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001「女の子同士の恋愛は気持ち悪い」

登場人物

相沢煙管あいざわきせる――――高校二年生。折り目正しい。

緑崎玉みどりさきたま――――高校二年生。ぼけっとしている。


読了時間:約16分(7,894文字)

「嘘吐き・ゴキブリ・カップヌードルの妙に剥がれにくいシール……私にもいろいろ嫌いなものがあるけれど、それでも『女の子同士の恋愛』以上に気持ち悪いものはないと思うわ」


 相沢煙管は嫌悪するように言った。

 それに対して、


「えー? そんなことないと思うけどなあ」


 と、緑崎玉は軽く相槌した。


 学校帰りのファーストフード店。

 二人の女子高生は、とくに深くもない雑談を興じている。

 それはとても有り触れた日常の一風景と言えたもので、どこからどうみてもごく普通の会話だった。


「何? 玉はそういうの好きな子なの?」

「んー。別にそういうわけじゃないけど」


 ふうん、と相沢煙管は顎に手をやる。


「私は、別にね、女の子同士の友情を否定したいってわけじゃないのよ」

「そうなの?」

「そうよ。それは別にいいじゃない。仮にそれが駄目だっていうなら、この世に友達と呼べる間柄が無くなるもの」

「わー。それは大変だねえ」

「大変も大変よ。もうみんな戦争して死ぬしかないわ」

「怖いなあー」


 相沢煙管はポテトを抓んだ。

 それを口に入れるでもなく、見せ付けるようにしながら主張する。


「で、も! 女の子同士でいちゃいちゃするのは駄目ね」

「えー? どうして?」

「気持ち悪いからよ! もう……ね! どれっくらい気持ち悪いかって言うと、このポテトをマックシェイクに浸して食べるくらいに気持ち悪いわ!」

「それは気持ち悪いねー。食べられないかも」

「気持ち悪いって言うか、もはやおぞましいわ」


 そうやって『女の子同士の恋愛』について一頻り主張を終えると、相沢煙管はようやくポテトを口に入れた。

 それを見計らったように緑崎玉も自分のハンバーガーに噛り付いた。


 しばし食事休憩が入った後、緑崎玉は緩い口調で言う。


「でもふぁ……、ふぉんなに嫌わなくてもいいんらなふぃ?」

「食べ終えてから喋りなさい」

「ふぁい」


 ごくんと呑み込んで、緑崎玉は再度言う。


「そんなに嫌うことはないと思うけどなあ……、女の子同士の恋愛」

「何? 玉はそういうのに興味があるってことなの?」

「んー。そうじゃないけどさ」

「そうじゃないの。じゃあどうして?」

「どうしてって言われると難しいけど……。まあ……単に、いいんじゃないかなーって」

「それはちょっと適当だと思う」

「適当かなあ?」

「適当よ」


 相沢煙管はコーラをちゅうーと啜り、喉を濡らしてから言う。


「そんなものを許してみなさいよ。どうなると思う?」

「どうなるの?」

「この世の終わりよ」

「終わりかなあ」

「終わりも終わりよ。だってそんなものを認めたら、誰も結婚しなくなるじゃない。そうしたらこの世は終わりよ」

「うーん……」

「つまり女の子同士の恋愛は、戦争と同義ということね」

「めちゃくちゃだぁ」


 この主張には流石に不信感を覚えたらしく、緑崎玉は納得しかねる調子だった。

 ふと気づいたように緑崎玉は言う。


「あれ? でもそんなことになるとは限らないんじゃないかな?」

「何が」

「何がって……。えっと……その、女の子同士の恋愛を認めたとしても、みんながみんな女の子と恋するわけじゃないって、思うんだけど」

「…………」

「あれ? 違うかな?」

「……そうね。そうだわ。別にみんながみんな女の子を好きってわけじゃないわよね」

「?」


 なぜか相沢煙管が静かになったのを見て、緑崎玉は変な気持ちになった。


(煙管ちゃん、なんか変だなあ。でもよく分かんないなあ。私あんまり頭よくないしなあ……)


