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チャプター4

 王の言葉に、三人の間を沈黙が支配した。

「……どうじゃ、驚いたか?」

 周囲の親衛隊は先ほどのようなどよめきを見せていないことから、彼らの間には秘密ではないらしい。だが、一体どういう事なのか。驚きを禁じ得ないとともに、しっかりと話を聞かねば。

「はい。驚きました。一体、どういう事なんですか?」

「実はな、あれはもう二ヶ月も前になるが、リュージュブルクから森に悪魔が出たという報告を受けてな、騎士団から精鋭部隊を向かわせておるのじゃ。じゃが、その結果が芳しくないようでな、どうやら苦戦しておるらしい」

 沈痛な面持ちとともに、大きなため息を一つ。眉間を押さえる姿からは、その苦悩っぷりが伺えた。精鋭部隊でも歯が立たないというのだから、無理からぬ事だろう。

「それで、どうして俺たちに白羽の矢を?」

「他にも、お城には優秀な兵士がたくさんいるんじゃ。いくらツァイネが元親衛隊だからって……」

 なんとなくの疑問。自分たちが優れた戦士であるという自負はあるが、城内で勤める騎士には、王の信頼に足るだけの実力者はいくらでもいるだろう。実力以外の、無頼の立場が必要なのかもしれない。

「その、優秀な兵士が出払っておるのだ。親衛隊は余を守る騎士故外には出せぬ。城下や城内を守る兵士も、治安のためには全員を送り込む事はできぬ。それゆえ、優秀な者を百名ほど集めて、対処に当たらせておるのじゃ。そこで、頼みの綱だったのが我が国が誇る傭兵制度、ギルドじゃ。その依頼から、優秀な戦士を捜しておったら、ドラゴン退治の依頼があった。そして、その遂行者に載っておったのが、懐かしいツァイネの名じゃ。ツァイネであれば、実力も余の信頼も、折り紙付きなのでな」

「そういう事でしたか。ありがとうございます、陛下」

 珍しく頭を垂れるツァイネ。王から直々に実力と信用を認められるという事は、この国の騎士としては最高の栄誉である。これには、さすがのツァイネと言えど素直に嬉しかった、という事だ。

「じゃあ陛下、俺たちはそこへ行って悪魔退治に手を貸してくればいいんですね?」

「そういう事じゃ。出会った事もない悪魔、苦戦するだろう。絶対に勝ってこいとは言わぬ。だが、期待する気持ちだけは、許してほしい」

「や、やめてください! 王様はもっと堂々と俺たちに命令してくれればいいんです!」

 王の態度はゲートムントを動揺させるのには十分だった。それだけ、この悪魔の存在に手を焼いているという事なのだろう。であれば、ここで招集された事は、まさしく名誉ある事。絶対勝って帰るという心構えが、すでに心の中に芽生えていた。

「おお、そうか。では、やってくれるな?」

「当然です!」

「陛下の御名に賭けて!」

 最敬礼で思いを返す。暖かな空気が流れたところで、三人は再び真剣な表情に戻った。これからが詳細説明だ。

「では、仔細を話そう。町の南部の森に、名前の元になったリュージュブルクという城がある。今は使われておらぬ、廃城だ。どうやら、ここに悪魔が出現したらしいのじゃ。そこで、精鋭部隊を森の入り口にある砦に駐屯させ、攻略させておる」

「じゃあ、俺たちはそこの部隊長さんの指揮下に入ればいいんですね?」

「人の下に付いて働くってのは、久しぶりだな……」

 その辺りは、ツァイネが得意だろう。誰かの指揮下に入る、組織の中で戦う、という事に関しては、ゲートムントはまさしく苦手分野だった。

「いや、そうではない。この辺りは国境沿いでな、渡来の戦士も幾人かが義勇兵として加わっておるそうで、部隊の規模は当初の二倍になっておる。今更増えても、管理しきれんと言ってきてな。挨拶や余からの書面の受け渡しは必要になるが、そなたらは自由に戦い、自由に選択し、勝利を目指してほしい」

