◇2
本日二度目の平原にわたしは違った雰囲気を感じた。昼過ぎは馬車の数も増え騎士の姿もちらほらと見える。しかし何より、一番の違いはわたしエミリオさんがソロではない所だ。
この大陸、ノムー大陸の首都ドメイライトには冒険者と呼ばれる存在はわたししか居ない。ノムーには騎士という職業があり、ドメイライトには騎士団本部があるからだ。報酬を払って冒険者に何かを依頼するより騎士に言った方が確実であり、報酬も払う必要がない。そうなると冒険者の存在は必要なくなり、冒険者達はより良いクエストを求め住みやすい場所へ向かい集まる。クエストもなく騎士の眼もあるドメイライトで冒険者が生活するには難しい環境なのだ。そんな環境でも冒険者を貫くわたしは....本物の冒険者を知らないからだ。
今日はたまたま平原で出会った冒険者のアスラン。彼が今受注中のクエストにわたしも同行する事になり。【枯れた森】に生息するモンスターを討伐し、小さな花石 を6つ入手するという内容のクエスト。本物の冒険者のクエストに同行出きるチャンスなど今まで微塵もなかったので気合いが100%まで上昇している。と、いうか報酬金が桁違いで、その報酬金を全て譲ってくれるという条件なので、やる気も気合いも欲も上がる上がる。【枯れた森】までの道はマップを使わずサクサクと進む。平原はわたしもよく歩くし、アスランも迷う素振りを見せず森を目指す。平原に人が増える時間帯だからか、モンスター達もバカではなく、無闇に平原を徘徊していない為、モンスターと遭遇する事もなく【枯れた森】の入り口に到着した。バリアリバルを出発する前にアスランが「マップデータをいるか?」と言ってくれたが、今から行く場所なので断った。自分で歩く事でマップが記録されるフォンのマップシステム。【枯れた森】のマップデータはアスランが持っているし、自分の足で進んで記録、記憶したい。と、今だから思える事なのだろうけどやはり一度は体感したいマップ開拓。
「エミリオ、森に入ったらキッズマウスを探すぞ」
アスランはフォンでマップデータを開きながらわたしへ言った。キッズマウス?はさっきの玉ねぎモンスターか。そのモンスターから【小さな花石】が出る雰囲気だな....平原で倒してるしドロップしているかも知れない。わたしはフォンを取り出そうとベルトポーチへ手を伸ばすも、アスランが続けた言葉に手が止まる。
「キッズマウスを発見したら声を掛け合って、キッズを斬る」
「斬る!?体液臭いんでしょ!?やだよ!」
植物型モンスター、キッズマウスフラワーの体液は臭いと先程アスランから聞いていた。臭い体液を散らすと知って斬るのはアホの悪ノリかただのアホか....。
「確かに臭いし仲間を呼ぶ、でもそれが一番早いんやて。小さな花石はキッズマウスの親 “マザーマウスフラワー” からドロップするんや」
親....か。キッズマウスの親がマザーマウスって名前なのか。普通すぎるな。しかしキッズでわたし程の大きさだった....マザーはどれ程の大きさなのか想像出来ないが親ならば倍くらいあるのではないか?いや....超ミニマムな可能性も捨てきれん。そんな相手を探すとなるとやはり呼び寄せる手段が最適なのか、ただアスランが探す行為を面倒臭がっているのかは不明。体液の臭いに釣られてマザーマウスとやらが来ればいいが、キッズ達の数も増えるのでリスクはそれなりに高い。が、現在2人のわたし達。草木をかき分けて探すのは効率が悪すぎるだろう。一応長期戦も考えてポーション類を多めに用意しているし、やるだけやろう。
「よし、そろそろ森に入る。入ったらお互いカバーできる距離を保ちつつキッズを探す。ええか?」
キッズとはいえ、囲まれれば厄介だと平原で学習した。そこでお互い距離を取りつつカバーする作戦を考えるのは妥当だろう。わたしは無言で頷き、【枯れた森】へ足を踏み入れた。
◆
【枯れた森】
名前とは裏腹に緑が多く高く育った木々が太陽の光を遮る森。昼過ぎなのに薄暗く夜の森は危険という意味が少し理解できた。モンスターの危険度もそうだろうが、視界の悪さ等の条件も上乗せされ、夜の森は危険 、と言われていたのか。またひとつ学習したわたしは辺りを見渡しながら進む。すると遠くの草がガサガサと揺れ動いていた。わたしはすぐにアスランへ報告し、草の様子を見る。
