第十七話 崩壊する戦線:その一
「《サタナ・キアルド! 漆黒の弾丸!》」
「《スーラン・セイル! 水球!》」
「《サラド・イグナ! 火の弾!》」
三色の輝術が飛んでいく。順番にオズ、ルーク、アルスのものだ。
予備生チームの中で唯一輝術を唱えなかったセナは、三人の後ろに貼りつき、静かに戦況に目を走らせていた。〈癒しの輝術〉など、サポートに長けた輝術を使えるため、マナを温存しなければならないからだ。
「GUOOOOOO!」
城壁へ突き進んでいたガイムは輝術を食らい、鬱陶しげな声を漏らしながら振り向いた。
“近づけば輝術が通用する”という情報はいったい何であったのか。予備生ごときの輝術では、その装甲に傷をつけることさえ叶わないようである。
薄暗がりの中、怒りの色を目に光らせた怪物はその身を反転させる。大きなあごからうなり声を響かせ、オズたちの元へ突進し始めた。
「予備生ども、下がれ! 下がれ!」
「――はい!」
オズたちが飛び退くのと同時。下級プロバスターのチームが入れ替わるように飛び入り、迫りくるガイムと対峙する。
予備生の役割は、上級・中級バスターが討ち漏らしたガイムの対処だった。
どういうわけか、ガイムはどの個体も餌であるはずの人間には目もくれず、ひたすら城壁へ突き進んでいく。輝術をぶつけるなどして初めて、怪物はそこに人間がいると気づいたかのように目を向け、襲いかかってくるのだ。突然変異体の統制下に入ったガイムは、しばしばこのような習性を示すらしい。
街をめぐる人と怪物との戦い。しばらくして、戦況は均衡をたもっていた。
最前線では上級・中級バスターがガイムの軍勢を押しとどめる。しかし、すべてのガイムを相手取ることはできない。少数のガイムは戦線をかいくぐり、街の城壁へ突き進むことになる。下級バスターがそれらを討伐する。予備生は下級バスターたちの間を縫って、城壁へ向かうガイムを撹乱する。
城壁は強固だが、強化されたガイムはそれをも喰らう力がある。ガイムが城壁にたどり着く前に倒さなければならない理由は、そこにあった。
オズは新たな残党を探しながら、横目で下級バスターたちを見る。下級とはいえ、彼らもプロである。チームでうまくガイムを取り囲み、効率的に戦闘を進めていた。だが、強化されたガイムはプロバスターからしても手強いようで、倒すのに時間がかかっている。
ビカッ!
稲妻のごとき閃光が視界に入り、最前線へ目を向ける。オズの持ち場からでも、バルダの圧倒的な戦いぶりは見てとれた。まばゆい光が走ったかと思えば、その次の瞬間には多数のガイムが消滅していく。
――強い。バルダの実力は明らかにほかのバスターを凌駕していた。
彼の圧倒的な実力に誇らしさを感じた。まるで自分のことのように。
「オズくん! 次のガイムが来るよ!」
セナの言葉を受け、オズは我に返る。今は戦闘中だ。気を引きしめなければ。オズが目を向ける先に、ガイムの体躯が映る。
「こいつは――」
初めて見るガイムだった。犬のような姿のガイムだ。しかし、その体躯はニ、三メートルはあるだろう。いわずもがな、体表は宝石のごとき輝きに包まれている。色はくすんだ茶。現代日本の知識があるオズにとって、そのフォルムは“機械犬”のように見えた。そんな玩具があった気がする。
「ふーん。〈ゴドラ〉しかいないと思ってたけど、そうじゃないみたいだねぇ」
「うん。〈ハウンド〉だね。すばしこいから気をつけて!」
「……ハウンドか、うざってぇ」
ルークとセナに続き、アルスが吐き捨てる。なんだかんだ言いつつ、アルスはチームの和を崩すことはなかった。今は緊急事態だから当たり前かもしれないが。
「――あ、そうか」
オズは走りながら、ハウンドについて思い出した。セナとの試験勉強でその存在を学んだことがあった。
亀のような外見のゴドラよりもスピードがあり、倒しにくい。
ガイムの軍勢は〈ロウムの森〉からやってきたことになるが、そこは主にゴドラの住みかである。しかし、このハウンドと呼ばれる個体もわずかながら生息していた。
オズたちは城壁へ向かうハウンドに接近し、輝術を叩き込んだ。気を引きつけられたハウンドは猛然と迫ってくるが、予備生が飛び退くのと入れ替わりに下級バスターたちが相対する。ハウンドをうまく引き渡せたのを見とどけ、オズは再び目標を探す。
