◇76
わたし。
あそこに居るのもわたし。
こっちも、わたし。
わたしもわたし。
どれが本当の自分で、どれが自分の本心なのかもわからない。
今ここにあるこの気持ちは...わたしの気持ち?
それともあっちのわたし?
わからない。
お姉ちゃん。
この言葉しかわたしは話せない。他の言葉を話そうとすると声が喉に詰まって消える。
涙も出ない。
笑う事も、怒る事も、何も出来ない。
でも考えたり、悩んだりする事は出来るよ。
全部奪われそうになったけど、お姉ちゃんの事と、お姉ちゃんの事を考えたりする宝石だけは守ったよ。
お願い。
リリスを止めて。
わたしを止めて。
わたしを壊して。
「.....お姉ちゃん」
◆
あの頃のまま子供。
でも髪の毛は伸びていて、ローブからちらつく肌には縫い跡、青白い肌。
みんな同じ姿、同じ顔。
でも解る。
今ボクを お姉ちゃん と 呼んだのは本物の妹、本物のモモカ。
「やっ、と、お姉、ちゃん、に、会え、たわ、ね。モモ、カ」
独特な句切りも、不気味な笑顔も、その裏側の汚い感情も昔のまま。
この声を聞くと全身の毛が逆立ちそうになる。
「リリス...ッ。モモカに何をしたの?」
この女が何かしたんだ。
この女が...モモカに何かをして今も悲しませているんだ。辛い思いをさせているんだ。
「なに、って、私、は、モモ、カを、沢、山、作っ、ただけ、よ?」
「...作った?」
「あの、夜、言った、で、しょ?新し、いお、人形、って。お、人形、は、沢、山、あった、方が、楽し、い、で、しょ、?」
この喋り方、この声、あの顔、全てがボクの怒りを煽る。
ピリピリと肌を刺す痛みを抑え、ボクは質問を続けた。
「そう言うのはいい、答えて。あの後モモカに何をして、何をさせたの?」
「...。私、の、話し、方、じゃ、プン、プン、が、怒っ、ちゃい、そう、ね」
もう怒っているボクにリリスは笑ってそう言い、笑顔を消し唇を震えさせる。
微かに聞こえる言葉は...魔女語。
リリスは右腕を伸ばし詠唱を始め、空を向いていた手のひらを返すと地面に無色の魔方陣が現れる。手をゆっくり下げ、一気に上げると魔方陣からピンク色の髪をした少女が現れた。6人目のモモカが。
「モ、モカ。お、願い、ね」
リリスがそう言うとボクの後ろ...リリスとは反対方向にいたモモカ達が人とは思えない身軽さを見せ跳び、ボクが本物だと気付いたモモカの後ろへ着地した。
眼の前に広がるこの光景は何なんだ。ボクは何を見ているんだ。
ボクの眼が落ち着きなくモモカ達を見ていると今現れたモモカが眼をゆっくり開いた。
右眼がピンク色で左眼が灰色....あの夜最後に見たモモカの眼と同じ色。
でも...本物じゃない。
「え、お姉ちゃん!?お姉ちゃんだ!」
ボクを見て笑顔ではしゃぐ6人目のモモカ。仕草や性格はボクの知るモモカに近い。でも...。
「...あなたは誰?」
妙な違和感がある。
俯いたままのモモカが、ボクと眼を合わせようとしないモモカが本物の妹だ。
あなたは、いや、お前達は偽物だ。
「誰って、モモカだよ!お姉ちゃんひどい」
「モ、モカ。プン、プン、が、噛み、付く、前、に、お、話し、して、あ、げて」
「うん、わかった!」
会話1つ1つがボクの怒りをつつく。何の為にモモカを、いや...何の為に竜騎士族の里を襲った。何が目的でモモカをこんな風に...。
「お話し...えっとね、そだ!最初にこれを話すね!わたしは1番目のモモカなの!ほらこの見て」
そう言って長い髪を掴み上げ首裏を見せる。そこには赤黒い字...肌を傷つけて書かれた様に No.1 と刻まれている。
ボクが文字を見た事を確認し、モモカは髪を下ろした。
腕にも首にも、痛々しい縫い跡が残っていた。
「他のモモカはNo.2.3.4...って数字が違うの!わたし達はお人形さんだからシリアルナンバーがあってね、モモカの髪の毛と誰かの死体を使って作られたんだよ!こうやって笑ったり話したりできるのはモモカのデータと死体に残ってたデータ、一番大きいのは眼に残ってたデータ!これで感情とかを作ってるの!全部ぜーんぶ、リリスがやってくれたんだよー!お人形は眼で決まるって本当なんだね、お姉ちゃん」
「...何を言ってるの?」
本当に何を言っているのか理解出来ない。
髪の毛?死体?眼?人形?
