◇5
わたし、エミリオはこの大陸、【ノムー大陸】にある最も栄える皇都【ドメイライト】で冒険者になる事を決意し旅立った。とりあえず馬車に乗り別大陸にある【バリアリバル】までの道のりを調べよう。としていた途中、巨大なムカデに馬車が襲われるビックリドッキリに遭遇する。しかし同じ馬車に乗っていたニワトリ頭の騎士ヒガシンの命を張った時間稼ぎで騎士隊が到着。ムカデは隊長のヒロの手によって瞬殺された。
その後、近くにある【ポルアー村】で休む事を決め、馬車から降りると騎士達が謎の罪でわたしを拘束。身に覚えもない罪で拘束されるも、落ち着いた品のある大人の対応で拘束から解放され、罪も無実だと理解してもらえ、一件落着 ───といきたい所だが、騎士達が探しているあるモノをわたしがゲットし、莫大な金額で売り付けてやる作戦を結構すべき、疲れた身体に鞭を打ち、わたしは立ち上がったのだった。
◆
お金をそんなに持っていないわたしはこの【ポルアー村】で少し稼ぎ【バリアリバル】を目指そうとしていた。そんな所にナイスクエストが転がり込んでくるとは、LUK全開の幸運冒険者とはわたしの事よ。
【ドメイライト】は敵国である【デザリア】をビビらせるために、あるモンスターの素材を求めているらしい....詳しい話は後でドメイライト騎士団隊長【ヒロ】が宿屋に来て、話してくれる。
それまでわたしは宿屋でゆっくり、どっぷり回復させてもらおう。謎の拘束がなければ今頃わたしは最高の睡眠を貪っていただろうに....まぁわたしも鬼族ではない。この宿の代金を騎士に支払わせて綺麗サッパリ忘れてやる事にしたのだ。
ポルアー村にある唯一の宿。その二階を借りる事に成功した。三階建てだが、二階のこの部屋が村を一望出来るらしく、ならばポルアー村を隅々まで見てやろう。とこの部屋を選んだ。
ベッドが1つに窓が1つ。本棚が1つあり数冊の本。机とイス。フォンを自分のアイテム倉庫へ繋ぐ為のプラグが1本壁から出ている部屋。
シンプルすぎてやる事もない部屋....やはり村を上から見下ろし、支配者の気分を味わう事にしよう。わたしは両開きの窓へ手を伸ばし一気に押すと、夜のポルアー村が眼下に広がる。村の至るところにあるT字型、大小様々な木製オブジェ。最初は なんだアレ? と思っていたが夜になると、あの木製オブジェの必要性が理解できる。
この村には街灯がない。そのため、日が沈むと同時に村人達がランタンに暖かい光を灯し、T字オブジェに引っ掛ける。形も灯り方も各々違って、優しく素朴な美しさを醸す。ドメイライトと違って騒がしくない村だ。
仕事を終えた村人達は村にある、大きく、しかし変に飾っていないテラスで1日の終わりとしてワイワイ夕食をとるらしい。村全体が仲良くなければここまでの盛り上がりはない....いや、逆か。小さな村だからこそ、みんな手を取り合って生活している。───ドメイライトで生活していたわたしでは、見る事も、知る事も出来なかった世界。
そのテラスの横には見慣れない石材のオブジェが中々の存在感を溢れさせていた。謎の石....わたしはストーンオブジェを細めた眼で見ていると、コンコン と高い音が薄暗い室内に届く。ノックの音だ。
「ん?入ってますよー」
わたしがノックに応じると男の声で「開けるよ」と返事が。ニワトリ騎士ヒガシンの声だ。紳士として数秒待ち、ヒガシンは扉をゆっくり開いた。少し開いた隙間から勢い良く入り込んできたのは白銀色の毛を持つ───
「子犬!?」
