第五話
【登場キャラクター】
ぼく 南さんに興味がある男子高校生。
南さん 南にしか興味がない女子高校生。
南さんというのはぼくのクラスメートの名前だ。
今日はついに最終決戦である。まだ五回くらいしか話が進んでいない気がするが、南さんの世界観に迫るために突撃インタビューを敢行することにした。
「南さんは南にしか進めないんだよね?」
「そうよ。当たり前でしょ」
いつもならこのあたりで話が終わっている。けれど今回はもっと踏み込むことにした。ぼくが以前から感じていた疑問を、ぶつけることにしたのだ。
「でもずっと南に行くんだったら、最終的には南極にたどり着いて、身動き取れなくなるんじゃない?」
そう、南に向かってしか進めないとは南さんの弁だ。しかし、そんなことは現実問題として不可能である。この世界には果てがある。具体的には方位磁石のS極が示す場所。そこにたどり着いてしまえば、もう先はない(ちなみに実際のところ南極に方位磁石を持っていくと、S極は真下を指すらしい)。
だからこれはぼくにとって最大の疑問だった。南さんの揺るがざる信念と、この世界のあり方と、両者はどのように折り合いをつけるのかと。しかし、南さんにはまったく疑問を挟む余地がないらしい。即答だった。
「あなた、いつからこの世界がまーるい地球だと思っていたの?」
……え、マジで? 本作一番の驚きだよ。これが叙述トリックなのか。
しかしぼくは動揺をなんとか引っ込めて、続けて聞いてみることにした。
「だって、地球は丸いということは、現代の人類知において自明のことじゃないのかな」
「ふーん。で、あなたはそれを見たことあるの?」
「そりゃあネットとかで……。写真だって見れるでしょ」
「違う。あなたは地球が丸いということをその目で確かに見たことがあるのか、と聞いてるのよ」
南さん大好きのぼくが思わず後じさりしてしまうのだから、その迫力は相当なものだったのだろう。
「えー、そりゃあ直接は見たことないよ。宇宙飛行士じゃないんだから」
ぼくが言っていることは常人の代表的な意見だと読者諸君には共感願いたい。しかし南さんには、そうはいかないようだった。
「不思議ね。あなたは自分の目で確かめたこともないのに、みんなが言ってるから地球は丸いと信じて疑わない。球体説に平面説、結局はどちらも伝聞情報に過ぎないのにね。少なくとも私には、両者は等位の説得力を持つと思うわ。どちらも信じられるかもしれないし、信じられないかもしれない。世の中そういうことばかりよ。だから私は決めたの」
南さんは聖母のような穏やかな表情を浮かべると、自信たっぷりに告げた。
「私は南に行き続けるって」
おかしい。途中まで理解できたのに、最後だけ前後の繋がりが掴めない。
「じゃ、そういうことだから」
南さんは満足したのかそのまま教室を後にした。
よくわからないことだらけのようにも思えるが、とりあえず南さんとたくさん話せて嬉しいとぼくは思った。
「南さんは南にしかいない」
原作: 伊更木音哉/伊古元亜美
執筆: 伊古元亜美