第十四話 街の外へ:その三
オズは慌てて振り返る。目に入った光景に思わず息を飲んだ。
ゴドラが七体。それらがいっせいに、補給地点に突っ込んだところだった。
「「「GYAOOOOO!!」」」
「――なっ!? どこからこれほどのガイムが!? いくらなんでも多すぎるぞ!」
「くそっ、なぜこんなに接近された!? 索敵班はいったい何をやっていたんだ!」
バスターたちの切迫した叫びがオズの耳へ入る。立ち上がり、Gブレードを腰から引き抜くバスターたち。そして、すぐさまゴドラの群れに斬りかかっていく。
その対応は迅速だった。だが、いくら最弱のガイムといえど、数が多すぎた。
「GUOOOOO!」
一体のゴドラがバスターの包囲網を食いやぶった。そのほころびから、さらに二体のゴドラが続く。
「――ま、まずい! そっちは予備生たちがいる場所だぞ!」
「おい、お前らっ! 逃げろ! ほかのバスターにまかせるんだ!」
バスターたちは必死の形相で叫んだ。
三体ものゴドラが、地響きとともにオズたちの元へ迫ってくる。
オズは気づいた。突進してくる三体が、今まで戦ったどの個体よりも圧倒的な覇気を放っていることに。強化されたガイム――つまり、突然変異体に統制されたガイムに違いなかった。バスターたちが「逃げろ」と言った意味がわかる。予備生では荷が重い。
しかし――
「ふふふ……男三人、一人一体ずつでどうだい? 横取りは絶対にダメだから、ねっ!」
言うか早いか、ルークが飛び出した。Gブレードを手にした彼は、すでにハイになっていたようだ。
「フン。ちょうどムカついてたところだ。――ぶっ殺してやる!」
アルスはそう吐き捨てるとルークに続く。彼ら二人に、逃げる気は微塵もないようだ。
「お、おい! ――くそっ、俺も行く! セナはサポートたのむ!」
「わ、わかった!」
オズは二人のあとを追う。走りながら、身体活性の輝術を行使。握りしめたGブレードにマナを送り込む。
接近すると、その巨体に驚いた。通常の個体よりも大きいのだ。
ゴドラは大顎をぐわりと開け、突っ込んでくる。
オズは歯を噛みしめると、ゴドラの巨躯に向かって飛び上がった。ひねった胴体の真横を、怪物の頭蓋が風を切りながら通りすぎていく。
「くらえっ!」
すれ違いざま、オズは脳天に斬撃を叩き込んだ。
ガキイィン―― Gブレードを持つ右腕がびりびりと震えた。なんてかたさだ! 想像もしなかった重い衝撃に、額から汗がにじみ出る。しかし、まったく効いていないというわけではなさそうだ。斬りつけた装甲はわずかに砕け、パラパラと散っていく。
――ならば。とオズは空中で身を翻しながら、Gブレードにこれでもかと闇のマナを流し込んだ。Gブレードから漆黒の瘴気がゆらゆらと立ち昇る。ゴドラの頭部を過ぎ去ったオズの眼前には、巨大な体躯のわき腹が接近していた。
「これで、どうだっ!」
Gブレードをぎらつく装甲に叩きつける。
バリィン―― ガラスが割れるような音とともに、ゴドラの強固な表皮が砕け散る。
よし、効いてる! 手応えを感じたオズは、攻撃の反動を利用しゴドラから飛び退いた。
「GUOOOOAA!」
ゴドラは着地するオズに顔を向け、咆哮を上げた。その叫び声は、餌であるはずの人間に傷つけられた怒りか。ぎらぎら目を血走らせながら、再びゴドラはオズへ進撃する。
「《シントラ・アプト! 光の矢!》」
オズの背後から、光輝く矢が放たれた。攻撃の機会をうかがっていたセナが輝術を行使したのだ。
だが、光の矢はゴドラを目前にして地面に突き刺さった。土を巻き上げ、光のマナが爆発する。
くそっ、外したか! オズは苦々しくつぶやく。
――が、セナの狙いはゴドラ本体ではなかったらしい。
「GUOOAA!?」
ゴドラの足が地面にめり込んだ。驚愕の叫びを上げながら転倒し、巨大な頭を大地に打ちつける。
セナの輝術が土をえぐり、陥没を作っていたのだ。これを狙ってやるとはものすごい精度である。
「さすがセナ!」
思わず笑みがこぼれる。ここがチャンスと見たオズは、のたうち回るゴドラに向かって駆け出した。地を蹴りながら右腕に力を込める。ブレードからマナが噴き出し、スーツは紫紺の輝きに包まれた。
