16.さようなら、咲子さん
夜の8時過ぎということで、ためらったものの、今日をおいて会える日はないのだと、自分に言い聞かせて、さやかは咲子の玄関のチャイムを鳴らした。
「どちらさまですか」
インターホンからは、咲子の母親の、すこし警戒気味の声が聞こえてくる。それでも、相手がさやかだとわかると、
「あら、お久しぶり」
と、笑顔でドアを開けてくれた。
「咲子ね、ちょっと待ってて、咲子ーっ、さやかちゃんよー。…すぐ、くるから」
ドタドタ音がして、パジャマ姿の咲子があわただしく、階段から降りてきた。
「さやか、どうしたの、一緒に暮らすことにしたの?」
咲子はうれしそうだった。さやかは、そんな咲子に対して、お別れを告げなければならなかった。さやかが、お別れを告げると、咲子は表情を曇らせた。
「そんな遠くに行っちゃうんじゃ、1週間に一度どころか、1ヶ月に一度だって、無理だよね…」
「3年したら、戻ってきていいんだって。あっという間だよ」
さやかは咲子を元気付けようとするが、咲子は、
「明日から、また一人ぼっち。行かないで、さやか」
と、さやかの胸に飛び込んできた。玄関は、閉じられていた。
「私だって、咲子と会えなくて、寂しいよ」
「おちついたら、手紙おくってね」
「うん、きっと…」
さやかがいいかけると、不意に、咲子にキスされて、その口をふさがれた。
「私のファーストキスを奪ったんだからね、責任持って、絶対に帰ってきてよ!」
咲子はそういうと、家の中へ引っ込んで行った。涙を見せたくなかったのかもしれない。
さやかは、しばらくその場で、たたずんでいた。
部屋に戻った咲子は、明かりも付けずにベッドに顔をうずめて泣いた。
どのくらい時間が経過したのだろうか。いつの間にか泣きつかれて、眠っていたようである。咲子は、泣きはらした顔をして、起き上がった。
遠くで、飛行機のジェットエンジンがこだましている。
咲子は窓を開け、夜空を見上げた。
1機の飛行機が、明かりを点滅させながら、北へ向かって飛んでいく。
咲子はそれを見送りながら、
「さようなら、さやか」
そして、
「またね」
とつぶやいた。
(おわり)
平成25年9月23日




