第二十一話 英雄のはじまり
音と景色を置き去りにして、オズは疾駆する。近づいたゴドラやハウンドを討っていき、自分の糧とする。もちろん、突然変異体からは気をそらさない。また嵐がやむ瞬間がやってくる。その時が来たら、自分は突っ込むだけだ。
オズを守るように、ガロンを含めた上級バスターの一団が散開する。
奮闘するのは上級バスターだけではない。セナとルークも、杭の嵐をいなしながら上級バスターに劣らずの活躍をみせる。セナの護りの輝術に、ルークの流れるような剣技に、疲労した上級バスターが幾度となく助けられていた。
オズは速度や腕力だけでなく、技術までもが段違いに上昇していることを自覚した。バルダが残したGブレードから伝わってくる熱には、彼が長年にわたって研鑽を積んだ剣の技術が凝縮されていた。バルダの存在を感じる。まるで、彼が自分の背中を押すように。
静かに研ぎ澄まされていく感覚の中、オズは突然変異体を見据える。ほのかな暗がりの中、暴虐な眼球がギラリと光る。化け物の顔はオズに向けられていた。ほかの獲物など眼中にないようだ。
オズと化け物がにらみ合う中、攻撃のチャンスはやってくる。突然変異体が息切れを起こし、大気のマナが落ち着きを取り戻す。
杭の嵐が収まると見るや、オズは飛び出した。目にもとまらぬスピードで化け物の胴体に接近し。
「くらええええぇぇええ!!」
斬撃の殴打を叩きこむ。オズが腕を動かすのに合わせ、幾筋もの黒光が走る。噴き出た闇のマナが、化け物の身体をむしばんでいく。
だが、突然変異体も黙ってはいない。旋風のごとく攻めるオズへ、蛇の頭がしなりをきかせて迫る。
「――ふんッ!」
オズを守るように陣取ったガロンが、あらんかぎりの力でそれを弾き飛ばす。鞭のようにしなるそれは、どこへ当たるか予測するのが難しい上、相当の威力があった。疲労が蓄積する中、幾度もそれをあしらうガロンは、やはり並みの戦士ではない。
「GUOOOOOO……!」
突然変異体がいらだたしげにうなる。身をよじらせ、オズに向かって凶悪な前肢を振り上げる。鋭い爪が、ギラギラと弱光を反射する。
だが、オズは動じない。自分に与えられた役割はただひとつ。この化け物へ攻撃することのみ――
「させねえぇッ――!」
「オズ坊は……死なせねえぞ!」
上級バスター数人が、オズへ迫る強攻を防ぐ。Gブレードと化け物の装甲が、ぎりぎりと火花を散らした。
「《シントラ・アプト! 光の矢!》」
「《スーラン・セイル! 水球!》」
ミュウ族の姉弟が、暴れる突然変異体に輝術をぶち当てる。輝術は効かない。だが、突然変異体の気をそらせることには成功していた。
「GAOOOOOOOOOONN!!」
化け物が再び吠える。周囲のマナが揺れる。鉄杭の輝術の予兆に、バスターたちは飛び退いた。
杭の輝術の合間に攻撃を仕掛けること数回。オズが攻撃に加わったことで、突然変異体はもはや半壊近い状態となっていた。
無数の杭が飛び交う暴風の中を駆けながら、オズは因縁の相手を見る。体はすでに傷だらけで、装甲には漆黒の瘴気――闇のマナがこびりついている。
次で決めてやる―― オズは気を引きしめる。最後のチャンスを、今かと待つ。
だが……
チャンスはやってこなかった。いくらまっても杭の射出がやまない。
追い込まれた突然変異体。化け物は、まるで自らの命を燃やすように杭を放ち続けていた。
オズの焦燥感が増す。はやくこいつを倒さなければ、城壁が破られてしまう。そうなったらボスト・シティはどうなる? 力のない街の人々が、大群の餌食となってしまう……!
薄暗がりの中で光る突然変異体の目。オズの脳裏に最悪の予感が走る。
まさか……ガイムの群れが城壁を突破するまでの、時間稼ぎか――!?
――ならば。残された道はひとつしかない!
オズは腹をくくる。ガロンの元へ駆け寄った。
「ジムマスター! もう時間がありません! この嵐の中に俺が突っ込みます!」
顔をゆがめるガロン。予備生でしかない自分の無茶な提案。彼が悩むのも当然だった。
しかし、彼は覚悟を決めたようにオズへ口を開いた。
「――いいだろう! だがはやまるな! 俺が風の輝術で一時的に杭を吹き飛ばす! その一瞬の間にくぐり抜けろ!」
オズはうなずき、Gスーツにマナを流し込む。きたる最後の大一番に備え、マナを体中に循環させる。
ガロンが左手をかざす。緑色の光――風属性のマナがその手に収束していく。
「《エスト・ヒンメル・ディ・オーサ! 吹き抜けたる風よ、我が魂の元に荒れ狂え!》」
大気が震え、空間が渦巻く。ガロンの手から成された空気の振動が、うなり声を轟かせた。
ゴオオォォオオオン――ッ!
