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002「寿限無」

登場人物

寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長子――――名前が長い。

金ちゃん――――友達。


女将――――母親。

尼――――名付け親。


読了時間:約13分(6,016文字)

 小説のキャラクターに名前を付ける時、僕にはちょっとした拘りがあります。

 小説家になろう様において現在連載させていただいている百合小説【最強と少女】から一例を挙げますと、『干于千《かんうせん》』や『左右田右左口《そうだうばぐち》』といった名前のキャラクターが登場するのです(二人ともメインキャラクターです)が、これらは即興的に考えたものでなく予め用意しておいたストックから使っているものです。

 キャラクターに名前を付ける時に意識していることは二つありまして、一つは「言葉遊び」、もう一つは「出来るだけ簡単な漢字を使う」というものです。

 干于千の例で言いますと、三文字とも似た漢字であり、尚且つ複雑な字面の漢字は一つもありません。いちど見さえすれば、小学生でも名前を書くことは出来るでしょう(順番がごっちゃになるというケースは考えられますが)。

 左右田右左口の例で言いましても、苗字と名前が似た字面であり、「左」・「右」・「田」・「口」その四種類とも全てが小学一年生で習う漢字となっております。とても書きやすい名前です。

 こういった名前の付け方をするのは、簡単な漢字を使ってこそ読者様に覚えて貰えるだろうという意図があってのことです。そして何かの折に閃いたら、メモ帳へストックするよう日頃から心がけているわけです。

 名前のストックはもう五十個くらいになると思うのですが、その一例を挙げますと、「一一《にのまえはじめ》」や「皆々南《みなみなみなみ》」や「八二力厶《やふたつりきし》」など実に多彩な名前がメモ帳の中で眠っております。ここで紹介した名前もいつの日か使う時が来るかもしれません。

 名は体を表すという言葉もある通り、キャラクターにとって名前というものは非常に大事なものです。ストックからチョイスする時はいつも考慮に考慮を重ねた末やっと名付ける、それほど重要なものだと僕は考えています。

 もちろん名前が大事だという考えは小説のキャラクターだけに限った話ではありません。昨今の世間では多種多様……と言いますか奇妙奇天烈な名前を子供に付けることが流行っている向きがあるそうですが、それらは全て子供を思っての事、子供にこんな風に育ってほしいからという願いがあってのことです。

 子供が生まれた時はどんな親だって嬉しいものです。だからこそ名前を付ける際あれもこれもと色んな願いを込めたいと思う訳ですが、あまりにも願いの度が過ぎるからこそ奇妙奇天烈な名前になる場合もございまして……


 *


女将「こんちわ!」


尼「おや。八つぁんとこの女将さんじゃないかい」


女将「へへへ。どうも」


尼「珍しいね。長いこと顔を見せなかったが、どうかしてたのかい?」


女将「いや、実を言うとあたしんとこね、子供を授かりましてね」


尼「おや子供をかい。そりゃ目出度いね」


女将「ありがとうござぁす」


尼「男の子かい? 女の子かい?」


女将「女の子でさぁ」


尼「そうかいそうかい。女の子かい。それで? 生まれてどれくらいになるんだい?」


女将「ええ。今日でもってしてちょうど初七日でございますわ」


尼「初七日!? あら……。そりゃ悪い事を聞いちまったね……」


女将「あん?」


尼「そうとは知らずに目出度いなんて言っちゃって……」


女将「どうしたんでぇ? 子供が生まれたらそりゃ目出度えよ」


尼「自分で目出度いと言うか……。いや、しかし初七日じゃあね……」


女将「さっきからどうしたんだい。初七日初七日って」


尼「だって初七日ってことは、あんたんとこのお子さん、亡くなったって事だろ?」


女将「なぁにぃ!? 冗談いっちゃいけねえ! あっしのとこの子供ぁぴんぴんしてますよ!」


尼「……?」


女将「勝手に子供を殺さないでくれますかね!?」


尼「いや……、え? だってあんた、初七日って言ったじゃないか?」


女将「生まれて七日目ってことでさぁ!」


尼「…………。それを言うなら初七日じゃなくてお七夜だよ」


女将「あっ! それそれ! お七夜だよ!」


尼「縁起でもない勘違いをするねぇ……」


女将「わりぃわりぃ」


尼「それで? それを教えてくれるためにわざわざお寺まで来てくれたってのかい?」


女将「馬鹿、そんなわきゃねぇよ」


尼「馬鹿と言われちまったよ……」


女将「いやね、子供が生まれたのはいいんですがね、どうも名前が決めらんなくて」


尼「名前?」


女将「そう。やっぱし子供にはいい名前を付けたいもんじゃない? 子供が生まれる前からいくらかいいのを考えてたつもりなんだがね……、どれもこれも合わねえって気がしてきてね」