「次が来たぞ! 今度はゴドラだ!」
もうオズにとってはおなじみとなった、亀の形体をもつガイム――ゴドラ。その姿をとらえ、オズは叫んだ。しかし周囲に目を走らせて気づく。――手のあいている下級バスターのチームが、いない。どのチームもガイムを倒しきれておらず、いまだ戦闘中だった。
「ボクたちで倒しちゃおうか?」
ルークがうずうずとした様子で尋ねる。
「ダメ。わたしたちだけじゃ危険だよ。戦闘中のバスターたちのジャマにならないように、うまく撹乱するのがいいと思う」
「俺もセナに賛成だな。敵味方が入り乱れるこの状況で、俺たち予備生がうまく戦えるとは思えない」
「……二人がそう言うんなら、しょうがないね」
「ちッ」
ルークが残念そうに言い、アルスは舌打つ。この二人、どうやら自分たちで倒したかったらしい。
オズたちはゴドラに近づき輝術を放つ。反転し、迫りくるゴドラから一定の距離を保ちつつ戦場を駆け回る。
しかし、ほどなくして事態は負の方向へ傾き始めた。
「――! 二体目だ! 今度はハウンドだぞ!」
戦線をかいくぐるガイム――猛進するハウンドの姿が目に入り、オズは叫ぶ。下級バスターたちは、まだほかのガイムと戦闘中である。
そして、位置取りがわるかった。注意を引きつけていたゴドラと、城壁へ向かうハウンド。オズたちは二体の怪物にはさみ込まれる位置だ。
周囲は戦闘中のバスターとガイムで入り乱れている。左右に逃げるというのは無理そうだ。
「しょうがない! こいつらから離れるってのは無理だ! ハウンドとすれ違いざま、Gブレードを叩き込む!」
「おっけーオズ! そうこなくっちゃ!」
ルークが不敵に笑い、アルスも口角を吊り上げる。
「セナは無理するな! うまくハウンドをやりすごせ!」
「――うん、わかった!」
セナは貴重なサポート役である。接近戦で無茶をさせたくなかった。
「「GYAOOOOOO!!」」
ハウンドとゴドラの咆哮が重なる。
足の回転を速めつつ、オズはGブレードを握りしめた。闇のマナを大量に流し込む。Gブレードから黒い瘴気がゆらゆらと立ちのぼり、Gスーツは淡く発光する。
接近するハウンドがあごを開き、生え並ぶ牙がギラリと輝く。
「――今だッ!」
オズは地を蹴りつけ、飛び上がった。ルーク、アルス、セナもそれに続く。ハウンドがすさまじい勢いで各々の脇を通りすぎていく。三人の少年はすれ違いざま、巨大な猛犬の体躯へGブレードを叩き下ろした。
ガキキィイン―― 鈍い金属音。跳ね返る右腕。重い衝撃に、腕だけでなく体全体に震えが貫く。
「かたっ!?」
ルークの叫びが耳に入る。
――くそ、やっぱり無理か! 空中で体勢を整えながら、オズは顔をゆがめた。
いやな予感を肌で感じていた。以前の遠征で戦った個体よりも、今回のガイムの方が明らかに強い。
「うーん、ボクたちじゃ厳しそう……?」
「クソがッ」
ルークが苦笑し、アルスが悪態をつく。
予備生たちは地に足を着けると、再び走り出した。ゴドラに加え、ハウンドがその背を猛追する。ほかのバスターに気がうつらないよう、輝術を撃ち込みながらオズたちは足を動かした。
下級バスターたちは依然としてガイムと戦闘中である。かなり手こずっているように見えた。急に討伐スピードが落ちたように感じる。
オズはかさついた唇をなめた。まさかこいつら、現在進行形で強くなっている……?
「――っ! またきた! 三体目だよ!!」
セナが切迫した様子で叫んだ。
「「「GUAOOOOOOOOO!!」」」
同時、ガイムの咆哮が耳に飛び込む。
――それは一つのものではなかった。
「セナ……違う、三体目じゃないぞ。来るのは一体だけじゃなくて……」
震える声でオズは戦いの最前線を見つめた。そこには、上級・中級バスターの包囲網をかいくぐる怪物たちの姿があった。
「一、二、三、……少なくとも、新たに四体のガイムがこっちに向かってるぞ……!」
「――えっ、四体!?」
「ちょっとこれ、ヤバいんじゃないかい……?」
「ちぃッ!」
オズの背中から汗が噴き出る。――勝てる気がしない。
それでも足を止めるわけにはいかなかった。息をきらしながら、オズは地を蹴り続けた。
戦況が、傾き始めていた。




