チャプター34
ーリュージュブルク城 ホールー
『ふふっ、やるではないか』
「そっちこそ!」
振り下ろされた炎の剣を、ツァイネの剣が受け止める。返す刀で打ち払い、その勢いで飛び退って距離を置く。開いた距離を追いかけるように、ツァイネの着地にタイミングを合わせて悪魔が剣から炎を放ち、床を走らせる。その炎を回避するために、今度は床に剣を突き立て、着地のタイミングをずらす。
燃やすべきターゲットを失った炎は、そのまま壁にぶつかり、壁にしたたかな焦げ目を付けた。
「危なーっ。やっぱ、こういう力はずるいよ」
無事に着地したツァイネは、炎により熱くなった刀身を睨み付けながら、そう呟く。身の安全を喜んだり、相手の超常的な力をうらやんだりしているが、表情には余裕が見られる。相手が本気でないのと同じように、ツァイネもまた、本気ではなかった。本気で戦うには、観客が足りない。また、このような場所で戦うのは、少々狭く、そして危険だった。荒れ果てた城の中での戦闘、もし壁や天井でも崩落しようものなら、それこそ大惨事だ。
悪魔もまた、ツァイネの驚異的な身体能力には驚きを感じているようだったが、それと同時に、その強さを楽しんでいる風に見えた。精鋭部隊の実力を「話にならない」と一笑に付すだけに、ツァイネ程度でなければ、相手にならないのかもしれない。
「さーて、どうしようかな」
今行うべき事は、あくまでも時間稼ぎだ。足りない観客、ゲートムントが現れるまでは、なんとしてでも今のままで持ちこたえなければ。
体勢を立て直すと、わずかではあるがゆらゆらと宙に浮かんでいる悪魔に視線を戻した。よりよい対策を練るためには、相手の事をよく知らねばならない。そして、よく観察せねばならない。
『どうした? 貴様からは攻撃せんのか? 私からばかりでは、少々面白くないんだがな。貴様の攻撃も、この私に受けさせろ。貴様とて、防戦一方では面白くあるまい』
「あ〜あ、完全に楽しんでるよ。全く、たまんないよね。でも、言ってる事は尤もだし、エルちゃんの前でもあるんだ、いいとこ見せなきゃね! それじゃ、俺も少し動こうかな!」
ふわふわと浮かぶ悪魔めがけ、高速なダッシュで接近する。そして、まずは一太刀、斬撃をお見舞いする。
『なっ! この私が回避できなかっただと!』
「俺は俺で、スピードに自信があるからね」
反撃をする間を与えないよう、素早い剣さばきで攻撃を重ねて行く。図らずも、今度は悪魔が防戦一方となっていた。ツァイネの放つ素早い攻撃、それをもれなく剣で受けている様は、さすがに人間以上の身体能力だと感じさせる。そして、悪魔の持つ剣が近付くたびに、若干の熱さを感じる。しかし、攻撃の手を緩める事はせず、ただひたすらに、軽やかな攻撃を続けていた。
一撃一撃はさほど重くなくとも、当たれば怪我は免れないため、必然的に防御せざるを得なくなり、剣同士の攻防は、同時に悪魔の腕にしたたかな衝撃を与え続けていた。
「悪魔なんて言うからどんな生き物かと思ったら、人間的で助かったよ。言葉は通じるし、図体が大きい訳でもないし、肩や背中に角が生えてる訳でもない。宙に浮いてるけど、翼が生えて空を飛べる訳でもなさそうだ。それなら、大きな体で空を飛んで火を噴くドラゴンの方が、よほど手強かったよ」
おもむろに、挑発めいた事を口走る。悪魔自身がその存在にプライドを持っているのなら、こういう言葉には怒りを覚えるはずだ。そして、この悪魔がもしツァイネの推測の通りの存在だというのなら……
「それとも、人間の姿をベースにしているから、限界があるのかな。いずれにしろ、本気じゃないなら、大した事ないね!」
『ぬぅっ! 人間風情が!』
締めの一撃とばかりに、重たい一撃を放つ。予想に反した攻撃の威力に、思わず大きくのけぞる。この人間は何者なのか。きっと悪魔の中には、そんな疑問が浮かんでいるはずだ。人間を舐めていればいるほど、ツァイネの実力は脅威に感じるだろう。
「もともとそういう種族なのか、人間が悪魔になったのか、はたまた人間が悪魔に取り付かれたのかは分かんないけど、その程度の実力じゃ、俺の敵じゃあないよ」
『おのれ、言わせておけばヌケヌケと! 貴様、本気の私がどれほどのものか、そんなに見たいようだな。命知らずな人間め!』
わざと過剰に余裕を見せつけ、あまつさえ挑発行為を重ね、相手の出方を窺ってみたが、どうやら、その逆鱗に触れてしまったらしい。