尼「へえ。それであたくしに名前を付けてもらおうと?」


女将「そう! いやあ話が早いね!」


尼「なに。お前さんの言いたいことくらい分かるさ」


女将「尼さんのことだからいい名前の一個や二個くらいは知ってるんじゃねえかと思っての頼みでもってして。どうかひとつ頼まれちゃくれねえだろうか?」


尼「いいとも。名付け親になれるってのはなかなか嬉しいもんがあるからね」


女将「ありがたい! そんじゃあね……あたしは、子供には長生きしてもらいたいって思ってるんだ。長生きしそうな名前を教えとくれ」


尼「長生きか……。そうだねえ……」


女将「なんかあるかい?」


尼「そうだいいものがあった。寿限り無しと書いて、寿限無と読む名前があってね」


女将「寿限無?」


尼「そうだ」


女将「寿限無っていうと、あの雲に乗ってとげとげを落としてくる嫌な敵かい?」


尼「そうじゃないよ。いやね、寿限無ってのは、その名の通り寿が限り無いって意味で、とても目出度い名前だね」


女将「へえ! なんだかよく分からねえが、何となく目出度たそうだ! 他には?」


尼「五劫の擦り切れってのもあるね」


女将「何? ごぼうのすりこぎ?」


尼「そうじゃないよ。五劫の擦り切れってのはね……水で岩を擦り切る、それを一劫と言ってな。それが五回分ってんだから、とても長い年月がかかるだろう? 長くて、だから目出度いんだね」


女将「なるほど目出度えや。他には?」


尼「海砂利水魚ってのもあるね」


女将「海砂利水魚っていうと、くりぃむしちゅーの旧名かい?」


尼「そうじゃないよ。海の砂利や水の魚たちってのは限りなく多いだろう? だから目出度いんだ」


女将「なるほど目出度えや。他には?」


尼「水行末・雲来末・風来末ってのもあるね」


女将「なんでえそれ? ずいぶん強そうだね」


尼「水・雲・風ってものは果てしが無いだろう? 果てしがないもんはね、長いからね、目出度いんだ」


女将「なるほど目出度えや。他には?」


尼「食う寝る処に住む処ってのもあるね」


女将「なんだそりゃ? それ名前なのかい?」


尼「人間ってのはね、やっぱり衣食住がそろってなきゃ長生きできない。それが揃ってるっていうこの名前はね、目出度いんだよ」


女将「なるほど目出度えや。他には?」


尼「藪ら柑子の藪柑子ってのもあるね」


女将「藪? 下手な医者のことかい?」


尼「そうじゃないよ。とても長生きする木の名前さ。いわゆる常緑樹ってやつでね、目出度いんだ」


女将「なるほど目出度えや。他には?」


尼「パイポ・シューリンガン・グーリンダイ・ポンポコピー・ポンポコナーってのもあるね」


女将「へえ。外国の名前かい?」


尼「パイポ王国という国があってね、そこで長生きした貴族様の名前だそうだ。あやかってみるのも目出度かろう」


女将「なるほど目出度えや。他には?」


尼「長久命ってのもあるね」


女将「長久命! おお。やっとまともなのが出たね」


尼「字面通り長く久しい命って意味で、長生きさせたいのにはぴったりな名前だね」


女将「なるほどなるほど。他には?」


尼「こいつはあたくしが子供を授かった時に付けようと思ってた名前なんだがね……長子というのがある」


女将「長子ぉ? ははっ。今までと違って、個性がねえや」


尼「名前に個性なんていらないんだよ。ただ長く生きてほしい女の子という願いを込めるだけでいいのさ。目出度いだろう?」


女将「目出度えなあ。なるほどなあ。やっぱ尼さんはいっぱい知ってんだなあ」


尼「なにか気に入った名前はあったかい?」


女将「うーん……。ちょっと家に帰ってよく考えたいんで、紙に書いてもらえませんかね?」


尼「よしわかった。じゃあちょっと待っときな……」


 そうして女将さんは名前の書いた紙を貰って家に帰りました。

 帰ってから、さあどの名前を付けるかと迷いに迷います。どれも目出度いから、どれも捨てがたい。そう思って、いっそのこと貰った名前を全部付けることにしてしまいました。



 名前のご利益があったのか、名前を付けられた娘はすくすくと成長いたしました。小学一年生にもなると仲の良いお友達も出来たようで、学校へ一緒に登校しようと毎朝来てくれるのでございますが……