意味がわからない。と本気で思ったのは久しぶりだ。ポッカリ開いたクチが塞がらないわたしを白銀の毛を持つ子犬はお構い無しに横切り、室内を巡回する。堂々とした歩き、騎士よりも、人間よりも先に部屋へ入る子犬。2人の騎士は子犬に遅れて室内へ。木製の扉が閉まり、響いた声は、
「早速だけど、ワタシ達が探してるモンスターは」
「説明なし!?」
「説明なしっすか!?」
子犬の説明もなしにクエスト説明を始めようとするヒロの声だった。わたしとニワトリ騎士は揃ってツッコミを入れてしまう始末。クエスト説明も大事だ、うん。しかし今求めている説明はそこらを歩いている白いヤツの説明だ。
「あ、ごめん....んしょ、この子の名前はクゥ。さっきの“フェンリル” で、“結界”の中だと子犬の姿になるの」
....フェンリル?結界?何の話なのか全くわからない。結界術なら知っているが、今この村で結界術が発動しているワケがない。わたしは“魔力感知”ならばその辺りのヤツに負けない感度だし。....しかし、子犬を抱くヒロはフワフワした雰囲気で先程、巨大ムカデを一撃で沈めた騎士とは思えないな....フワフワ、フワフワ、ワタゲ......
「エミさん、結界ってわかる?」
よくわからない事を考え始めたわたしへ、ニワトリ騎士が質問を投げ掛けた。結界などもちろん知らないので、わたしは首を左右に振るとニワトリ騎士は自慢の鶏冠ヘヤーを揺らし窓へ近付き、村の外を指差した。
「あのテラスの横にある石見える?」
わたしも顔を出し指差している方向を見ると、そこには先程見つけたストーンオブジェが.....というか───
「─── 何でタメグチなの!?」
「え?いや、隊長じゃないし、馬車で大人って言ってたじゃん?なら同じ歳くらいかなって」
タメグチ騎士に対してわたしがそう言うと騎士もすぐ答えた。ニワトリみたいな髪した人間のクソガキが!このわたしと同じ歳だと!?
「ニワトリいくつだよ!?」
「俺20」
「は!?ふざけんな!わたしは───....うん、あれだ。20だわ」
自分の歳が一瞬解らなくなったが、わたしは20。同じ歳だ。ニワトリが20歳って事は....この隊長はいくつだ!?
「....あー、エミさん。騎士は基本18歳からなれるんだ。騎士学校卒業が18だからな。まぁ特例もあるけど...隊長は25歳、この歳での隊長はそう珍しくないけど、実力は団長の隊へ来ないかって誘われるレベル」
わたしの疑問を感知、察知、したヒガシンは軽く隊長の説明をしてくれた。
「ほぉー、ワタポは25歳なのか。で、あのストーンオブジェがなんだって?」
年齢トークで話が脱線したので戻そうとした時、実力派の隊長殿がそれを阻止するかの様に会話へ乱入してきた。
「ちょ、ワタポってなに!?ワタシ!?」
「え、うん。綿毛みたいでポワポワした雰囲気あるし、ワタポね。わたし騎士じゃねーし、隊長!なんて呼べねっすよ」
「良かったじゃないっすか隊長、あだ名が出来て」
「クゥ!」
子犬がクゥと声を出し反応した。
◆
隊長ヒロはワタポで決定し、話を戻した。
この村にあるストーンオブジェ。あれが噂の“結界”らしい。と言っても石全体が結界ではなく石の中心にある宝石がモンスター避けの力を秘めているらしい。
魔力を秘めた結晶が“魔結晶”と呼ばれる石。その石....魔結晶を加工したモノを“マテリア”と呼ぶ。魔結晶はリソースマナを持つ存在の体内や確率でだが、無意識のうちに生成される宝石の原石みたいなモノ。魔結晶の段階だと武具等の素材にもなるが、マテリアに加工してしまうと武具素材には出来ない。
