◇処理しきれない感情
ドクロが普通に生活する───と言っていいのかわからないが───海賊ギルド【海竜の羅針盤】のギルドハウスにて、ギルドマスターの【キャプテン・ゼリー】に投げた質問。その答えがわたしの望んでいた答えではなかった。
人が一生のうちに受けられる治癒術や再生術には限度がある。
考えてみれば当たり前の話だ。治癒再生に制限が無ければ人は、生き物は外部的攻撃などではまず死ななくなる。一撃で相手の命を奪うような強撃ならば話は別だが......死の恐怖というものが薄れてしまうのは間違いない。
そして少なくとも冒険者達は薄れている側だろう。
怪我をしても治して貰える。常人ならば泣き叫ぶ切断なども痛撃ポーションで痛みを遠く押し退け、切断部位さえ確保していれば傷口の自己治癒が始まる前ならば再生可能......と。
「青ざめたって事はアンタもそのクチかい」
「......?」
「治癒術や再生術を万能だと思っていたクチだろう? わかるねぇその気持ち......アタシも昔はそう思って一滴も疑わなかった。その結果が───コレさ」
おもむろに眼帯を外すゼリー。海賊を名乗っているからファッション的要素で装着しているとばかり思っていた眼帯は思い浮かぶタイプとは少し違って、まず単純に広い。左眉の上から左頬までを覆い隠す眼帯。
その眼帯の内側───顔の中央あたり───に影からチラチラ見えていた痛々しい傷痕を晒す。
左鼻筋辺りから左頬まで深い一線の傷痕と、左眼にも縦長の傷が三本。どれも傷自体は治っているが傷痕はくっきり残り左の瞳はおそらく眼として機能していない。
「この傷はアタシ達が外界に行って数ヶ月経った頃に受けた傷でね、正直言って外界ってのに期待外れだった時期なんだ。あれだけ地界で騒がれてた場所にいたモンスターや犯罪者が弱くてねぇ......鼻も伸びてた。でもアタシ達が見ていた外界はまだ全然小さかったんだ。身を持って思い知ったよ。本当にいるもんだねぇ化物ってのは......その時期辺りからアタシは治癒術の恩恵が鈍くなり始めて、焦って調べたもんさ! 最終的には同じく外界に来ていたケセラセを尋ねて、事細かに聞いて、治癒再生の限界ってのを知ったもんさ」
懐かしそうに語るゼリーだが、内容は思い出レベルに留めておけないものだった。
外界で強いモンスターにやられた、治癒術の効果があまりにも小さかった、そして限界というものを知った......最悪の記憶じゃねーかそれ。
「アタシが覚えてる範囲でなら答えやるよ。覚えてる範囲でいいなら、ね」
「頼む」
即答し、ゼリーの言葉を聞き逃さないよう集中する。この問題───治癒、再生術が薄味になる問題───はわたしだけではなく、他の冒険者にとっても大きな影響を与える。ハッキリ言って今までは “治癒術師が何とかしてくれる” という気持ちがあったからこそ多少無茶な行動も迷わず選択出来ていた。
「治癒、再生、ポーション類も含めて、常に同じ効力を得られるワケじゃないが、完全無効になるかと聞かれればそこは答えられない。アタシ達の段階で言えば “効果が弱い” 程度だからね」
「その弱いってのを詳しく教えてくれよ」
「深い傷なんかは治りが明らかに遅い。ポーションを飲んだのに効くのが遅く消えるのが早い。治癒術を受けているのにじれったく回復して傷痕は残る。切断なんかは痛みは今まで通りなのに治りが極端に遅くなるねぇ......例えばだけど、1時間でくっついた腕が3時間になったり。勿論これも傷痕は綺麗に残る」
言われてみれば最近は、特にポーションを飲んだ時に「効果あんのかこれ?」って思う事が増えた。だから傷口に直接ぶっかけたり、空間魔法で強引に傷内部へぶちこんだりしている。それでも満足に効いているとは思えなかったのはこれが理由か。
再生術に至っては言うほど受けた事がないが、きっとここでも同じような結果だろう。
「もっと詳しく知りたいならケセラセを紹介してやろうかい? でもアンタよりあの子......なんて言ったか、白金のギルマス」
「リピナか?」
「そうそう、リピナが聞いた方がいいだろうねぇ。専門的な内容になるし、アンタ達の代じゃあの子はずば抜けて腕がいい」
「たしかにリピナが理解してくれりゃアレコレ聞きやすくなるな......んで、限界ってのはどう思う? 話を聞いた感じ、今のお前らの感じが限界とも思えないんだけど」