 自虐的にそんなことを考えて、緑崎玉は気にすることをやめた。


「まあ好きにしろってことなのかしらね、結局」


 相沢煙管は急に投げやりな風になり、適当な結論を出した。


「うん。好きなようにした方がいいと思うよ」

「そうよね……。玉もそう思う?」

「え?」


 どうしてか再確認を取られるように質問され、緑崎玉はわずかにきょどった。

 しばし「えっと……」と頭を悩ませて、質問に対する答えを模索する。


「まあ別にいいと思うよ?」


 緑崎玉はそう答えた。

 しかしこの答えは、かなり適当なものだった。

 相沢煙管が再確認する意図が掴めなかったので、とりあえず同意しただけであり、そこに自分の具体的な意見は存在しない。

 仮にさらに質問を掘り下げられたらしどろもどろになる展開だった。


「そう」


 相沢煙管は一言だけ言って、大人しそうにコーラを啜る。

 緑崎玉は、内心ほっとしてハンバーガーに噛り付いた。


「女の子同士の恋愛……」


 反芻するように相沢煙管は呟いた。


「玉は……本当にそれを気持ち悪いと思わないのよね?」

「…………」


 しつこいくらいだった。

 相沢煙管の念押しを前にして、緑崎玉は何となく思う。


(何だろう。もしかして本当はしたいのかなあ。うーん。コンプレックスの裏返しとか? 煙管ちゃん、そういうのって慎重になる性格だからなあ――ちょっと確認してみようかな?)


 相沢煙管は慎重な女子である。

 それは彼女の規律正しさからくる性癖である。

 彼女の学校での立ち位置は学級委員長であり、その折り目正しさと言ったら呆れるくらいのものがあった。

 要約すると、相沢煙管といると大抵の人間は疲れてしまう。


 しかしこの緑崎玉は違う。

 元よりぼけっとしている風の緑崎玉からすれば、相沢煙管の常識人ぶりには感服さえしていた。

 緑崎玉は自分より頭の良いと思った人に逆らわない。

 素直に言う事を聞いていた方が得だと思うし、また楽だとも思っている。


 正反対の二人だが、それゆえに相性は中々の彼女たちなのである。


 付き合いが長くなると互いの性格もおおよそ分かってくる。

 相沢煙管の慎重さについてもだいぶん熟知している緑崎玉である。


(慎重になるのは……それをしたくても出来ないから)


 緑崎玉はそこまで推し量った。

 そこまで推し量ったが、


(いや、でも煙管ちゃんが女子といちゃいちゃしたいなんて思うのかなあ……。どうだろう。もし違ったら嫌だしなぁ……)


 と消極的な方に考えが行った。

 考えが消極的になると、言葉も消極的になる。

 だから緑崎玉は、半ば適当な風に答えた。


「人それぞれ好きなようにしたらいいんじゃないかな? 私そういうのよくわかんないけど……、気持ち悪いとは思わないよ」

「そう……。ふうん。そうなの」


 相沢煙管はそう言った。

 すると突然、俯いた。

 相沢煙管は下を向いたきり動かない。

 そのアクションを見て緑崎玉は、(あ、あれ? なにか失敗したかな?)と大いに不安となる。

 不安となるが、不安ゆえにどうしたらいいのか分からず、掛ける言葉を見付けることが出来なかった。


 しかし――言葉を掛ける必要など最初から無かった。

 何故ならこの時、相沢煙管が俯いたのは――にやついた笑顔を隠すためだったからである。


 そうして二人は食事と雑談を終えた後、帰途に着いた。



 *



 次の日の放課後。


(煙管ちゃんと一緒に帰りたかったなあ)


 緑崎玉は一人でそんなことを考えて、寂しそうに下駄箱から靴を出した。


(委員長って大変だよねえ。よくわかんないけど色々仕事があるって言ってたし……)


 相沢煙管は学級委員長である。

 それゆえ他の生徒よりも多忙であり、帰る時間が遅くなるのもよくあることである。

 今日二人が一緒に帰れないのも委員長の仕事ゆえだ。


 いつものことだとは思うものの、一緒に帰れないのは嫌なものだ。

 緑崎玉は深くそう思った。


(んー……)


 ふと昨日のことを思い出す。


(女の子同士の恋愛かあ……。まあ悪いことではないはずだよね)


 そういったん前置きをしてから緑崎玉は思う。


(私、煙管ちゃんのこと、好きだったりするのかな……?)