すると別の草が揺れ、また別の草が揺れる。確実に何かが複数体いる。
わたし達は別々の草影に隠れ観察していると、草の揺れが大きくなる。アスランは腰背へ手を伸ばし武器を。それに習いわたしも武器へ手を伸ばし音を立てずゆっくり鞘を走る刃。抜き終えると同時に飛び出す様に草影から音の主が現れた。球根の身体に大きなクチ、根蔓の様な手足、頭に花を咲かせたモンスター。平原で見たキッズマウスフラワーだ。
他の揺れる草からも現れ、現在3匹のキッズマウスが目の前にいる。少し離れた位置に居るアスランと眼を合わせ頷き、わたし達はほぼ同時にキッズマウスへ奇襲をかける。わたしは一番近くにいるキッズマウスをターゲットに “剣術” を打ち込む。細剣がフワッと無色の光を纏う。
───剣術や体術は会得し体得する事により、いつ如何なる時も瞬時に発動出来る様になる。これでやっと自分のモノと言える。
と、まぁ、これはわたしに剣術を教えてくれた人の言葉なのだが、格好いい&強者オーラが出るので覚えていた言葉。
会得の中に体得がある。何度も使い何度も体感し、そうして覚えた剣術は発動すると強い無色の光を武器が纏う。ただの斬りでも、剣術アリと剣術ナシでは速度、威力、他にも全てに差が生まれる。ならば常に剣術を使い剣を振れば?と思っただろう?わたしは思ったぞ。
しかし剣術を制御するには体力、発動するには集中力や精神力が要求される。素早い連撃系や一撃に重みがある重撃系の剣術となれば制御する時の体力要求は相当なモノ。剣術を発動するには魔術と違って武器に空気中のマナを溜め込み発動するのでどんな剣術でも集中力、精神力が必要となる。
そんな事を一振り一振り続けると5分と持たず限界がくる。魔術と同じく剣術にも不発、ファンブルが存在し、剣術は発動後に武器がずっしり重くなる。その時、少なからず隙が生まれる。これらの事から常に剣術を使い戦うのは不可能。ここぞ!という時の奥義的な剣術使うのが基本。普段は通常攻撃+わりと楽な剣術で戦うのがセオリー。
わたしは剣術を極めている訳ではないのでセオリーに従うのも地味に大変だが、今まさにチャンスなので奥義!....レベルではないが剣術を使いモンスターを攻撃する事を選んだ。
無色に発光する剣が素早く振られ、キッズマウスへ襲いかかる。
左斜め上からの右斜め下へと振る超初級剣術。名前も飾り気のない【スラスト】は基本中の基本だが、走る速度を殺さず発動したスラストの一撃は結構凄い。玉ねぎの様な胴体を簡単に両断し、剣の光は剣術の終わりを告げる様にスッ消えた。基本剣術なので剣が重くなる“剣術ディレイ”も一瞬で気にならない程度。わたしは素早く地面を蹴り別のキッズマウスを両断してやろうと急ぐ。
「やるなエミリオ」
届いた声に反応し眼線を送ると、アスランは既に2匹目のキッズマウスを倒していた。クローは本来 軽く手数重視の武器。しかしキッズマウスの死体は綺麗に両断されていて他に傷も見当たらない。クロー武器で剣の様に両断する....この男、なかなか出来る様だ。
負けずにわたしも剣術を発動させ残りのキッズマウスフラワーへ挑んだ。
◆
「終わったか?てか...」
「....言うな言うな」
わたしの発言を止める様にアスランが嫌な顔をする。
弱い、軽いものならばわたしもスルーできるが....これは無理だ。
「鼻がバグる....臭すぎだろコレ」
何と言うか...緑の臭いではなく、そう、茶色の臭い。この臭いを出す体液が綺麗に切断されキッズマウスから止まらず流れ出ている。緑色の体液だけを地面に残し、キッズマウスの死体は微粒のマナを空気中に残し消滅するも残った体液が臭い臭い。
モンスターの死体は数秒~数十分その場に残り、そこ微量のマナを空間に溶かし消滅する。体液等も死体が消えると同時に消えるはずだが残っている....。つまり採取系のアイテム。
ドロップアイテムは倒した時点でフォンのポーチに収納されるが100%ではない。角等の部位を入手する場合は生きている時点で角を破壊、切断し、それが消滅する前に採取の様にフォンへ収納する方法が最も効率がいい。生きている間は破壊切断された部位も長時間その場に残る。勿論、その部位を放置して戦っていると空気中の分解マナが集まり、消滅してしまう。恐らくこの体液もビン等に入れ入手出来るのだろう。絶対いらないが。