ある意味では予想通りだったが、またある意味では、不必要な危険を背負ってしまった、とも言えた。
周囲に地鳴りが走り、明らかに増大して行く気配と殺気。もしかしたら、ツァイネが思っていた以上に大きな力を隠していたのかもしれない。
「人間の常識が通用しない」という事を、まざまざと思い知らされる。
『せっかくだ、徐々に力を上げ、圧倒してやろう。まずは、力の解放からだ! さあ、私の今の一撃、受け止めてみろ!』
「速いっ!」
油断した。悪魔は一瞬で目の前まで移動してくると、そのまま剣を振り下ろして来た。通り一遍の攻撃だが、受け止めたツァイネには、その重さが先ほどまでとは比べ物にならないという事が、すぐに伝わった。重たい一撃と共に、受けきれない衝撃が、炎の柱となって周囲に立ち登った。
「くぅっ!!」
『どうだ。ほんの少し力を解放しただけで、もうこれだ。人間とは脆弱だな。では、次は、もう少し解放してやろう。そらっ!』
剣を受け止めたまま、尚一層の力を込めてくる。物理的な力だけでなく、魔法の力も込めているらしく、剣から迸る炎も強くなって行く。幸い、炎は直撃しなければさしたるダメージにはならないだろうが、熱だけは防げない。赤黒く燃え盛る仕組みは、やはり魔法の力なのだろうか。戦う上では、これが一番厄介だ。
「や、やっぱり、強い!」
『所詮はこの程度か。人間風情が私に楯突こうなど、限界があったのだ。それに気付けてよかったではないか。せいぜい天国で反省する事だな。死ねぇ!』
勢いよく、が振り下ろされる。
「ツァイネ!」
エルリッヒの叫びに元気が出たのか、寸でのところで回避に成功する。右に大きく飛び退る事で、回避と同時に距離を取る。案の定、剣の触れた床は大きく破損し、周囲に被害が出ていた。
「あぶなー。やっぱり、何度回避しても、距離を開けて正解だね。それにしても、本当に食らってたら死んでるところだったよ。エルちゃん、ありがと。さっきの一声のおかげで避けられたよ」
「ホント? 心配してよかった」
自分の一声で避けてくれるなんて、なんと心配のしがいがあるのだろう。むしろこちらが感謝したいくらいだった。
「さて、防戦一方なのも困るし、よしんば攻めても、相手が力を出せば出すほど不利になって行くし。ますます困ったなあ」
「ちょっと、そんなんで大丈夫なの? こないだ盗賊倒した時の方が速いじゃん。それって、もしかして……?」
悪魔に悟られぬよう、小さく頷くツァイネ。あえて本気を隠して戦っているのだ。しかも、それを見抜かれないように。その意図がどこにあるのか、さすがにそこまで推し量る事はできなかったが。
「なんでそんな無茶を」
「今のこの状況じゃ、無茶でもしないと勝機は掴めないからね」
悪魔に聞かれてもいいよう、慎重に言葉を選ぶ。とにかく、今はまだ、本気で戦うわけにはいかなかった。城を崩さぬよう、そして、遠慮なく戦うためには、今ここでの決着を望む事は出来ない。本気で戦えない状態では逆立ちしても勝てず、本気で戦えば、落ちてくる瓦礫で自らを危険に晒す事にもなりかねない。
「とにかく、今は時間稼ぎをしなきゃだから、行ってくるよ」
「あ、ちょっと!」
再び悪魔の前に立つと、またしても強気の言葉を発した。
「あれだけ強い攻撃を撃てても、今のところ、俺は無傷だよ。どんなに強力な力があったって、当たらなきゃ、どうって事はないさ」
言っている事に嘘はない。しかし、当たればどうなるかは、ツァイネ自身が一番よく分かっていた。いくらこの青い鎧が強固でも、下手をすれば即死してしまうかもしれない。
『大きい事を言うな、小僧。では、次は当ててやろう。当たらないからどうという事はないのであれば、当たれば大変、という事だ。貴様のスピードは褒めてやるが、私のスピードは、まだまだ上がるぞ?』
「だったら、試してみるといいさ。俺のスピードと、どっちが速いか」
必死に考える。この悪魔の言う「まだまだ上がる」とは、どの程度なのか。予想を見誤れば、途端に危険に晒される。こちらの動きが遅ければ回避できず、早すぎても次の行動に捕まってしまう。
『では、遠慮なく行くぞ!』
「ちょーっと待ったー!」
悪魔が滑り出した瞬間、聞き慣れた声とともに、その鼻先を何かが掠めた。壁に突き刺さったのは、白銀に光る一振りの剣だった。
『何!』
「その声、ゲートムント!」
「待たせたな、相棒。俺抜きで楽しそうな事、してんじゃねーよ」
それは、地下から戻って来たゲートムントが投げた物だった。
〜つづく〜