「つまり、ほぼフリー、独立部隊って事ですか」

「おし! それなら尚結構だ!」

 思わずガッツポーズを取り、直後に王の前だったと手を引っ込めるゲートムント。その所作に、王の顔がほころんだ。何が何でもお固い態度がよいというわけではなさそうだ。

「そうだろうと思ったのじゃ。そなたの事も、多少は調べさせてもらったのでな。いずれかの指揮系統に含めるのでは、実力が発揮できないというのも厄介なものじゃが、そうであれば、そのように活かすだけという事だ」

「分かりました! 精一杯頑張ります!」

 キラキラと輝くゲートムントの顔が、やる気を物語っていた。この二人になら任せられる。そんな得体の知れぬ確信が王の心を走っていた。

「それで、えっと、あのー」

 話がまとまったところで、おずおずと手を挙げたのはエルリッヒ。そういえば、しばらく一言も発していない。

「ん、なんじゃ? 何か質問でもあるのか?」

「はい。結局、私はなんのために呼ばれたんでしょうか」

 ずっと話を聞いていて、自分がここにいる意味、呼ばれた意味が分からなくなっていた。少なくとも、エルリッヒは戦士ではない。

 今回の話も、関係はなさそうに思えた。まさか、千人針を縫えというわけでもあるまいに、一介の町娘に何を要求しているのか。

「おお、そうであったな。そなたもここに名前が載っておったのでな、それで呼んだのじゃ」

「え、それだけですか?」

 もし本当にそうだとしたら、これは切ない。表向きには、エルリッヒは恐怖のあまり隠れていて、何も見ていない事になっているのだ。それなのに、本当に「ついで」だったのだろうか。

「もしかして、現地に行って飯炊き女をするって事でしょうか。それならまだ分かりますけど……」

「いや、本当に……待て、そうじゃな、それはよい。兵士たちの食を支えるのも重要な仕事じゃ。行ってくれるか?」

 急に思いついたような物言いにも、なんとなく説得力がある。しかし、これはいかにも突然だ。しかも、二百人からなる大部隊の食事を一手に引き受けるなど、さすがに大変である。

「さすがにそれは」

「まあ、そうじゃろうな。余もそこまで理解のない王ではない。そこでじゃ、ドラゴン退治の時と同じように、そこの二人とともに悪魔退治に参加し、その士気を高める、というのでどうじゃ!」

 ポン! という音がせんばかりの勢いで扇子を広げて煽ぎだす。王なりの、自信のあるアイディアなのだろう。満面の笑顔が、それを物語っていた。

 よくよく表情のすぐ変わる王様だ、と思ったエルリッヒが、直後に自らの父を思い出したのは言うまでもない。父もまた、そのような表情豊かな王だった。竜の姿でいる事の方が多かったが、それでも表情は豊かだった。家を出る頃には、怒りとも悩みとも付かないような表情を見る事が多かったが。

「それなら……二人分ならどうにでも。ただ、生活の事もあるので……」

 思考を戻し、冷静に考えてみる。二人分の食事担当なら安いものだ。しかし、幾日掛かるか分からない旅路、その間まるまる収入がないとなると、いかにもその後の生活が苦しい。せめてその間だけでも税金免除してくれれば、助かるのだが。

「そうじゃな。では、こうしよう。これから、ツァイネたちに旅支度の餞別として銀貨三千枚を支給する。そなたにも、同じ額を支給する故、それを旅の間の生活の補填と、現地での食材費に充てるというのでどうじゃ? もちろん、討伐に時間がかかるようであれば、追加の支給もしよう。万一勝てずに帰ってきた際にも、返還する必要はない。どうじゃ?」

 意外と話の分かる王だ。こちらが意見を言えば言っただけ、機転を利かせた提案を返してくる。であれば、納得できない事は全て解決できるんじゃないか。もちろん、現時点でさほどの不満はないのだが。

「分かりました。では、私も二人に同行して、旅の食事と士気を支えます」

「そうか、行ってくれるか! じゃが、相手は悪魔、そなたも、身の危険を感じた時には素直に逃げるように、よいな」

 王の優しい言葉に、ますますこの国が好きになるエルリッヒだった。




〜つづく〜

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