チャプター5
ー王都 城門前ー
「それで、二人はこれからどうするの?」
城を出てすぐ、城門前での別れ際、エルリッヒがゲートムントたちに問いかけた。
「どうもこうもなぁ。出発が明日の朝だろ? 俺たちは武器や防具の整備もないし、道具屋に回復薬やら薬草やら、回復アイテムを薬局に買いに行くのと、教会に行って悪魔に効きそうな道具が売ってないかを訊きに行こうかってくらいだなぁ。っとに、王様も急だよな」
「本当に。でも、悪魔に効きそうなって、銀の武器とか、十字架とか、そういうの?」
なんとなくのイメージで訊いてみるも、ゲートムント自身もよく分かっていないらしく、明確な答えは返ってこなかった。という事は、彼が思い浮かべたアイテム像も、同じレベルだったという事である。
「昔の逸話には、銀のナイフ一本が最後に命を救った、なんて話もあるしな」
「そっかそっか。いいのがあるといいね」
「あ、ごめん、俺同行できない」
ふいに、ツァイネが小さく手を挙げた。何事だと言うのか。
「ん、どーした? 別件か?」
「別件も何も同じ件だけどさ、俺はフォルちゃんの所に行ってくるよ。罠や爆弾は、悪魔にも有効かもしれないでしょ? お金を出して買う分には、遠慮もないしね」
と、職人通りのある方を指差す。
「なるほどな! じゃあ、そっちの買い付けは頼む。俺はまず道具屋に行ってくるわ」
「ん、分かった」
「ねえツァイネ、私も同行していい?」
と、突如の申し出があった。これは二人にとって青天の霹靂である。一様に、目を丸くする。もちろん、ツァイネには喜びの表情が、ゲートムントには悲しみの表情が乗っていた。
「ど、どうして? エルちゃんにだって、準備があるでしょ?」
「んー、だって、面白そうだし、久しぶりにフォルちゃんとお話ししたいかなって。ダメ?」
もちろん、ダメなわけがない。それどころか、嬉しくてたまらない。とはいえ、言葉上では冷静を装いながら対応する。あまり露骨に喜んでしまうと、それで嫌がられるかもしれないし、何よりゲートムントに過剰な嫉妬を抱かれてしまうかもしれない。
親友だからこそ、男の嫉妬は恐ろしい。
「ダ、ダメじゃないけど……ほら、準備! 準備はどうしたのさ!」
「そういえば答えてなかったっけ。準備ったってさあ、お店から調理器具をいくつか選ぶのと、着替えと、そんなもんだしねー。それならフォルちゃんに会いに行った方が楽しいかなって」
笑顔で答えるその姿には、有無を言わせぬ力があった。惚れた相手の笑顔に逆らえる男など、少なくともこの街にはいなかった。
「分かったよ。じゃあ、一緒に行こう。ゲートムントも、それでいい?」
「俺の了解はいらないだろ。残念ながらな」
「わーい! んじゃ、しっかり値切ってくるからね!」
二人はゲートムントと別れ、職人通りに向かう。まるでデートのようだとウキウキ気分のツァイネの背中を恨めしく眺めていたゲートムントは、その横で軽快に揺れるエルリッヒの赤いポニーテールに目尻を下げ、それからがっくりと肩を落としながら道具屋に向かった。
『それでは、これがそなたらに授ける餞別代わりの支度金、銀貨三千枚と、余からの書状じゃ。これはツァイネ、そなたに託そう。向こうに着いたら部隊長に渡すがよい。それから、明朝出発で辻馬車を用意させた。城門前に集まるように』
三人が落ち着く間もなく買い出しに出かける事になったのは、王のこの言葉によるものだった。出発の話はいいのだが、まさかそれが翌朝とは。落ち着く間もなく出発というのだから、準備も急がなければならないというものである。
「ね、迷惑してる?」
職人通りに入ってすぐ、エルリッヒが覗き込むようにして訊いてきた。突然の事に動揺を隠せないツァイネは、心臓が止まりそうになりながらも必死にその場を取り繕う。
「ど、どうして?」