ちなみに体液等のアイテムもドロップする。ドロップした体液はポーチから取り出した場合ビンに入っているので安心。体液がビンから全て無くなるとビンも微粒化し消滅する。採取の場合は自前のビンを使って体液を入れ、フォンポーチに収納しなければならない。
臭いに鼻が麻痺し始めた頃、遠くからガサガサと葉が擦れ合う音が届く。お互い武器を構え音のする方を睨むと薄暗い森に大きなシルエットが浮かぶ。ビビる程の数のキッズマウスが跳ねる様に前進してくる中、一回り大きなシルエットは細い太陽光を浴び姿を見せる。
ヨダレをダラダラと垂らす大きなクチと太い蔓、花も大きくキッズマウスよりも濃く綺麗な花。
「アレがマザーマウスや!酸度が高いヨダレを撒き散らしてくるで!」
「うっわ!キモ!クチがグロ!てかキッズの数よ!どーすんだよコレ!」
わたしの言葉を聞きアスランはたっぷり3秒停止し、強く、短くハッキリと言った。
「死闘やね」
....。
ここからは作戦なし。食うか食われるかの死闘か。ふむシンプルでわかりやすくていいな。
なんて思える程の実力も度胸も備えていないわたしはフリーズ。アスランは実力的余裕なのか腹をくくったのか、焦り等の感情は読み取れない。小さく可愛らしい瞳がわたし達の姿を捉え、マザーマウスフラワーは高くガサついた声で鳴いた。
キモい。グロい。臭い。最悪の3つが揃うこの場で死闘開戦。どうにでもなれ。と腹をくくったわたしは飛びかかってくるキッズマウスを回避と同時にフルーレで斬る。そしてすぐ別のマウスから繰り出される蔓をステップで回避する。一瞬の判断ミス、迷いが取り返しのつかない結果を招くだろう....これが本当の戦闘か。
背を撫でた冷たい風に臆する暇もなく、次々にキッズマウスが攻めてくる。アスランも回避、攻撃、と、同じ事を繰り返しつつ隙を見つけてはキッズをマザーの方向へ蹴り飛ばしていた。
「エミリオ!クチ花を出来るだけ1ヶ所に集めるで!」
そう叫びまたキッズをマザーへ蹴る。マザーを中心にキッズを集める作戦に頷きわたしも黄金の左足で激臭玉ねぎを蹴った。
ピュギッ、と高くキモい鳴き声を残し蹴り飛ぶキッズマウス。丸いのでなかなか蹴りやすく、動きも速くはないのて狙いやすい。楽しいなおい!と思ったのは束の間、蹴られる子を見てマザーが怒りの咆哮をあげた。
怒りを解放するかの様に叫ぶマザー、それを合図にキッズ達も叫び、マウスフラワーの逆襲、猛攻が始まる。ヨダレを飛ばす涎部隊。ヨダレを回避すると体当たりしてくる捨て身部隊。しかし体当たりなど所詮体当たり。迫り来る身体を切断すればいい、臭いなんて今更だ。
ヨダレを回避し、体当たりマウスを斬り捨て、またヨダレを回避。これを繰り返しつつ涎部隊へ接近しそちらも処理する事に成功した。残りはマザーマウスフラワーだけとなる。しかし斬ったという事は体液が出る。臭いに釣られてキッズマウスがわんさか集まり始めたか?とガサガサなる方向へ眼を向けると草木の影から姿を現したのはキッズではなく、複数のマザーだった。この時点で帽子のエミリオちゃんは白目になりかけた。全てを捨てて逃げ去りたいと思うわたしの視界にマザーより更に大きいマウスフラワーが1匹映る。
キッズは約140㎝。わたしの身長程だ。マザーは160㎝。そして謎のマウスフラワーは2メートル程の大きさ。あれはボスマウスか?ビッグマウスか?などと名前を考えているとアスランが言った。
「アカンわ。あれはクイーンマウスや。死んだな」
わたしは即フォンを取り出しクイーンマウスと呼ばれている巨大なヤツを的にしフォンを向ける。クイーンマウスのマナを感知したフォンはすぐ情報を表示。対象のマナを感知する事により情報を検索、表示する機能がモンスター図鑑。
【クイーンマウスフラワー】
マウスフラワーの最大権力を持つモンスター、女王。
キッズやマザーよりも戦闘力は遥かに高く涎の酸度も高く、体液には麻痺効果も持つ。遭遇した場合は迷わず逃げる事をオススメする。
「ふふふ、クイーンマウスか....ふふふ」
....大変なヤツを呼び寄せてしまったが、もっと恐ろしい事に今眼の前にはキッズの姿が無く、クイーンを中心にマザーのみが集まっている玉ねぎ地獄。死んだな。と、呟いたアスランの気持ちが今やっとわかった気がした。