発見しても、ほいほいマテリアに加工せず考えてから使うべき代物。その魔結晶にも無限と言えるほど種類があり、ここポルアー村のランタンも火ではなく発光マテリア片を使っている。ドメイライトの街灯も同じく発光マテリア片───強く発光するマテリアの破片だ。
マテリアはアクセサリー等に加工し装備すると装備者の能力が上げてくれるモノもあるので冒険者や騎士等は欲しい代物だが、魔結晶自体が希少なのでマテリアの値段も安いモノで数十万となる。魔結晶のままの場合はそのマテリアの倍の値段がつく。
村にあるストーンオブジェに装備されているのが結界魔結晶を加工して作られた、結界マテリア。結界系の魔結晶はまぁまぁ希少で、村や街、人々が暮らす場所に絶対配置されているワケでもない。結界魔結晶は自然が産んだモノ。モンスターの体内で生成されたモノではないので最近発見された最も新しい結界魔結晶で、約5年前となる。
モンスターが嫌うマナを生成、排出する魔結晶───マテリア。
人間等には何も感じないレベルだが、モンスターには苦痛となる。
【フェンリル】の【クゥ】はヒロ───ワタポがテイムした時点で人間同様の扱いになるので結界を嫌がらないが、影響で子犬化してしまうらしい。面白いヤツだ。
それにしても【フェンリル】ってカッコイイ名前のモンスターだが、どんなモンスターなんだ?つい出来心でクゥのデータ、マナを頂いてみた。フォンがマナのやり取りをし、モンスター図鑑が表示される。
【フェンリル】
白銀の毛を持つ巨大オオカミの希少種。その他の詳細は不明。
....なんだよ。モンスター図鑑も手抜きか。つまらない情報を見て溜め息が無意識に漏れる。まぁ、凄い犬って事はわかったしいいか。
「....結界とフェンリルの話は理解した!で、探してるモノってなに?高く売れんの?」
本題を忘れかけていたが、結界というモノがマテリアならば即理解でき、一旦落ち着き本題を思い出したわたしはすぐに質問した。
今ここに騎士が来たのは、わたしのお金稼ぎの為なのだ。求めているモノはモンスター素材と言っていたが、どんなモンスターから入手できるのか。騎士の任務だと思うし、ワタポ隊長がビシっと話してくれるに違いない。
「あ、えっと...夜になるとこの村周辺に姿を見せるボスランクのモンスター素材で、大きな蜘蛛らしいの。真っ黒な身体に赤く光る3つ瞳、頭が王冠みたいな形をした蜘蛛」
王様蜘蛛?大きいってどの位なんだろうか...。続きを待つも、ワタポは小さく微笑みクチを動かそうとしない。
「....え、情報それだけ!?」
「うん。騎士団長から直々に下された命令で、情報が少ないが頑張ってくれ。って」
どんな任務だよそれ!とツッコミたくなったが、騎士団長直々の任務....そんなに重要な任務ならば団長の隊でも動かせばいいのに、などと思いつつ、わたしは考える。騎士団長がワタポに直接命令するという事は、騎士団長が個人的に欲しいモノって事にならないか?騎士全体、あるいは国の為に、と、なれば成功率をグッと高めた隊で任務を行った方が効率がいい。騎士団長が個人的に....欲しいもの....これは高く売れそうだ。
「おっけー。村周辺に出る化け蜘蛛なんだしょ?ここの村に村長とかいないの?聞いてみようぜ!いくぞトサカ!」
わたしは近くでユサユサ揺れるニワトリ騎士のトサカヘアーを掴み、部屋を飛び出した。一刻も早く蜘蛛の情報を集めて即討伐しアイテムゲット!騎士団長殿からガッポリお金を貰わなければならない。いや、お金だけではない。バリアリバルまでの地図やらも頂こうじゃないか!
こうしちゃいられないぜ!早く情報を集めねば!
