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13.さやかの好きなひと

 さやかが舞子のところへ身を寄せて、1ヶ月が過ぎた。戸籍も住民票もないさやかは施設のうしろだてがなければ、学校へも通えない。児童相談所に駆け込んだところで、すぐに施設に連絡され、つかまえられて、処分されてしまうだろう。施設にとって、さやかは、もはや欠陥品で矯正は不可能であると認識されているのであった。

 大造夫婦のところは、常時施設の職員が監視しているに違いなかった。

 そのため、さやかは部屋にこもりがちだった。舞子のため、家事全般を引き受けていたが、狭い家に二人暮らしとあっては、することもすぐなくなってしまうので、暇を持て余していた。

 舞子からは、施設の人に見つかるといけないので、外出は控えるように言われていた。

 でも、ちょっとだけならと思い、咲子の様子を見に行こうと心に決めたさやかは、舞子が塾へ出かけて行った後の、午前11時に、こっそり、部屋を出て行った。舞子が帰ってくるのは、塾の先生という仕事柄、夜の1時過ぎになることが多かった。それまでには、間違いなく戻れるはずだった。

 咲子のいる町まで、電車で一時間ほどである。駅に降りると、見慣れた風景が目に飛び込んできた。さやかは、咲子のところへ派遣されていた時のことを思い出し、なつかしさで胸がいっぱいになった。

─あの時は、何もしらなかったな…

 それはそれで、幸せだったのかもしれない。さやかは、ふとそう思った。


 さやかは下校時間になるまで、学校近くの図書館で時間をつぶしてから、咲子の通っている中学校へ向かった。

 目立たないよう、校門の向かいあるコンビニエンスストアで本を立ち読みするフリをしながら、咲子が出てくるのを待った。

 中学校のチャイムが聞こえてきた。部活に入っていない生徒がちらほらと校舎を出てき始めた。さやかのいる店へ入ってくる子もいたので、さやかは本で顔を隠しながら、校門を見張っていた。

 そして、咲子がとぼとぼと校門から出てくるのを見つけた。

 花音たちと仲直りしたはずだが、今日は一人だった。さやかは心配になったが、咲子に会うには、一人でいるほうが都合はいい。

 さやかは店を出ると、を気付かれないように、咲子のあとをつけていった。

 咲子は家と正反対の方向へ歩き出した。そして、ずっと以前にさやかとの約束をすっぽかした図書館へ入っていった。

 電柱の陰から、その様子を見ていたさやかは胸が詰まった。

─もしかして、あれから毎日ここへ来ているのかもしれない…。

 いてもたってもいられず、さやかは図書館に向かって走り出した。あまり急いでいたので、自動ドアに衝突して、頭をぶつけてしまった。その音に館内の人たちが一斉にさやかを見た。そして、咲子と目があった。

「さやか!」

咲子は思わず大声を上げてしまって、ハッとして口をつぐんだ。カウンターに座っていた書が、しかめつらでポスターを指差している。

”館内では静かにしましょう”

さやかは、口に手を当てて赤面している咲子に歩み寄った。そして、咲子は、

「おそくなってごめんね、勉強、おしえて」

とそっとさやかの耳元に口を近づけて、涙まじりに言ったのだった。


「学校は楽しい? 花音たちとうまくいってる?」

公園のブランコを軽く揺らしながら、さやかは言った。すると咲子は、わらって、

「うん、さやかのおかげで、花音とも仲直りできて…」

そこまで言って、咲子の瞳からは、笑顔のまま涙があふれてきた。

「えへへ…、さやかを心配させまいと嘘ついてみたけど、だめだった…」

「無理しなくていいよ」

さやかはブランコからパッと飛び降りると、うつむいている咲子の手をとり、二人分のかばんを携えて、一緒にベンチへ腰掛けた。

 咲子はさやかと再会して、気が緩んだのか、かばんを抱えたまま、泣き続けていた。

「ごめんね、ずっとそばにいてあげられなくて」

「さやか、どうして、お別れもしないて、とつぜん転校しちゃうの? それにどこへ行ったのかも、教えてくれないの?」

咲子の疑問に答えるには、真実を話すより仕方ないと、さやかは思った。

「咲子さん、あのね…」

さやかは、咲子に向き直るように、腰掛けなおした。そして、自分が施設から派遣されていたことや、自殺した男の子の生まれ変わりということを咲子に打ち明けた。

「それ、本当? 転校先を教えたくないからって、からかってるんじゃないでしょうね。信じられないよ…」

さやかが、すべてを話し終える頃には、咲子は泣き止んでいた。そして、咲子は、

「私と友達なのも、仕事だったから?」

「それは、ちがうよ。だとしたら、施設から脱出したのに、わざわざ会いにこないよ」

「私の家で、一緒に暮らそう」

咲子は、さやかを見つめて言った。うれしい提案だが、そうなれば、施設は、さやかの処分のために、咲子やその家族になにかするかもしれない。それに、2、3日ならともかく、いくら友達とはいえ、ずっと他人様の家に厄介になるわけにはいかない。

「落ち着いたら、住所教えるから…、時々、会いに来るから」

さやかは咲子をなだめて、そっと涙をハンカチで拭いてやった。

「さやかの中に、さとしさんは、まだいるの?」

咲子は涙で潤んだ瞳をさやかに向けた。さやかは恥ずかしそうに、ちいさくうなずいた。

「うん、それでね、さとしが、咲子のこと、好きだって…」

顔を赤らめて、さやかは言った。咲子はびっくりして、

「あはは、あたしたち、女の子同士だよ」

さやかは、そう言ってわらっている咲子の肩に手を添えて、そっと自分の顔を近づけた。さやかは自分でも、どうしてそんな行動に出たのか、わからなかった。

「咲子さん、大好き…」

咲子は静かになった。さやかの態度が冗談ではないとわかったからようだった。さやかのすぐ目前に、咲子の戸惑った表情があった。

「あっ! だめ、だめだよ!」

咲子に押し戻されて、さやかはハッと我に返った。

「ご、ごめんね、さやかが嫌いなわけじゃないけど、でも、ね…」

と、咲子は、必死で弁解した。

「また、今度ね」

咲子はそう言うと、時計を見て、立ち上がる。

「あ、もう6時だ。そろそろ帰らないと、お母さんにおこられる。

 気がつけば、公園は夕闇に覆われはじめていて、さっきまで遊んでいたはずの人たちも、すでに帰ったらしく、さやかと咲子しか残っていなかった。

「さやか、今日はわたしの家に泊まっていきなよ、お母さんも、さやかさんはいい子って言ってたから、だいじょうぶだよ。それに、このあたりは、近頃、変質者が出没してるんだって、あぶないよ。もう女の子なんでしょう?」

咲子が言うと、さやかはうなずいて、

「ありがと、また今度、お願いね」

 そして、咲子は、名残惜しそうに、何度もさやかを振り返って、家に帰って行った。咲子の家まで、ここから5分とかからない。さやかは安心して、見送った。

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