「おらぁッ!」
頭蓋へGブレードを叩きつける。漆黒の線が、剣筋にそってきらめいた。
バキバキイィッ―― 怪物の頭へ吸い込まれたオズの斬撃が、強烈な破壊音を生み出す。ゴドラは鳴き声を上げる間もなく頭部を吹き飛ばされた。
砕片が一面に弾けた。やがて、巨大な体躯は光の粒子となって舞い上がっていった。
終わった……。オズは息を吐いた。
「オズくん!」
セナが走り寄ってくる。
「ありがとうセナ。さっきの輝術、どんぴしゃのタイミングだったよ。で、ルークとアルスは……」
彼らはまだ戦っていた。二人は強化されたガイム相手に一歩もひいていない。手を貸さなくても大丈夫そうに見える。
しかし、ここはいわば戦場なのだ。なにが起こるかわからない。
「二人の助けに入ろう。セナは引き続きサポートに徹してくれ!」
「わかった! オズくん、気をつけてね!」
「おう!」
オズは再び走り出す。二人のうち、ここから近い方はアルスである。オズはそちらへ足を向け、地を駆け抜けた。
アルスは相変わらず荒っぽい戦い方をしていた。まるで重戦車のごとき立ち回りでガイムと打ち合うその姿は、少しの怪我など目にもくれていないようだ。
「――ッ! 手出しすんじゃねえ! てめぇは戦闘狂メガネんとこにでも行きやがれ!」
近づくオズに気づいたアルスは、Gブレードを振り回しながら叫んだ。“戦闘狂メガネ”とはなかなか素晴らしいネーミングである。
オズは一瞬悩んだあと、ルークの方へ向かうことにした。戦いの最中に揉めるのは危険であるからだ。
そう結論を出し、ルークの方へ足を向けるオズ。しかしその時、オズの目に意表を突くような光景が飛び込んできた。
アルスと相対するゴドラの後部から、尻尾のようなパーツがビキビキと伸びていったのである。
このガイム、変形するのか!? オズは驚愕するが、当のアルスはそれに気づいていないようである。ちょうど死角になっているらしい。
狙ってか狙わずか、ゴドラは敵対者の隙を見逃さなかった。自らの尾をひゅん、としならせ、鞭のようにアルスへ振り下ろす。そこに秘められたパワーは計り知れない。さすがのアルスもこの攻撃には耐えられないだろう。
オズは反射的に左手を突き出した。
「《サタナ・キアルド! 漆黒の弾丸!》」
言霊を詠いあげると、闇のマナを圧縮した弾が飛び出した。風を切り裂きながら黒弾は突き進んでいく。
怪物から振り下ろされた必殺の一撃は、アルスに当たる直前、オズの輝術と衝突した。
ズガアァン――
闇のマナが、爆発した。
「GUOOOOAA!」
「――ッ!?」
ひるんだゴドラが、いらだったように叫んだ。その様子に、何事かと目を見張るアルス。
よかった。間に合った―― オズは安堵の息を吐いた。
今オズが行使した輝術は、チュートリアルで習得した《ダーク・ボール》に正しい言霊を添えたものだ。闇の輝術に精通しているバスターが身近にいなかったので、オズが自らジムの蔵書室で調べた。その努力は今ここで報われた。言霊を覚えたことで、以前より精度が上がっていたのだ。
一瞬の間、硬直したアルスだったが、やがて肩をわなわなと震わせ始めた。いきさつを理解して怒りを感じたのだろうか。彼はこめかみに青筋を浮かべ、赤髪を逆立てて絶叫する。
「ふっざけんなああああぁぁぁ!!」
アルスのスーツが燃え上がるような赤に染まった。ブレードからは紅色のマナが噴き出す。――火属性のマナだ。
彼はたける怒りのままゴドラへ突撃し、Gブレードを叩きつけた。
バキバキバキイイィィッッ――
響き渡る破砕音。怪物の頭部が粉々に砕け散った。
「GUO……OOOO……」
ゴドラは消滅していく。ハァハァと肩で息をしながら、アルスは構えたGブレードを下げた。
だが、握り手には依然としてギリギリと力が込められていた。オズはその背に、なんと声をかければいいのかわからない。
「――なぁんだ。オズもアルスも、もう倒しちゃったのか。まだ戦い足りなかったんだけどなぁ」
いつの間にか近くに来ていたルークが残念そうにつぶやいた。彼もガイムを倒し終えたらしい。さわやかな笑顔を浮かべるルークだが、いまだ目はぎらぎらと光っている。はやくGブレードから手を離してほしい。
