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チャプター74

ー王都 中央教会ー




「この剣、返しに来たぜ」

「お待ちしておりました」

 翌日、二本の剣を携えたゲートムントは中央教会の売店を訪れていた。約束通り、銀の剣を返すため、そしてリュージュブルク城で手に入れた剣の管理を頼むため。

 普段着ている鎧を今日は着ていない。普段あまり着ない私服姿は、彼を知る誰の目にも新鮮に映った。

「約束、守ってくれましたね」

「一応な」

 聖ゲオルグの像が安置されている最奥部までの道中、案内してくれたシスターは表情一つ変えぬまま、それでも優しい声色で話をしてくれた。表情が変わらない事には少しの不気味さを覚えたが、声色こそ本心と思い、気にしない事にした。

 とりあえず、出発前に訪れた時にも顔を会わせていたため、多少は心安かった。

「司祭様には連絡してありますので、先に待ってると思います」

「そっか。んじゃ、早いとこ行こうぜ」

 少しばかり早足で進んで行く。なんとなく、気が急いた。隣を歩くシスターは若干歩きにくそうだったが、それでもついて来てくれた。

「じゃあ、もうお分かりかとは思いますが、この扉の向こうです。私はここで待っていますから、どうぞお一人で」

「おう、ダンケ」

 重厚な扉を開け、中に入る。そこは相変わらずで、中央に等身大の聖ゲオルグの像が建っている。当然のように、その手には武器が握られていないため、少し間抜けに見える。

「ゲートムント殿、お待ちしておりました」

「殿ってのはやめてくれよなー。俺はそんな大層なもんじゃねーんだから。庶民の生まれだし、家も裕福じゃねーし、戦士になったのだって、手っ取り早く稼ぐ手段で選んだようなもんだし」

 丁重に出迎えてくれた司祭に対し、茶化すような受け答えを返す。実際、背中がかゆくてしょうがなかった。

「さて、お約束通り聖ゲオルグの剣のレプリカをお返し頂けるという事ですが……」

「ああ。これだ。一応綺麗に洗ったけど、確認だけはしてくれ。何しろ実戦で使って、悪魔を斬った。血の曇りが残ってるかもしんねーんだわ」

 と、鞘に納められた銀の剣を返す。司祭はそれを受け取ると、鞘から抜き、刀身を確認し始めた。

「では、改めさせてもらいます」

「頼む」

 エルリッヒの服が返り血で捨てなければならなくなったように、この剣もまた、ルードヴィッヒに乗り移っていた時の悪魔を斬ったため、その時の返り血を浴びている。繊維と金属では違うし、できるだけ血の曇りが残らないようには洗ったが、果たして納得してくれるだろうか。

「ふむ、これくらいならいいでしょう。むしろ、レプリカの剣に悪魔討伐と言う実戦経験が加わったと思えば、いずれ観光用にでも展示する際のハクが付いた、とも取れますし」

「そっか、そう言ってくれると助かる」

 司祭は納得してくれたのか、剣を元あったように像に持たせた。そして、こちらに向き直ると、今度はもう一本の剣に目を向けた。

「それにしても、そちらの剣、とても美しい鞘ですね。護身用ですか?」

「いや、これがここに来たもう一つの理由なんだ」

 そう言って、鞘から剣を抜き放った。高純度の銀で出来た曇りのない輝きと、黄金に輝く装飾がまばゆい光を放っていた。

「これが、どうかしたのですか?」

「ああ、実はなーー」

 そうして、もう一本の「銀の剣」、ゲートムントが便宜上今この場で「リュージュブルクの剣」と名付けた剣の事を説明した。

 リュージュブルク城の隠し戸棚で手に入れた事、リュージュブルクの森に現れた悪魔に特別な効果を発揮する事、それは、悪魔の力を奪い取る能力である事、その時に剣が光り輝く事、そして、これをここで管理してほしい事。

 話をする間、司祭は腕組みをしながら、神妙な面持ちで聞いてくれていた。

「な、どうだろう。この頼み、聞いてもらえるか?」

「考えるまでもありません。そのような重要な物なら、悪用されないためにもここで管理するのが一番でしょう」

 能力が能力だから、人類に対して悪用される事はないだろう。しかし、それが悪魔にとって脅威となるなら、どこかで奪われるかもしれない。そして、悪魔への特殊効果云々以前に、これは剣だ。それも、純銀製の。人間に対する武器としての脅威はそこに存在し、貴金属としての売却価値も存在する。こういった場所で厳重管理する事の意義は大きかった。

