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5.さやかは不良品

 学校の廊下で、なにものかに追いかけられていた。

 でも、そこは、いつもの中学校の廊下ではなかった。

 追いつかれたら、なにをされるかわからない。

 トイレに連れ込まれて、なまいきだと言われて、殴られたり、かかとおとしをされるかもしれない。

 階段を登ったところで、先生とはちあわせになった。

 おいかけられている、と助けをもとめたが、先生はめんどくさそうに、

 「なにやってるの」

 と言っただけだった。明らかに、おいかけられていたのに。

 そのあと、つかまって、トイレにつれていかれて…


 なにか叫んでいたのかもしれない。さやかは、自分の声にハッとして目を覚ました。

 手にシーツの感覚があった。保健室のベッドに寝かされていたのだった。

 白いカーテンが風になびいていた。時計を見ると、もう夕方の18時前だった。桜子先生にとびかかったのは、朝8時30頃だから、丸一日寝ていたことになる。

 自分の制服が、衣文賭けにかけられていた。

 不意に、ドアが開いて、制服姿の咲子が入ってきた。

「さやか、おはよう。じゃなくて、こんばんわ、かな」

ベッド脇のパイプ椅子に腰掛けて、笑った。

「どうして、ここへ…」

今朝のような騒動を起こしてしまって、咲子とその家族に迷惑をかけてないだろうか、心配だった。

「美羽さんが教えてくれたの」

と、咲子は部屋に入ってきた美羽を指差した。

 咲子は、さやかが「自分のもとに派遣されている友達」ということは、知らない。だから、当然美羽のことも知らないはずだが、きっと、年の離れたお姉さんとか説明しているのだろう。あまり似てはいないけど。

「目を覚ましたみたいね、よかった」

美羽は咲子のとなりに腰掛けて、わざとらしく、そう言った。

 自分で私の活動を止めておきながら、とさやかは思ったが、咲子のいる前で、抗議するわけにはいかない。

 それにしても、意識を失ったあと、どうなったのか、あとから美羽に聞いてみようと思った。

「美羽さん、ちょっと二人にしてくれますか」

タイミングを見計らっていたのか、咲子が遠慮がちに言った。

「いいよ、なら、あたし先に帰るから、さやかも、具合いいなら、暗くならないうちに戻りなさいよ」

美羽は、そう言うと、保健室を出て行った。

「ごめんね、あたしのために、いろいろ大変だったね」

咲子がぽつりと言った。美羽から大体の話は聞いているのだろう。花音のいたずらメールのことで、さやかが怒って、とりあってくれない桜子先生を、2階の窓から突き落とそうとしたことだ。

「そんな…、私がかってに…」

「花音とは、小学生の頃からの、友達…親友だったかな」

咲子はポツリと言った。うつむいている顔は夕日に照らされていた。

「こんなこと、さやかに言ったら、きらわれちゃうかもしれないけど…」

「きらわないよ」

さやかはきっぱりと返事をした。

「以前に、あたしの方が、花音を仲間はずれにして、いじめたことがあったんだ…」

咲子はめいっぱいの勇気をふりしぼって告白したが、さやかは、いまいち実感がわかなかった。

「小学生の頃は、うまくいってたの」

咲子の目にきらめくものがあった。

「もう一度、友達に戻れたらいいのに…」

そういうと、顔を両手で押さえて、泣き始めた。さやかは、その様子を黙って見つめながら、今朝の花音たちの様子を思い出し、無理だろうと思ったが、なにも言えなかった。

 さやかは、ベッドを降りて、真っ白なハンカチを取り出すと、それを咲子の顔にあてがい、そっと涙をふいた。


 そのころ、先に施設に戻っていた美羽は、上司から呼び出されて、会議に参加していた。議題は、今日のさやかの行動である。

 担任の先生を、窓から突き落とそうとしたのである。問題にならないわけはない。あのあと桜子は、おびえきった表情で、警察に被害届を出すと聞かなかった。

 しかし、施設の幹部と校長が話し合い、お互い、大事にしたくないという利害が一致して、桜子を説得したところ、なんとか思いとどまらせることができた。さやかは、施設規則第64条第2項の規定により、3日間の派遣停止とされた。当然、学校も欠席することになる。

「担当がよく管理していないからだ」

「もともと、ベースとなっている心が不良品だったのでは?」

「それを選んだのも、担当だ。今回の責任はすべて担当者の美羽にある」

 美羽は、会議室で、ひとりうつむいて立ち尽くし、幹部の非難を一身にあびていた。

「今回はなんとかもみ消せたからよかったものの」

「どうせ、もってあと5、6年の体だろう。製造コストもかかっているんだ。そろそろあちらの方で稼いでもらうようにするべきでは。いくら半官半民の施設でも、赤字では困るのだよ」

「それは、まだ、時期尚早かと…」

美羽は、遠慮がちに発言する。黙っていた方が余計な非難を浴びずにやりすごせるのだが、どうしても、黙っていられなかった。あちらの方というのは、水商売の従業員として派遣されることを意味していた。幼い頃から、さやかの担当だった美羽は、それを断じて許すことはできなかった。

「それは、君が決めることではないよ」

幹部の一人が、大声で美羽の発言をさえぎった。

「とにかく…、現在の仕事が終わったら、そろそろ、あちらの方への派遣も検討することにする。それから、このようなことが再度起こらないよう、さやかという職員の心を、よく清掃しておくように、以上」

やがて、会議室には美羽一人が残された。照明の消えた、薄暗い室内で、美羽はうつむいた姿勢のまま、たちつくしていた。

「美羽さん…」

ふりかえると、制服姿のさやかが、会議室の入口に立っていた。廊下の照明の影になっているおかげで、表情は真っ暗だった。

「聞いてたの…」

美羽は机の資料をサッと隠して、振り返って聞いた。

「少しだけ、全部じゃないよ」

美羽は、深くは聞かず、この話を終わりにするために、

「今日は、いろいろ疲れたわね。反省会は、明日にしましょう」

と帰ろうとしたが、さやかは入り口の前に立ちはだかった。

「私あと、5、6年で死ぬの?」

廊下の照明の影になり、さやかの表情がよくわからない。でも、さやかにしてはめずらしく、声がうわずっていた。美羽は、黙っていた。

「心の清掃ってなにをするの? 記憶を消しちゃうって事? そんなことできるの?」

さやかは美羽にすがって、体を揺すってきた。

「わかりました。すべて話します…」

美羽は、そういって、さやかをなだめた。心の清掃をすれば、今日話したことはすべて、消え去ってしまうことを知りながら。


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