 緑崎玉はそう思った。

 自分自身に対してそう問いかけたのは、『一緒に帰りたいと深く思っていた自分に気付いた』からである。


 もしかすると知らぬ間に恋心が芽生えているのかもしれない。

 そう思ったのは――もちろん昨日の会話が所以である。

 今まで思いもしなかったけれど、そう言われてみるとそんな気がしないでもない。


 ひょっとすると相沢煙管が昨日『女の子同士の恋愛』を雑談の話題に挙げたのは、そういう自分の気持ちに勘付いたからなのかもしれない。

 緑崎玉が恋愛感情を抱いていると勘付いたからこそ、先回りして話題に挙げてくれたのかもしれない。


(でもそうなると煙管ちゃんと結ばれないってことになるのかな……)


 相沢煙管が最初に主張したのは『女の子同士の恋愛=気持ち悪い』である。

 それが未だもってして変わってない意見だとすると、自分が気持ちを打ち明けたとしても気持ち悪がられて終わるだけだろう。


(まあまだ好きって決まったわけじゃないけど……)


 緑崎玉は考えるのをやめた。

 少し難しかった。


(それに友情ならアリって言ってたしね。うん。しばらくはお友達でいとこう)


 急いで気持ちを打ち明ける必要はない。

 そもそもこの気持ちが恋かどうかも分からないのだ。

 そんな状態で打ち明けても意味があるとは思えない。

 流石の緑崎玉でもそれくらいのことは分かっていた。


 自分の気持ちに整理を付けて、学校を出ようとする。


 と――


(あ)


 そこで気付いた。


(うわあ……。体操服忘れちゃってたよ……。私ったら馬鹿だー)


 緑崎玉は自虐的にそう思った。


(取りに帰ろうかな。面倒くさいかな……)


 どうしようかとしばし迷ったが、


(いや、やっぱり取りに行こう)


 そう決断した。

 緑崎玉は再び上履きに履き替えて、廊下を歩いていく。

 自分のクラスの教室に向かっていくために歩いていく。


 ――この忘れ物と気まぐれが波乱の幕開けになるとは思いもしなかった緑崎玉だった。



 *



(そういえば煙管ちゃん、何の仕事で居残りさせられてるんだっけ?)


 廊下を歩いている途中、緑崎玉はお友達について考えを寄せていた。


(なんかよく分からなかったんだよなあ。妙に早口で説明してたし)


 別れ際のことを思い返してみる。

 委員長の仕事云々で今日は二人で帰れないと説明していた時の相沢煙管は、どうにも不審だったように感じる。

 不審というか怪しいというべきか。

 何か、嘘を吐いているかのようだった。

 緑崎玉は思い返してみて、そう思った。


(嘘……? でも嘘なんて、そんな)


 あの折り目正しいお友達が嘘を吐くとは思えない。

 本人の口からも嘘吐きは嫌いだと昨日の雑談中にハッキリと明言されている。

 相沢煙管は嘘を吐かない、緑崎玉はそう信じている。

 彼女の性格についてよく熟知している緑崎玉だからこそ、強くそう信じている。


(それに嘘だったとして、何がどうなるんだろう? 何のために嘘を吐いたっていうんだろう)


 嘘を吐く理由が分からない以上は、嘘かどうかの断定など出来ない。

 嘘を吐く理由。

 考えられるとすれば――


(昨日のことと関係してるのかな?)


 相沢煙管が嘘を吐くとは思えないが、万が一に嘘を吐いていたとすると、昨日のことが関係している可能性がある。

 直感だが、そんな感じがする。

 それが何なのかまでは分からないし、


(まあ別にいっか。うん。何でもいいや)


 と投げやりな結論を出して考えを打ち切った。

 難しいことは考えない、それが緑崎玉の思想である。


 多少なりとも考えを進めていれば、この後に起こる出来事に心の準備が出来たかもしれなかったが――


(よし。着いた)


 自分のクラスの前に到着した。

 それを契機に難しい考えを打ち切った。


 扉は前も後ろも閉まっている。


(誰も居なさそう)


 放課後の教室内で見知らぬ誰かと出くわしたら何となく気まずい。

 しかし中から話声などは聞こえてこないので、どうやらその心配は必要なさそうだ。


 扉に手を掛けて、開く。


 この時、緑崎玉は油断していた。

 教室内に誰も居ないと確信してしまったのだ。

 耳を澄ませば教室内から漏れている音に気付けたかもしれなかったのに、何かを吸い込むような何かを嗅ぐかのような謎の音にも気付けたかもしれなかったのに――


 そうとは知らず、教室の中の様子を目に入れる。


(え……?)


