第四話
【登場キャラクター】
ぼく 南さんに興味がある男子高校生。
南さん 南にしか興味がない女子高校生。
南さんというのはぼくのクラスメートの名前だ。
今日ぼくは意を決して南さんの生態に迫ることにした。このままではぼくの変態性癖を開示するだけの作品になってしまう―――そんな危機感は当然あるわけがない。ぼくはこの作品の一キャラクターに過ぎず、作品の外の事情に関しては知る由がないのだから。
ぼくは廊下で待ち伏せしていると、本作のもう一人のキャラクターである南さんがやってきた。
南さんは廊下を歩いていた。歩いてはいるのだけれど、その一言で済ませるには少々歪な光景と言えるのかもしれない。
南さんは壁に向かいつつも前に進んでいた。どういうことかというと、2Dじゃなくて、よりリアル志向なキャラクターが360度自由自在にフィールドを動ける方の操作型ゲームを思い浮かべてほしい。そこで操作キャラがそれ以上いけない壁に面したとき、ステックを壁に対して向けると当然進まないわけだけど、少し斜めに倒してやると、壁にぶつかりながらも壁に沿って動くというあの光景があるだろう。南さんがやっているのはまさにそれだった。まあ、かくいうぼくも現実でお目にかかるのは初めてだが。
「南さん、一体全体なにをやってるの?」
ぼくの顔を見て眉を吊り上げるというのはいつものこととして(この表情も実は悪くない)、ちゃんと返事をしてくれるあたり、さすがは南さんだと思う。
「わからないの? 南に向かって歩いているに決まってるでしょ」
確かに体は南の方角を向いているが、要は壁にぶつかりながら廊下を歩いているに過ぎない。南さんにとって、そこまでする価値のある行為なのだろうか。
「どうして南を向いて歩くんだい?」
その問いを受けて、南さんは足を止める。おっと、これは聞かない方がいい類いの質問だったか。いや、しかし、南さんの本質ともいえる部分、そこに興味がないなんてことはなかった。
南さんもいつもと違って真剣さを伴った眼差しを向けている。そこから真摯に答えを模索していることが分かって、ぼくも思わず背筋を伸ばしてしまう。
そしてついに、その理由が明かされる。
「実はわたし、南に向かってしか進めないのよ」
そういうと南さんは、「少し見直した」とばかりにぼくを一瞥して、歩いていった。もちろん壁にぶつかりながら。
ぼくは一瞬、何を言われたのかわからなくなって、少し考えてわかった気になって、わからないということがわかった。…もしかして、作者が考えてないだけじゃないだろうな、とぼくは心の内で密かに考えていた。
「南さんは南にしかいない」
原作: 伊更木音哉/伊古元亜美
執筆: 伊古元亜美