「ああ、頼む。それに、ここで管理するつもりなのは王様にも伝えてある。いざという時の備えはばっちりだ。俺たちが倒した悪魔にしか効果がない可能性も含めてな。だから、緊急時の取り扱いに関しては、安心してくれ」

「分かりました。では、しかとお預かりしましょう。他に要件はありますか?」

 静かに首を横に振り、リュージュブルクの剣を託す。これで、ゲートムントにとってのこの一件は全て終了した。

「じゃな」

 小さく手を振り、扉の元へと戻って行った。

「では、戻りましょう」

「ああ」




ー王都 郊外の墓地ー



「どうだ? ここならよいか?」

「いん、いいんじゃないですか? 見晴らしもいいし、何より静かだし。フォルちゃんもどう?」

「うん、あたしも、ここなら参りやすいしね」

 三人が戻ってから一週間後、ツァイネとフォルクローレは、国王に呼ばれ町外れの墓地に来ていた。ここは貴族から平民まで、区画分けこそされているが、多くの市民が埋葬されていた。

 ルードヴィッヒの墓を、ここに立てようというのである。与えられた区画は貴族の中でも王族と縁続きの家柄の人間が入るための一画、かつて一国を治めていたルードヴィッヒへの、国王なりの敬意だった。

 ここは小高い丘になっており、街が見下ろせる。吹き抜ける風の心地よい、穏やかな場所だった。

「それにしても、ルードヴィッヒ王の末裔がこの街に住んでいようとはな。それも、そなただったとは」

「あたしも驚きです。ご先祖が王様やってただなんて」

 元々呼ばれていたのは国王にとってなじみのあるツァイネと、この事を言い出したエルリッヒの二人だった。しかし、当のエルリッヒは店を休みにはできないと、ツァイネに託した。そこで、機転を利かせ末裔である事が判明したフォルクローレを同席させたのである。

 そして、フォルクローレもまた、珍しい職業である錬金術士の仕事と、その成果を見せるため、年に一回、王の前に作成した品々を見せに上がっていた。

 つまり、二人とも国王とは面識があったのである。

「ご先祖様ー、ここはいいとこですよー。ゆっくり休んでてくださいねー」

 ルードヴィッヒの墓には、当然のように遺体は入っていない。その代わり、棺の中にはエルリッヒから預かった指輪が入れられていた。

「それでは、棺を埋めるぞ」

「はい」

「お願いします」

 二人はそれぞれの想いで棺が埋められるのを見つめていた。今、天国のルードヴィッヒは、どんな心持ちだろうか。エルリッヒとの約束が果たされ、一安心しているだろうか。それよりも、予想より大幅に早く末裔が見つかった事に、安堵しているだろうか、驚いているだろうか。

 そんな事を考えながら、土がかぶせられるのを見つめていた。




ー王都 竜の紅玉亭ー



「はいはーい、ちょっと待ってねー!」

 夕暮れ時、ここ「竜の紅玉亭」は、相変わらずの繁盛っぷりだった。しばらく店を休んだからか、もう戻って来て一ヶ月も経とうと言うのに、普段以上の客が続いていた。

 自分一人でも切り盛りできるギリギリの客席数にしてよかった、と実感しながらも、慌ただしくしていた。

「いやー、あの時お城に呼ばれた時は驚いたよ〜! でも、何事もなくてよかったよ」

「ほんとにねぇ。それから、回覧板、だっけ? 貴重な紙で出来た物が回って来た時は、驚いたよー。エルちゃんは、ホント不思議な子だよ」

「えぇっ? そんな事ないよ〜。流れ者だから、変わってるって思われる事はあっても、不思議だなんて、大げさなんだから。はい、ブリッツェンビーアとザワークラウト、お待ちどう!」

「お! ありがとー! そうそう、エルちゃん特製のザワークラウトを食べないと、やっぱ元気出ないんだよな!」

「お前さん、それエルちゃんが帰って来て毎日言ってるじゃないか。たまには他の物も頼んであげなよ。ごめんね、エルちゃん」

 気恥ずかしくも嬉しい事に、店内の話題はエルリッヒの事で持ち切りだった。城への招集命令に始まった今回の事件は、エルリッヒの帰宅で幕を閉じた。それから一ヶ月も経つと言うのに、こちらもまた、変わる事なくその時の話が続いていた。

 今しばらくはこの客足と自分の話題が続くのだろうと思うと、背筋がかゆくなる。が、それは当然嬉しい、という感情の裏返し。

 忙しくも平穏な毎日がありがたい。その感謝を欠かした事はなかったが、旅から戻ると、改めて強く実感させられる。

 今日もまた、エルリッヒの元気な声が店内に響く。

「いらっしゃいませ〜!」




〜お・わ・り〜

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