「オズくん、ケガはない?」
駆け寄ってきたセナが、気づかうようにオズを見る。
「大丈夫だ。セナの方こそ無茶しなかったか?」
「うん。わたしはうしろにいただけだから」
セナがやわらかく微笑む。そっか、と笑い返すとオズは肩の力を抜いた。
その時、ぱらぱらと拍手が湧き起こった。
「すげー戦いだったな!」
「四人とも、ナイスガッツだったぞ!」
「本当、予備生とは思えない戦いぶりだったわ!」
プロバスターが近くに集まっていた。予備生のところへ来なかった残りのガイムは、彼らがすでに討伐したようである。
そんな中、ガロンが近づいてくる。
「お前ら、なかなかいい戦いだったぞ。……まあ、マイナス点もいくつかあったがな」
オズは内心「あれ?」と疑問に思った。戦闘に夢中になっていて気づかなかったが、どうやらバスターたちはとっくにほかのガイムを倒しきり、その後は予備生たちの戦いを遠巻きに観ていたようなのだ。どうして彼らは手を貸してくれなかったのだろう。予備生だけでは厳しい状況だったはずだ。
疑問符を浮かべるオズに、ガロンはつけ足す。
「いやなに、初めてのチーム戦、邪魔しちゃわるいと思ってな。強化されたガイムと戦わせるのは少々危険だったかもしれないが、こういう緊急事態も経験しておくべきだ。――もちろん、あぶなくなったら俺が助けに入るつもりだったぞ。俺にかかれば、これくらいの雑魚は瞬殺だ」
ガロンは不敵に笑った。たしかに、彼の強さなら「瞬殺」というのもあながち嘘ではなさそうだ。
「それにしても。オズくん、強くなったね」
セナが笑顔を向けた。面と向かって言われると照れるものがある。
「そうだな。もしかしたらレベルが上がってるかもしれないぞ? 今のはただのガイムじゃなかったからな。多くの経験値を得られたはずだ」
ガロンに言われ、オズは装着していた指貫グローブを外した。期待をこめて、目を左手の甲に落とすと。
「おぉ! やった! レベルが7に上がってる!」
オズが喜びの声を上げると、辺りがざわめいた。
「……え、あれでレベル7?」
「うそだろ? レベル一桁の強さじゃねえって」
バスターが口々に言葉を交わし合う。いよいよ恥ずかしくなって、オズは頭をかいた。
「ボクはそこそこ楽しめたかなぁ」
ルークが背を伸ばしながら笑みを浮かべる。
「なにのんきなこと言ってるの! わたし、忘れてないんだからね。ルークが一番先に突っ込んでいったでしょ。逃げろって言われたのに!」
セナが腰に手を添え、弟に詰め寄った。ガロンもうなずく。
「そうだな。お前のその好戦的な性格はどうにかした方がいい。チームを危険にさらすことになるぞ」
「えー、でも」
「でもじゃないでしょ! だいたい、ルークはいつも……」
セナはお怒りの様子で弟を叱り始めた。ルークはいやそうな顔をしつつも、静かに姉の話を聞いていた。細長い耳が、しゅんと垂れ下がっている。一応、反省しているようだ。
一方、アルスは明らかに不機嫌な様子だった。自分の戦いに手を出されたことが許せないのだろう。それでも突っかかってこないのは、オズの輝術がなければ自分があぶなかったとわかっているからだろうか。
アルスはオズと目が合うと、こめかみをぴくぴくと引きつらせた。目をそらしたアルスは地面を蹴りつけ、「くそっ」と小さくつぶやきその場を離れていった。
休息を少しばかりとったあと、一行は再びロウムの森を探索した。七体ものガイムの接近に気づかなかったのは、索敵の輝術に引っかからなかったからであった。どうやら、輝術に感知されない能力があったようである。もちろん、通常のゴドラにそのような能力はない。尾を伸長させるような、体を変形させる能力もふつうならありえない。明らかに突然変異体の影響が及んでいた。
調査を進めたが、それから突然変異体はおろか統制下のガイムにも出会うことはなかった。いくつかの単体ゴドラと戦闘を行い、オズのレベルは8になった。
夕方にさしかかるころ、これといった成果は得られないまま今回の調査は終了した。突然変異体がいるはずの森は、不思議なほどにひっそりしていた。街へ帰還するオズたちの間を、冷たい風が通り抜けていった。




