第二十話 お前が最後の希望だ
「ジムマスター! そろそろ城壁がヤバそうなんですが!?」
「そんなことはわかっている! 口を動かす暇があるなら、アレの攻略法を考えろ!」
焦燥の叫びを上げた若いバスターを怒鳴りつけ、俺は舌打つ。――くそッ。
「GAAAOOOOOOOONNN!!」
獅子の頭、亀の胴、蛇の尾。ふざけたナリをした化け物が吼えた。周囲に無数の杭が生み出されていく。
「輝術だ! 一旦距離を取れ!」
指示を投げながら飛び退く。直後、突然変異体の輝術が炸裂した。
迫りくる杭。軌道に合わせGブレードを振る。腕に鈍い衝撃が走り、それとともに杭が弾かれる。
俺のようなBランクバスターなら、これくらいの輝術など脅威ではない。
とはいえ油断はできない。Gスーツを容易に貫くその威力。当たれば俺もタダではすまないだろう。
だが、やっかいなのは威力ではなく、その間隔だ。嵐のように絶え間なく放たれる杭。そのせいで、なかなか本体に近づけない――!
突如、城壁付近に現れた突然変異体。それはつまり、俺たち上級バスターが陣取っていた戦線を、いつの間にかコイツがかいくぐっていたことを意味する。おそらく気配を消していたのだろう。
だが、この化け物を野放しにしてしまったのはまぎれもない事実。俺はコイツに気づけなかった。
多くの血が流れてしまった。命を落としていくバスターたち。ガイムどもに喰われ、亡骸さえも残らない彼らの無念はいかほどのものか。
そして今、街はガイムの大群に呑み込まれようとしている。
――俺のせいだ。なにが“ジムマスター”だ。俺は街をあずかるバスター失格だ!
俺は歯ぎしりしながら隙をうかがう。輝術の嵐をいなしながら、数人の上級バスターとともに突然変異体を取り巻くように走る。
やがて、貴重なチャンスが訪れた。絶え間なく放たれる輝術だが、突然変異体も息切れを起こす瞬間がある。嵐が静まった、ほんの数瞬の間。
「今だッ! かかれ!」
マナを爆発させ、化け物に突進する。この突然変異体には輝術がまったく効かない。Gブレードによる斬撃が唯一通用する攻撃だった。
「くらえっ!」
これでもかと力をこめ、腕を振り下ろす。
バキッバキイィィ―― 装甲が砕ける。だが化け物の防御力は尋常ではない。上級バスター数人の一斉攻撃をもってしても、倒しきることは叶わなかった。
そして、暴風はまた息を吹き返す。周囲のマナが振動する。
「チィッ! 次の輝術が来るぞ!」
俺たちはすばやく飛び退く。
直後、突然変異体が繰り広げる光景を見て、焦燥といらだちを抑えきれない。やっかいなのは、嵐のような輝術だけではなかった。
ピキピキピキィッ―― 傷ついた装甲が音を立てる。ひび割れた鎧がみるみるうちに修復され、元の状態へ戻っていく。宝石は、傷ひとつ存在しない綺麗なきらめきを取り戻す。
――再生能力。俺たちがこの化け物を倒しきれない原因はコレだった。傷つけることはできるが、離れているうちに再生してしまう。
全方向への絶え間ない射出型輝術に加え、上級バスターが与えたダメージをも修復する即効性の再生能力。
この突然変異体、明らかに災害指定級――!
コイツの攻略法――倒しきる展望がまったく見えない。
バルダがこの場にいれば……!
戦場を駆けながら、悔やみきれない思いがにじむ。
バルダの超越輝術――電光石火。あの機動力とパワーがあれば、今ごろこの化け物も倒せていただろう。
だが、バルダはオズをかばってやられてしまった。バルダが体を滑り込ませたのは、オズに杭が当たる寸前。あの至近距離ではいくらバルダといえど、自分の身を犠牲にするしか方法はなかったのだろう。
バルダは心臓を貫かれていた。いくら腕のいい治癒師でも心臓を復活させることはできない。あの傷では、バルダはもう――
刹那、俺のそんな思いを裏切るかのように、懐かしい気配が接近するのを感じた。
最強の頂、Aランクバスターの存在感。
まさか、バルダが――!?
突然変異体の動向に注意しつつ、俺は背後を振り返る。そこにいたのは――
「……オ、オズ?」
暗がりの中、駆けてくるのはバルダが命を賭して守った少年――オズだった。紫を帯びた黒い輝きを放ちながら、ものすごいスピードで駆けてくる。
オズはそのスピードのまま、近くにいたガイムへ斬りかかる。
一閃。
ガイムが、オズの一撃で砕け散る。
――な!? 俺は体に衝撃が走ったような思いだった。強化されたガイムを予備生が一撃で葬ったこともそうだが。
なにより、オズがたった今繰り出した剣技に見覚えがあった。
あれはまさしく、バルダの太刀筋――!
速さを突きつめた、たしかな技術の元に築き上げられた剣技。まるで、バルダが乗り移ったかのようだ。
だが、まだ驚くのは早かった。俺の目の前で不思議な現象が起こり始める。砕け散ったガイムの体がオズに吸収されていく――。
次の瞬間、オズの速度が目に見えて上昇する。
そして、また別のガイムに斬りかかる。剣筋が鋭さを増す。黒いきらめきが、輝きを増す。
この威圧感、まさか――超越輝術か!? この土壇場で、超越輝術に目覚めたのか!