データ?感情?
そんなの全部作り物じゃないか。そんなもので、そんな存在に産まれて笑っていられるのが理解できない。
ナンバーを刻まれてる時点でオリジナルではない完全な人形って事にならないか?
それでも...笑っていられるのはなぜ?
「和國には髪の毛が伸びるお人形があったりするんだってさー!わたしその子と友達になれたらお姉ちゃんも一緒に遊ぼうね!」
今わかった。...始めからわかっていたのかも知れないけど、それを認めちゃいけないと思ってた。でも今ボクはこの気持ちがボクの本心なんだってわかった。この気持ちを受け入れちゃった。
ボクみたいな人をもう生んじゃいけない。これ以上何も奪わせない為に、ボクみたいな人を生み出さない為にリリスを止める。
ボクはそんな綺麗な言葉で本心を包み隠してたんだ。
ボクみたいな人をもう生み出さない為?
リリスを止める?
違う。
ボクはボクの心にある怒りや憎しみを綺麗にする為だけに、リリスを殺したい。
「怖い、顔、ね」
「リリスは何が目的なの?」
「モ、モカ、の、身体」
「何でモモカなの?」
「モ、モカ、の、力、が、ほしい、の。眼、だけ、じゃ、弱い。眼、と、身体、が、必、要な、の」
「何の為に?」
「私、の為、に」
「でも今すぐ身体はもらえないんだね」
「そう、なの。お、人形、と、して、モ、モカ、を近、く、に置い、てお、きたい、の。でも、モ、モカ、の、身体、を、貰う、と、モ、モカ、は、なく、なっ、ちゃう、の...、...」
ここでリリスはクチを閉じ、色の違う眼を1度瞼に隠し、一気に見開く。
さっきとは全然違う、恐ろしい雰囲気と剥き出しになった瞳で、低く冷たい声を繋いだ。
「あなたが死んで私のお人形になりなさいプンプン」
瞬間、ふわり。とモモカが揺れボクを太い針で貫こうと迫る。
「ごめんね」
無意識にボクのクチが動いた。
誰に謝ったのか、何に謝ったのか、ボクにも解らない。でも一言謝ってボクは長刀に手を伸ばし、眼の前に迫るモモカを捨てる様に、否定する様に斬り裂いた。
「...。いい、やっぱ、り、素敵、よ、プン、プン!、あ、なた、の、身体、に、1番、の、モ、モカ、の、魂、を、縫い、繋い、で、私、が、モ、モカ、の、身体、を、貰う、わ。そう、す、れば、あ、なた、の、力、を、100、パー、セン、ト、持つ、モ、モカ、が、完、成す、る」
「えへへー。わたしが1番のモモカだよ お姉ちゃん」
さっきまでリリスの隣にいたNo.1のモモカがボクの後ろに。いつ移動したのかもわからない。
「あ!何で1番のわたしがお姉ちゃんの身体を貰うのか知りたい?ねぇお姉ちゃん知りたい?」
1番。オリジナルのモモカじゃなくて作られたモモカがボクの身体を貰う。リリスはモモカの身体...リリスが求めるモモカは間違いなく本物の事だろう。
なら、本物のモモカの魂はどうなる?
偽物を残して本物を消す?