ゼリーは瓶のまま酒を煽り、わたしにその酒を渡してくる。
「いらねーよ」
「酒は苦手かい?」
「あぁ」
「アタシは大好きなんだけど、めっきり酔えなくてねぇ......どうしてだと思う?」
「あ? 知らねーよ......酒ばっか呑んでっからだろ」
「まさにそれさ。酒ばかり呑んでるアタシはアルコールに対して言わば耐性みたいなものを知らず知らず獲得している。対してアンタは酒が苦手で全然呑んでないからアルコール耐性は初期値に近い。治癒再生もそれと同じって事さ。ここからはケセラセの予想なんだけどねぇ......最終的には治癒術を常時受け続けている状態にならないと生きていられなくなるんじゃないか、って。まぁそんな状況になる前に死ぬのがオチだろうね」
酒の例えはわかりやすく、ケセラセの予想とオチは確かに、と納得出来たが───妙に嫌な予感がした。
「......リピナの件、頼むぞ」
「え? あぁ、ケセラセを紹介するってヤツね。任せな。で、アンタはこれからどうするんだい?」
ぶどうジュースをグラスに注ぎながらゼリーは今後の予定を訪ねてきたが......そんなものわたしにはない。
かと言ってバリアリバルでダラダラしているワケにもいかない......まずはイフリーに戻る事が最優先か? ダプネとグリーシアンの方も気になるが、女帝の方も............あと......千秋ちゃんの事もみんなにちゃんと話さなきゃだな......。
「───またその顔かい。イフリーに行ってたってのにずいぶん湿気ったねぇ」
酒瓶を一息であけ、わたしの表情に対して苦情を言う海賊。
遭遇時にも言われ、さすがに少し腹が立つというか......
「......なんだようるせーな。どんな顔しててもお前に関係ないだろ?」
うぜぇ。
「関係なくはないさ。アンタがそんなツラしてると見ててイライラする」
「あ? じゃあ見んなよ」
「アンタだけじゃない。アンタら問題児世代とはこの先嫌でも顔を合わせる事になる。間違いなくアンタらも外界に出向くだろう? そんな中でつまらないツラを晒されると気分が時化てたまったもんじゃないんだよ」
「しらねぇよ、お前に関係───ッ!!?」
突然だった。
海賊船長ゼリーは表情も変えず、気配さえ直前まで揺らさず、わたしの髪へ手を伸ばし、掴むと同時にテーブルへ顔を押し落としてきた。
「ッッ!! なんだテメ、クソ海賊ッ!」
鼻をテーブルに強打し、ぶどうジュースだけではなくドクロが運んできた物全てが周囲に散らばり溢れる。
「イフリーで何があったかなんて聞きやしない。ただ、何かある度にそんなツラして何があったかは話さないなんて、周りでアンタを心配する奴等に迷惑だと思わないのかい?」
「ッ......! 離せよ、テメーにゃ」
滴り落る鼻血を拭き取る事も許されない圧。両手でテーブルを押しゼリーの力に反発しなければテーブルに顔を押し付けられて喋る事さえ許されない。
「関係ないだろ、かい? アタシにゃ関係ないかも知れないねぇ......でも、アンタはアンタの仲間にも “関係ないだろ” って言うのかい? 何かある度にそうやって “今自分は大変辛い思いをして悩んでおります” ってツラぶら下げて心配させて、何も話さず “テメーにゃ関係ないだろ” って言うのかい?」
「ッ......ッ!」
「ひとりで抱え込んで沈むのはアンタの自由だけど───その自由に気を向けさせられるのは面倒ってもんだよ。どんな形であれアンタを心配してくれる人がいる。そんな相手の事も信用出来ないのかい? そんな相手にも吐き出せない事なのかい? それなら何でアンタはそういう相手と一緒にいるんだい?」
「......──────っせぇな!」
これは、八つ当たりだ。
魔術を使いテーブルを吹き飛ばす形でゼリーの手から逃れたわたしは、今からゼリーに、コイツに八つ当たりをする。
自分で処理しきれないものを、何の解決にもならないとわかっていても、
「テメーにゃ関係ねぇんだよ! クソ海賊!」
「ハッ! ガキだねぇ───ま、嫌いじゃないけどねぇ! そういうの」
この処理しきれない感情をぶつける対象として、わたしはゼリーを選び八つ当たりをした。