 すると――


「ん……あっ……♥ はぁ♥ クンクン……んふぅ……♥ 好き……♥ す、好きぃ……♥ クンカ……クンカ……っ♥ んふ……♥ んはぁぁぁぁぁ……♥ すご……♥ この匂い、たまんなひぃ……♥」


 驚くなかれ、そこには変態がいた。

 緑崎玉は突然の事態に目の前の出来事が呑み込めず、目を丸くする。


(な、な、何……!?)


 呆然と立ち尽くして動けない。

 変態はこちらに気付いてないらしく尚もクンクンとやっている。


「んぐ……♥ ん……♥ すぅぅー♥ ……♥ はぁー♥ もう……♥ これ♥ どんだけいい匂いなのよ……♥ お花畑みたいな香り……っ♥ クンコクンコ……♥ んふ……♥ んふぅぅーっ♥」


 一人しか居ない教室内、変態が何をしているのかと言えと、膝を付きながら体操服を頻りに嗅いでいるのだった。

 それも短パンの方をである。

 まるで短パンで顔を拭くかのごとく顔をゴシゴシとやって、「ンコッ♥ ンォォッ♥」という喘ぎ声にも似た嫌らしすぎる声を上げつつそれの匂いを嗅いでいる。


 体操服を嗅ぐというのは、誰がどう見ても変態行為である。

 言うまでもなく温厚な気質の緑崎玉にとってもそれは変わらない。

 目の前で跪いている人物を変態だと認識している。


 しかし緑崎玉には、それよりも驚くべき要素があった。


「……っ!」


 緑崎玉は一瞬だけ口籠る。が、ここで退いてはならぬと思い、思い切ってその人物の名を挙げた。


「煙管ちゃんっ!」


 驚くなかれ、そこにいた変態とは、折り目正しい委員長であるはずの相沢煙管その人だった。


「ンゴッ♥ んおぉぉッ♥ しゅきッ♥ しゅきッ♥ しゅきぃぃぃぃッ♥」

 聞こえてないようだ。

「煙管ちゃん! ねえ、煙管ちゃぁんっ!」


 緑崎玉は駆け寄って、その変態、相沢煙管の肩を揺さぶった。


「な、何やってるの煙管ちゃん!」

「ふごっ♥ ふごっ♥」

「落ち着いて! ね! 落ち着いて!」


 頬をぺちぺちとやる。

 それを受けた相沢煙管は、


「ふぐ……、ん? ふぇ?」


 と呆けた顔になり、そして一転、


「……!? な、な……! 玉!? どうしてここにっ!?」


 と教室中に響き渡るほどの声で叫んだ。

 相沢煙管はいきなりのことに驚いたので、勢いに任せて二・三歩ほど後退りした。

 その間、握っている体操服を離そうとはしない。

 むしろ絶対に離すまいという頑なな意思さえ窺えた。


「玉、どうしてここにいるの!?」

「そ、それはこっちの台詞だよ煙管ちゃん! 委員長の仕事はどうしたの!?」


 まさか自分の短パンを嗅ぐことが委員長の仕事というわけではあるまい。流石の緑崎玉でもそれくらいは分かっている。


「い、委員長の仕事……?」

「だって今日、それがあるから一緒に帰れないって……」


 相沢煙管はしばし迷った。

 ここで何とか弁解して言い逃れしようか。

 そう思ったものの、けれども先ほどまでの変態行為を見られていたことは確実であると思い及ぶ。

 そうなると何をどう言いつくろったところで効果があるとは思えない。

 それゆえ相沢煙管は観念して、正直に答えることとした。


「う、嘘よ……。委員長の仕事なんて、本当は無いのよ」

「嘘……って、そんな……!」

「私が今日帰れなかったのは……、その、これするためだったのよ……」

「これするため……」


 つまり緑崎玉の短パンを嗅ぐためという意味である。


「そのために嘘を吐いたの!」

「そ、そんなぁ!」


 嘘吐きが嫌いだと言っていたのに嘘を吐いていた。

 その事実が緑崎玉にとってはショックだった。

 相沢煙管はしゅんとする。


「やっぱり気持ち悪いわよね……」

「え……?」

「こんな事して、やっぱり気持ち悪いって思ったでしょ?」

「…………」


 昨日言っていた『女の子同士の恋愛=気持ち悪い』という意見、それとしつこいくらいの念押しはこれを暗示していたのか。

 緑崎玉は遅まきながらそう気付いた。


「駄目だって分かってたのよ。こんなことしちゃいけないって分かってたの。でも……してみたいなって気持ちが抑えられなくて」

「が、我慢はしてみたんだよね」

「うん……。三ヵ月くらいは我慢したわ」

「そ、それは……ずいぶん我慢してくれてたんだね……」

