前編
教室に、一日の終わりのチャイムが鳴り響いた。
それは、夏休みが始まると言うチャイムでもあった。明日から、夏休み。
ホームルームが終わり、喜びや歓声を上げるクラスメートが目に入った。
「よっしゃ! 夏だぜ~!!」
「明日からめいいっぱい遊ぶぞぉぉ!」
と叫びながら教室を出ていく男子を見送り、私はスクールバッグを取り出し教科書をしまい始める。
すると、どこからか飛んできた紙飛行機が、半ば上の空で作業していた私の頭に直撃。
「いたっ!?」
「よぉ、佐緒里。俺に夏休み中俺に会えないなんて、可哀想だなぁ! ハッハッハ!」
と、私に話しかけてきたのは……同じクラスメートの魁人だった。
犯人は魁人かっ!
「む……! そうですね、さみしいです!」
ちょっとした皮肉をはさんだが魁人は全く気にしていない様子。それどころか、とっても楽しそう。
「そうだろーー! ……ま、すぐ会えるか。待ってるからな」
待ってる。
最後にわけの分からないことを言って、魁人は教室を出た。
「なんだったんだろ?」
魁人は、中学生の時から同じクラスだったクラスメート。暇があれば授業中寝てるし、周りの人にはすぐちょっかいかけるし、先生には目をつけられるようなことをいつもしている。
特に私には、何かとつっかかってくる。現に今だってそうだ。魁人のこととなると、私もちょっと大人げないことをしてしまう。
「って、もう高校二年の夏か……」
と、一言つぶやきちょっと考える。
人生ってのは、あっという間だなぁ……そりゃ、すぐ歳とるよ……あ、老人みたいな事思っちゃった。
そんな自分に苦笑しながら帰りの準備をしている私の机から、バンとかなり大きな音がした。
「わっ!? ……びっくりしたぁ」
「アハハ、ごめんごめん。今日一緒に帰るよね? よし、帰ろう!」
机を叩いたのは、美紀だった。
そして、自分で聞いておいて、自分で答えた。
……まさに、自問自答! って、いやいや……
「うん。ちょっと待って……行こ!」
自分の荷物を急いでまとめ、美紀と学校を出た。帰宅部なので、夏休み中学校に来ることはない。……ちょっとさみしいかも。
「どしたの? そんなさみしそうな顔して」
美紀は私の顔を覗き込み、聞いてきた。すぐに感情を出してしまう所は、私の短所だ。
「しばらく学校これないから……さ」
「あら、珍しい。学校嫌だ~って言っていた昔の佐緒里とは大違いだ!」
アハハ! と大きく口をあけて豪快に笑う笑い方は、美紀の癖。本人は、自覚していない。
魁人と一緒で中学生の時からの付き合いの美香は、いつも私のそばにいてくれる、唯一の親友。
弱虫な私とは正反対な美紀は、絶対に自分の意見を貫く人だった。どんな時でも、悪いことはダメだと言える。昔から、ずっとそうだった。私にとって、あこがれの存在。
中学生の頃、私は自分が嫌になる……なんて弱音を言ったけど、
「佐緒里にだっていいところがあるんだから、自分を大切にすればいいんだよ!」
と、優しく言ってくれた。その言葉で、少しは自分に自信を持てるようになった。
私が通っている高校は、高い丘の上に立っている。この辺じゃ、珍しいと有名だ。でも、そのせいで毎日登山しているみたいで、けっこう辛い。当然、帰り道も長くなる。
「ねぇねぇ、恋バナしようよ。今日、私の家で!」
帰り道の途中、いきなり美紀は言いだした。いつも色々な話題で盛り上げてくれるけど、今日はあまりにも唐突な話題だった。
「え? あの、今日は……」
家に帰ってゆっくり本でも読もうと思うんだけど……と、言うか、なんでいきなり?