「だって、さっきすごくゲートムントに遠慮してたでしょ? でも、押し切って付いて来ちゃって、後で気まずい事にならないかなって思って」
気付かれていた。ダメなはずはないのに、ゲートムントの事を考えれば一人で行きたい、というとても難しい気持ち。それを分かってくれていたというのか。なんと気立ての良い事だろうか。
「うーん、それは確かにあるんだけどさ、それでも俺はこうして一緒に歩けて嬉しいし、ゲートムントも、エルちゃんの言葉には逆らえないからね。ただ、あいつの親友として、いつか埋め合わせしてあげてくれると嬉しいと思うよ」
それは負担になるだろうか。それとも、お安いご用だろうか。そこまでは分からない。ただ、この幸せをただ一人だけのものにしておくには、あまりにもゲートムントが気の毒に思えた。甘いだろうか、優しいのだろうか、余計なお節介だろうか。それでも、エルリッヒという存在の大きさは、それに見合うだけのものだった。
「埋め合わせ……か。ちょっと大げさな気もするけど、ゲートムントが望むなら、ね。気を遣うタイプなのは、誰かさんと同じだから」
「え?」
全くもって、見抜かれすぎている。自分の事も、ゲートムントの事も、あっさりと見抜かれている。なんという事だろう。隠し事どころか、これではまるで手の上で踊っているかのようではないか。
一方で、エルリッヒからすれば自分の一割も生きていない相手の事など、相応の期間付き合っていれば、大体は把握できる。分かっている上で友達付き合いするのは当然楽しい物だが、その上で意外な一面を見せられるのが、本当にたまらない。同族と暮らしていた頃には味わえない感覚だった。
「ま、とにかく、ゲートムントが何か願い出て来たら、快く引き受けるくらいはするけどね。でも、それ、いいの? それはそれで、普通は嫉妬するんじゃないの?」
「だとしても、それならそれで、頑張りようはあるよ。まあ見ててよ。他の誰にも負けないくらいの男になるから」
優しい顔立ちから生まれる柔らかな表情。そしてそこから紡ぎだされる、妙に男らしい言葉。そうだ、こういう瞬間が楽しみなのだ。
自分とさほど背丈の変わらない相手に、力強く微笑みかけた。
「そっか。じゃ、私は期待して待ってていいんだね?」
「もちろん!」
他の町で出会って来た男性とは違う、露骨な好意のアピールは、いつ命を落とすかもしれない生業に身を置いているからだろうか。それがまた、嬉しくもあるのだが。
「ゲートムントも頑張ってくれるだろうし、こりゃ私はとても贅沢な二択ができそうだね。ううん、もっといい男にアプローチされるかも。ライバルはたくさんいると思って、頑張るように」
それが、お姉さんとの約束。そんな言葉を必死に噛み砕く。女性の秘密だから、という理由以上に、年齢は秘匿事項なのだから。少なくとも、ツァイネより年上である、と知られては何かと気まずい。もちろん、一年単位の正確な年齢など、とうに忘れ去ってしまったのだが。
一人旅に出てからおよそ三百年以上、覚えているのはそれだけだ。今更正式な年齢を尋ねられたところで、答える事はできない。
「こりゃ、悪魔退治も頑張らないとだね。いいところを見せないと!」
「そういう事。でも、無茶はしないように。いいところってのは、無謀な行為の事じゃないからね。ゲートムントもだけど、私を悲しませるような事はしないで」
この間のドラゴン退治の一件で嫌という程味わった諸々の感情。できれば、あのような思いはしたくない。きっちり頑張って、三人揃って笑顔で帰る。
これが理想だった。
「っとと、しゃべってたらもうアトリエの近くだね」
「あらほんと。やっぱ、話しながらだとあっという間だね」
三角屋根の小さなアトリエは、今日も元気に黒煙を吐いていた。
ここが、知る人ぞ知る錬金術士、「フォルクローレのアトリエ」だ。
〜つづく〜