おそらく、ガイムを倒すごとに身体能力が強化されていく能力――。
しかし、レベル10にも満たない人間が超越輝術を発現するなど、聞いたことがない――!
俺は背筋を震わせながら、その光景を見る。何体ものガイムを一刀両断しながら、オズは近づいてくる。その力を、倍増させながら。
やがて、オズはこの場に到着した。突然変異体を中心に円を描くように駆けながら、ゴドラやハウンドを殲滅していく。オズは、明らかに隙をうかがっていた。輝術の切れ間に、突然変異体へ攻撃を仕掛ける気だ。
「《セイン・ラシルド! 光の楯!》」
駆けつけたのはオズだけではなかった。ミュウ族の少女――セナ・ブレアがシールドを展開し、杭の猛攻を防ぐ。
「こんな芸のない輝術、軌道さえ読めればどうってことないね!」
双子の弟――ルークがGブレードを器用に振り回し、飛来する鉄杭を弾く。
ここはお前たちの出る幕じゃねえ、帰れ――と。本来ならそう言うべきなのだろう。だが、俺の目に映る小さな戦士たちは、もはや予備生だからと一蹴される存在ではなくなっていた。つい先ほどまでの彼らとは、明らかに違う。“レベル”という概念では表せない強さ。
――こいつら、壁を超えたな。
覚悟を決めたバスターは、時に信じられないような力を発揮することがあると聞く。打つ手がない、絶体絶命の窮地。突然変異体を倒さなければ、俺たちは終わりなのだ。マナが枯渇すれば、俺でも助かるまい。ならば、ここは若い才能に賭けてみよう――
突然姿を現した予備生たちに、上級バスターが目を見張るのがわかる。俺は声を張り上げた。
「てめえらも気合入れろ! あきらめるには、まだはやいぞっ!」
迫りくる鉄杭の暴風を弾き、時にかわし、俺たちは耐える。
しばらくして、再びチャンスが到来する。輝術の嵐がやんだ。
「今だッ! 突っ込め!」
俺は叫びながら、突然変異体へ飛びかかった。上級バスターに混じって、漆黒の輝きを放つオズも攻撃に参加する。
バキッバキバキイィ―― 化け物の装甲が音を立てて砕け散る。オズのパワーは圧巻だ。この場のどのバスターよりも大きなダメージを与えている。
「うおおおおおぉぉおお!!」
オズの攻撃は一撃だけでは終わらない。腕がかき消えるようなスピードで、二撃、三撃、四撃、と斬撃を加えていく。バルダを彷彿とさせる、怒濤の攻撃。
――だが、削りきれていない! 超越輝術に目覚めたオズの斬撃が加わっても、突然変異体を倒しきれない。このままでは、離れているうちにまた再生されてしまう。ジリ貧だ……!
マナが動く。杭の輝術が、再び来る。
「くそっ! 離れろ!」
俺の言葉に反応し、各々が飛び退く。距離を取りながら、いまいましい化け物の姿を見据える。
――だが、ここで予想を裏切る展開が待っていた。
「GUOOOOOO……」
突然変異体が苦しげにうめく。
いったいなにが起こったのか。見極めようと、俺は目を細めた。
再生が始まる中、いくつかの傷だけが、修復が進んでいないことに気づく。その傷の数々には漆黒の瘴気がまとわりついていた。――オズが斬りつけた部分だ。オズからにじみ出た闇のマナが、あのやっかいな再生能力を阻害していた。あの超越輝術には、まだまだ隠された能力があるようだ。
思わず、俺の口角が吊り上がる。ひとすじの光が見えた。この化け物の、攻略法が――!
「GAOOOOOOOOO!!」
突然変異体が咆哮する。頭部をぐりんと曲げ、離れゆくオズの姿を目で追う。瞬間、胴から伸びた尾――蛇の顔が、すさまじい速度でオズに迫る。
「――ッ!?」
予想外の攻撃に、オズは身を強ばらせる。超越輝術を覚醒したとは言え、戦闘経験の浅さが露呈した。それは致命的な隙となってオズの命を狙う。
――だが。
「《バイキル・オーラ!》」
俺は身体活性の輝術を最大出力で唱え直す。地面を爆発させ駆ける。オズの前面へ体を滑り込ませ、迫りくる蛇にGブレードを叩きつけた。
ガキイィイン―― 弾かれる蛇顔の尾。
「GUAOOOOOOOONN!!」
化け物が憤怒の叫びを上げた。
オズに目配せをし、瞬時に突然変異体から距離を取る。
再び、鉄杭の暴風が吹き荒れる。
「すみません。油断してました……」
飛来する杭をいなしながら、オズは顔をゆがめる。俺は口を開いた。
「問題ない。しくじっても構わない。――それをフォローするために、俺がいる」
オズはハッと顔を上げた。まだまだ未熟な部分も多い。だが、目の前の少年はこんなにもたくましい顔つきをしていただろうか――
「オズ、よく聞け。お前が最後の希望だ。俺たちが活路を開く。お前はあの化け物に攻撃を加えることだけを考えろ。――お前が、突然変異体を倒すんだ!」
「――! はい!」
力強くうなずくオズ。そして突然変異体を見据えると、再び隙をうかがうべく駆けだす。
俺はその姿を見とどけると、周囲のバスターに顔を向ける。みなを鼓舞するように、声を張り上げた。
「――お前ら! 勝機は見えた! オズを守り抜け! 絶対に、オズを死なせるなッ!」




