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武具と魔法とモンスターと  作者: Pucci
【炎塵の女帝】
636/759

◇開戦



 剣、というより和國のカタナに近い形状の長武器を自在に操る皇帝。迎え撃ちつつ隙あらば噛み付く姿勢で対応する幻魔。

 長刀と槍の中距離戦闘が既に始まっているイフリーの荒野。


 刃が触れ合う度に散る火花に瞳をギラつかせる皇帝と表情ひとつかえない幻魔は拮抗を続ける。弾けば弾き、掠めれば掠め、お互い「お前が出来る事は俺も出来る」というような読み合い。

 武器のレンジが互いに絶妙であり、引くも詰めるも、今一歩足りない距離を保ち続けていた。


───今は我慢比べの時だ。


 幻魔───トウヤは相手の出方や癖を見抜くべく進んで後手に回ろうとするも、皇帝がそれを阻止するように甘いラインを突く。回避も防御も、パリィさえも簡単に入れれるラインを。

 ここでパリィに出してしまえば後手は皇帝となる。攻める手を止めれば相手も止まり、いつまで経っても一歩足りない戦況が続いてしまう。

 かといって回避すれば追撃の的になりうる、防御も同じく。トウヤが出した答えは接戦だ。


 槍と長刀が接触と同時に噛み合うようにギリギリと刃を擦る。


「ほう、心得はあるようだね」


 幻魔の選択に皇帝は口笛を鳴らし、競り合いを承諾する。噛み合う刃が火花を吐き、互いに一歩踏み込みレンジを潰し合う、まるで泥試合。

 互いに一切引かぬ競り合いは武器に委ねられ、ここで大きな差が眼に見えて現れる。幻魔の槍は不吉な亀裂を、皇帝の長刀は鍛え抜かれたままの姿。武器スペックの差がそのまま勝敗に直結する競り合いで致命的な亀裂はその範囲を広げる。

 引けば斬りれ、押せば折られ、停滞するにも耐久度が限界を超えているからこその亀裂。それでも幻魔───トウヤにまるで焦りはない。

 物理的な武器は槍だが、戦闘時の武器は影。

 トウヤ自身、そう理解しているからこそ今まで武器に拘りを持たなかった。


 そしてついに、トウヤの槍は短い悲鳴と共に武器としての役割を終える。

 長刀の重圧に耐えかね槍の刃が砕けた瞬間、皇帝は決め手を確信し───隙が産まれた。


「───なんだ!?」


 どぷん、と皇帝の両足が膝まで影に沈み、身体は前屈みに。足が沈むと同時にトウヤは少し下がっていたからこそ、皇帝の押していた力は行く場を無くし極当たり前のように身体を屈めた。

 足は固定されている状態で膝まで沈んでいる事で力が入らない。前屈みになった事で皇帝の顔はトウヤの影の上に。

 次の瞬間、影が鋭利かついびつな刃となり皇帝の鼻先から後頭部までを貫く。


「──────!?」


 声にならない悲鳴と共に血液は吹き荒れ、落ちる。自分の影ならば自在に操れるトウヤの能力はシルキ大陸にいた頃よりも洗練され、物理攻撃も充分な殺傷力を誇る。

 導入能力ブースターなので段階的な限界突破───ステージとフレームの概念はない。変わって、現状から能力が進化する事はない。しかし全ての能力は使い方次第。

 シルキ大陸を出たトウヤが真っ先に行ったのは、周囲の観察と考案だった。幸いウンディー大陸のバリアリバルには冒険者が山程いる。観察対象に困る事もなく、そこで得た知識をどう自分に応用出来るか毎日考えた。どう足掻いてもこれ以上能力の上昇は見込めない。ならば、どう扱えばその性質を変えられるか、という一点に重きを置き、それは繋がった。


 より濃い影───自分から伸びる影───のみに限っては一般的な刀剣サイズに性質を変化させる事が可能。強度も同じく。


 今トウヤが披露した攻撃こそがそれだ。約70センチメートルの影の刀身カタナが皇帝の頭蓋を貫いている。これに留まらず、トウヤはキャリッジの存在を感知した性質を応用するように試す。


 より薄い影───自分の影が接触している影───も多少ならばその形状を変えられる。


 今トウヤの影は伸び、皇帝の頭部を貫通している。その影を数ミリでも細めれば影は必然的に生まれる。その影へ干渉し、干渉した影をまた細め、また現れた影へ干渉し、これを途方もない回数を瞬時に行えば───眼に見えない場所まで影を広げ影を支配出来る。