「でも無理だった! どうしてもしたかった! 玉の匂いを感じたくてしょうがなかった! 玉の穿いた体操服に鼻を付けて、フゴフゴってやりたかった!」

「…………」

「だからね、私、訊いたのよ。昨日……。気持ち悪くないかなって訊いたのよ。そうしたら玉は平気そうに『気持ち悪いとは思わないよ』って言うから……。いいかなって」

「ええー……」


 昨日言っていた『気持ち悪いとは思わないよ』というのは『女の子同士の恋愛』に対してである。

 あんな変態行為を許した覚えはない。

 それは相沢煙管も分かっているようで、俯き、謝罪の言葉を口にした。


「ごめんなさい……」

「煙管ちゃん……」


 急に同情心が沸いてきた緑崎玉は、それ以上の追及を止めて、宥めるように言った。


「い、いいよいいよー。そんな……私、あんまり気にしてないし」

「気にしてないって……。目の前で体操服をフゴフゴされて、何も思わないわけないじゃない……」

「い、いや! ほんと大丈夫だから! 私あんまり気にしない性質だし……」

「…………」

「うん! 私、気持ち悪いって思わないから大丈夫! ……ね?」

「玉……」


 緑崎玉は必死になって慰めた。

 お友達の相沢煙管が悲しんでいるのを見たくなかった。

 たとえそれが自業自得によるものだったとしても、そんなものは関係なく、相沢煙管にはいつもどおりでいてほしかった。


(煙管ちゃんが変態行為に走っても、私は気持ち悪がらない……!)


 そう思った。


「だからね、そんな落ち込まないで……。煙管ちゃん……」

「……」


 すん、と鼻を啜って、


「ありがとう、玉……」


 小さな声で礼を言った。


「うん! 大丈夫大丈夫! 許す許す!」

「本当にありがとう……」

「そんなぁ! いいよー!」


 緑崎玉は駆け寄って、相沢煙管の手を握った。


「だからね、一緒に帰ろう! もう放課後だよ!」

「う、うん……」

「今日は私が何か奢るから!」

「本当にありがとう……」


 緑崎玉の厚意に深く痛みいる相沢煙管だった。


「うん! それじゃあ帰ろっ!」

「あ、ちょっとまって」


 相沢煙管の呼びかけに、緑崎玉は振り向く。


「どうしたの?」

「こ、これ」

「あ……」


 握っている短パンを見せるように差し出して、緑崎玉の顔を窺う。


「えっと……これ、直さないと」

「そうだね」


 緑崎玉はほっとした。

 何故かと言うなら、ここでお友達が調子に乗って「また嗅いでもいいかしら?」とでも訊かれると思ったからだ。

 それが杞憂で本当に良かった。


「そうだそうだ。私、これ持って帰るために教室に戻ってきたんだ」

「じゃあこれ、はい」

「うん」


 短パンを受け取って、体操服袋のあるところへ行く。

 体操服袋を取って、短パンを入れる。

 それからそれを持って、二人一緒に教室を出る。


 廊下を歩きながら緑崎玉は話しかける


「でもビックリしちゃったな。煙管ちゃんがまさかあんなことするだなんて」

「い、いいじゃない。女の子同士の恋愛って、こういうものなのよ」

「そうなの?」

「そうよ」


 そんな訳はない。


「それでも玉は、気持ち悪いって思わないでいてくれる?」

「んー……。まあ煙管ちゃんがしたいっていうなら、別にいいと思うよ」

「そう……」


 相沢煙管は微笑んだ。


「じゃあまた体操服を嗅いだりしてもいいかしら?」

「ええー……」


 このお友達、やはり調子に乗ってきた。

 どう答えたものか迷ったが、話の流れに合わせるよう緑崎玉は答える。


「ま、まあちょっとだけならいいよ」

「そう……。嬉しい」


 先ほどよりも笑顔度の上がった微笑みをした。

 それから緑崎玉は、抱いていた疑問を口にする。


「でも、どうしてそんなに嗅ぎたがるの? そんなに匂いが好きなの?」

「どうしてって、そんなの決まってるじゃない」


 相沢煙管は答える。


「女の子同士の恋愛が気持ちいいからよ」

「…………」


 やっぱりちょっと気持ち悪いなあ、緑崎玉はそう思ったものの、これからもお友達でいることを心に決めたのだった。

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