金ちゃん「おーい! 寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長子ちゃーん! いっしょに学校へ行こー!」


女将「おやぁ。金ちゃん。毎朝どうもねえ」


金ちゃん「おばさんおはよう!」


女将「すまんねぇ。うちの寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長子はねぇ」


金ちゃん「?」


女将「まだ寝てんのよ」


金ちゃん「寝てるの!?」


女将「ちょっと起こしてくるから待っとくれ。おーい! 寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長子! お友達が来てるぞぉい! 早く起きて学校に行きなさぁい!」


金ちゃん「おばさん。来ないね」


女将「まったくあんのガキはぁっ! おーい! 寿限無寿限無五劫の……」


金ちゃん「おばさぁん。もう一回聞いてたら学校に遅刻しちゃうよぉ」


女将「あら。すまんねぇ。先に行っててくれるかい?」


金ちゃん「はーい!」


 確かにすくすくと成長はしたものの、やはり長い名前を付けられた弊害というものも現れてきます。

 それから娘が十七歳の高校二年生にまで育つと、こんなこともあったようで……


 *


 昼休み。


「ご、ごめん。待った?」

「う、ううん……。待ってないよ……」

「そっかぁ。よかったぁ」


 切れ切れの息で少女は安堵した。

 それから問う。


「でもどうしたの金ちゃん? 体育館裏になんか呼び出したりして……」

「そ、その……」

「?」


 金ちゃんはもじもじとした。

少女はその様子を訝しそうに見るが、どういう訳かを察することは出来ない。

 金ちゃんは思い切ったように言う。


「あ、あのね! わ、私、その……あなたのことが……」

「私のことが?」

「そう……。寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長子ちゃんのことがね……」

「?」

「す、好きなの!」

「!?」


 告白された少女は、大きく驚いた。


「す、好きって!? ど、どういうこと……!?」

「そ、その……、寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長子ちゃんとね……付き合ったりしたいなーって……」

「そ、それじゃあなに? 私こと寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長子は、小学一年生のころからの幼馴染である金ちゃんに恋愛的な意味で告白をされたってこと……?」

「うん……」

「そ、そっかぁ……」


 少女はぽりぽりと頬をかく。


「ど、どうしてかな?」

「え?」

「その……、どうして私と付き合いたいって思ったのかな?」

「それは……」

「うん」

「寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長子ちゃんと一緒にいるだけでドキドキして……」

「うん……」

「寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長子ちゃんといると、胸がきゅうってして……」

「う、うん……」

「寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長子のことを、気付いたら考えてる自分がいて……」

「う、うーん……」

「女の子同士だけど、もうどうしようもないくらい好きだって気付いたのぉ……!」


 金ちゃんは赤面となった顔を隠して、座り込む。

 それを見た少女は慌てる。


「わ、わぁぁ! 大丈夫だって! そんな変なことじゃないから! ね!?」

「変じゃないかなぁ……」

「変じゃないよっ! だから顔を上げて!」

「寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長子ちゃん……」


 金ちゃんは顔を上げた。


「…………」


 少女は一呼吸おいて、心の内で決心を固める。


「うん……。うん。いいよ!」

「ふぇ……?」

「私たち、付き合おう!」

「え? え!? い、いいの!?」

「なに言ってんの! 私たち小学一年生からの付き合いじゃない!」

「うぅ……。寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長子ちゃぁん……」

「んー!」


 少女と金ちゃんは抱きしめあった。

 金ちゃんは言う。


「そ、それじゃあ帰ろ……?」

「うん。もうお昼休みが終わっちゃうかもしれないからね。教室に帰ろう」

「ううん。家に帰ろう」

「え? 家に? どうして?」


 少女は疑問そうに首を傾げた。

 金ちゃんは指差す。


「時計、見てみて」

「ん? ……あっ!」


 振り向いた少女は、差されていた時刻を見て愕然とする。

 そして金ちゃんはこう言った。


「あんまり名前が長いから、放課後になっちゃった」

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