14.さようなら、さとしさん
さやかも、舞子のマンションへ帰ろうと、公園を出た。駅まで歩いて15分ほど。あたりはすっかり日が暮れて、真っ暗になっていた。
「咲子、ちゃんと家に帰ったかな」
さやかは周囲をきょろきょろしながら、用心深く歩いていく。スカートは妙に足がひんやりして、それが夜の闇とあいまって、さやかの不安感を倍増させた。
失礼と思いつつ、後方に人気を感じると、警戒してしまう。男子だったころは、そんな女子を、自意識過剰なやつ、と笑っていたのに。
後ろからけたたましい車のエンジン音がした。さやかはびっくりして振り返る。その時、すでに車は、さやかの真横までやってきていた。
さやかが、助けを呼ぶ間もなく、ワゴン車のドアが開き、中から伸びてきた手によって、さやかは車内に引き込まれた。
「な、なにするの!」
さやかは叫んだが、車は既に走り出していた。
車内には。見覚えのある男二人の顔があった。さやかは思い出した。美羽とさやかを病院へ運んだ、施設の職員であった。
「やっとつかまえた。美羽のやつが、居場所はしらないってとぼけるから、手間取ったな」
運転席で、男の一人が、たばこをふかしながら、言った。
さやかは後ろの席にいた男によって、両手、両足を椅子に固定され、身動きがとれなくされていた。
「よし、施設へ向かうか」
運転席の男は、ハンドルを切ったが、助手席の男が、前の席に身を乗り出して、
「まてよ、どうせ、この女処分されるんだろ、だったら、いつもみたいにやっちまおうぜ」
「おいおい、ロリコンの趣味はないよ」
「でもさ、結構というか、かなりの美人だぞ。さすが、創られたものだけはあるな」
もう一人の男の言葉に、運転席の男は、さやかの顔を確認するように、振り返る。さやかは、自分をなめまわすように品定めする男の目が怖くて、目を逸らす。
「…そうだな、どうせ、人権なんてないやつだ。楽しむか」
さやかは、二人の会話が何を意味するのか、男子だったときの、記憶をたどり、うっすらと理解した。そして、さやかはただ、おびえていた。
施設へ向かうはずの車は、いつの間にか、幹線道路をそれて、わき道へ入っていた。
「施設へは戻らないのですか?」
さやかは、となりの男に話しかけた。すると、予告もなく突然こぶしで、頬を殴られた。一瞬気が遠くなり、口の中で血の味がした。
「うるさい! 寿命が少し延びるんだ。感謝でもしてろ!」
男の怒鳴り声は、違う世界から聞こえてくるようだった。
車はずんずんと人気のない山道へ入っていく。
「処分って、どんなふうにされるのですか」
殴られておびえきっていたさやかは、かぼそい声で、ていねいにたずねた。
男は、さやかの問いかけを無視して、黙って前を見つめていた。
やがて車は山の中で停車した。
運転席の男も、座席を乗り越えて後ろへやってきた。
男の一人がさやかのスカートを捲り上げた。フリルのついたショーツがあらわになる。さやかは、無意識のうちに叫んでいた。
「キャー! いやっ! いやーっ!」
「きゃー、だってよ、女みたいな声出しやがって」
男はあざけるように笑った。それでもなお叫び続けるさやかを、男は何度もこぶしで殴りつける。さやかは怖くなり、抵抗する気力を失った。
「うっ…、う…」
男はさやかにまたがると、ズボンを下ろした。
男子だった頃、自分にもついていたものが、さやかの目の前につきつけられた。でも、大人の男のそれは、さやかには、みたこともない、おそろしいものだった。怖くなって、目を閉じた。
「でも、こいつ、男だったんだろ?」
「いやいや、今は立派な女だよ、あそこもな」
そう言うと、男の一人が、さやかのショーツを乱暴に脱がせた。
「ほらな」
男はさやかの髪を乱暴につかみ上げ、
「なあ、お前はもうすぐ処分されるんだ。一緒に楽しもうぜ」
男が何をしようとしているのかわかる。でも、もうさやかは、恐怖と度重なる暴行で、すべてをあきらめきって、無表情になっていた。
男が無言で、さやかの足の間に、自分の腰を近づけた時、不意に車内が昼間のようにまぶしい光で照らし出された。
男たちはあわてて服を着て車外へ出る。車のヘッドライトを背景に、拳銃を持った美羽が立っていた。
「さやかという人を探しにきました。彼女のメガネに装着されたGPSは、このあたりにいると示しているのですが」
美羽は、さやかのメガネから送られてくる映像を通じて、すべて把握していた。男たちの弁解を聞く必要は、美羽にはなかった。
「あなた方は施設規則73条第2項第6号に違反しました。よって、同法131条の罰則規定により、直ちに処分されることになります」
美羽は冷たく言い放つと、何のためらいもなく、男達の心臓をめがけて、拳銃の引き金を引いた。
さやかが車内でもがいていると、銃声が2回聞こえてきた。それから、車のライトが消え、静寂が周囲を包む。
─美羽さん、もしかして、私を処分しにきたのかもしれない…。
しかし、逃げ出そうにも、両手、両足を縛られ、身動きが取れない。
車のドアが開き、美羽が姿を現した。
美羽はさやかに、拳銃を向けて、言った。
「もし、あなたが消えたいと願うなら、私がいまここで、苦しまないように、処分してあげる」
美羽の表情は、まっくらでわからない。機械的で抑揚のない声だった。
「わたし、好きな人ができたの…、だから、もう、死ぬわけにはいかない!」
さやかは、そういって、泣きながら首を振った。
美羽の手から拳銃が零れ落ちた。そして、さやかを縛っていた紐をほどくと、
「ぶじでよかった」
美羽に抱きしめられて、さやかは美羽が泣いていたことに気付いたのだった。
「さやかさん、手伝って」
美羽に促され、さやかは倒れている男の足を持ち上げる。胸から血を流して倒れている。死体を触るのは、気分のよくないものだった。当たり前のように作業する美羽を見て、こういう死体の処理に慣れているのだろうかと思い、すこし美羽が怖くなってしまった。
「この人たち、どうなるの?」
美羽の乗ってきた車の後部座席にすえられた、専用の箱に男のなきがらを収納しながら、さやかは美羽に聞いた。
「この人たちには、死ぬよりも強烈な罰が必要なので、体を再編成して、施設で働いてもらうことにします」
「ああ、だから頭を狙わなかったんだ」
「そう、心はもう回収したわ。どうやって働いてもらうか、じっくり検討させてもらいます」
「こいつらも、心の清掃が必要だね。いっそ、あたしみたいに女にしちゃったら、もうさっきみたいなこと、したいとも思わないし、できなくなるね」
「さやかが言うと、説得力あるよね」
美羽は、感心したように、わらった。
「それじゃあ、行こうか」
さやかが助手席へ乗り込んだのを見計らって、美羽は車を発進させた。車は、元の道へと戻って行った。