竜巻を思わせる大きなうねりが、迫りくる鉄杭の群れを巻き込み、吹き飛ばしていく。
「――今だ! オズッ、行け!」
オズは地を蹴った。大地が爆ぜ、衝撃でオズは突き進む。闇のきらめきが、一陣の光となって化け物へ進撃する。
「《メガド・ライガ! 雷撃!》」
「《ドウン・ヴラウト! 岩の礫!》」
風穴を少しでも広げようと、上級バスターが輝術を放つ。オズに当たるかと思われた杭が弾かれていく。バスターたちが作ってくれた好機を無駄にすまいと、オズはひたすら疾走する。
そして、オズはついに杭の嵐を突き抜けた。
「GUOOOOO……」
目の前には突然変異体の凶悪な頭蓋。まがまがしく光る眼が、突き刺すようにオズをにらみつけていた。すでに壊滅的なダメージを負っている突然変異体。あと一撃入れれば、こいつを倒せる――!
オズは勝利を確信する。
だが、手負いの獅子は、獲物が自ら近づいてくるのを待っていた。
「――!」
オズの視界の端。すさまじいスピードで蛇の頭が迫ってくる。今、オズが位置するのは突然変異体の前方。ここまで攻撃がとどくほど、あの尻尾は長くなかったはず。
しかし、突然変異体はここにきて、自らの限界を超える変形を成し遂げたのだった。
あの蛇の尻尾に構っている暇はない。万事休すか――!
オズは歯ぎしりする。
しかしその時、オズの背後からひとつの影が躍り出た。
「ボクを忘れてもらっちゃ、困るなあ!」
ガキイィィン―― 流れるように振られるGブレード。響きわたる金属音。
蛇は、弾き飛ばされた。
「――ルーク!?」
嵐の風穴を突き進むオズの背中を、ルークが追いかけていた。疲労を重ねた上級バスターより先に、余力を残していたミュウ族の少年が飛び出していたのだ。
最後の希望を。友の一撃を。確実なものとするために。
「行っけえ! オズッ!」
ルークが叫ぶ。オズはGブレードを振りかぶった。突然変異体に向かって飛びかかる。
――これで、終わりだッ!
化け物の頭蓋がぐんぐん近づく。
だが、最後の瞬間、突然変異体は牙をむいた。
「GUOOOOOOOOOO!!」
突然変異体があごを大きく広げる。オズの至近距離でマナが凝縮していく。一本の杭が瞬時に生成され、オズへ撃ち出された。
バルダが死んだ瞬間がフラッシュバックする。迫りくる凶弾に時間が引き延ばされていく。オズは、鉄杭に貫かれ、吹き飛ばされる未来を幻視した。
「――オズくんは、わたしが守るっ! 《セイン・ラシルド! 光の楯!》」
遠くからオズの耳に入るのは、聞き慣れたやわらかな声で紡がれる言霊。刹那、光輝くシールドが現れる。
ズガガガガッ――! オズの正面、斜めに展開されたそれは、射出された杭の軌道をずらす。突然変異体の最後の攻撃が、オズのわきを通りすぎていく。
セナの護りの輝術だった。離れた位置からの輝術の行使。彼女の高度かつ正確な技術力に、背筋が震える。
――わたしだって、オズくんのことを守りたい!
つい先ほどの、セナの言葉が脳裏によぎる。
「……はは。本当に、セナに助けられることになっちゃったな」
オズは苦笑した。
「GAAAOOOOOONN!!」
目の前にいるのは翼をもがれた怪物。もう、オズをはばむものは何もない。
突然変異体の凶悪な顔を目に映し、しかしオズは、不思議と憎しみを感じなかった。弱肉強食の、自然の摂理のようなものを肌で感じとった。
オズはGブレードへ静かにマナを送り込む。
握りしめるのは、バルダの熱き魂。
命を落とした戦士たちの、無念の思い。
「――これでっ、最期だ!!」
Gブレードを振り下ろす。オズの斬撃が、突然変異体の頭蓋へ吸い込まれていく。
バキバキバキバキイィッ!!
その一撃にこめられた思いが、化け物の頭部を粉砕した。体中にヒビが広がっていき、割れ、崩れていく。
やがて、宝石の欠片はパラパラと空へ舞い上がり、風に吹かれて散っていく。
「は、はは……本当に、突然変異体を倒しやがった」
杭の嵐が消え去った中、その幻想的ともいえる光景を見てガロンはつぶやいた。
「――ジムマスター! ゴドラが、ハウンドが! 行動をみだし始めました!」
喜色を浮かべた声で、とあるバスターが報告する。城壁へ目を向けると、突然変異体の統制を外れたガイムたちが混乱したように動き回っているのが見えた。下級バスターたちが、それらを容易に倒していくのも。
――街は救われたのだ。
しかし、ガロンはGブレードをかかげ、声を張り上げた。
「お前ら! まだ戦いは終わってないぞ! これから雑魚ガイムどもの大掃除だ!」
「「「おう!!」」」
バスターたちは駆け出した。
突然変異体の消滅が進む中、オズは立ちつくして夜空を見上げていた。灯りとして打ち上げられた輝術の向こう、無数の星々がきらめく。
「父さん――俺、やったよ」
オズは地面にどさりと倒れ込んだ。もう限界だった。疲労に加え、酷使した新たな能力の反動がオズの体を襲う。だんだん意識が遠くなっていく。
「――オズくんっ!」
薄れゆく意識の中、セナの声が聞こえた気がした。




