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第二十二話 クオーツ・ハーツ

 人は気づくことがある。今、自分は夢を見ているのだ、と。

 オズがおかれた状況はまさにそれだった。

 延々と続く廊下。そこにオズは立っていた。薄暗がりの中、壁には色とりどりのステンドグラスが並んでいる。ゴシック調の雰囲気が漂う、退廃的でどこか神秘的な空間。

 なんとはなしに歩き始めると、廊下の先に一枚の扉があった。人ひとりが通れるほどの黒塗りの扉だ。薄く開いた隙間からは光が漏れ出ていた。

 ゆっくり扉を開ける。こぢんまりとした部屋だった。アンティークな家具が並んでいる。まるで骨董品店に入り込んだよう。

 部屋に足を踏み入れ、中を見渡していると。

 バタン――

 背後で扉が閉まる音がした。慌てて扉に駆け寄り取っ手を回すが、扉を開けることができない。


≪こんにちは。≫

「――!」


 突然の声に振り向く。

 部屋の真ん中。こじゃれた丸机に、いつの間にか一人の少女が腰かけていた。

 肩までおろされた長い髪は、深い闇を思わせる黒。フリルのついた髪飾りが両耳のあたりに添えられていた。真っ白な肌に、真っ赤な唇。髪の毛と同様に、真っ黒な瞳。恐ろしく整った顔は人形かと思うほど。首から下は、いわゆる“ゴスロリ”。真っ黒なドレス。腕には、つぎはぎだらけの熊のぬいぐるみが抱えられていた。


「……きみは?」


 オズの言葉に、少女は細く美しい声で答えた。


≪わたしの名前はエヴァ。はじめましてですね、オズ。あなたのことはよく知っています。あなたをこの世界に召喚したのは、わたしですから。≫

「――!?」


 オズは目の前の少女――エヴァを前にして、驚愕に立ちつくした。突然のことに頭がうまく回らない。


「お……お前、何者だ……?」


 やっとのことで声をしぼり出したオズ。

 エヴァは機械のように生気の感じられない瞳でオズを見つめた。


≪わたしが何者なのか……それを決めるのは、“わたしが何を目的として存在しているか”に尽きます。わたしの存在意義はただひとつ。――それは、この世界からすべてのガイムを消し去ること。≫


 オズはつばをごくりと飲み込んだ。目の前の少女は、ただの人間ではない。人の姿をした、得体の知れない何かだ――


「なんで、俺をこの世界に呼んだんだ……?」

≪あなたは、ほかの人間にはないものをもっていた。それは、ガイムを滅ぼす“鍵”となる。だから、あなたの魂をこの世界に呼びました。新しい肉体を授け、そしてあなた自身の記憶を消去した。元の世界への未練を残さないために。≫


 淡々とした口調に、オズは拳をわなわなと握りしめた。

 日本で生きていた時、自分が何をしていたのか思い出せない。自分が好きだったもの、目指していたもの、生きがい……すべてが思い出せない。自分はいったい何者なのか。オズの胸には常にその思いがあった。


「――ふざけるなっ! 勝手にひとの記憶をいじりやがって! この世界に来てから、俺がどれほど苦しんだと思ってる!? 胸の中が空っぽの状態がどれほどのものか、お前にわかるのか!? 俺は……俺という存在は、いったいなんなんだよ!? ――教えろ! 俺は何者なんだ!?」


 エヴァは、叫ぶオズを空虚な瞳で見つめ続けた。その瞳に映る闇が何を思っているのか、オズには読めなかった。

 ブゥン―― オズの視界にゆがみが走る。エヴァの姿がブレたように見えた。


「――?」

≪もう、時間ですね。今回、あなたにコンタクトをとったのは警告を伝えるためです。――いま、ガイムが急激な速さで進化をとげ、その力を増している。このまま放っておけば取れ返しがつかなくなってしまうほどに。くれぐれも気をつけてください。そして、最後にこれだけは言っておきましょう。あなたは選ばれた魂――〈クオーツ・ハーツ〉なのだと。≫


 エヴァが言い終えた途端、部屋が、景色が、ガラガラと音を立てて崩れていく。それに巻き込まれ、オズは崩れゆく床とともに落ちていく。落下せず浮かび続けるエヴァを、オズは見上げた。


「お前のもくろみどおり、俺はガイムバスターを目指してやる! ――でも、お前が何をたくらんでるのかは知らないけど……俺は絶対、お前の思いどおりにはならないからな! 覚えておけッ――エヴァ!!」


