声を絞り出し、オズに答えた。よく見ると、背中から皮翼が生えていることに気づく。通常のラグーンでないことは明らかだった。

 なんて美しいラグーンなんだ、と思うと同時、はやく癒しの輝術(オーラ)を施さなければ、とオズは立ち上がった。


「――オズくん! 大丈夫だった!?」


 振り返ると、セナがちょうど駆け寄ってくるところだった。


「セナ! この子に癒しの輝術(オーラ)を! はやく!!」

「この子……ラグーン!? わかった。いますぐかけるよ。《シルマ・ヒューマ! 光輪の癒し!》」


 セナの手から光のマナがあふれ出す。幼ラグーンの体にマナが流れ込み、そして、すさまじい光を放ち始めた。


「――えっ? すごい。マナが高速で、循環してる……?」


 セナが呆然とつぶやいた。二人の目の前で、無数の傷が「巻き戻し再生」のごとく急速に癒えていく。体にこびりついた血までもがみるみる()けていき、数回のまばたきの後、オズの腕の中では、神々しいほどにつややかな光を放つ白の幼ラグーンが無傷で、すうすうと寝息を立てていた。


「いったい、このラグーンは……?」



 * * *



「きゅう、きゅうう」

「お、おい、なめるなよ。くすぐったいだろ」


 竜車に戻りまもなくして、ラグーンは目覚めた。オズになついたようで、かわいらしい鳴き声を上げながらオズにじゃれついている。その回復力にオズは舌を巻いた。しかしそんなことよりも、「なんてかわいいんだ」と笑いながら、オズはラグーンを腕に抱えていた。ちなみに、その見た目からてっきりメスだと思ったのだが、確認したところオスだった。


「ボクの見立てだと、この子、ペガサス種っていう希少種だと思うよ」

「ペガサス種?」

「うん。ボストの露天市場に、一時期ペット商が店を開いててね。そこで話を聞いたことがあるのさ。なんでも、羽を持ったラグーンはめったに生まれてこない希少種で、なんと、体内にマナを保有しているらしいんだ。調教されたペガサス種の中には、輝術(オーラ)を使いこなす個体もいるんだってさ」

「――そっか! さっきのキズのすごい治り方、ふつうじゃないと思ったんだけど……たぶん、本能的に輝術(オーラ)を発動させたんだよ! わたしが使った癒しの輝術(オーラ)を増幅させるかんじで!」


 セナが「すごい!」と興奮した様子でラグーンを撫でる。オズの腕の中で、ラグーンがきゅうきゅうとうれしそうに身じろぎした。


「なるほど、だからガイムに襲われていたんですね。ガイムが人を襲うのは、人がマナをもっているから。逆に考えれば、ガイムはマナをもっている生物を襲うともいえますよね。……怖かったですねー。もう安心ですよー?」


 猫なで声を出しながら、ミオはオズの腕の中をのぞき込んだ。「きゃう!」とひとつ鳴き、ラグーンはミオに飛びつく。


「きゅう、きゅう」

「やーん、かわいいー!」


 ミオの豊かな胸に飛び込んだラグーンが、じゃれるように手足をばたばた動かす。それに合わせてもにゅん、ぷるんと胸がかたちを変え、はじける。その魅惑的な動きに、オズは思わず目が釘づけとなった。


「きゅう!」

「あん、ちょっとダメよ。いたずらっこさんね」

「……! オズくん! どこ見てるの!」

「――はっ!? ……ごめん、俺はなにも見ない知らない見ていない」

「もう……オズ君なら、いくらでも見てもいいのに……」

「ちょっ――ミオさん!」

「きゅう!」


 顔をそらし、オズはそそくさとその場から距離をとった。


「う……うえええ……走ったあとの竜車が、こんなに、気持ち、わりぃとは…………うええああういあああばばっ」


 どうにもアルスの影を感じないと思ったら、絶賛グロッキー中だったようだ。いくら排出してもなくなりそうにない内容物が、ぶちまけられたそばから、すぎ去る景色とともに風に流されていく。

 アルスって、こんなキャラだっけ? オズは残念な面持ちで、ルークが癒しの輝術(オーラ)を律儀にかけている様を見やった。


「あ、オズ、ちょっと言いづらいことなんだけどさ」

「どうした?」


 首をかしげるオズに対して、ルークはいつになく真剣な面持ちである。


「ガントムの体表に血がたくさん付着していたのを覚えてるかい? ラグーンの幼体から出た血だとすると、量が合わない。……おそらくだけど、あの子、ボクたちが駆けつける前に親を殺されてしまったんだ。……親は、ふつうのラグーンだったんだろうね。捕食したとしたら口のあたりに血がついているはずだけど、血は体中についていたから……」

「そうか。子を守ろうとして、ガイムと戦ったんだな……。命をかけて……」


 その境遇に、自分を重ねずにはいられない。オズは思わず、拳を握りしめた。自分たちが、もっとはやく駆けつけていれば……ッ!


「オズが気にすることじゃないさ。野生の動物は、常にいろいろな危険にさらされているものだからね」

「そう、だな……」


 気をつかってくれたルークにありがとうと礼を言い、数瞬考えたあと、オズは決めた。というより、考えるまでもないことだ。オズは振り返り、宣言する。


「俺、これからその子の面倒見るから!」

「きゅうう!」


 セナの胸元から飛び出したラグーンは、羽を使って意外にも高く飛び上がり、がばっとオズに抱きついた。今度はセナの胸にいたのか。様子を見ておけばよかったかも……と(よこしま)なことを考えつつ。


「これからよろしくな! ……“ゴン”!」


 助けたのは、自分だ。なら、その命に責任をもつべきだ、とオズは思った。だがそれ以前に、オズはラグーンという動物が大好きで……このかわいらしくも美しい白ラグーンを初めて見た時に、自分はおそらく、すでに惚れていたのだ。


「きゅうっ!」


 名前を授けられたラグーンは、かわいらしくのどを鳴らす。そのつぶらな金の瞳は、まるで笑っているように感じられた。

 ――この日、ラグーンの幼子(おさなご)、“ゴン”が、オズの新たな家族になった。

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