「エ、エミさん髪抜けるって、トサカ無くなるって!」
「100...250、300万はイケるかな~?ぐひひ」
お金やら地図やらで頭がいっぱいのわたしには、ヒガシンの声が届かなかった。
首を絞められたニワトリの悲鳴が静かな夜に響き、ニヤニヤとヨダレ混じりに笑う女がニワトリの首を夜な夜な引き摺り回し、何かの数を数える声が不気味に───。“静かな夜の悲鳴” 数日後から子供達を中心に語り継がれる怖い話はこうして誕生したのだった。
◆
「なーヒガシン。本当にこの辺りに湧くのか?」
「....うん」
「うっわー。ヒガシン機嫌わっる」
わたし達はポルアー村の村長から大きな蜘蛛の話を聞いた。
平原にある大きな木、それも不自然に生えている木。そこに噂の蜘蛛が生息しているらしい。村の人々も何度もその姿を見たらしく、150㎝程の大きさの蜘蛛らしい。わたしの身長が140㎝弱なので.....相当、生意気な蜘蛛って事になる。
わたし達はその木の話を聞き、ワタポはすぐに騎士隊メンバーに報告し隊メンバー準備を済ませ、一緒に木を目指し出発した。小隊かと思ったが以外にメンバーが多い。各々使いやすい武器を持っているが防具は似ている。騎士で支給されるものなのか?などと思っていると噂の木が見える地点へ到着した。
なんでもあの木が吐き出すマナには小型の獣を呼び寄せる力があるらしい。しかしそのマナは夜しか排出されない。村人達が夜に狩りをしていた時、この木に集まる小型獣を発見。その小動物を狙い、木に近づいた時、根こそぎ横取りされた。と言っていた。ポルアー村にも少なからずの影響を与えている生意気な蜘蛛を、このわたしが討伐し、ポルアー村からお礼金、騎士団長からもお礼金。
最高のクエストを受注したわたしのクチは自然とユルむ。
わたしのクチが、にまぁ~ ならば、ヒガシンのクチはへの字。髪をやたら気にしているが....この騎士も年頃の男というワケだ。髪型にこだわる理由はモテたいからだろう。それ以外あり得ない。頑張れよヒガシン。
と、そんなどうでもいい事を考えていると、小型のモンスター、ウルフが木に集まり始めた。こちらには全く気付いていない様子のウルフ。
「エミちゃ、ヒガシン、集中」
ワタポが低く鋭い声でわたし達の集中スイッチを押す。
わたしは頷き、木を睨む....って、ちょっと待てよ。
「わたしエミちゃ?!」
「うん、ワタシはワタポ」
低く鋭い声で、ワタシはワタポ、と言う騎士隊長。集中しているのはわかる。騎士隊長スイッチが入っているのもわかる。しかし....ニワトリ騎士や他の数名の騎士は笑いを堪えている。意外そうな顔でワタポを見る騎士もいる。集中もなにも無い状態になってしまったが、これ以上何かを言うと吹き出してしまいそうな連中もいるので、わたしは無言のまま木を睨む事を選んだ。
じっと息を殺し木を観察しているとウルフが10匹程集まった。すると小さな震動がブーツに伝わる。全員がその震動に気付いた瞬間、黒く太長い2本の何かが地面を貫いて現れた。
2本の黒い何かは、そのまま一気に互いを近づけ合わせるとウルフが3、4匹挟まれているのが土埃の中でも確認できた。
「全員下がれ!」
ワタポの声で騎士全員がバックステップをする。わたしも習い下がると先程より大きな音で、派手に地面をエグり、ついに姿を現した。
ギィィィ、と高く耳を刺す鳴き声をあげ、2本の黒く太長い腕を高くあげ、一気に降ろし、ウルフを地面へ叩きつける巨大な蜘蛛。
「隊長!あれがターゲットの“ビネガロ”です!」
巨大蜘蛛が甲高い鳴き声を響かせる中、わたしは細剣【フルーレ】へ手を伸ばし、鞘を走らせた。