 少女の姿はどんどん遠ざかっていく。オズの視界を、意識を、闇が覆いつくしていった。




「――っ!」


 オズは弾かれたように飛び起きた。

 周りを見渡すと、目に入るのは見慣れない部屋。白い壁は、元いた世界の病院の室内を思い起こさせる。壁に掛けられた時計は十一時を指していた。窓を見ると、どうやら外は雨が降っているらしい。外は薄暗いが、夜ではないようだ。

 オズは自分がベッドの上にいることに気づいた。そして、かすかな寝息が耳に入ってくる。視線を横に向けると、ベッドに突っ伏して寝入るセナの姿があった。

 とりあえずセナを起こそうと左手を伸ばす。すると、甲に刻まれた紋章が目に入った。


「あ、レベルが15になってる……」


 紋章に刻まれた数字は“15”を表していた。

 プロバスター認定試験の受験資格は、レベル15であること。いつの間にか、オズはその規定レベルに達していた。

 瞬間、オズは思い出す。自分は突然変異体(ミュータント)と戦って、それから……


「――セナ! おい、起きろッ!」


 慌ててセナの肩を揺すった。

 あれからどうなったのか。ガイムの大群は……


「う、うーん…………ん? ――オズくんっ! 目が覚めたんだね! よかったあ……わたし、すっごく心配したんだから!」


 セナは目を潤ませてオズに飛びつく。

 つややかな金の長髪から漂う香りにうろたえつつも、オズはセナを引きはがす。


「セ、セナ、街はどうなったんだ? ガイムの群れは?」


 オズの深刻な表情に、セナは落ち着きを取り戻す。


「オズくんが突然変異体(ミュータント)を倒してくれたおかげで、ガイムの群れは弱体化したんだ。そしてすぐに、すべてのガイムが討伐された。城壁も、ギリギリのところで無事だった。――ボスト・シティは、救われたんだよ!」

「そ、そうか……」


 セナの言葉を聞き、肩から力が抜ける。


「オズくん、一日以上寝てたんだよ? ガイムの群れが攻めてきたのが、おとといの夜のことだから」

「えっ? マジで?」


 そこまで長い間、寝ていたようには感じなかった。新しい能力の反動のようなものだろうか……。強化されていた身体能力も、元の状態に戻っていることに気づく。ガイムを倒すことによって得られるパワーアップは、どうやら一時的なものらしい。


「……心配させてごめんな、セナ」


 眠っている間、ずっとそばにいてくれたのかもしれない。申し訳なく思うオズに、セナは微笑んだ。

 だが、まだ聞かなければならないことが残っていた。


「……それで、バルダ――父さんは、どうなったんだ?」


 少しの期待をもって、オズは尋ねた。

 オズの脳裏に強く焼きついている、バルダの最期。しかし、もしかしたら……という思いもあった。バルダの死は、なにかの間違いだったのではないかと。


「……バルダさんの遺体は、いま教会に安置されてるよ。明日、大きな葬儀が行われるんだ。バルダさんをふくめて、街のために命を落とした大勢のバスターたちの……」


 悲痛な表情でセナが告げた。


「……そうか。……俺が、もっと強ければ……」


 オズはうつむき、シーツを握りしめた。やはりバルダは、もうこの世にはいないのだ。オズの胸に、やりきれない思いがあふれた。

 握りしめた拳の上に、セナの手がそっと重ねられた。


「バルダさんは、街を救ったオズくんのことをきっと誇りに思ってる。……バルダさんだけじゃない。いま街の人たちがオズくんのことを、なんて言ってると思う?」

「……? 街の人たち?」


 セナは、ゆっくり口を開く。


「“ボストの英雄”――って。新聞とかテレビで大騒ぎだよ。みんなが、オズくんのことを誇りに思ってる。もちろん、わたしも――」


 セナが熱い瞳でオズを見つめた。握られた手を通して、セナの温度が伝わってくる。

 なんだか恥ずかしくなって、オズは苦笑し、顔をそむけた。


「英雄とか、それ、恥ずかしすぎだろ……」

「ふふ……みんなオズくんのこと心配してるよ。はやく、元気な姿を見せに行こう?」




 セナに手を引かれ、オズは病室を出た。

 治癒師からは「異常なし。家に帰ってもいいですよ」と診察を受けた。診療所の人々からまぶしい視線を送られ、オズは無性に恥ずかしくなった。

 診療所から出ると、外は小降りの雨。セナが雨傘をさし、「いっしょに入ろ?」とオズを引き込む。セナにつられて足を踏み出そうとしたところで、オズは気づいた。


「――アルス?」


 診療所の向かいの建物。突き出た屋根の下。

 赤髪の半獣人(デミ・ライカン)が、壁に寄りかかり目を向けていた。

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