「わたしも半分は本物なんだよ、お姉ちゃん」
顔は笑って、眼は今にも泣きそうな色で言うモモカ...この表情と雰囲気は...ボクも知ってる。本当は泣きたいのに、弱音を吐き出したいのに強がって隠している時にモモカが見せる表情。
「オリジナルのモモカは使えないの。リリスの言う事も聞かないでお姉ちゃんお姉ちゃんって泣いてばっかりで...だからお姉ちゃんへの想い、感情だけをオリジナルに残して後はわたしが貰ったんだ!里のみんなの事も、昔の事もほとんどわたしが持ってるの!お姉ちゃん の部分は切ってリリスを縫い合わせてるんだけどね。でも、だから半分は本物なんだよ」
「モ、モカ、の、言う、通、りよ、プン、プン。オリジ、ナル、は、ほ、とんど、空っ、ぽ。プン、プン、以外、に、対し、て、は、中身、の、ない、お、人形」
リリスの話もこのモモカの話も全く理解出来ない。でも今言った言葉は少しだけ理解できた。
ボクの妹のモモカは中身を、自分自身をリリスに奪われた。奪ったモモカの欠片でリリスは自分の言うことを聞く人形のモモカを作った。
ボクの妹のモモカは...リリスにとってはただの入れ物。
そう言ったんだ。
ボクの妹の事を...物と言ったんだ。
モモカの事を。
「あは、素敵。魅狐、の、力、プン、プン、の、身体、瞳。ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい」
もう何も聞きたくない、何も考えたくない、何も悩みたくない、何も抑えたくない。
そう強く思うと頭の中で何かが弾け、青白い火花を散らし消えた。
身体中を駆け回る様に雷が走り、全身の毛が逆立つ感覚、肌を刺す痛み。
誰かを守る為に使う?
そんなの知らない。
ボクはボクの為に、この力を使って...リリスを。
「...、耳、尻尾、赤い、瞳、白銀、の、毛...。そこ、まで、魅狐、の、力...ディア、を、成長、させ、てく、れたの、ね。プン、プン」
「お姉ちゃん...キツネ?」
数年前ボクはこの街の生活に慣れてから、魅狐について調べた。
調べれば簡単に知れると思っていたけど、ほとんどの情報は消滅していて...でも自分がどんな存在なのか知りたくて必死に。
魅狐。
一見人間と変わらない姿をしていて魅狐は髪と瞳が黄金色。人間に混ざり人間を魅了...騙して人間から魅狐の生活に必要な食料等を盗む悪戯好きな種族。決して魅狐側から人間を傷付ける事はしない。
しかし魅狐が1度 敵 と判断した種族は絶滅するまで追い込む。この事から “魅狐は他族を敵と見なし会話すらしない恐ろしい種族” 等と言われていた。
魅狐族は全員ディアを持っていて、ディア状態時は頭に2つの耳にも見える感覚器官、お尻には狐の尻尾、毛は黄金色から白銀色に変色し、瞳は血の様に赤く染め素早い速度で行動する事が可能になる。
ごく稀に、火、風、水、を操る魅狐が存在していて、それ以上に希少な 雷 を操る魅狐も存在していた。
悪魔と争いになり魅狐族は絶滅した。
そう記録が残されていた。
一族は悪魔と戦って絶滅した....でもボクは生きている。
産まれたばかりのボクを竜騎士の里へ、たぶんボクの両親が連れていってくれたんだろう。そこでボクは竜騎士達に沢山愛を貰った。お父さんお母さん、そして妹からも沢山の愛を貰った。
幸せだった。
その幸せをこの悪魔が、人間の皮を被った悪魔が全て奪ったんだ。魅狐よりも人を騙すのが上手く悪魔よりも酷く汚い、人間が...。
「...リリス」
肌を突く痛みはボクが今雷を操る魅狐になっている証拠。
感覚器官がリリスやモモカ達の位置や動きの変化を感知する。他の魅狐はどうなのか知らないけど、ボクの尻尾は雷を蓄積している。
「全部返して貰うよ。モモカもモモカの感情も全部」
「返し、て、あげる、わよ、?、奪、えるな、ら、ね。.....」
リリスは言葉を止め、しまっていた両手をローブから出し指を奇妙に動かし、ぎらつく瞳、冷たい声、微笑む表情であの台詞を句切らず言った。
「お人形遊びはすき?」