 そうした影を一瞬だけ性質と形状の変化を与える。維持や継続は必要ない。本当に一瞬、それだけで充分。

 擦り切れそうなほど集中力を酷使し、トウヤはそれを行った。


「............ッ!!」


 無言の気合いと共に影は刺々しくあらゆる方向から皇帝の頭部を内側から貫いた。

 時間にして僅か1秒だが、狙い通り影を支配、操作し、皇帝の脳を内側から破壊する事に成功した。


 留めていた息を深く吐き出し、擦り切れそうになっていた集中力を緩めると影は本来の姿へと戻り、主の下へ還る。


 足を飲み込み、刺々しく咲かせるまで4秒弱という時間だったが、トウヤは重い疲労に汗粒を滲ませていた。


「......フゥー。集中した分が疲労になってちゃんと戻って───、、、!?」


 一息ついたその時だった。トウヤの意識が一瞬途切れた。再び意識が接続されると上半身はじっとりと湿る。水にしては温かくどこか粘度もある液体───それが血液だと認識し、トウヤは自身の首へ触れる。

 一度首を切断された(、、、、、)と気付く。


「本当に同じ(、、)なんだね。首を撥ねたのに死なない。俺もこの通り───脳を穴ボコにされたのに死なない」


 ぐったりと倒れていた皇帝は立ち上がり、顔を上げた。顔面の傷は既に塞がり、至る所にある穴は今まさに塞がり始めている状態。蔓とも蔦とも言えぬ細胞が蠢き絡み合い、傷は塞がった。


「不死身かよお前」


「それはお互い様でしょうに、幻魔君」





「これ大丈夫なんですか!?」


 と妖華ようかのモモが大声で不安を吐き出すも、響き続ける重機音にトーンが絞られる。

 隣にいる眠喰バクは妖華の腕をガッチリと掴み、前にいる雪女は恐怖とは真逆のテンション、重機音で鳴く自動キャリッジを操作する夜叉あるふぁ に至っては真剣に操作を楽しんでいる。


「ちょ、プンちゃ! 危ないってば!」


 隣を滑走するキャリッジも似たような状況らしく、九本の尾で風を切る魅狐ミコは眼が座っている。


「おいカイト! そろそろ俺にも操作させろよ!」


「よせ! 危ないって白蛇ヘビ!」


 別のキャリッジも......似たようなものだ。

 ひぃたろ達は予定通りキャリッジを三機強奪し、今まさにデザリアまで砂埃を巻き上げて爆走していた。

 耳障りなんて言葉では可愛すぎる程の轟音、吐気を催す揺れと硬いシート、そして何より、ひっくり返れば地面に叩きつけられるのでは? という恐怖が付きまとう中での滑走は、精神的寿命を対価として動いていると言われれば納得してしまう程、不安定で危険な代物だった。

 しかし今更後悔してもいられない。奪ったからには予定通り走り切る。

 ひぃたろは胸中で自分を納得、もとい黙らせ、親友(魅狐)の危なっかしい操作に命を預けていた。


 凄まじい速度で地面を掻くキャリッジ。

 ひぃたろの翅創成魔術フェアリアルでは体感出来ないタイプの速度に居心地の悪さを感じていたその時、居心地の悪ささえ瞬時に忘れ去るほど明確な敵意───殺気が風を切るように荒野を撫でた。


「───止まれ!!」


 珍しく声を荒げるひぃたろ。

 キャリッジを横向きにし、ブレーキをかける荒っぽい停止さえ気にする余裕はなく、遠くを睨む。


「......何か来る、それも複数」


 そこで全員が複数の気配───殺気を全身で否応なく拾わされる。燃焼機を停止させ、キャリッジから降りた直後だった。


「「「「 ───!!!? 」」」」


 シルキ勢4人が乗っていたキャリッジが粗っぽく切断された。刃を強引に圧しつけ押し千切るように。

 燃焼機ごとやられたキャリッジは鼻に刺さる臭いと煙をあげ、爆発する。


「ブレた......遠スぎルな」


 唸るような声と共に夜空から荒野へ着地したのは大柄な───ウルフ男。

 続くように個性を持つウルフ男が強靭な脚力を駆使し、高く飛翔していたらしく雨のように次々と荒野へ着地する。


「本当に女がいるよ。しかもアンタ......純妖精エルフか? チッ、臭ぇな」


 小柄で可愛らしい見た目から吐き出された反吐のような言葉。ウルフ男達よりも鋭い殺気を放つデザリア兵が半妖精ひぃたろを睨む。




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