俺以外全員吸血鬼
20XX年、人類は皆吸血鬼となった。
……俺ひとりを除いて。
昔は良かった。
吸血鬼たちは人間を襲って血を吸いつくし、遠く離れた森の奥に遺棄していた。
しかし捜査技術の進歩した現代ではそう簡単にはいかない。近くに人を捨てられるような森はなく、遺体が見つかれば科学技術を駆使してすぐに犯行がバレてしまう。
そこで吸血鬼たちは人を殺すことを止めた。血を吸い尽くさず、ほどほどの量を飲む事で死体を出さなくなったのだ。死体の代わりに出たのは新たな吸血鬼。
新しい吸血鬼は食事のたびにまた新たな吸血鬼を作りだし――と、吸血鬼はネズミ算式に増えていった。
考えてみれば、おかしい事は多々あった。
近年の美白ブーム、男まで日傘を差し始めたり、化粧男子なんてものが流行ったり。それらはすべて人類総吸血鬼化が起こしたものだったのだ。
そして最後まで血を吸われなかった幸運な人類が俺というわけ。
俺は最後の人類としてガラスの箱の中で厳重に保護、そして展示をされている。まるで動物園のパンダのように。
いや、パンダならまだいい。パンダなら仲間も嫁も子供も作れる。俺はそうはいかない。
「ああ、たかし。可哀想に、そんなところに閉じ込められて」
「待っててねお兄ちゃん。きっとそこから出られるようにしてあげるから」
「……ありがとう」
母や妹はこまめに俺に会いに来てくれるが、その眼は息子や兄を見る目ではなく寿司や焼肉でも見ているようである。
母や妹だけではない。俺を見る全員が美味そうな霜降り黒毛和牛でも見ているような視線を向けてくる。
まぁ、それも無理はない話だ。俺以外の全員が吸血鬼化してしまった今、彼らは豚の血を加工した物を飲んで栄養としている。豚の血は酷い味らしい。少しはマシになるのか、ガラスの板に開いた空気穴から俺の匂いを嗅ぎながら豚の血を飲むヤツもいる。まるで落語だが、俺からしてみれば全く笑えない。
こんなガラスケースの中で一生を終えるなんてまっぴらとは思うが、そとに出ればきっと1分で血を吸い尽くされてミイラになってしまう。それくらい彼らは飢えているのだ、人の血に。
しかし一方で、少しだが定期的に人の血を飲めている人間もいる。
「やぁ、こんにちはたかし君」
「どうも山田さん」
厳重に施錠された扉から、お付きの者数人を従えて中年の男性が入って来る。
彼は有名大物政治家だ。月に一度ほどここへ来て、俺の血を飲んでいく。庶民は人の血を飲むことはできないが、特権階級は金や地位に物を言わせて美味い物を喰っているというわけだ。これはいつの世も変わらない。
もちろん直飲みではなく注射器で採血を行い、吸血鬼汚染を防いでいる。だから俺は今まで人間でいられたわけだ。
が、この男がその飲み方に不満を抱いていることは知っていた。
俺は彼の耳元でこっそり囁く。
「ねぇ、山田さん。コップで血を飲むなんてなんとも味気ないとは思いませんか」
「なっ……なにを言うんだ。そんな事をしたら君を汚染してしまうだろう」
「大丈夫。刃物で少し皮膚を切って流れた血をすすれば良い。血は流れ出たその瞬間から味が落ちるそうですね、せっかくの貴重な人の血をもっとおいしく飲みたいとは思いませんか?」
男はしばらくの沈黙の後、低い声で周りにこう指示をした。
「……おいお前ら、ナイフを用意しろ。よく切れるやつをな」
お付きの者が止めるのも構わず、男は強引にナイフを持ってこさせると俺の腕に刃を滑らせた。
「すまないね、お礼は弾むから」
もちろん、お礼はしてもらう。
流れ出た真っ赤な血を男がズルズルすする。汚らしくて見てられなかったが、俺の野望のためには仕方がない。
男が血に夢中になっているうちに俺は空いている手をそっと男の後頭部に忍ばせ、そして一気に男の頭を押す。
「痛ッ……!」
男の犬歯が俺の腕に刺さり、派手に流血した。
慌てて俺から離れる男。口周りは真っ赤、顔は真っ青。
俺は男にニッと笑いかけた。
「ありがとう山田さん。これで俺もみんなの仲間だ。こんなガラスケースとももうおさらばだ!」
慌てた様子で医療班などが部屋に流れ込んでくるが、時すでに遅し。
俺はみるみる「新しい自分」になっていくのを感じた。
だが――
「なんでだ! 俺は吸血鬼だぞ、もうこんなところに閉じ込められている理由はないはずだ!」
喚いて暴れる俺に、ガラスケースの向こうの冷酷な声が答える。
「いいえ、あなたは人間です。事故などありませんでした」
「ふざけるな! 現に俺は今豚の血を飲んでいるんだぞ」
「そうですか。でしたら今後、あなたを見に来られたお客様の前では食事をしないようお願いします」
真っ青になりガラスケースを叩く。しかしガラスにはヒビ一つはいらない。
ああ、俺はなんてことをしてしまったのだろう。
みんなが豚の血で我慢している中、一人だけ人間の血を飲んでいたと知られれば大暴動が起こる。それを防ぐため、政府は俺の吸血鬼化を隠匿する気なのだ。
俺は不味い豚の血を飲みながら、ただの檻と化したガラス板を殴りつけた。