と私が言う前に、美紀は私を手で制して、止めた。
「だってぇ、夏って言ったら祭りでしょ? 花火でしょ? 恋バナでしょ!」
変な理屈を作り、私の意見を全く聞かないで美紀は続けた。
「今日は、私の家に泊っていいから、一晩話そう! ね、いいよね?」
「うん! ……聞くだけね」
最後の言葉は小さく言った。
「じゃあ、一時間後に私の家に集合ね!」
「分かった! よろしく!!」
ちょうど美紀と別れる道にさしかかり、軽く手を振った。
「じゃあ、はじめよっか!」
夜ご飯も御馳走になり、パジャマに着替えて寝る準備をしていた時だ。
「ねぇねぇ、早速だけど、佐緒里は好きな人いないの?」
「い、いないよ! だから、恋バナなんてっ……」
いきなり聞かれても、そう答えるしかない。「ウソだぁ」との一言で、一蹴されちゃったけど。
「ま、それについては後でじっくり聞くとして……私の彼氏のことなんだけど」
「あ……どうしたの?」
美紀には彼氏がいる。去年の夏からずっと付き合ってる。私の前では、あまり話したことがなかったので、ちょっとびっくりした。
「来週ある夏祭り、ゆーたと一緒に行くんだけど、佐緒里もこない?」
美紀の彼氏、佑太君のことを「ゆーた」と呼んでいる。違うクラスなので、私は顔しか見たことがない。
「え、だって、佑太君とのデートでしょ?」
「まさかぁ。て言うか、デートはもういっぱいしたもんね~」
さすが~……と、私は心の中で称賛した。
美紀は、エッヘンと胸を張ってから「あ、本題に戻るね」と言ってから話を続けた。
「今回は、遊ぶだけよ。友達何人か連れてワイワイしよってゆーたが言ってたから……で、どう? 一緒に行かない? 夏祭り!」
夏祭り。
この言葉を聞くと、絶対に思い出す事がある。
まぁ、それはさておき。二人の邪魔は絶対にしたくないからなぁ……
「私以外には、誰かいないの?」
「佐緒里と、とぉーっても、仲が良い魁人をよびました~!」
「えぇ!?」
ビックリして、声が裏返っちゃった。
もしかして、魁人の言っていた『待ってる』ってこのことかも……まさか、ね。
魁人が、私のことを待ってるって……ありえないよ。
「……私、いかない」
すると、美紀はあの豪快な笑い声をあげた。……ちなみに、今は午後11時。近所迷惑になりかねない……止めなくて、いいのかな。
「好きなんでしょ? 魁人のこ・と・が。照れることないのに。でも、魁人だってあなたのこと好きよ! ヒューヒュー」
茶化す美紀は、困っている私を見て楽しそうだ。
「あーもう。違うって! 皆そうやって言うけど、私には……あっ」
つい口走った私の口にストップをかけたが、美紀は見逃さなかった。
「ほう、『私には』の続きはなにかね?」
「あーー……」
ええい、どうせいつかは相談しようとしたことだ。私は身を乗り出して、美紀に小声で聞いた。
ここには美紀と私しかいないけどね。
「聞いてくれる?」
「もち! 恋に詳しい私にお任せあれ!!」
自称・恋のキューピッドは、自信満々な態度で私の話を聞く準備を始めた――メモ帳と、愛用のシャープペンで。
学校の『恋』についての情報を絶対に逃さない美紀は、毎日休み時間になると、情報を集めに学校中を駆け巡る。信頼の厚い美紀には、周りの友達も話していいと思っているみたい。いわゆる、情報屋だ。
「で? もしかして魁人のこと? あいついいわよ~。中学生の頃から人気あるし」
美紀も中学生の頃同じクラスだったから、魁人のことは私と同じくらい知っている。
「そこは、違う! 実は私、どーしても会いたい人がいるんだ。多分、私たちの学校にいると思うんだけどさ……」
「へ?」
美紀はポカンと口をあけて私を見ていた。やっぱりやめた方がよかったかな……?
「それって、恋バナだよね?」
「んーー。そう……だと思う。私その人のこと、好きだから」
「おーー! そうこなくっちゃ! 続けて!!」
全く引き下がらずに聞いてくれたので、私も話すことを決心した。
「あのね……」
あれは、私が小学六年生の時の、夏休みの話。
――私は、名前も顔も知らない人に助けられ、恋をした。
読んで頂き、有難うございました!!
次回は、佐緒里の過去の話です。一体、彼女が恋した相手とは――
感想、意見などお待ちしています!!